「子供たちの未来を創るための命の水を返してください。私たちはこの島に、ずっと住み続けていきたい。きれいな水とともに──」。今年7月、スイス・ジュネーブにある国連欧州本部の会議場に高らかな声が響いた。声の主は「宜野湾ちゅら水会」共同代表の町田直美さん。沖縄県宜野湾市でカフェを営む彼女は、沖縄の米軍基地由来とされる有機フッ素化合物「PFAS」による水質汚染の解決を求め、国連の「先住民族の権利に関する専門家機構」に参加。冒頭の声明を読み上げたのだ。
「沖縄では水道水や土壌に、人体に有害だとされるPFASが高濃度で含まれていることがわかっています。原因は米軍基地で使われた泡消火剤だとされており、政府にも米軍にも汚染源の特定や基地への立ち入り調査などを訴えているのに、まともに取り合ってくれなかった」(町田さん・以下同)
その悔しさを訴えたいという一心で町田さんはスイスへ飛んだ。
「国連に訴えるのは簡単なことではなかったし、まだ解決したわけではないけれど、私たちが行動することによって行政を動かしていくしかない。特に小さな子を持つお母さんたちから、不安の声が多く上がっています。国連が調査し、日米両政府に勧告してくれることを期待しています」
町田さんの声に後押しされるように、沖縄県は8月21日から全国に先駆けて、土壌におけるPFASの残留実態調査を開始。今年度末までに分析結果を公表する予定だ。
PFASとは発がん性が疑われる「有機フッ素化合物」の総称で、PFOS、PFOAなど1万種類以上がある。科学ジャーナリストの植田武智さんが解説する。
「テフロン加工や撥水加工などに用いられるもので、分解されにくく残留しやすい性質を帯び『永遠の化学物質(フォーエバーケミカル)』とも呼ばれます」
長く体内に留まることにより、健康被害も起こす。
「アメリカの研究では妊娠高血圧及び妊娠高血圧腎症、精巣がん、腎細胞がん、甲状腺疾患、潰瘍性大腸炎、高脂血症を引き起こすことがあると指摘されている。特に子供や胎児への影響も懸念されます。北海道大学の追跡調査では妊娠中の母親の血中PFAS濃度が高いと、生まれてきた子供に出生体重の減少、甲状腺ホルモンや性ホルモンの異常、免疫力低下、神経発達の遅延、脂質代謝異常などのリスクが生じるとの結果が示されています」(植田さん)
危険性を認識したアメリカでは規制が順次強化されており、今年3月に米環境保護庁が初めて発表した飲み水の規制値案は、PFOSとPFOAはそれぞれ1リットルあたり4ng(ナノグラム)となった。一方、日本では環境省による暫定指針値が定められているのみであり、それもPFOSとPFOAを合わせて50ngまで。米基準と比べると、非常に緩いと言わざるを得ない。