自分なりの光の使い方を考える
事件は世間の共感を呼ぶ一方、一部で反発も集め、その両方を記事で煽った岩永は言う。〈フェミの界隈ってよく燃えるだろ〉〈支持者もアンチも一大勢力になっちゃってるから、とにかくエネルギーが過剰なんだ〉
ウェブでは後発の「リスキー」の名を挙げ、東光本社に戻るために、岩永はその記事を書き、PV数を稼いだわけだが、その渦が飛び火した時の責任は一体誰が誰に問えるのか。また、その岩永も本社時代の上司には頭が上がらず、悪意と暴力の連鎖からは誰も逃れられないのかなど、疑問と怒りが次々に湧いてくる。
「逃れられるかというより、誰かが止めなくていいのかと思って書いてはいます。そうやって自分が受けた悪意を誰かに逃がす構図が最後はどこに行き着くのか、私は着想した当時の事件ともいえない事件や、情報が次から次に消費される中で忘れられた書き込みの類も全部憶えているんですね。その中のどの事件でもなく、あらゆるものを下敷きに、岩永や、子育て中の母親やいろんな人が見た景色を、小説として描きたかった」
カメラを固定せず、少しずつずらしたのも、接写と俯瞰の両方を見せるため。
「だからって何から何まで〈社会のせい〉にするのもおかしな話で、国や社会が全部お膳立てしてくれて、全ての人が定時で帰れても、全ての子育てがワンオペでなくなるわけでは絶対ない。そこは自分なりの光の使い方を考えていく上で大事なポイントかもしれません」
そんな答えがなく、ザラザラとした問いの感触だけがある、今を生きる誰もが無傷ではいられない小説だ。
【プロフィール】
安壇美緒(あだん・みお)/1986年北海道生まれ。早稲田大学第二文学部卒。2017年に『天龍院亜希子の日記』で第30回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2022年の音楽×スパイ小説『ラブカは静かに弓を持つ』で第6回未来屋小説大賞と第25回大藪春彦賞、第20回本屋大賞第2位。作中にデニ君が岩永を〈顔がリンゴで隠されている男〉の絵に擬える場面があるが、「日本版『82年生まれ、キム・ジヨン』の表紙が印象的で。その男性バージョンが岩永のイメージに繋がりました」。163.5cm。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2025年12月19日号