日本代表キャプ数歴代最多の98を誇るレジェンドである大野均(時事通信フォト)
セオリーを破ったスクラムの選択
もう1つの武器が、スクラムや、ラインアウトといったセットプレーの強化だ。強豪国に比べて小柄な日本代表はスクラムに苦手意識があり、過去のW杯ではスクラムを避ける戦術で挑む試合も少なくなかった。
それらの要となるポジションがロックである。
「セットプレーの安定が、あの勝利につながったのは間違いありません」
そう語るのは、日本代表歴代最多キャップ数98を誇るロックの大野均。彼が本音を吐露する。
「すべて出し切れば、昔のように大敗することはないと考えていました。ただ実際に試合するまでは南アに勝てるとは思っていなかったんです」
決戦の地となったブライトン・コミュニティ・スタジアムにキックオフのホイッスルが響いたのは、16時45分。
開始10分、大野は未知の相手に確かな手応えを感じていた。
「スクラムを互角に組めましたし、アタックもしっかり止めることができた。今日はいい試合になりそうだ、と」
エディーは、大野にセットプレーの安定以外に、ハードワークの体現という役割を与えていた。大野は自分よりも大きな相手に愚直に身体をぶつけ続け、倒れてもすぐに起き上がり、再び相手に向かっていく。その姿こそが、ハードワークを掲げたエディー・ジャパンの象徴だった。
大野が交代し、ピッチを退いたのは後半13分。大野は言う。
「あれだけの練習をやった仲間ですからね。メンバーの31人誰が出ても遜色のないプレーができる。その自信と信頼が、あのチームの強さでした」
6度もリードを奪われた日本代表だったが、諦めずに食らいつく。エディーのプラン通りに試合は進んでいた。最終盤に南アがペナルティゴールで3点を追加し、3点ビハインドの29対32。
残り時間は4秒。日本はゴール前でペナルティを獲得する。セオリーならショット(キック)で3点を狙う場面だ。1次リーグでは、同点でも勝ち点2を得られるからだ。
引き分けより、奇跡を。キャプテンのリーチマイケルは、ファンの予想を裏切り、ショットではなく、スクラムを選択する。どよめきが起きた。
客席から指示するエディーは「違う。ショットだ!」と叫び、インカムを破壊するほど怒りを露わにした。
指揮官の想定をも超えたリーチの判断。これが、奇跡を実現する1つ目の「プラスα」となる。
「壊したインカム、まだ弁償していないんですよ」
苦笑いしたエディーは10年前の心境を話した。
「20秒後、気持ちを切り替え、選手の判断を尊重しました。コーチは試合を“見て”判断しますが、選手はフィールドで試合を“感じて”判断します。そうした判断ができるチームを作ることこそが、コーチの仕事です。彼らは本当に勇敢な選択をしてくれました」