大森時生氏のリラックス方法はサウナ
『奥様ッソ』と『このテープ』でフェイクの楽しみ方が異なる
スタジオのMCはいとうせいこう。いとうは『ミッドナイトパラダイス』について「ロフトプラスワン(のライブ)でテレビについて喋った時に、中堅の放送作家からこの番組の名前が出たりしてカルト的に人気だった」などと説得力抜群な嘘を語ったりもしていた。
「早い段階でこの番組のMCは絶対にいとうせいこうさんだというなんとなくの確信があったのを覚えていますね。せいこうさんは昔のテレビ番組やカルチャーへの造詣が深くて、それでいて、すべてを見透かすみたいな雰囲気があるじゃないですか。核心を突く人が、ちょっとずつその歯車がズレていくのってなんか怖く感じるんじゃないかと」
同じフェイクドキュメンタリーでも、『奥様ッソ』は見ていくうちに段々とフェイクだとわかっていく過程に面白さがある一方で、『このテープ』はフェイクだとわかってからが、その面白さを味わうスタートとなっており、ある種真逆の楽しみ方になっている。
「『奥様ッソ』は、ある種、謎解きに近いというか、何が起こっているのか答えを知りたくなる面白さだと思うんですけど、『このテープ』はまさにフェイクが入口で、徐々に穢れや呪いのようなものに足を踏み込んでいく雰囲気を味わってほしいと思って作りました。
僕と梨さんとの間ではかなり細かいところまで筋や設定を決めていました。その上で、どこを見せてどこを見せないかというジャッジが大事だと思っていて。当初予定していたよりも意図的に間引きました。
不気味さを感じる瞬間って、わかった瞬間じゃなくて、繋がりそうなものが繋がらないギリギリの瞬間じゃないかと思うんです。あと一歩で繋がりそうな気がして、自分でその間を補完して、勝手にその人の中で一番気分が悪くなるストーリーをなぜか自分で考える羽目になるところがフェイクドキュメンタリーの最大の魅力だと思うんです。『このテープ』は、自分で埋めたくなる感覚を擬似的に発生させたいと思って作りました」
「そもそもテレビ自体が不気味なメディア」
TikTokに『ミッドナイトパラダイス』の番組内のコーナーへの投稿者らしき人物のアカウントが存在するなど、テレビだけで終わらない仕掛けも用意されていた。
「マルチメディアを使うと視聴者の方がわざわざ見に行くという行為が生まれるじゃないですか。別に見たくもない石の裏の虫を見に行ってしまう感覚というか。同じ場所で起こっているよりも、いろいろな場所で起こっているものを自分でわざわざ見に行く方が、不愉快さや不気味さを感じるんじゃないかと思いますね」
『このテープ』が放送されると、ネット上では様々な“考察”があがり、大きな話題を呼んだ。
「この数年で“分かりづらい不気味さ”のムードの高まりを感じますね。例えばホラー映画でもジャンプスケア的な“驚く”と“怖い”の組み合わせ的な表現よりも、じっとりと起こっている不気味なことを面白がる人が増えている気はします。
最近話題になった『近畿地方のある場所について』という本も、不気味なことがいっぱい起こってそれが繋がっていくストーリーですけど、明確な答えをクリアに提示するわけではない。
そういった“分からない不気味さ”が受けているのは、『このテープ』のセリフでも出てきますけど「もうとっくにダメです」というような、心のどこかで「もう自分が何をしてもダメな気がする」という感覚があるからなんじゃないかと思います。
これから10年後、めちゃくちゃ明るい未来が待っていると想像ができる人は、特に今の日本においてはあまりいないと思うんですよ。だからこそ、崩れかけている砂山を1回崩してしまいたいみたいな感じがあるんじゃないかと思いますね」
自身が出演した『あたらしいテレビ』(NHK)では、「視聴者の感情を強く動かしたい。笑った後に、笑ったことを後悔して吐きそうになるものを作りたい。嫌な気持ちにさせたい」と語っていた大森。彼が強く惹かれるのは「怖さ」よりもむしろ「不気味さ」だという。
「やっぱり僕は今のところ感情として不気味さというのが好きなんですよね。それにテレビ自体が僕は不気味なメディアだと思うんです。勝手に流れてくるし、そもそも信頼の置ける人が作っているのかどうかもわからないのに、なにかいろいろな人の検閲が済んだ公の映像であるかのように放送されている。そういうメディアで不気味なものを作ることに僕は魅力を感じています」
(了。前編から読む)
◆大森時生氏演出のイベント「テレ東60祭@なぜか横浜赤レンガ 祓除」が12月2日23時59分まで配信中。詳しくは以下リンクからご覧ください。
https://pia-live.jp/perf/2338219-005
【プロフィール】大森時生(おおもり・ときお)/テレビプロデューサー。1995年生まれ。2019年テレビ東京入社。『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』(2021年)、『このテープもってないですか?』(2022年)、『SIX HACK』(2023年)など、テレビフェイクドキュメンタリーを数多く手がける。またお笑いコンビ・Aマッソの単独ライブ『滑稽』では企画、演出、音楽アーティスト・キタニタツヤの『素敵なしゅうまつを!』のMVのプロデュース・演出も務めた。
◆取材・文 てれびのスキマ/1978年生まれ。ライター。戸部田誠の名義での著書に『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『タモリ学』(イーストプレス)、『芸能界誕生』(新潮新書)、『史上最大の木曜日 クイズっ子たちの青春記1980-1989』(双葉社)など。
撮影/槇野翔太