ライフ

【逆説の日本史】言論の力で閥族・桂太郎を見事に討ち取った「憲政の神様」尾崎行雄

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十一話「大日本帝国の確立VI」、「国際連盟への道4 その1」をお届けする(第1371回)。

 * * *
 一九一二年、この年は七月の明治天皇崩御までは「明治」だったが、それ以降は「大正」元年である。その第二次西園寺内閣の陸相上原勇作中将は、天皇崩御のわずか十日後に陸軍の二個師団増設を西園寺首相に提案した。だが、西園寺はこれを拒否した。国家財政にそんな余裕は無かったし、天皇の崩御を待っていたかのように提案してきたのも不愉快だったろう。新天皇(大正天皇)が即位したばかりなのである。

 しかし、上原は要求が認められなければ辞任する意向を示した。要するに「陸軍の言うことを聞かねば内閣はもたないぞ」と西園寺を嚇したのである。山県内閣のときに定められた「軍部大臣現役武官制」によって、上原が辞任し陸軍つまり山県が後任の陸相を出さなければ内閣は崩壊する。どうやら陸軍は、嚇せば「お公家さん」の西園寺が妥協すると考えていたようなのだが、さすが伊藤博文が見込んだだけあって西園寺はそんなヤワな男では無かった。断固陸軍の要求を拒否したため西園寺内閣はつぶれた。

 こうなると陸軍は激しい批判に晒された。あわてた元老山県有朋は何人かの候補に首相就任を打診したが、誰も引き受け手が無い。「火中の栗を拾うのはゴメンだ」というわけである。結局、内大臣という引退を視野に入れた役職に就いていた桂太郎が引っ張り出されて第三次桂内閣を組閣せざるを得なくなった。しかし、まだ政党政治こそ確立していなかった(西園寺内閣は政党政治を名乗っていない)ものの、日本にはすでに隈板内閣という政党内閣も存在したし政党政治家と呼べる人物がいた。彼らは陸軍そして藩閥(山県、桂は長州閥)の横暴を許すまじ、と立ち上がった。これを大正政変と呼ぶ。

〈上原の辞職で第二次西園寺内閣が倒れたのを見て、藩閥打倒にまずたちあがったのは交詢社であった。(中略)有志が集った席で福沢桃介が、明治維新では、「尊王攘夷」というお題目で、全国志士の血をわかせたのだから、今回もそうした題目を作ってはと提案し、賛同を得た。まず政友会の菊池武徳が「憲政擁護」でどうかと言った。国民党の古島一雄は、四文字では弱いので「閥族打破憲政擁護」と八文字を提案、これが旗印となった。〉
(『読める年表 7 明治大正篇』自由国民社刊)

 交詢社とは「明治初期の頃、当時まだ『社交』という言葉が十分に使われていなかった時代に、福澤諭吉先生の主唱により、銀座の地に創られた日本最古の社交機関」(交詢社公式ホームページより)であり、帝国憲法制定前の自由民権運動が盛り上がった時代、私擬憲法の一つである『交詢社憲法』を創案したことは『逆説の日本史 第二十四巻 明治躍進編』でも詳しく触れた。

 ちなみに福沢桃介は諭吉の婿養子で、日本の電源開発に多大の貢献をし電力王と呼ばれた。菊池武徳は慶応出身のジャーナリストにして実業家、衆議院議員でもあった。古島一雄も『日本新聞』では正岡子規の同僚であり、日清戦争で共に従軍記者として活躍し、後に政界に転じ衆議院、貴族院議員を歴任した。この憲政擁護の運動には政友会の尾崎行雄、国民党の犬養毅も加わり、同年十二月十九日、東京の歌舞伎座で挙行された第一回憲政擁護大会はおおいに盛り上がった。

関連キーワード

関連記事

トピックス

国内統計史上最高気温となる41.8度を観測した群馬県伊勢崎市。写真は42度を示す伊勢崎駅前の温度計。8月5日(時事通信フォト)
《猛暑を喜ぶ人たちと嘆く人たち》「観測史上最高気温」の地では観光客増加への期待 ”お年寄りの原宿”では衣料品店が頭を抱える、立地により”格差”が出ているショッピングモールも
NEWSポストセブン
中居正広氏の騒動はどこに帰着するのか
《中居正広氏のトラブル事案はなぜ刑事事件にならないのか》示談内容に「刑事告訴しない」条項が盛り込まれている可能性も 示談破棄なら状況変化も
週刊ポスト
離婚を発表した加藤ローサと松井大輔(右/Instagramより)
「ママがやってよ」が嫌いな言葉…加藤ローサ(40)、夫・松井大輔氏(44)に尽くし続けた背景に母が伝えていた“人生失敗の3大要素”
NEWSポストセブン
ヒグマの親子のイメージ(時事通信)
【観光客が熊に餌を…】羅臼岳クマ事故でべテランハンターが指摘する“過酷すぎる駆除活動”「日当8000円、労災もなし、人のためでも限界」
NEWSポストセブン
2013年に音楽ユニット「girl next door」の千紗と結婚した結婚した北島康介
《金メダリスト・北島康介に不倫報道》「店内でも暗黙のウワサに…」 “小芝風花似”ホステスと逢瀬を重ねた“銀座の高級老舗クラブ”の正体「超一流が集まるお堅い店」
NEWSポストセブン
二階堂ふみとメイプル超合金・カズレーザーが結婚
二階堂ふみ&カズレーザーは“推し婚”ではなく“押し婚”、山田美保子さんが分析 沖縄県出身女性芸能人との共通点も
女性セブン
山下美夢有(左)の弟・勝将は昨年の男子プロテストを通過
《山下美夢有が全英女子オープンで初優勝》弟・勝将は男子ゴルフ界のホープで “姉以上”の期待度 「身長162cmと小柄だが海外勢にもパワー負けしていない」の評価
週刊ポスト
京都成章打線を相手にノーヒットノーランを達成した横浜・松坂大輔
【1998年夏の甲子園決勝】横浜・松坂大輔と投げ合った京都成章・古岡基紀 全試合完投の偉業でも「松坂は同じ星に生まれた投手とは思えなかった」
週刊ポスト
夏レジャーを普通に楽しんでほしいのが地域住民の願い(イメージ)
《各地の海辺が”行為”のための出会いの場に》近隣住民「男性同士で雑木林を分け行って…」 「本当に困ってんの、こっちは」ドローンで盗撮しようとする悪趣味な人たちも出現
NEWSポストセブン
2013年に結婚した北島康介と音楽ユニット「girl next door」の千紗
《北島康介に不倫報道》元ガルネク・千紗、直近は「マスク姿で元気がなさそう…」スイミングスクールの保護者が目撃
NEWSポストセブン
娘たちとの関係に悩まれる紀子さま(2025年6月、東京・港区。撮影/JMPA)
《眞子さんは出席拒否の見込み》紀子さま、悠仁さま成年式を控えて深まる憂慮 寄り添い合う雅子さまと愛子さまの姿に“焦り”が募る状況、“30度”への違和感指摘する声も
女性セブン
違法薬物を所持したとして不動産投資会社「レーサム」の創業者で元会長の田中剛容疑者が逮捕された
「ローションに溶かして…」レーサム元会長が法廷で語った“薬物漬けパーティー”のきっかけ「ホテルに呼んだ女性に勧められた」【懲役2年、執行猶予4年】
NEWSポストセブン