ライフ

安壇美緒氏『イオラと地上に散らばる光』インタビュー 「自分が受けた悪意を誰かに逃がす構図が最後はどこに行き着くか私は憶えている」

安壇美緒氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)

安壇美緒氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)

〈発信は、光。〉〈暗闇から発せられている光は、それぞれの切実さを帯びて繊細に瞬いているはずなのに、いつしか暴力的なストロボに変わる〉──。その印象的な書き出しを閃いた瞬間、安壇美緒氏は以前からずっと着想だけがあった本作『イオラと地上に散らばる光』の誕生を、ようやく確信できたという。

 冒頭でまず示されるのは、新宿歌舞伎町の貴金属店で起きた現在進行形の立てこもり事件と、それによって〈過去の話題〉へと追いやられた某俳優の不祥事など。

〈炎上は突然で、いつ何が起こるかわからない。だから、みんな、教室の壁掛け時計をつい見上げてしまうのと同じ感覚で、常にAgoraを気にしている〉という、SNS名以外はまさに今の現実世界そのもの。そして〈夥しい数の動画と画像が、瞬く間にその現実をパキパキと補強していく〉〈みんな、事件そのものはどうだっていいって感じだった〉等々、耳の痛い描写が続いた先に、問題の事件は起きる。〈萩尾威愛羅〉の事件だ。

 ワンオペ育児中の母親が夫の帰りが遅いことを苦にし、〈抱っこ紐〉をしたまま夫の上司を刺しに行ったとされるこの事件は、母親の〈怪獣みたいな名前〉から火が付き、やがて世論をも巻き込んでいく。が、何が真実かは東光新聞のウェブ部門「リスキー」の〈岩永〉や、彼の指示で現場を撮影した〈僕〉にもわからず、炎上自体、起きていたかも怪しかったりするのだ。

「イオラの事件をどう書けば小説になるのか、挑戦しては失敗することの繰り返しだったんです。そしてあの1行目が書けた時に、悪魔的存在ともいえる岩永がどんな男かを多視点で書く形ならいけるかもと確信はしたものの、最後まで書けるんだろうか、でも小説はナマモノだし、半信半疑だけど頑張ろうと、私も最後の丸を打つまではハラハラのし通しでした」

 一昨年の本屋大賞第2位に選ばれた『ラブカは静かに弓を持つ』など、毎作違う作風で読者を驚かせてきた安壇氏。本作でも第1話の視点人物を某元アイドルの自宅前で張込み中の岩永と出会い、帰りにデニーズで彼の助手にスカウトされた、基本は無職で実家住まいの僕〈デニ君〉が務めたかと思うと、第2話では岩永に憧れる後輩部員〈小菅〉が。そして3話では当の岩永が語り手を務め、視点ごとに明確な像を結ぶ〈傾斜〉や〈高低差〉のイメージには、思わずハッとさせられた。

 例えば専属アシスタントの名の下に便利使いされるデニ君は、岩永に目的地も知らされぬまま都内某所の急坂を上らされ、息も絶え絶えに思う。〈中学。高校。家。ネット上のコミュニティー。どこにだってヒエラルキーが存在していて、僕みたいな奴はいつだって貧乏くじを引かされてきた〉〈強い者に追い立てられると、人は何にも自分で考えなくなる。僅かな傾斜が水の流れを決定的にするように、最も弱い人間のところにあらゆる惨事は流れ着く〉と。

「権力勾配といいますか、その人の属性によって見える景色が違い、暴力もまた上から下に〈雨水〉のように流れるイメージがあったので、高低差のある光景を様々に鏤めてみました。

 例えばベビーカーの人が坂道や段差に困っていたり、そうした具体例を絡めつつ、物語全体を貫くメタファーとしても使っていこうと。その中には私自身の経験も、ネットで見た他人の経験もありますが、実はこの本の執筆中、私はSNSを見るのをやめていたんですね。

