実際、出生時に約200万個あるとされる卵子の数は10代では30万個、20代では10万個、30代になると2〜3万個となり、閉経時にはほぼ失われることが明らかになっている。
「そうした中、若いときに多数の“質のいい”卵子を採取しておけば、もし妊娠しないまま年齢を重ねても出産できる可能性が高くなります。精神的な安心にもつながります」(河合さん)
プロセスについて、米ボストン在住の内科医・大西睦子さんが説明する。
「薬や注射で排卵を誘発し、卵子が充分に成熟したタイミングで、卵巣に針を刺して卵胞を採取します。基本的には体外受精や受精卵の凍結をするときとほぼ同じ方法です。違いは、未受精卵を保存するということ。採卵後は受精させず、そのままマイナス196℃の液体窒素で凍結保存します」
実際、採取・凍結した卵子を使って、出産した事例もある。2016年、大阪府内の44才の女性が、41才のときに凍結した卵子で女の子を授かったと報じられた。
メルカリやサイバーエージェントなど、企業が福利厚生として金銭的に支援する動きも広がっている。都内在住の会社員・Mさん(40才)も福利厚生で卵子凍結に踏み切ったひとりだ。
「外資系の会社で支援金がもらえたため、35才になる前に卵子を凍結しました。当時は自分のキャリアを優先したかったし、そもそも結婚を考えるようなパートナーもいなかったけれど、いつか子供がほしくなったときのためにやっておこうと思ったんです。
そのおかげで焦ることなく思う存分仕事に打ち込めました。昨年結婚したので、これから妊娠の準備をしようと思っています」
初診から卵子凍結まで50万円ほどかかる
キャリアを追求するための手段であり、精神的な安定を生む“お守り”でもある卵子凍結。しかし、“希望の光”に存在する落とし穴のことはほとんど知られていない。女性の可能性を広げる選択肢であることは間違いないが、デメリットも存在するのだ。自治体や企業が推進する一方、現時点で日本産科婦人科学会は、ノンメディカルな卵子凍結を「最終的に決めるのは本人」としつつも「推奨しない」というスタンスをとっている。
「いちばんの問題は凍結保存するだけで妊娠・出産が可能だと錯覚している人が少なからずいること。実際には、パートナーが見つからず、凍結した卵子を使うことができない人も多いです。また、見つかってからも、凍結した未受精卵を融解して、体外受精させる必要があり、そのためには仕事の調整を含めて努力が必要であり、1回あたりの妊娠率は決して高くありません」(河合さん)
日本産科婦人科学会の資料を見ても、未受精卵の凍結で出産できる確率は、卵子1個あたり4.5〜12%と低い。確率を上げるにはできるだけ多くの卵子を保存することだが、簡単にできるものではない。
「年齢とともに1回の排卵で採取できる卵子の数は減っていきます。20代であれば1回で20個くらい採取できることもありますが、40才を超えると1個しか採取できないことも珍しくない。排卵を何度も行うのは大変で、せっかくチャレンジしたのに少ししか凍結しないで終わってしまうケースも多いです。加えて卵子の質は若いほどいいので、年齢が高くなると妊娠率も低くなります」(河合さん)
また、卵子を確保できていたとしても、体そのものは老化していく。出産を先延ばしにすれば、若い卵子を使ったとしても高齢出産のリスクが高くなるともいわれている。さらに専門家たちが指摘するのは、排卵を促すために使用する排卵誘発剤の危険性だ。
「排卵誘発剤の刺激で卵巣がふくれ上がり、腹部や胸などに水がたまる『卵巣過剰刺激症候群(OHSS)』になることがあります。まれですが、命を脅かすリスクもあるので注意が必要です」(大西さん)
医療経済ジャーナリストの室井一辰さんが続ける。
「排卵誘発剤によって乳がんや子宮がんなどのがんのリスクを増加させる可能性も指摘されています」
負担がかかるのは体ばかりではない。
「健康な女性の場合、卵子凍結は自由診療が前提です。そのため、クリニックによりますが、助成金がなければ卵子を採取する手術に約20万円、それに加えてホルモン剤やさまざまな検査も行うので、初診から卵子凍結まで50万円ほどかかる。また、保管は病院によって異なりますが年間数万円ほどがスタンダード。当然ですが妊娠するまでも、胚移植などで30万円は必要だと考えた方がいい。
長期にわたって保存していたのに体外受精に失敗した場合、不妊治療の失敗に加えてお金を無駄にしたという二重のショックで心にダメージを負う人は少なくありません」(室井さん)