痴漢犯罪防止のため、JR埼京線の車両に設置された防犯カメラ(時事通信フォト)
「痴漢冤罪」を証明するのは簡単ではない
被疑者の勤め先の内装会社にも連絡を入れた。応対した社長は「ちょっと信じられない。近くにいるので、すぐにそっちに行きます」と、かなり驚いた様子だった。依頼者は、行かなければならなかった当日の内装の現場仕事を飛ばしているのに、会社のトップがここまで親身に対応するのは稀だ。かなり真面目に働いてきたのだろうと思った。
ほどなくやってきた内装会社の社長は、依頼者の人柄を絶賛した。高校を卒業して、すぐに入社。3年間にわたって無遅刻、無欠勤。仕事は熱心だし、酒の席でハメを外したこともない。
「俺は、あいつはやっていないと思います。身元引受人でも何でもやるので、先生どうかよろしく」
社長はそう言って、身柄引受書にサインをしてくれた。私は逮捕された本人の宣誓書、母親と社長の身柄引受書をまとめ、被疑者の冤罪を主張し、早期の身柄解放を求める書面を作って検察庁や裁判所に提出し、裁判官とも面談した。その結果、彼は勾留されずに、早期釈放となった。
その後も捜査は続き、最終的には不起訴処分が決まった。「痴漢冤罪」を証明するのは簡単ではないので、私自身も充実感を得た仕事だった。
ところが約1年後、彼の母親から電話があり、思いもよらない報告を受けた。彼が、ふたたび痴漢の容疑で逮捕されたというのだ。日曜の夕方、母親に頼まれた食材をスーパーで買った帰りに起きた出来事だった。酒は飲んでおらず、違法薬物も検出されていない。自宅マンションのエレベータの中で、彼は突然、「男子中学生」に抱きついたのだという。母親は電話口で取り乱して、泣きじゃくっていた。
その日のうちに私は接見し、彼に尋ねた。
「本当のことを話してほしい。前の時は、どうだったの?」
「女になんか触ると思いますか?」
私にはわからなかった。本当にわからないのだ。今回のことがあったから、「前回もクロだ、やっているに違いない」とはやはり思えない。
内装会社の社長はもう来なかった。
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