歩くことで思考が解かれ、漂う様子や、貫太にどうしても言いたかった言葉など、自身の実感に裏打ちされた精度の高い文章に運ばれ、山田の感覚と同化しながら、ふと思う。意味に囚われるのも確かに愚かだが、解放され過ぎても、人は生きていけないのではないかと。
「ホントですよ。理屈上はレッテルも線引きも方便に過ぎないと言いつつ、いかにそれを人間が必要としているか。何の捉え所もない世界など恐怖でしかなく、僕がいたテレビの世界でもわかりやすく線を引くことが商売になった。彼は悪い人で、彼は可哀想な人とか、視聴者が安心して叩いたり泣いたりできるように。
でもそれらって弱さですよ、人間の。だから山も街も必要だという複雑さを、やっぱり生きていくしかないんですけどね」
その境目が誰かを傷つけている以上、全てなくしてしまえと言うのは簡単だ。必要だから存在するそれをまずは疑い、問い続けること―と、結局は考えることをやめられない私達である。
【プロフィール】
上出遼平(かみで・りょうへい)/1989年東京都生まれ。早稲田大学法学部卒業後、テレビ東京に入社。自ら企画、撮影、演出等を手がけた『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(2017年~)が大反響を呼び、ギャラクシー賞優秀賞等を受賞。2022年に同局を退社。現在は「文章書いたり映像作ったり洋服作ったり、テレビは地方局と組むようにはしてます。ちょうど10年前のテレ東みたいな雰囲気を感じるし、守りに入った場所でものを作るのが、僕はしんどいんで」。178cm、62kg、O型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2023年12月8日号