「一般企業のスカウトマン」もトライアウトを受ける選手たちに熱視線
勝負の世界であるNPBでは毎年、多くの選手が野球から離れるが、そうした元選手たちを積極的に採用する一般企業がある。どのような採用理由や事情があるのか。ノンフィクションライターの柳川悠二氏が迫った。(文中敬称略)【全3回の第1回】
「ファンサービスをしている様子を観察しています」
2025年のトライアウト会場となったマツダスタジアムの選手出入り口──数十分にわたってサインや写真撮影の求めに応じる巨人の下手投げ投手・高橋礼に対し、鋭い視線を送るスーツ姿の男がいた。プルデンシャル生命の名古屋第七支社に籍を置く小林紀仁だ。
「生保というのは人の生涯に関わる仕事なので、対面影響力のある方や誰からも愛されそうな方こそ欲しい人材としてリストアップし、声をかけています。プレーしている姿よりも、ファンサービスをしている様子を観察していますね」
トライアウトの現場には、小林のように行き場を失ったプロ野球選手を採用しようとする一般企業の採用担当者──いわば「第2のスカウト」の姿がある。学生時代は野球に励んでいたという小林も、始発の新幹線に乗って広島までやってきた。
「うちの採用基準を満たすのは大卒の選手に限られる。トライアウトに参加するということは、もう一花咲かせたい強い意志を持っているということですよね。わずかな可能性に懸けるプロ野球経験者のそういうところにも好感がもてます」
現役引退後、ソニー生命で働く2人の姿もあった。元東北楽天の福田将儀と、元広島東洋カープの塚田晃平だ。福田は言う。
「セカンドキャリアに不安を抱える彼らにとって、相談できる相手が元プロ野球選手であれば心強く、安心して次の一歩を踏み出せると思います」
トライアウトの数日前、福田の習志野高校時代の同級生で、2010年に福岡ソフトバンクにドラ1入団した山下斐紹が、男性救急隊員への暴行容疑で逮捕された。山下は2024年にもコカイン所持で有罪判決を受けている。セカンドキャリアに苦しむかつての仲間を知るからこそ、ライフプランナーである福田が、戦力外選手に向ける視線は温かい。
そもそも、トライアウトに挑戦してNPBの球団に“再就職”できる可能性は限りなくゼロに近い。38人が参加した今年は、巨人が獲得を発表した川原田純平(福岡ソフトバンク、内野手)のみだ(12月4日時点)。
