野津英滉被告(共同通信)
家族よりも霊媒師に相談
背中と首が曲がり、ずっと下を向く状態の被告人。発言をマイクで拾うため、身体を起こすよう求められるが、違いがわからない程度にしか起こせない。拘置所に入ってから、左手は固まって動かず、薬は飲んでいるが何の薬かはわからないという。
声は低く、くぐもったという表現の通りに感じる。質問に一つ一つゆっくりと答えていく。
平成30年ごろに、脳や腸がコントロールできなくなり、これまでできたことができなくなった。心境は「ヤバいの一言ですね」と気持ちを表す。
病院では異常は見つからず、次に電話で霊媒師に相談したという。しかし解決には至らず、家族へのストレスはどんどん溜まっていった。家族が気付いて解決に動いてくれることもなかった。
自殺を考えたが、自分が抱いている苦しみ、家族へのストレスをわかってもらえないなら意味がないと考えた。
死刑になるために、3人以上の殺害を計画した。それ以外にも、殺害した祖母、母、弟のことを「殺されるに値する人物だった」などと表現し、その殺害の理由を供述する。叔母に関しても、「人間的に一定の問題がある」などとして、4人目の対象とした。
しかしその後にナイフを購入したが、「抵抗があった」として凶器をクロスボウに変える。しかし、凶器を変えたとしても当然に抵抗感はあったという。
弁護人「ナイフを使う抵抗と、クロスボウを使う抵抗に違いはありましたか」
被告人「あったのはありましたが、攻略法を見つけましてね。克服しました」
弁護人「攻略法とは」
被告人「第一次世界大戦、第二次世界大戦の記事を見ました」
被告人のその後の説明内容から推察すると、第二次世界大戦では「獲物を見たら引き金を引く」と条件づけることで殺傷行為の精神的ハードルが低くなった、という記事を見たということだと思われる。淡々と事件の様子を陳述していたのは、これが要因なのかとも感じたが、その理由は定かではない。