「ここで村上に回るなんて、もう運命じゃん…」
再び2点を取られて、1点返して迎えた九回裏。絶体絶命にまで追い詰められた我ら日本人は、敗戦への恐怖と不安に怯えながらも、全員で立ち上がっての全精力を注ぎ切る大声援。すると、先頭打者の大谷が二塁打で、ベース上では「カモーン!」の大咆哮。侍ベンチも客席の日本人も、その勇ましい鼓舞に、この日最高の勇気が湧いた。
スタジアムの空気も一瞬で変わった。ここまで自信満々に「メヒコ! メヒコ!」と連呼していたメキシコ人たちが、一騎当千の男の姿に押し黙る。逆に、我らは満を持しての「ニッポン」コール!
「ここで村上に回るなんて、もう運命じゃん…」
マツケンさんのつぶやき通りに、吉田が四球を選んで無死一二塁になると、今大会で長く苦しむ史上最年少三冠王が登場。見事、中堅頭上を切り裂く起死回生のサヨナラ安打で、大逆転劇を成し遂げた。
こんなドラマチックな結末に、誰が冷静でいられようか。日本人ファンは、誰もが村上の名を叫びながらの狂喜乱舞。誰彼構わずに抱き合い、歓喜の声を上げた。終始一貫、静かに観戦していた70代男性たちですら、万歳をしながら涙した。宇田川投手の無敵ハチマキに、パチモノの大谷ユニホームを着た筆者も、人目を憚らず嗚咽した。
「こんな姿を見せたら娘に嫌われる」──そんないつもの自制心も、この夜だけは不要だった。
そして、ここから新たに始まったのは、在米邦人たちによる翌21日決勝戦のチケット争奪戦だ。日本からの遠征客は、渡米前から優勝を信じて、とっくに入手済み。一方の彼らは、米国のチケット売買アプリで、いつでも買えることを熟知する。
「相手が米国だから値下がりしないけど、負けた瞬間からメキシコ人が売りに回るから、必ず入手できるの」
うれしそうに語った右隣の女性二人組は、慣れた手つきで、あっという間にBOX席を確保した。