ヒグマが冬眠中に出産するのは、無防備になる出産を外敵に妨げられることなく、最も脆弱な時期の赤ん坊を巣穴の中で守るためという
自動車事故と同等の腕力で人体の内部組織まで破壊する熊
【厚別町山菜採り夫妻襲撃事件】
発生年月日:2021年4月10日
発生場所:北海道厚岸市
犠牲者数:死者1名
熊種:ヒグマ
午前11時ごろ、「夫が熊に襲われた」と110番通報があった。北海道厚岸町の山林で山菜採りをしていた女性からだった。
およそ2時間半後に厚岸署の警察官や消防隊員が駆けつけ、頭から血を流して倒れている男性を発見し、その場で死亡が確認された。
釧路市から厚岸にまで山菜を採りにきていたこの六十代の夫婦は、道路脇に車を停めて山林へ入っていった。しばらくして妻がヒグマの影を見つけ、背を向けてそっとその場を離れようとした瞬間、夫の「ギャー!」という悲鳴が聞えた。
振り返ると夫は熊に襲われていた。妻一人ではどうにもできず、車に戻って携帯電話で通報した。妻はケガひとつなく無事だったというが、目の前で夫が襲われたショックは相当なものだったろう。
地元の猟友会員4人をはじめ警察、消防、町職員らが現場へ向かい、遺体を回収。検死によると頭や首の挫滅創が死因ということだった。挫滅創とは自動車事故のような強い外部からの衝撃を受けて、皮膚や体内の組織が損傷した状態をいう。
テレビなどでは「熊に襲われながらも死闘の末に生還した人」が紹介されることがしばしばあるが、それはあくまでも奇跡的なこと。自動車事故ほどの破壊力を持つ熊と正面から組み合えば、万に一つの勝ち目もない。
事件の起きた現場は、地元住民たちが「熊の通り道」と呼ぶほど、熊の出没が多いところだったという。町でも以前からホームページなどで注意喚起をしており、身の安全を図るためにはそうした情報を欠かさずチェックしておかなければなるまい。
被害男性の遺体の周囲に熊の姿は見つからなかったが、その後、事件現場から30メートルほど離れた場所で、熊が冬眠していたらしき穴と子熊の死骸が発見された。子熊は偶発的な事故で死んだようだったが、その状況からは「母熊が、動かなくなった子熊を心配し、守ろうとしていたところにたまたま被害者がやってきて、これを排除しようと襲いかかった」といったシチュエーションが考えられる。
結局、男性を襲った熊は見つからなかったが、母熊が子熊を守るための攻撃であったとすれば、継続して人を襲い続ける危険性は低いと思われる。
取材・文/早川満
