とっ散らかった内面の出し方
「特定の誰かだけが正しいというのは、危ういしおもしろくない。であればリーダー以前にまず主人公自身がヤバいし、財務係の人達もヤバい、登場人物が全員等しくヤバいという点はかなり意識して書きました。
書き方自体は結構見切り発車で、まずは退屈のくだりを書き、次は主人公が電車に乗るまでを書こうとか、1つ1つのシーンを順番に書いていくうちに、リーダーの頭突きシーンと、彼女の首を登山客のリュックから飛び出たペグが貫く後半の場面がセットで浮かんだ。
その時ですね。これは後半、結構遠くまで発想を飛ばせそうだなと思いました。だったら後半に至るまでに、主人公がリーダーを恐れるようになった経緯をわかりやすく丁寧に書こうと。周りからは『ブッ飛んでる』といったような感想をよくいただくんですが、むしろ自分の中ではかなりリアリティがある話なんです。
演劇なら、役者の肉体がそこに存在するので、設定をシュールに飛ばしやすい。でも小説は文字だけなので、ある程度の地に足のついた感じや普遍性が必要だと思って書いていました。単純に面白くてみんなに伝わるものを書きたいという、その何かを伝えたい気持ちが、小説を書くモチベーションになるんだと思います」
そうした鬱屈した状況を、最終的には主人公が力業で突破する「脱出のビジョン」が松田氏にはあり、だからこその饒舌さだったという。
「僕の中にも饒舌な部分と無口な部分はある。特に主人公が陥るような辛い状況では、ただただ落ち込んで疲弊しがちではあるんです。でも一度そうなると二度と立ち上がれない場合だってある。だから脱出に向けた突破力を獲得するため、思ったことを全て言葉にするような自分の中の饒舌さに焦点を当て、それをエンジンに書き進めていきました」
大金を投じて誂えた拘りのジャケットを〈これって素敵〉と言って無理やり羽織り、〈ランウェイ〉さながらに練り歩くリーダーや騒ぎに便乗する同僚達には、〈一体何が起こっているのか〉と主人公ならずとも腹が立ち、そこに悪意を見て当然とも思う。だが彼女が〈退屈に慣れ切って、やがて窮屈さにも順応していく〉ことを拒み、文字通りの変身すら遂げる姿はいっそ痛快で、泣けてくるくらい可笑しい。