神式の結婚式で行われる「三三九度」も盃を交わして誓いをたてる儀式のひとつ(イメージ)
盃を飲み干すと同時に、”親子の縁”が結ばれる
盃事には親子盃や兄弟盃、手打ち盃などがある。組長と組員、上部団体の組長と傘下組織の組長が交わすのは親子盃になり、盃を交わせば親分子分の関係になる。また盃事には仮盃と本盃という違いもある。組の中での兄弟盃や舎弟盃などは、仮盃で済ませてしまうということも多いという。どちらも盃事なのだが、その執り行われ方はかなり異なる。仮盃は組の中で誰かを立会人に簡易的に行われたり、場所に関わらずその場の流れで行われることもあるが、本盃は組織としての盃事。そこでは格式と伝統が重んじられる。事始めで行われるのは本盃だ。
盃事の司会進行役は口上人、もしくは媒酌人と呼ばれる者だ。事前に間違いのないよう献納物などが用意され、式場の正面には「天照皇大神」の掛け軸がかけられる。その両側には墨で書かれた各組長らの名前である書上げがずらりと並んで掲げられる。盃を受ける者は紋付袴姿、腕時計や指輪やブレスレットはつけてはならないとされる。ヤクザの盃事であれば、どの組織も組もこの部分は変わらない。
違うのは媒酌人によって述べられる口上だ。それぞれの組などによって流儀が違うため、口上も変わってくるという。また継承盃という二代目から三代目などに代わる代替わりの盃と親子盃では、作法が少し違ってくるようだ。
盃事の最後は、親となる組長である親分から下げられた盃が、子となる組長の子分の前に置かれる。媒酌人は子分にその盃を受ける覚悟を確認する。承服する子分は正座でこの盃を飲み干し、用意していた半紙に盃を包み懐に納める。盃を飲み干すと同時に、親子の縁が結ばれるのだ。「これはヤクザの契約書みたいなものだが、一般でいう会社と個人の雇用契約なんて生易しいものではない。たった1つの盃で主従関係が結ばれ、自分の生き死にまで任せることを承諾する契約だ」と、前出した暴力団関係者は話す。
この盃によりヤクザは理不尽で不条理な世界で生きていくことになる。「同じ組の中で年下と思っていた若いヤツが出世して、そいつを兄貴と呼ばなければならない例もある。山口組分裂のように、自分の親が盃を突き返し、組を出ていくこともある。それでも子はついていくしかない」
彼の手元にも盃がある。大切に保管しているというその盃には、「ヤクザの証」として、裏に盃事が執り行われた日付と親と子の名前、媒酌人の名前が墨で書かれているという。「あの頃はヤクザもよかったが、時代は変わった。もうヤクザが生きやすい時代ではない」という。彼の盃が思い出になるのも、そう遠くないかもしれない。