新衣島ではこうしたのどかな風景(写真左)が延々と続く(写真右:共同通信。写真はイメージ)
2014年の「新安塩田奴隷事件」で明るみに出た、韓国・“奴隷島”の強制労働。当時その背景には、雇用者、職業紹介所、地元議員、警察、運輸関係者らを巻き込んだ島ぐるみの“癒着”が指摘された。住民は「みんなやっている」と目をつむり、むしろ“奴隷労働”から逃れようとした人たちの通報や再拘束に協力したとされる。
この事件は2015年に映画化された後も風化することはなく、最近もYouTuberによる“島突撃動画”などが投稿され、韓国の人々の関心を集め続けている。
筆者はそんな“奴隷島”の現在を取材するため、「行ってはいけない」新衣島に足を踏み入れた。【全3回の第3回】
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筆者が現地取材を試みた初日、複数の住民が「メディアの誇張・捏造」を訴えてきた。想起されたのは、2016年に同じ新安諸島の黒山島で起きた女性教師への集団性暴行事件だ。この事件では、本土から赴任したある女性教師が、生徒の父親などから無理やり酒を飲まされ、集団暴行を受けた。
当時、黒山島の島民らはメディアの取材に対して以下のような発言をしている。
「ソウルでは無差別殺人やバラバラ殺人だってあるのに、そんなことを言ってたらどこにも住めない」
「(加害者は)みんなまともな人です。記事は6割、7割誇張しているんですよ」
「男なんだから、わかるじゃないですか。80歳でもそんな誘惑には勝てませんよ」
島民らが一斉に加害者を擁護した上に、加害者らの家族が減刑の嘆願書を出したことでも世間を震撼させた。これらは一見、罪の意識の希薄さに見えるが、ムラ社会を守ろうとする一種の防衛反応なのかもしれない。
島の事案とは別に、韓国では特定失踪児童のポスターが随所に貼られている。写真は荷衣島の船着場のもの
取材2日目、筆者は「塩田奴隷事件」の現場となった「下苔東里(ハテドンリ)」に近いもう1つの船着場から入島した。こちらは初日の船着場と比べ、現地でタクシーとして利用されている「1004バス」が停まっているなど、かろうじて人里との繋がりを感じられた。
バスの運転手がさっそく訝しげにこちらを見つめているため、「下苔東里に行きたいがどうすればいいか」と聞いた。よそ者が、塩田以外に何もない下苔東里を漠然と目的地に指定するのは明らかに異様であることはわかっていた。運転手は戸惑いながら「このタクシーは行き先が違うので、途中で別のタクシーに接続する」と言った。
乗り換えたのはいいが、次の運転手もあからさまに態度が硬かった。同地域にある、本土でも有名な塩生産会社の工場を告げると、その手前で降ろしてくれた。
降りたはいいものの、さてどうするか、だった。
取材時は連日、猛暑注意報が発令され、この日の気温も38度前後。島は陽光を遮るものがなく、まさに灼熱地獄と言えるほどの暑さだった。熱線にじりじりと焼かれながらひたすら同じ風景が広がる中を歩いていると、60代くらいの女性に声をかけられた。
筆者が日本から来たと言うと、「よかったらうちの倉庫を見学していってよ」と親切に案内してくれた。夫と息子夫妻で塩田を切り盛りしているのだという。