「あれは捏造よ! 私はここに嫁いできて40年になるけど、虐待なんて見たことない。全部メディアの作り話よ!」
40年も島に住んでいながら、事件に繋がるような実態を把握していなかったとは考えにくいが、とりあえず女性の言い分に耳を傾けた。
「親が子供を島に売り飛ばしたのよ。親が被害者のふりをしているおかげで、島のイメージが悪くなってこっちだって迷惑しているのよ!」
女性によると、“強制労働”がさかんに報道された当時の労働者はみな島を去り、現在の塩田はみな家族経営をしているのだという。機械化が進んだおかげで、それが可能になった。彼女は「むしろ従業員は大切にされ、望めば辞めることもできた」「障害のある人を働かせることもなく、むしろ哀れに思って送り返したほどだ」とも語った。
そうこうしているうちに、女性の夫らしき男性が帰宅してきた。
「おじさんも塩田で働いているのですか」と問いかけると、男性は直前まで女性と普通に会話していたにも関わらず「耳が聞こえない! 耳が聞こえない!」と繰り返した。
前述のパンスクの動画にも、同じように「耳が聞こえない」と一点張りをする男性が音声のみで登場し、パンスクが「意思疎通ができない」とぼやく場面があったことを思い出す。この男性が同一人物であるかは不明だが、独特の言い回しが妙に耳に残った。
その後、紹介された荷衣島へと辿り着く。この島は新衣島と橋で繋がっており、金大中元大統領の生家という観光スポットもある。新衣島とは打って変わって道路が整備され、港周辺では食堂やカフェ、個人商店もいくつか営業している。その日も、本土からトレッキングをしに来た団体で賑わっていた。
港近くの個人商店へ赴くと、店内のテーブルで男性労働者らが昼からチャミスル(焼酎)やキムチなどのつまみを楽しんでいた。
商店で食事中の労働者たち
彼らは「日本から来た人間は27年ぶりだよ」と言った。かつては日本人と結婚した島民がいたが、とっくの昔に島を出ているという。木浦(モクポ)から船でしか訪れることができない新衣島と荷衣島にわざわざ来る人間といえば、住民か業者しかいない。
それだけに、日本から来たということは逆に有利に働いた。“島奴隷”に関する話題を出すのは海外在住の辺境マニアによる、悪意のない“好奇心”として受け止められたようだった。
筆者が「記念に天日塩を購入したい」と言うと、店主は「タダでいい」と言ってプラスチック容器に詰めて差し出してきた。筆者はお礼を言うついでに、“島奴隷”について聞いてみた。すると突然、テーブルでチャミスルを飲んでいた男性が「あんなのは嘘の報道だ」と割り入ってきた。「暴力があったというのも嘘でしょうか」と尋ねると、こう語気を強めた。