そんな国が西洋近代化など自力でできるはずが無い。それが欧米列強も含めた世界の見方であった。だからこそ、そんな体制を維持しようとした高宗が派遣した使者など無視されて当然なのだが、これは李完用ら改革派にとっては意外に大きな衝撃だった。曲がりなりにも「大韓帝国皇帝」なのである。このまま放っておけば、徹底的な改革派潰しに走るかもしれない。
大日本帝国の力がまだそれほどでも無いころ、日本の力を借りて朝鮮国を近代化しようとした金玉均は、高宗の妻閔妃の放った刺客によって暗殺されたばかりか、その遺体はバラバラにされて各地に晒され妻子まで殺されそうになった。ちなみに、その妻子を保護したのは日本である。金玉均は朝鮮民族を救うために立ち上がったのであり、その方向性はまったく正しいものだったのだが、それは高宗や閔妃から見れば「不忠の臣の極悪」だったのである。これが朱子学体制だ。
その五百年も続いた体制を叩き潰して国を生まれ変わらせるためには、現在でも韓国で「売国奴」として極悪人扱いである李完用がやった方法しかなかった。だが、韓国では李朝以来「日本は韓国より劣っている」という朱子学的信念に縛られているので、いまでも「日本が邪魔しなければ韓国は独立を全うできた」などと主張する人々がいる。いや、それが右翼・左翼問わずの国民的主張であり、それに異論を唱えることは生命の危険すらある。この点で臆せず『反日種族主義』を堂々と公刊した李栄薫名誉教授の勇気に、私は敬服している。
以上が『逆説の日本史 第27巻 明治終焉編』の要約というべきものだが、これを踏まえて考えれば当時の日本人(併合後に「日本人」となった朝鮮系日本人改革派も含まれる)や欧米列強の見方がわかるだろう。「独立? まだ日本と一緒になってたった十年だろう。あらゆる改革は端緒についたばかりだ。時期尚早だ」である。李完用は当時の新聞『毎日申報』に寄稿し、次のような警告を同胞に向かって発している。
〈私がもうひと言言いたいのは、独立説が空しいものであることを私たちがしっかりと悟り、朝鮮民族の将来の幸福を祈ることである。現在のように国際競争が熾烈な時代に、この3000里にすぎない領土と、あらゆるものが不足している1100余万の人口をもつ私たちが独立を唱えることがいかに空しいことか。併合からこの10年間、総督統治の実績を見れば、人民が享受した福祉が多大なものであることは国の内外が認めるところだ。地方自治、参政権、集会と言論については、朝鮮人の生活と知識の程度に応じて、正当な方法で要求するなら同情を集めることができる。いま私たちに迫られているのは、独立ではなく実力を養うことだ。〉
(『祖国の英雄を「売国奴」と断罪する哀れな韓国人』金文学著 ビジネス社刊)
このわずか十年前の併合以前の韓国には非常に堅固な身分制度があり、士農工商の下には奴婢(奴隷)すらいた。当然彼らは文字も読めないし、初等教育などを受けたことも無い。たしかに、エリートは子供のころから学問を学んでいて少なくとも朱子学においては学者並みの知識を持っていたが、そんなものは近代化にはなんの役にも立たないどころか、むしろ障害である。