斜里町のコンビニ付近を徘徊するオスの個体(ヒグマWC会議公開資料より)
「管理」か「保護」かで真っ二つ
ただし、「ヒヤリハット」は幾度もあった。ほとんどの住民は斜里町役場のLINEを登録していてクマの「目撃」「痕跡確認」「捕殺」等の情報が逐一入る。出没のピーク期、9月から11月にかけて住民は車以外での外出は極力控えていた。
一方、知床は年間180万人もの観光客が訪れることもある一大観光地だ。2023年も知床は観光客で賑わっていた。観光客は役場の広報車やパトカーのアナウンス、あるいは宿泊先等で配られる注意喚起のチラシなどから情報を得るしかなく、周知が徹底されていたとは言い難かった。
そのため早朝、ランニングをしていた観光客と、追い立てられて逃げるクマがあわや正面衝突しかけたこともあった。対応スタッフも背後からヒグマにチャージを受けたり、車の扉を開けたら2メートル先のやぶにヒグマが潜んでいたりと、何度となく肝を冷やすシーンに出くわした。知床で野生動物管理のプロ集団「ワイルドライフプロ」を率いる葛西真輔は言う。
「ほとんど報道されませんでしたけど、2023年の知床は、まさに地獄絵図でしたよ。住民にとっても、スタッフにとっても、そして、ヒグマにとっても」
葛西は2005年から2022年まで知床半島の野生動物の管理・保護を請け負う知床財団に所属していた。
「僕らがメインで担当していた斜里町内は、駆除数が20頭にいくなんてことはまずなかった。ところが2011年に27頭、2012年に24頭と増え、2015年なんて47頭だから、『えーっ!』ですよ。その頃、そうやって定期的に大量出没が起こることが段々とわかってきた。ところが、2023年は町内だけで97頭ですから。異常も異常。考えられないですよ」
クマの大量出没の原理は、コップとその中の水にたとえると理解しやすい。コップの大きさはそのエリアで許容できるクマの生息数の規模、水の量は実際の生息数だとすると、水の量はある程度、余裕のある状態が望ましい。餌不足でコップが小さくなったとしても、あふれ出ることはないからだ。しかし、すり切り一杯な状態だと、許容量が下がった途端、一気に水があふれ出すことになる。つまり、大量出没だ。
葛西は強めの言葉でこう警鐘を鳴らす。
「人間が対応可能な数までクマの総数を落とすことが急務。でないと、今後、えらいことになりますよ。今、人間の世界がクマに制圧されかけているわけです。知床はあれだけの地獄を経験しても、まだ、頭数コントロールのほうへ舵を切れないでいる。今度、大量出没があったら、死人が出てもおかしくないですよ」