「黒人は泳ぎが苦手」の本当の意味
アメリカは「自由の国」だから、大学その他の組織も「私立」が多い。国がその運営に口を出せないということだ。つまり「オマエは黒人だから我らのクラブに入れない」と言えば大問題になり、裁判でも必ず負ける。しかし「クラブの内規に基づいて理事会で協議しましたが、残念ながらあなたの入会は認められません」と言えば、そういうクラブの「自由」を国が侵害することはできない。
たとえば昔聞いた話だが、アメリカのスイミングクラブは白人独占で、黒人の会員がいるところはきわめて少ないそうだ。その理由は「同じ水に入るのが嫌」だからだが、もちろんそういう理由で拒否することは憲法上できない。しかし、実際には「審査の結果」と言えばそれで通る。だからアメリカ出身の黒人選手は陸上競技では大活躍しているのに、水泳の金メダリストはずっといなかった。
初めて黒人女性としてオリンピック水泳種目で金メダルを取ったのは、二〇一六年のリオデジャネイロ大会に出場したシモーン・マニュエル選手だったが、そのときのことをNHKは次のように分析している。
〈アメリカでは人種差別制度の名残で“黒人は泳ぎが苦手”と言われており、Washington Postは「白人4割、ヒスパニック6割に対して、黒人は7割の子どもが泳げない」という統計を紹介し、マニュエル選手の金メダル獲得の意義を評価した。
ところが、同選手の表彰式をNBCは生中継せず、他国の競技のVTRを流したことから、ネット上で批判の声が相次いだ。あるユーザーは、涙を流しながら国歌を歌うマニュエル選手のBBCの中継映像とNBCの映像をSNS上で二分割画面で紹介し、NBCの判断を皮肉った。表彰式は1時間後にVTRで放送され、マニュエル選手は自分に続く若い人がたくさん現れてほしいとインタビューで答えた。〉
(『放送研究と調査』〈NHK放送文化研究所刊〉2016年10月号掲載「リオ五輪、米国黒人選手が活躍、表彰式の中継なしがネット上で批判」より一部抜粋)
「黒人は泳ぎが苦手」という世評(?)の本当の意味がわかっていただけたと思うが、同様にNBCが彼女の金メダル授与式を生中継しなかったことも、差別と糾弾することは難しい。NBCは私企業であって、「報道の自由」があるからだ。
こんな社会なので、かつてアメリカの連邦最高裁判所は子供の通学バスに「白人と黒人は一緒に乗ること」という命令を出したこともあった。また第三十五代大統領ジョン・F・ケネディは、大学や国家と契約している企業などに「アファーマティブアクション(積極的人種差別是正措置)」を取るよう大統領令を出した。
平たく言えば、「もっと黒人を雇え(入学させろ)」ということだ。のちに名門ハーバード大学などではこの措置を発展させて、入試に「人種枠」を設けるようになった。しかし、これについては二〇二三年六月に米連邦最高裁が、黒人ら人種的マイノリティー(少数派)への優遇措置は平等な権利を保障する憲法修正第十四条に違反する、という判決を出した。
これも「バイデンからトランプへ」の流れのなかで起こったことだが、この憲法違反とされた措置がアメリカの黒人差別に「風穴」を開けたことは間違いあるまい。