和田竜氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)
舞台は現在の京都府北部、宮津城。代々丹後守護職にあった一色家の嫡男五郎を、長岡藤孝・忠興父子が城に招き、婿入りの儀式の席上で斬殺した、天正10年の知る人ぞ知る謀殺事件を、和田竜氏は『村上海賊の娘』以来、実に12年ぶりの新作『最後の一色』に描く。
書き出しは〈親子そろって出生に異説があるというのも珍しい〉。というのも、当時細川姓を称した父藤孝は〈実ハ将軍義晴公御胤〉、また忠興はその激烈な性格から信長の子とも噂され、しかもその出典は細川家家記『綿考輯録』と、既にして波瀾を予感させる。
本書ではこの『綿考輯録』を始めとする膨大な史料を引用しつつ、本能寺の変の約3か月後に起きた謎多き事件の経緯を精緻かつドラマティックに再現するが、やはり見物は一色五郎及び忠興の映画ならW主演級の存在感や、両家臣を含めた脇役陣の名演ぶりだろう。出会いの時、2人はまだ弱冠17歳。これは日々戦に明け暮れ、共に家名を負う者同士の、刹那で儚すぎる青春と友情の物語でもある。
「僕が尊敬する作家の1人、海音寺潮五郎に『一色崩れ』という短編があって、この史実自体、知ってはいたんです。ただ自分で書く気は毛頭なく、10年前に雑誌の取材で宮津城を訪れた時も、ここがあの謀殺の舞台かという程度で、砲術で有名な稲富伊賀が一色の家臣だったことも知りませんでした。
それが2016年に息子が生まれて、2018年の末くらいかな、新作の題材を探す中でふと、この一色の謀殺譚がなぜか輝いて見えてきたんですよ。トランプが大統領になったり極右勢力が台頭したり、まさかと思うことが本当に起き、この先、世の中がどう転がっていくかもますます見通せない中で、こういう悲劇的な結末とか今一つ釈然としない史実を、逆に書いてみたくなったということかもしれません」
そして準備に4年をかけ、2023年に新聞連載が始まるや否や、巷には五郎ファンが急増。身の丈六尺超、太い首と小さな顔が〈動物的な均衡〉を保つと描写される野獣じみた快男児は大変な戦上手でもあり、颯爽と馬を駆り、二刀を自在に操るその戦いぶりは、長岡勢や忠興をも魅了していく。
「室町の元幕臣だった先代一色義員が丹後に侵攻した長岡勢との攻防の中で自刃に追い込まれ、跡を継いだ五郎(=代々の嫡男の通称)に関しても、何人か小説家が書いてはいるんです。
ただ清張が『火の縄』に書く五郎にしても、近世に乗り遅れた貴人のお坊ちゃんみたいな書き方なんです。その時代遅れの哀れな人が、信長配下の智将に謀られたというトーンでしかない。
でも一次史料から二次史料まで読んでいくと、五郎は相当強い武将だったらしい。それに丹波の国人達が彼に味方したから、それだけの武力が持てたわけですね。さらには一色攻めを命じたはずの信長までが最終的には五郎を買っていたことが書状からわかってきたり、そうした諸々から人物像を造形していきました」
丹後国は大まかに東から加佐、与謝、丹波、竹野、熊野の五郡から成る。このうち加佐と与謝を長岡家が、残る〈奥三郡〉を一色家が明智光秀の仲介で分割統治して以降も、両家の間には依然しこりが燻り続けた。
中でも忠興は、〈俺がいる以上、負けはない〉〈一色の強者、我に続け〉と手勢を率いて四倍もの長岡勢を打ち破り、居城弓木城まで駆け抜けたという五郎の豪胆さに戦う前から興味津々。そんな若殿の〈無用の競争心〉を父藤孝共々危惧する古参の忠臣・米田求政や、〈あ奴を見ては駄目じゃ〉と諫める家老の松井康之。また一色家でも一の家老・日置主殿介らが五郎の大胆な行動に仰天する。その埒外で砲術に心血を注ぐ〈数寄者〉稲富伊賀や和睦の証として五郎に嫁ぐ忠興の妹・伊也、忠興の妻・玉や岳父の光秀、信長や秀吉らの思惑も当然絡み、何がどう転ぶか、先が全く見えない戦国の世を、彼らもまた生きていくのである。
