ライフ
知の巨人対談「天皇家の昭和100年」

【佐藤優氏×片山杜秀氏・知の巨人対談「天皇家の昭和100年」】「天皇なき右翼」が力を持つようになった現在地 「革新のほうこそ天皇を必要としている」

昭和100年4月に大学進学を控える悠仁親王(時事通信フォト)

昭和100年4月に大学進学を控える悠仁親王(時事通信フォト)

 昭和100年が幕を開けた。元号は天皇の即位に始まり、新年は天皇の祈りに始まる。この節目に、作家の佐藤優氏と政治思想史研究者の片山杜秀・慶應義塾大学法学部教授が、平成、令和へと続く天皇家の百年史を振り返る。【前後編の後編】(文中敬称略)

生前退位と「天皇なき右翼」

片山:経済白書に「もはや戦後ではない」と記された翌年の昭和32年8月、現上皇の皇太子は、美智子妃と軽井沢のテニスコートで出会います。

佐藤:ミッチー・ブームが起こり、国民に愛される皇室像が揺るぎないものになってゆきます。

片山:そうして戦後民主主義的な価値観を体現していき、生前退位を表明するのが昭和91年に当たる平成28年です。

佐藤:明治から続いた生物学的な生命と在位期間の一致という原則が崩され、天皇の意思によってできた時代が、令和となったわけです。

 生前退位においては、日本政府の対応にも問題があった。あり得た対応の可能性は3つです。ひとつは「違憲」だから認められないという判断。もうひとつは、天皇のお気持ちに応じた皇室典範の改正。ところが、政府はそのどちらでもない「特例法」で済ませてしまった。これは平たく言えば「わがままが通るのは今回だけだぞ」という意味です。

片山:非常時的な対応ということですね。

佐藤:その通りです。結果、天皇、上皇、皇位継承者と権威が三分割されてしまいました。他方、長期政権を築いていた当時の首相・安倍晋三にも権威がついてきました。

片山:自ら「臣・茂」を称した吉田茂のような人なら「退位されてもお支えします」となったかもしれませんが、安倍晋三はむしろ大統領的な権威を持つ方向へと向かっていました。戦後の保守政権を担った自民党の政治家とは変節してしまった。それがあの退位のドラマですね。そして将来的には、皇位継承者が「特例」で「辞退」する可能性さえ生んでしまった。

佐藤:皇室のゆらぎは、昨今の「右翼」や「保守」の在り方に反映されています。いわば「天皇なき右翼」が力を持つようになったのが昭和100年の現在地だと思いませんか?

片山:天皇なき右翼とは言い得て妙ですね。従来のナショナリズムは天皇と結びついていたし、日本人が選び得る右翼的な選択を掬える文化的豊かさを持っていました。すなわち、天皇は近代国軍の大元帥にもなり得れば、農本主義的な農耕儀礼の祭司にも、より広い意味では神道のいわゆる大神主にも、国民国家の統合の象徴にもなり得た。それが今では、天皇や伝統や歴史抜きで、国家の今現在の純粋な強度を誇りたい、それを邪魔する奴はやっつけるというのが右翼になっている。

佐藤:前回の総選挙で議席を伸ばした右派政党の日本保守党は「日本の国体、伝統文化を守る」として天皇制に言及するが、代表の百田尚樹がSFだと断わりを入れつつも、「女性は30超えたら子宮を摘出する」と発言して批難を浴びるなどしました。こういう保守に私はあまり脅威を感じません。

 一方、現代は革新のほうこそ天皇を必要としているのかもしれません。れいわ新選組代表の山本太郎は、12年前の園遊会で天皇に反原発を訴える書簡を手渡ししました。

片山:天皇がうなずいてくれれば国が変わるという、非常に天皇主義的な幻想なわけですが、完全に左派と右派のねじれが生じていますね。

佐藤:そう思います。左派・リベラル派が生前退位を表明した上皇の人格に依拠していき、逆に安倍晋三支持者が上皇を支持しない、という現状ですね。山本太郎の例は、昭和2年に軍隊内部の部落差別や待遇の改善を天皇に訴えた、陸軍兵の北原泰作による天皇直訴事件を彷彿とさせ、左右がねじれた反復と見ることができます。

関連記事

トピックス

今季から選手活動を休止することを発表したカーリング女子の本橋麻里(Xより)
《日本が変わってきてますね》ロコ・ソラーレ本橋麻里氏がSNSで参院選投票を促す理由 講演する機会が増えて…支持政党を「推し」と呼ぶ若者にも見解
NEWSポストセブン
白石隆浩死刑囚
《女性を家に連れ込むのが得意》座間9人殺害・白石死刑囚が明かしていた「金を奪って強引な性行為をしてから殺害」のスリル…あまりにも身勝手な主張【死刑執行】
NEWSポストセブン
失言後に記者会見を開いた自民党の鶴保庸介氏(時事通信フォト)
「運のいいことに…」「卒業証書チラ見せ」…失言や騒動で謝罪した政治家たちの実例に学ぶ“やっちゃいけない謝り方”
NEWSポストセブン
球種構成に明らかな変化が(時事通信フォト)
大谷翔平の前半戦の投球「直球が6割超」で見えた“最強の進化”、しかしメジャーでは“フォーシームが決め球”の選手はおらず、組み立てを試行錯誤している段階か
週刊ポスト
参議院選挙に向けてある動きが起こっている(時事通信フォト)
《“参政党ブーム”で割れる歌舞伎町》「俺は彼らに賭けますよ」(ホスト)vs.「トー横の希望と参政党は真逆の存在」(トー横キッズ)取材で見えた若者のリアルな政治意識とは
NEWSポストセブン
ベビーシッターに加えてチャイルドマインダーの資格も取得(横澤夏子公式インスタグラムより)
芸人・横澤夏子の「婚活」で学んだ“ママの人間関係構築術”「スーパー&パークを話のタネに」「LINE IDは減るもんじゃない」
NEWSポストセブン
LINEヤフー現役社員の木村絵里子さん
LINEヤフー現役社員がグラビア挑戦で美しいカラダを披露「上司や同僚も応援してくれています」
NEWSポストセブン
モンゴル滞在を終えて帰国された雅子さま(撮影/JMPA)
雅子さま、戦後80年の“かつてないほどの公務の連続”で体調は極限に近い状態か 夏の3度の静養に愛子さまが同行、スケジュールは美智子さまへの配慮も 
女性セブン
場所前には苦悩も明かしていた新横綱・大の里
新横綱・大の里、場所前に明かしていた苦悩と覚悟 苦手の名古屋場所は「唯一無二の横綱」への起点場所となるか
週刊ポスト
医療的ケア児の娘を殺害した母親の公判が行われた(左はイメージ/Getty、右は福岡地裁)
24時間介護が必要な「医療的ケア児の娘」を殺害…無理心中を計った母親の“心の線”を切った「夫の何気ない言葉」【判決・執行猶予付き懲役3年】
NEWSポストセブン
近況について語った渡邊渚さん(撮影/西條彰仁)
渡邊渚さんが綴る自身の「健康状態」の変化 PTSD発症から2年が経ち「生きることを選択できるようになってきた」
NEWSポストセブン
昨年12月23日、福島県喜多方市の山間部にある民家にクマが出現した(写真はイメージです)
《またもクレーム殺到》「クマを殺すな」「クマがいる土地に人間が住んでるんだ!」ヒグマ駆除後に北海道の役場に電話相次ぐ…猟友会は「ヒグマの肉食化が進んでいる」と警鐘
NEWSポストセブン