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【書評】『福音派 ─終末論に引き裂かれるアメリカ社会』 遠い異国の話ではなく、私たち自身の鏡として映し出す

『福音派 ─終末論に引き裂かれるアメリカ社会』/加藤喜之・著

『福音派 ─終末論に引き裂かれるアメリカ社会』/加藤喜之・著

【書評】『福音派 ─終末論に引き裂かれるアメリカ社会』/加藤喜之・著/中公新書/1320円
【評者】松尾潔(音楽プロデューサー・作家)

 2025年も残り2カ月を切ったが、今年最も刺激を受けたテレビ番組は、5月のNHKBS「ハルマゲドンを待ち望んで 米国政治を動かす“福音派”」だ。スカンジナビア3国とドイツが共同制作した同番組を観て以来、福音派の存在が頭から離れない。

 そんな折に知ったのが、立教大学のシンポジウム「リベラリズムの臨界点──トランプ時代の政治・文化・宗教」。残念ながら参加できなかったが、同シンポの中心人物である加藤喜之教授が、ずばり福音派を語る新著を上梓したと聞き、飛びつくように読んだ。

 本書は、混迷を増す巨大国家の様相を宗教学者の立場から鮮やかに読み解き、新しいアメリカ地図を提示してくれる。1950年代以降の政治史を丹念にたどり、カーターからトランプまで、宗教がいかに分断の言葉を生み出してきたかを描く。

 語り口がいい。これが初めての単著とは信じがたいほど滑らかで、おびただしい固有名詞を捌く筆致には恍惚感すら覚える。文芸的素養はもちろん、豊富な映画や音楽の引用からはポップカルチャーへの深い造詣もにじむ。その多層的な視野と節度ある批評精神の融合が、読者に稀有な読書体験をもたらす。著者の活躍の場が、学界を超えて広がる予感がある。

 宗教思想の理論よりも、政治と文化運動としての側面を重視する姿勢が特徴的だ。信仰の内面を掘るよりも、社会の動きから宗教の現在地を浮かび上がらせる。その筆致は冷静でありながら、どこか祈りにも似た切実さを帯びている。アメリカを遠い異国の話としてではなく、私たち自身の鏡として映し出す手腕が見事だ。

 後年「2025年の世界」をふり返る時、本書は鮮やかな証言となるだろう。信仰と国家、多様性と排他主義──私たちの社会もまた、見えない“福音派的”衝動に揺れてはいないか。

※週刊ポスト2025年11月28日・12月5日号

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