──過去に罪を犯した彼らと接するのは怖かったですか?
「たとえば、職員は胸ポケットにボールペンなどを入れた状態で受刑者と接してはいけないというルールがあって、それをまず教えられました。『ボールペンを取られて凶器になったらどうするの!?』というわけです【※2】。刑務官にそう注意されてから怖くなって、炊場に入ると壁を背に立つようにしたり、監視カメラの位置を気にしたり……緊張していたんですね」
【※2:ルールは施設によって異なる。若い男性受刑者が多い岡崎医療刑務所には「女性職員はスカート禁止」という決まりがある】
──以前取材した刑務官も「10年勤務していても出勤するたびに怖い」と言っていました。刑務所ってそもそも、一般社会と空気が違うんですよね。実際に敷地内に入ってみて、施設内すべてに漂っている緊張感はすごいものでした。
「受刑者には制約がたくさんあります。人とすれ違うとき、万が一にも相手の体のどこかに触れてはいけない。トラブルのもとになりかねないから。刑務官から怒られ、懲罰の対象になるわけです。だから、彼らは互いに一定の距離を取り合っています。
そして、私語厳禁。調理作業中、私に質問があるときは直接話しかけてきても構わないんですが、その前に必ず刑務官に許可を取る。「先生、すみません。栄養士さんに今日の炒め物のことで聞きたいことがあるんですけど、話をさせてください」と。刑務官の「よし」を聞いてから、初めて私の方を向くんです」
──年月を経ると、そうした彼らとも距離は縮まってくるものですか?
「そうですねぇ……なれ合いには決してなりませんが、心の距離が縮まってくるのは感じます。
坊主頭にお揃いの服を着て、朝、整列しているのを見ると、スポーツ強豪校の合宿場のように見えなくもない(笑い)。もっとも、夏場はランニングウエアの隙間からタトゥーが見えたりもしてますが。
もちろん彼らは何かしらの罪を犯した人たちなんだけど、私には罪状は知らされていないんです。そのせいか、彼らとの距離が縮まると、ただの“腕のよくないチームメート”と思ったりすることもあります」
(第2回につづく)
【プロフィール】
黒柳桂子/管理栄養士(法務技官・岡崎医療刑務所勤務)。1969年、愛知県岡崎市生まれ。老人施設、病院勤務等を経て、2012年から岡崎医療刑務所勤務。受刑者たちの食事作り及び調理作業の指導を行う。主宰した「男の料理教室」では、延べ1000人の高齢男性に料理を伝授した。著書『めざせ! ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』(朝日新聞出版、1650円)が発売中。
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県桜川市生まれ。喜連川社会復帰促進センター、旧黒羽刑務所(いずれも栃木県)を一昨年取材。罪を犯した若者が更生の道を辿る過程に強い興味を抱く中、法務技官の管理栄養士・黒柳桂子さんと出会う。
取材・文/野原広子 撮影/浅野剛
※女性セブン2024年2月15日号