千葉県市川市の強盗致傷事件を指示したとして逮捕された斉藤拓哉容疑者(時事通信フォト)
「トクリュウ指示役」の原点とは
福地容疑者は1991年3月、茨城県常陸太田市で生まれた。男は中学校を卒業した頃から、10数人の不良グループに属しており、地元では札付きの“ワル”として有名だったという。
事件が起きたのは2015年6月のことだ。前出とは別の大手紙社会部記者が解説する。
「常陸太田市のスーパー駐車場で、当時高校3年生だった17歳の少年を暴行して死なせたとして、16〜18歳の5人の少年が逮捕された。福地容疑者はこのうち、リーダー格だった少年の指示のもと、被害者が亡くなる要因の大部分を担ったと判断され、翌年の裁判員裁判で懲役3年以上5年以下(求刑懲役4年以上6年以下)の判決を言い渡されている。
容疑者は公判で『遺族の方には申し訳ないと思っている』などと述べ、弁護側も保護処分相当を主張。しかし当時の裁判長は『被害者が防戦一方になっても暴行を続け、頭を蹴るなどしている』としてこれを退けた。男のほかにも、2人の少年が実刑判決を受けており、少年犯罪としては重い判断が下された事件でした」
事件後に福地容疑者が収監されたのが、ある少年刑務所だった。男はこの場所で、少なくとも4年近く生活していた。
同時期に服役囚だったという男性が明かす。
「出会ったのは2019年10月頃でした。刑務所でパソコンの資格を取れるコースがあって、福地さんはそこの指導補助という立場だった。指導補助とは、いわゆる模範囚。担当の刑務官だけでなく、周りの受刑者からも信頼されなければなれない役職です」
犯行への反省があったのか、刑務所内ではかなり勤勉な男だったという。
