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【書評】『フルトラッキング・プリンセサイザ』昭和世代と「いまどきの若者」は理解し合えるか

『フルトラッキング・プリンセサイザ』/池谷和浩・著

『フルトラッキング・プリンセサイザ』/池谷和浩・著

【書評】『フルトラッキング・プリンセサイザ』/池谷和浩・著/書肆侃侃房/1980円
【評者】香山リカ(精神科医)

「いまどきの若いモンは」と苦言を垂れるのは簡単。でも、それではなんの問題も解決しない。若者をもっと理解したいが、話しかけると「ウザい」と言われそうだ。そう思ってる人におすすめしたいのが、小説を読むことだ。不思議な静けさが満ちあふれる今回の本、書名はなかなか覚えられないだろうがだいじょうぶだ。

 主人公は、はっきり書かれてないがたぶん若い女性。大学を出てCG関係のエンジニアをしている会社員。イベントなどの現場に行くこともある。友だちも恩師もいるようだ。

 しかし、彼女には別の顔がある。帰宅するやいなやすぐにバーチャル・リアリティー(VR)ゲームの世界に入り込むのだ。しかも頭や手足にいろいろな装置をつけて、現実世界にいるかのような没入感を味わうことができるゲーム。これはSFではなく、実際にそういうゲームや装置はいくらでも開発され、売られているようである。

 物語は、主人公が会社員としての日常とゲーム世界を行き来しながら進行していくのだが、淡々と語られるふたつの世界の切れ目のなさに驚かされる。とはいえ、決してどちらかを優先しているわけではないし、かつて案じられたように「現実とゲームとを混同」しているわけでもない。リアルはリアル、ゲームはゲーム、でもどちらも自分の居場所なのだとばかりにごく自然に振る舞っている。ゲーム世界の描写はイキイキしており、未経験者にも魅力が伝わる。

 こんな若者がもし自分の会社にいたら、と考えてほしい。「飲みに行くか」と誘えば意外に素直についてきて、「仕事の夢は」ときけばそれなりに語るだろう。でも、「もう一軒」と誘うと「このへんで」と断って帰って、VRゲームに飛び込んで仲間どうしで語ったり歌ったり恋をしたり。昭和世代がこういう人と「理解し合う」のは、はたして可能なのか。文章はこなれていて決して読みにくくない。昭和世代でこの本の読書会をやってみたい、と目論んでいる私である。そのときはご参加を。

※週刊ポスト2024年7月12日号

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