それにしてもおかしな会食だった。聞き手は1人で、「これから、どこ行く?」とか「日本、どこに住む?」と一方的に私に質問をした後、もう1人にものすごい早口の韓国語で何か言って相談している様子なんだわ。

 ナンパならわかるの。でも、女を求める男の熱い視線もないし、おべんちゃらのひとつもない。日本に関心があるとも思えないし、それどころか私に笑いかけもしない。このおじさんたち、何者?

 そんな私の不信感が頂点に達したのは、私がバッグから小さなプラスチック容器に入れたしょうゆを取り出したときよ。

 黙っていた方のおじさんが「しょゆ」と言うなり、私の手から容器をふんだくって、自分の春巻きにシャッとかけたのよ。40年前のイタリアの中華料理店のしょうゆはドロッとしていて、口にした瞬間、後悔するようなシロモノだったけど、それにしてもよ。海外赴任のビジネスマンがこんな振る舞いするかしら。

 驚いたことにもう1人のおじさんも、右へならえでね。そして礼のひと言もなく黙って容器を突き返してきたの。

 別れ際にも「え?」と思うことがあったんだわ。「記念に」とカメラを向けたら、とっさに2人とも顔を背けたのよ。ものの弾みで1枚だけシャッターを押したんだけど。その写真が40年の時を超えていま、私のアルバムに残っているんだわ。

 別に何かされたわけではないし、通りすがりに食事をごちそうしてくれた「韓国人」と、思うこともできる。しかし、あの人たちはどんな目的で私に声をかけたのか。私の中に謎が残った。

 その1年後。私は離婚して、旅の思い出より生活第一。働け働けの日々を送っていた私がある記事を読んで驚いたのなんの。

「ヨーロッパ各地で何人かの若い日本人女性が北朝鮮の工作員に声をかけられ、拉致された」という記事で、その時期と私のベネチアの一件がピタリ当てはまるんだもの。

 もしかしたらあの会食は、私を拉致する価値のある女か品定めの時間だった? そう思うと、彼らが最後までついに笑顔を見せなかったことや、写真を嫌ったことも合点がいくんだよね。

 いずれにしろ、退屈が死ぬほど苦手で、面白そうと好奇心の針が動いたら、あと先考えない。そんな性分のせいで、66才の今日まで気づかずにけっこうな危険をすり抜けてきたのかもね。

【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。

※女性セブン2023年5月11・18日号

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