社会的な合意を得るのは難しい
春グマ駆除が盛んに行われていた1970年代から1980年代にかけて、一般人とクマが出くわすことなどまずなかった。頭数が減っていたこともあるが、何よりもクマが人を恐れていたからだ。
春グマ駆除が禁止された1990年に5000頭まで減少していたヒグマは、2022年には約1万2000頭まで回復したとされる。石名坂は言う。
「ヒグマの繁殖力は侮れない。ちょっとでも油断したら、すぐに戻りますよ。そして、ドカッと町にやって来る。野生動物の保護に成功して数が増えたんだけど、その後のフォローがうまくいってないというのは『あるある』なんですよ。シカが典型例。増え過ぎて、大問題になっている」
クマもそうだ。成功であり、失敗でもある。ただ、知床の場合、その失敗を取り返すのは容易ではない。
知床において自然のスケール感を象徴するヒグマは観光資源でもある。観光業に携わる人間にとってクマの数が減るのは喜ばしいことではないだろう。知床でガイドを務める寺山元はこう話す。
「頭数をコントロールすべきという意見は同意します。そっちのほうが考え方としては合理的。ただ、ヒグマは知床のアイドルでもある。世界遺産という地域の性格上、社会的な合意を得るのは非常に難しい気はしますね」
寺山もかつては知床財団でヒグマ管理に携わっていた。それだけに物理的な困難さも想像がつく。
「大変ですよ。クマを獲るって。市街地に出てきたクマならともかく、山の中でクマなんて、そう簡単に見つからないですから。見通しも悪いし、足場も悪い。そこで銃を構えて命中させるというのは相当なスキルです。もう、かなり気合いを入れていかないと」
それは知床以外のエリアでも言えることだ。寺山はこう達観してもいた。
「これからの時代、自然の近くで暮らすということは、死をともなうものだという考えを、ある程度、受容しなければいけないんじゃないですか。それが嫌なら都市に住むしかない。僕はリスクをとっても、ここに住みたいと思っていますけど」
最後にこう付け加えた。
「結局、解はないんですよ。保護か、頭数コントロールかという問題は」
そうかもしれない。いや、そうなのだろう。ただ、そう逡巡している限り、クマの大量出没は終わらない。
【プロフィール】
中村計(なかむら・けい)/1973年、千葉県生まれ。ノンフィクションライター。著書に『甲子園が割れた日』『勝ち過ぎた監督』『笑い神 M-1、その純情と狂気』など。スポーツからお笑いまで幅広い取材・執筆を行なう。近著に『落語の人、春風亭一之輔』。
※週刊ポスト2025年10月31日号