この時代、何度も触れたように中国では辛亥革命が一応成功し孫文が臨時政府の大総統になったものの、その政権は安定せず結局腹のなかでは皇帝になろうという野心を抱いていた袁世凱が政権の座に就いた。日本の大アジア主義者たち、つまり大陸浪人と呼ばれた右派勢力は当然この成りゆきに不満を抱いていた。もっと孫文を助け、袁世凱を排除すべきだということだ。しかし、それはじつに困難な道であった、すでに述べたように、袁世凱は民主派のリーダー宋教仁を暗殺し最終的には皇帝になった男だ。軍事力も財力も手中にしている。

 ところで、この時点で中国と協調するということは、袁世凱を中国人の代表として認めるということである。実際、日本は袁世凱を代表とする中華民国を国家として承認した。ここで忘れてはならないのは、英、仏、露といった列強も袁世凱の中華民国を相次いで承認したということだ。一見不思議に感じるかもしれないが、決して不合理な動きでは無い。なぜなら、列強は中国の真の近代化・民主化は望んでいないからだ。

 むしろ帝国主義の旗の下、中国からいかに搾り取れるかしか考えていない。そして中国から搾取したいなら、下手な民主政権よりも独裁政権のほうがくみしやすい。ロシアが専制国家である清国の時代にいかに「中国」から利権を獲得したか、思い出していただきたい。日露戦争に勝つまで遼東半島も南満洲鉄道(当時は東清鉄道)もロシアが「確保」していたことを。

 それゆえ話は前後するが、一九一三年(大正2)四月、宋教仁暗殺直後に開催された中華民国最初の国会で袁世凱は武力を背景に国会を無視し、英、仏、露と国内の塩税収入などを担保に約二千五百万ポンドにもおよぶ借款(善後大借款)を受けた。名目上は近代化に向けてのインフラ整備のための資金調達だったが、実際には反対派を弾圧し自らの独裁体制を固める資金に使われることはあきらかだった。現にアメリカはこの借款供出国に加わることも可能だったのに、国内世論の反発で見送ったほどである。

 当然、大陸浪人たちはきわめて不満である。袁世凱政権などは反動であり、打倒すべきものなのだから。そしてこうした流れのなか、実際孫文の同志たちが仕掛けた第二革命運動はことごとく袁世凱によって封殺された。これについてはすでに『逆説の日本史 第二十七巻 明治終焉編』に述べたところだが、これも思い出していただきたい。改めてまとめれば次のようになる。

〈中国、辛亥 (しんがい)革命(第一革命)後の1913年、袁世凱(えんせいがい)の国民党弾圧に対する反袁の挙兵。1911年の辛亥革命により清(しん)朝が倒れ、中華民国が成立、12年3月袁世凱が北京(ペキン)で臨時大統領に就任した。革命成功後、一時に種々の政党が誕生したが、潜在的に分裂の要素を抱えていた中国同盟会もまた内部分裂をおこした。袁世凱は反同盟会の諸党を集めて共和党をつくり、自己の御用党とした。革命派側も少数党を合併して同盟会を国民党に改組し、袁の独裁を政党内閣によって抑制しようとした。13年2月の国会議員選挙で国民党側が大勝すると、じゃまな国民党勢力をそぐために袁世凱はまずその領袖(りょうしゅう) である宋教仁(そうきょうじん) を暗殺するとともに、国民党系の3人の都督(一省の軍事責任者)を罷免または左遷した。この袁の挑発にのせられ、13年7月、江西省の李烈鈞(りれつきん)などがたって反袁の軍事行動をおこした。これを第二革命という。しかし、準備不足のうえ、革命派の結集も弱く、軍事面では簡単に敗北した。第二革命失敗後、袁の権力は強化され、彼は一歩進んで帝制運動を推進するようになり、やがて第三革命が起こされた。〉
(『日本大百科全書〈ニッポニカ〉小学館刊 項目執筆者倉橋正直〉

 この間、第二革命軍は江西省、湖南省、福建省など南部の省を根拠地としたので南軍と呼ばれ、袁の政府軍は北京が根拠地だから北軍と呼ばれた。中国史において北は保守勢力が支配するのに対し、南は外洋に面し外国文化が入りやすく革新的になる。現在でももっとも「民主的な中国」は「香港」であり「台湾」であるのは、決して偶然では無い。しかし、この中国版「南北戦争」は袁世凱率いる北軍の完勝に終わった。当然、日本の大陸浪人は不満を募らせた。

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