筆者が初日に着いた上苔西里の船着場(写真左)。島民以外はまず利用しない(写真右:共同通信。写真はイメージ)
およそ80島の有人島があり、多くの韓国人が「奴隷島」と畏怖する新安諸島。第1回では映画化もされた“島奴隷”の存在が白日にさらされた2014年の出来事について解説しているが、この問題はいまなお未解決だという。
なかば都市伝説化している強制労働の実態を探るため、筆者は新衣(シニ)島へと足を運んだ。そこでわかったのは、現地住人たちの意外な認識だった──。【全3回の第2回】
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新衣島への出発前、取材した韓国人たちは「絶対に行くな」と筆者に“警告”した。
「女が1人で歩いていたら何が起きるかわからない場所」「島では行動がすべて監視されている」……こうした離島に対する恐怖のイメージが現代でも定着しているのは、インフルエンサーたちの影響も大きい。
たとえば記憶に新しいのは2023年、登録者数50万人以上を誇る突撃系YouTuber「パンスク」が新衣島と近隣の飛禽島に“潜入”し、島から名誉毀損で告訴され逮捕・勾留されたことだ。彼は島民に声をかけたり、島の警察署の1室に隠しカメラを仕掛け、警察官らを質問攻めにしたりする様子などを6回にわたって配信した。本人はこのときの様子を、「自身の行動が島全体に共有され筒抜けになっている」と主張している。
2023年、新安郡に警察署がようやく設置され、新衣島の派出所もその傘下に入った
その後、「パンスク」を模倣して島を訪れるYouTuberも現れた。彼らの動画の中には住民が明確に「昔は暴力行為や搾取が行われていた」と証言したり、中には朝5時から夜中までの労働を20年間行っていると話したりする人もいた。
SNS上などで、今も新衣島が“不可侵の暗黒地帯”であることが印象づけられているのには、このような背景があるのだ。
現地取材に戻ろう。新衣島の船着場についた筆者は、閑散とした街を10分以上歩き続けた。すると突然、これまでの風景に似つかわしくない“豪邸”が現れたのだった。戸口をノックすると、その中から、60〜70代くらいの恰幅のいい女性が現れた。
「どうしたの?」
急な来客にも取り乱しはしていないが、こちらをそれなりに警戒している様子だ。
筆者が「食事をできる場所を探していまして」と言うと、「今日は日曜日だから、隣の荷衣(ハイ)島まで行かないと食堂はないわよ」といって、島唯一の公共交通手段であるワゴン型の「1004バス」を呼んでくれた。女性はそれを「タクシー」と言った。
バスが来るのを待つ間、筆者はここぞとばかりに“島奴隷”の話を振った。すると、女性は血相を変えてこのように話した。