AID・非配偶者間人工授精という選択肢
仕事もプライベートも順風満帆なサラリーマンが、ある日、無精子症になったら……そんな男性不妊をテーマとした漫画『不妊男子』を連載中の著者・玄黄武(げんこうぶ)さんは、不妊治療の取材において実感したことを語った。
「女性の月経は出産同様、男性が生涯体験できません。女性が周期に合わせて、日々の予定を組む大変さを改めて感じました。これはどうしても男性の理解が及ばない点ですが、大切なのはこういった男性と女性の身体の違い……つまり大変さを早くから性差を超えて理解することではないでしょうか」(玄黄武さん。以下同)
『不妊男子』を描いていくうえでクローズアップされるのは、やはり夫婦(男女)間に生ずる温度感や価値観の違い、そして「不妊」という現実の社会における捉え方である。
「本来であれば“不妊”を男女で隔てることは、無意味ではないかと思いました。事実から目を背けず言えば、出産できる環境・条件の人が減少していて、男女問わず話題になりにくいのも原因かと思います。誰もが人から生まれたのだから、関心はあるはずですが、話題にならないというのは寂しい現実だと思います」
「不妊治療」には様々な選択肢がある中で、作中では夫婦に「AID(非配偶者間人工授精)」という選択肢が突きつけられる。AIDとは夫の精子に問題がある場合、第三者ドナーから精子の提供を受けて人工授精し、妻が出産するというもので、日本では1948年に初めて実施されたと言われている。昨今議論となっているのは、日本ではAIDでの精子ドナーが原則「匿名」であるという点。AIDで産まれた子供が、自分がAIDで産まれたと知らされないまま育つケースが多いため、大人になって初めて育ての父親と、本当の父親(精子ドナー)が違うと知らされ深く思い悩み、これまでの父と子の関係性が壊れてしまったり、あるいは本当の父親が遺伝性疾患を持っていたかもしれないという事実を確認できなかったりするという問題が生じている。このAID治療について、そして作中で描いていきたいテーマを、玄黄武さんはこう語る。
「“男性不妊”という現実を前に、このAIDという技術がより広く利用されるためには、夫婦と精子ドナーが、“精子ドナーは匿名か非匿名”かを選ぶことができる制度が理想です。親・ドナー・子の三者が幸せになれる仕組みになって欲しいです。
本作の取材を通じて、不妊治療において何に最も重きを置き、決断するかのプロセスは、十人十色であると実感しました。このAIDについても、子供の人生や家族の在り方に関わる治療であり、それを選択するかしないか……本当に難しいことだと思います。作中で“命は易(ルビ:やす)くない”という台詞があります。この、命は決して簡単には産まれないという現実の前で、人はどう抗い、どこに辿り着くのか──作品のラストまでしっかり描きたいと思っています」
【プロフィール】
おばたのお兄さん/1988年、新潟県出身。日本体育大学体育学部卒業。小栗旬のモノマネでブレイクし、アスリート芸人として活躍するかたわら、舞台やミュージカルでも活躍。2018年にフジテレビ・山崎夕貴アナウンサーと結婚。2023年8月、不妊治療の末、第1子を授かる。自身のYouTubeチャンネル「おばたのお兄さんといっしょ」で山崎アナとともに不妊治療や流産について発信中。
玄黄武(げんこうぶ)/長崎県出身の漫画家。サラリーマン生活を経て漫画家になるため脱サラ、持ち込みを経て新人賞を複数受賞、漫画連載がスタート。本作『不妊男子』は連載デビュー作で、現在単行本4集発売中(2~4集は電子版にて発売)。受賞歴:ビッグコミックスペリオール新人賞『命の洗濯』『四十九日、飯』、ヤングマガジン新人賞『ホラー漫画家は激しく嗚咽する』はネット上で話題を集める。