48歳、阿蘇山にて行脚姿の山頭火(写真提供:春陽堂書店)

48歳、阿蘇山にて行脚姿の山頭火(写真提供:春陽堂書店)

 その2年後、1936(昭和11)年4月に上京したのを機に、甲府から日本海側へと抜けて、松尾芭蕉の「奥の細道」の経路を逆に辿(たど)る東北・北陸行に旅立つ。その途上でも、印象的な初夏の句を詠んでいる。

「あるけばかつこういそげばかつこう」 山頭火

〈1936(昭和11)年5月17日、信濃路でできた句。これは有名な句で、山頭火の代表作の一つにしてもよいくらいである。もう5月、初夏の信濃路は、かっこうの声があちらこちらから聞こえてくる。遠く聞こえているかと思うと、おどろくほど近いところから聞こえてくる。静かな人家のたたずまいの空にひびくように鳴くこともある。まったく、歩けばかっこうが鳴く、急いでもかっこう。絶えずかっこうなのだ。山頭火は、かっこう鳴く初夏の信濃路をリズミカルに歩いている。〉

 さらにその3年後、再び信州へと向かい、念願であった伊那谷(いなだに)の井月の墓参を果たす。同じく早春の3月に、山口から東上の旅に出て、今度は無事に辿り着いた(地図を参照)。

【地図】(新書『孤独の俳句』より)

【地図】念願だった井上井月の墓参を果たした(新書『孤独の俳句』より)

 実はこの翌年1940(昭和15)年には、山頭火自身が「ころり往生」(享年57)することになるのだが、そうした運命を悟っていたかのような名句を、この地で詠んでいる。

「お墓したしくお酒をそゝぐ」 山頭火

〈1939(昭和14)年5月3日、南信濃の伊那での句。前書に「井月の墓前にて」とある。井月とは井上井月のことで、乞食井月とも呼ばれていた。1858、9(安政5、6)年のとき、当時37、8歳と推定される井月は、伊那谷に入ってきた。そして、明治19年の早春に野垂れ死にするまで伊那谷をさまよっていたのである。山頭火は、「漂泊詩人の三つの型 芭蕉、良寛 一茶 井月」と日記に書いていたことがあるが、一茶と井月の間に自分を入れたいというような心意があったのではないか。とにかく井月を非常に身近なものに感じていたようである。〉

 別れを惜しみ、亡き人を思い起こす──そんな春に、あらためて山頭火の名句を味わうのもいいかもしれない。

※参考文献/金子兜太・又吉直樹『孤独の俳句 「山頭火と放哉」名句110選』(小学館新書)、村上護監修・校訂『定本山頭火全集』(春陽堂書店)、金子兜太『放浪行乞 山頭火百二十句』(集英社文庫)、荻原井泉水『自然の扉』(同書からの引用については、旧漢字・旧かな遣いは現行のものに、一部の漢字はひらがなに、また一部の読点を句点に改めた)

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