第35期竜王戦7番勝負第3局で封じ手を指す広瀬章人八段(右)と藤井聡太竜王。中央は立会人の青野照市九段(2022年10月29日撮影、時事通信フォト)

「直感」は持って生まれた才能か、それとも…

──直感の強さは、生まれもっての才能なのか、それまでの努力や経験が関係するのか、どちらでしょう?

 それはわかりませんが、間違いなく言えることは、アマで長くやってきた人よりも、奨励会に早く入った人の方が直感力がいいということ。どういうことかというと、早くから「正しい手」や「いい手」を見てきた数が多ければ多いほど、直感力が磨かれるということです。以前、ある骨董商に本物と偽物をどう見分けるかを聞いたら、子どもの頃から本物しか見てこなければ、偽物を見た時に必ず違和感を覚えて、身体が「これは偽物」と教えてくれると言ったのですが、それと同じですね。

──悪いお手本を反面教師にするより、いいお手本をたくさん見る方がいい、と。

 悪手や筋の悪い手はなるべく見ないで、筋のいい手をたくさん見ることが大事だと思いますね。

──それに加えて、青野九段は絵画や器を見たり、クラシック音楽を聴いたりと、あえて意識的に感性を鍛えてこられたそうですね。

 普段やらないことや、苦手なことに挑戦するのが大事だと思ったんです。たとえば、昔は絵画を見る際も、値段や画家の名前ばかり気にしていましたが、まずは何もない状態で絵を見て、どう感じるか自分を観察してみようと。

──そうやって、感性を長年磨いてきた結果、勝負に影響することはありましたか。

 正直、若い頃はあまり実感がありませんでしたね。でも年齢を重ねてからは、「自分は他の棋士より”落ちるスピード”が遅いな」とは感じました。たとえば、53歳でB級2組に落ちた時、初年度に10連敗して、次の年に負ければC級という崖っぷちでしたが、そこから踏みとどまって、結局12年もB級2組に残ったんです。あの時期は、もしかしたら、若い頃から感性を磨いてきた“貯金”が少しは効いたのかなと思いました。

──30歳でトップのA級になられた後は、「B級に降級→A級に復帰」を2度もご経験され、通算11期もA級に在籍されましたね。

 不思議なことに、自分や周囲が「まだ上に戻れる」と信じているうちは、何とか復帰できるんですよ。でも、「そろそろかな」と気持ちが緩んでくると、途端に上がれなくなる。将棋の世界では45歳を過ぎると衰えが早いと言われますが、むしろ私自身は47歳で3度目のA級昇級を果たした後の数年は、とても充実していたんです。自分でも驚きましたし、周りからも「まさかその年で」と驚かれましたね。

──やはりA級とB級では、気の持ちようも違ってきますか。

 ええ、まったく違いますね。たとえば、私は昔、中原誠十六世名人にはほとんど勝てなかったのですが、2度目にA級復帰した時、入れ違いに中原さんがB級に降級されたんです。その瞬間、不思議と「もう格上じゃない」と思えて、気持ちに余裕が生まれた。すると勝てるようになったんです。同じ時期に、それまで歯が立たなかった羽生世代の棋士たちとも互角に戦えるようになりましたし、森内俊之八段(当時)には一期目で勝ち越すこともできました。やはりメンタル面は大きいですね。

──その分、続けて降級したりすると、どこまで落ちるのかと怖くなりそうですね。

 たしかに、A級にいた人がB級、C級と落ちてくると、落ちる速さがどんどん加速していきます。私もそうでしたけど、C級に落ちると「ああ、自分もここまでか」と気力がガクッと落ちてしまうんです。その反対に、C級1組にずっと留まっている人は、上にも上がらないけれど、その下のC級2組にもなかなか落ちません。最後の一線は守り抜こうと踏ん張るんですね。ただ、どんな人も自分の限界が見え始めると弱くなりますね。

──「限界が見える」とはどういうことですか。

 どんな人にも限界はあります。それぞれ到達点は違っても、誰にでも「この辺りが自分の最高値か」と思う瞬間があるんです。株でいえば、天井が見えてしまう状態ですね。上り調子の時はまだ限界を知らないから、多少負けても「まだ先がある」と思えるけれども、落ちていく最中は「もう今年でこのクラスは最後かな」「この一局で落ちるのかな」と自分を追い込んでしまう。それで震えて、勝てなくなる。

──その中で50年も活躍された青野九段は「中年の星」と呼ばれました。どう思われましたか?

 何だかこそばゆい感じはありましたけど、「あなたのがんばる姿が自分の励みになっている」と何人もの方に言われましたから、「ああ、自分がやっている意味もあるんだ」と嬉しくなりましたね。

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