大江健三郎(前列左から2人目)の小説『静かな生活』は義兄である伊丹(前列一番左)が映画化した
「自分たちには面白い役が来ない」
しかし、俳優として演技することの喜びについては異なる考え方も持っていた。
「彼は『俳優はどんなにうまく演じても、自分の姿が見えない。だからストレスが溜まる』と考えた。でも僕はカメラの前でも舞台の上でも、前後左右上下どこでも行けるような、自由で、理想的な状態があると思う。相手役との呼吸が合ったり、何かいい風が吹いたり。そういう瞬間ってあるんですよ。調子のいいときは、天にも昇る気持ち。僕には俳優の喜びはある。彼は自分で見なきゃ納得できない。伊丹さんらしいでしょ」
共演回数は少なかったが、ふたりは「自分たちには面白い役が来ない」という不満で気心が通じ合う。ならば自分で映画を作ると動いたのが伊丹だった。そして生まれた映画が『お葬式』だった。伊丹の妻であり、女優の宮本信子の父の葬儀が着想となった本作では、主役の夫婦を宮本と山崎が演じた。
「初めてだから不安だったでしょうね。どうやって大勢の俳優やスタッフを引っ張っていくか。初監督の人がわがまま言ったら『なんだ、この監督は。勝手なこと言いやがって』と思われますからね。僕は外野だからできるだけ力になろうと思ってたけど、なんの心配もなかった。実にスムーズにうまくいきました。清潔だった。彼の魅力ですよ。大したもんですよ。自分で脚本も書いて、監督して。だから僕の役も彼がやればよかったんだ(笑)」
山崎には『お葬式』の撮影現場でもっとも印象に残っている伊丹の姿があるという。
「大変な集中力だったし、すごいパワーと好奇心があった。自分を律する極端なところもあってね。撮影中にどんどん痩せていってさ。『ダメだよ。いっぱい食べなきゃバテちゃうよ』と言ったら食事制限してるって。『こんな楽しいことをしていると自分に何か課さないとバチが当たる』とか言ってさ。心配して牛肉を買っていったけどね、あれは女房が食ったのかな(笑)。そういうのが好きな人なんだよ。面白がっちゃうんだよね」