1時間ぐらい走りながら考えているとアイディアが浮かぶ
「絵馬」は、主人公の医師が勤める病院のそばに神社があり、彼は同僚の外科医が奉納した手術成功を祈る絵馬を偶然、目にする。
「病気快癒を祈る絵馬はよく目にしますけど、もしもその神社が病院の隣で、医者がたまたま見たら、神頼みせずに医者に頼れよってちょっとムカつくんじゃないか(笑い)、っていうのをメモしてたんです」
「貢献の病」は、社会貢献という一見、文句のつけようのない行為に皮肉な視線を向けた異色作で、編集者から「終った作家」と扱われる作家が出てくる。
「注文が少し途切れて、自分も『オワコン』なのか……と思っていた時期に書いたので、その時の気持ちが少し投影されています」
講談社現代新書の『人はどう死ぬのか』のシリーズがベストセラーになっている久坂部さんでも、そんな風に感じることがあるとは。何が小説のタネになるかわからないものだ。
多才な久坂部さんは、落語の台本募集で入賞したこともあり、プロの落語家が舞台で演じている。書きおろしの「リアル若返りの泉」も、ブラックな笑いで落語になりそうだ。
「いつまでも若々しく、という世の中の風潮で、もし急に若返った人がいたら、メディアが大騒ぎするんじゃないか。その人が使った健康スリッパやなんかがバカ売れしたりするんじゃないか、というアイディアから生まれた話です」
小説のアイディアは、机の前ではなく、走っているときに生まれるという。
「1時間ぐらい走りながら考えていると、アイディアが浮かぶんです。家の近くに公園と運河があって、橋を渡ってまた帰ってくるんですけど、いいアイディアを思いつくと、ランナーズハイになるのか、いつ橋を渡ったかも記憶になくなります。走った後も体はまったく疲れないし、健康にもいいし、小説も書けていいことずくめなんですけど、走ってもアイディアが湧かないときは、疲れてへとへとになって帰ってきます」
長篇を書くときも、まず走ってアイディアを溜め込み、溜めたアイディアがなくなると、また走りに行く。走りながら思い浮かんだことは、実際に経験したことのようにくっきり記憶として残るので、シャワーを浴び、ご飯を食べた後でも消えないそうだ。
【プロフィール】
久坂部 羊(くさかべ・よう)/1955年大阪府生まれ。医師・作家。大阪大学医学部卒業。2003年『廃用身』で作家デビュー。2014年『悪医』で日本医療小説大賞を受賞。ベストセラーになりドラマ化もされた『破裂』『無痛』『神の手』のほか、小説に『テロリストの処方』『介護士K』『芥川症』『オカシナ記念病院』『善医の罪』など、新書に『日本人の死に時』『人間の死に方』『寿命が尽きる2年前』『人はどう死ぬのか』『人はどう老いるのか』『人はどう悩むのか』など、著書多数。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2025年5月22日号