これで、おわかりだろう。いまの韓国人はなぜ「自分は両班の出身だ」と叫ぶのか? それは、李朝体制下は極端な少数支配であり、庶民にはなにも与えられていなかったという歴史的事実から目を背けたいからである。目を背ければ「日本が邪魔しなければ韓国は自力で近代化できた」という嘘を信じ込むことができるからである。
また「なにがなんでも日本が悪い」のだから、朝鮮国および大韓帝国によって、いや「李朝五百年」の朱子学体制のなかで徹底的に差別されてきた人々を日本が解放したという、本来なら朝鮮半島史に燦然と輝くほどの歴史的功績を認めたくないからでもある。
ちなみに、奴婢階級は床板の無いバラックに住んでいた。あばら家のなかに入ると床は「地面」だということだ。日本は朝鮮半島に膨大な投資をして鉄道や下水道や港湾設備や官庁街を整備したが、そのなかには被差別階級の人々の住宅改善も含まれていた。エリートにくらべれば圧倒的に数の多い被差別階級の人々たちは、日本のおかげで人権を認められ人間としてあたり前の暮らしを認められた、これが歴史的事実なのだが、現在の韓国には「私は被差別階級だったが、日本のおかげで解放された」と感謝する韓国人は私の知る限り一人もいない。なぜそうなるかと言えば、これも朱子学体制の問題点で、次のように思考回路が働くのである。
「韓国は常に日本より優れている」→「ゆえに日本に助けてもらったことなどなにも無い」
「韓国は常に日本より優れている」→「ゆえに韓国に奴隷制度など無かった」
前にも述べたことがあるかと思うが、朱子学というのは歴史学の「最大の敵」なのである。「自分たちは最高」というプライドから始まり、それが現実を無視するほど尊大だから、自分の国の歴史、つまり過去の過ちを認めることができない。だからそれを解消してくれた人間や組織に感謝することは絶対に無い。「過ちなど最初から存在しない」からだ。「恩を仇で返す国(人々)」と韓国や韓国人がしばしば批判される原因は、ここにある。
話を戻せば、当時の日本や改革派の朝鮮系日本人が「三・一独立運動」なるものを肯定的に評価できなかったもう一つの理由は、この運動のそもそものきっかけが元大韓帝国皇帝(当時は李太王)の「怪死」、つまりこの年の一月二十一日に死去した李太王は病死では無く日本が毒殺した、という噂だったからだ。
このことを、日本や改革派の朝鮮系日本人はどう思ったか?
そう、「そんなバカなことがきっかけなのか?」である。どうしてそうなるかは、おわかりのはずである。
(第1468回に続く)
【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『真・日本の歴史』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。
※週刊ポスト2025年10月10日号