単純なものです、人間というのは
著者がメディアに頻繁に登場し始めたのは1990年代。特にNHK教育の夏の『数学講座』は模型を手作りして〈定理や証明を視覚化〉するなど、後の数学普及活動の原点ともなり、世界中で大反響を呼んだ。
「私を誤解している人は多いかもしれない。『数学講座』をきっかけにエンタメ系の番組にもずいぶん出たし、数学者崩れのピエロとかロン毛にバンダナのレゲエ数学者だとか。まあ、ある面は事実なんだけど。
でも本当は研究もこんなにしているし、数学も世界中で教えているし、本物の私を知ってほしいと思って、この本は結構マジに書いた。最近はやれコスパだタイパだと言うけれど、私が本を書いたりテレビに出たのも数学研究を続けるための資金稼ぎで、自分の根幹は数学にあるんだってことが、趣味も含めていろんなことに挑戦し、失敗もしたから、わかるんです」
その間、多くの出会いや別れがあり、60代後半には癌も経験。〈自分もこの世に限りある生を受けたもののひとつに過ぎない〉と実感したことで、〈世の中に広く優しく温かく尽くしたい〉とより謙虚に思えたと書く。
「なぜ数学なのか? それはただ好きだから。それにちょっとカッコいいじゃないですか。真理を追い求める人生って。その真理は証明されたら未来永劫真理であり続け、人の主義とか宗教とか時代には全く依らない。ピタゴラスの定理はインド人にとってもセルビア人にとっても、誰にとっても正しいんです。
しかも仮に『ハムレット』や『神曲』が古び、幾多の建築物が崩壊したとしても、定理は永遠に不滅です。自分は死んでもその定理はなくならないってのがいいじゃない? だから私は数学に神秘を感じ、のめり込めるし、頑張れる。そういう単純なものですよ、人間というのは」
失敗の中に本質を見出し、〈効率重視一辺倒〉の世の中に抗うかのような人生は、茶目っ気やユーモアも込み込みで「それが本物の私」なのだ。
【プロフィール】
秋山仁(あきやま・じん)/1946年東京生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。駿台予備校講師、日本医科大学助教授、ミシガン大学客員研究員、米国AT&Tベル研究所科学コンサルタント、東海大学教授、東京理科大学教授等を歴任し、現在同栄誉教授。2017年サント・ドミンゴ自治大学名誉博士。2018年外務大臣表彰。2021年コロンブス騎士勲章。2025年瑞宝中綬章。好きな寅さんシリーズは【1】『寅次郎相合い傘』【2】『寅次郎夕焼け小焼け』【3】『口笛を吹く寅次郎』等。173cm、68kg、A型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2025年10月31日号