 理由は心が疲れるからで、作中でイオラの事件が起き、現実でも何か起きたりしたら、両方は耐えられないと思って、半年くらい時事に疎い人になっていた(笑)。そして久々に戻ってくると、自分はこんなものを食べていたのかと思うほど違和感があって、そういう普段は無意識に接しているものを少し離れて見た時の驚きのようなものは、この小説に限らずあると思います」

関連記事

トピックス

割れた窓ガラス
「『ドン!』といきなり大きく速い揺れ」「3.11より怖かった」青森震度6強でドンキは休業・ツリー散乱・バリバリに割れたガラス…取材班が見た「現地のリアル」【青森県東方沖地震】
NEWSポストセブン
前橋市議会で退職が認められ、報道陣の取材に応じる小川晶市長(時事通信フォト)
《前橋・ラブホ通い詰め問題》「これは小川晶前市長の遺言」市幹部男性X氏が停職6か月で依願退職へ、市長選へ向け自民に危機感「いまも想像以上に小川さん支持が強い」
NEWSポストセブン
3年前に離婚していた穴井夕子とプロゴルァーの横田真一選手(Instagram/時事通信フォト)
《ゴルフ・横田真一プロと2年前に離婚》穴井夕子が明かしていた「夫婦ゲンカ中の夫への不満」と“家庭内別居”
NEWSポストセブン
二刀流かDHか、先発かリリーフか?
【大谷翔平のWBCでの“起用法”どれが正解か?】安全策なら「日本ラウンド出場せず、決勝ラウンドのみDHで出場」、WBCが「オープン戦での調整登板の代わり」になる可能性も
週刊ポスト
高市首相の発言で中国がエスカレート(時事通信フォト)
【中国軍機がレーダー照射も】高市発言で中国がエスカレート アメリカのスタンスは? 「曖昧戦略は終焉」「日米台で連携強化」の指摘も
NEWSポストセブン
テレビ復帰は困難との見方も強い国分太一(時事通信フォト)
元TOKIO・国分太一、地上波復帰は困難でもキャンプ趣味を活かしてYouTubeで復帰するシナリオも 「参戦すればキャンプYouTuberの人気の構図が一変する可能性」
週刊ポスト
世代交代へ(元横綱・大乃国)
《熾烈な相撲協会理事選》元横綱・大乃国の芝田山親方が勇退で八角理事長“一強体制”へ 2年先を見据えた次期理事長をめぐる争いも激化へ
週刊ポスト
2011年に放送が開始された『ヒルナンデス!!』(HPより/時事通信フォト)
《日テレ広報が回答》ナンチャン続投『ヒルナンデス!』打ち切り報道を完全否定「終了の予定ない」、終了説を一蹴した日テレの“ウラ事情”
NEWSポストセブン
青森県東方沖地震を受けての中国の反応は…(時事通信フォト)
《完全な失敗に終わるに違いない》最大震度6強・青森県東方沖地震、発生後の「在日中国大使館」公式Xでのポスト内容が波紋拡げる、注目される台湾総統の“対照的な対応”
NEWSポストセブン
安福久美子容疑者(69)の高場悟さんに対する”執着”が事件につながった(左:共同通信)
《名古屋主婦殺害》「あの時は振ってごめんねって会話ができるかなと…」安福久美子容疑者が美奈子さんを“土曜の昼”に襲撃したワケ…夫・悟さんが語っていた「離婚と養育費の話」
NEWSポストセブン
《悠仁さまとの差》宮内庁ホームページ“愛子内親王殿下のご活動”の項目開設に「なぜこんなに遅れたのか」の疑問 皇室記者は「当主の意向が反映されるとされます」
《悠仁さまとの差》宮内庁ホームページ“愛子内親王殿下のご活動”の項目開設に「なぜこんなに遅れたのか」の疑問 皇室記者は「当主の意向が反映されるとされます」
週刊ポスト
優勝パレードでは終始寄り添っていた真美子夫人と大谷翔平選手(キルステン・ワトソンさんのInstagramより)
《大谷翔平がWBC出場表明》真美子さん、佐々木朗希の妻にアドバイスか「東京ラウンドのタイミングで顔出ししてみたら?」 日本での“奥様会デビュー”計画
女性セブン