私も長い目で見るならば、そうしたほうがよかったと思う。日本が血を流してドイツを追っ払ったのは紛れも無い事実だから、日本が無条件で権益を渡せば「日本の好意になにかしら報いるべきだ」という形で、第一次世界大戦中のどさくさ紛れに日本が中国に突きつけた「対華二十一箇条の要求」で悪化した対日世論が好転した可能性はある。
しかし日本は結局、強引に押し切るほうを選んだ。「戦死した兵士の犠牲を無駄にできない」という最終的には大東亜戦争を招いた「英霊信仰」が、外交官のみならずすべての日本人の頭のなかにあったのかもしれない。
では、中国の立場に立って考えてみよう。日本は第一次世界大戦の混乱で欧米列強が東アジアに手を出せない状況のなかから、まさに火事場泥棒のように対華二十一箇条の要求を突きつけた。青島はドイツ軍と戦って奪い返したのだと日本は主張するが、そのドイツ軍は「二軍」であり、援軍も補給も期待できない孤軍であった。しかも日本軍は中国の主権を無視し、強引に領土を横切って青島を攻略した……。
ここで、中国人の心のなかには常に中華思想があることを思い出していただきたい。「中国は世界一の国家」なのである。このときは実際そうでは無かったのだが、中国人の心のなかには常にその思いがある。当然、青島についても中国軍が独力で奪回できたのに日本軍が先に手を出して奪ってしまった、という認識になる。
これも実際には中国軍が欧米列強や日本の軍隊より弱かったため、弱肉強食の帝国主義の世のなかで中国は草刈り場になってしまったのだが、プライドだけは人一倍高い中国人はそうは思いたくないのである。とくに、ドイツ軍の青島守備隊は孤立無援であった。いかに難攻不落の要塞とは言え、兵糧攻めなら必ず落とせる。だから余計に中国人はそう思った。
だが、国際情勢はどう変わるかわからない。第一次世界大戦もまかり間違ってドイツが勝つようなことになっていたら、当然青島も防衛は強化され難攻不落になる。そうさせないためには、電撃作戦で青島を攻略するしかない。それが日本側の見解であった。これに対して中国が「あれは兵糧攻め(つまり長期にわたる持久戦)で落とせた」と思い込むのは結果論であって、我田引水の都合のいい結論でしかない。日本はそのように考えたのだが、中国は逆にいま述べたような論理で青島攻略は対華二十一箇条の要求に続く二番目の「火事場泥棒」だと見た。
本物の火事場泥棒が「いや、われわれだって盗みに入ったときに犠牲者を出している」と主張してもその行為が正当化されないように、日本が「血を流して戦った」といってもその行為は正当化されるものでは無い、と中国側は考えたわけだ。
この考え方は中国人の世論となり、それは反日一大デモンストレーションにつながっていく。それが始まった一九一九年五月四日にちなんで、これを「五・四運動」という。だがこれについて詳細に述べる前に、その約二か月前の三月一日に日本統治下の朝鮮半島で起こった反日、いや抗日の一大デモンストレーションであった「三・一独立運動」に触れておかねばなるまい。