『見えない死神』を上梓した東えりかさん(撮影:野崎慧嗣)
2人に1人が罹るとされるがんは、現代は「治る病気」になってきたと言われる。ただしそれは、“原因”がはっきりしていて、治療方針が確立されているがんに限る話なのかもしれない。
書評家として知られ、2011年から2024年まで書評サイト「HONZ」副代表を務めた東えりかさん。その東さんがこの10月、初の単著『見えない死神』を上梓した。東さんの夫・保雄さんは2022年10月、外出先で腹痛を起こし動けなくなってしまったという。すぐに入院するものの、原因は「不明」。原因がわからなければ治療もできないというのが現代医学の現実だ。食事も摂れず、治療方法も定まらないなかで、東さんはFacebookの限定公開投稿で、つながっている人たちに夫の詳しい状況を伝えたうえで、情報を求めた。
〈このような症例をご存じの方はいらっしゃいませんか〉
だが、多くの検査をしても原因がわからないまま時がすぎ、3ヶ月後にようやく「原発不明がん」の可能性があると伝えられたときには「あなたの夫の余命はあと数週間ではないか」と告げられた──第22回開高健ノンフィクション賞最終候補作となった東さんの前掲著から、夫婦が病と戦った記録と医療関係者への取材を通じてがん治療の最前線に迫った過程のエッセンスをお届けする。
* * *
ありがたいことに、フェイスブックの投稿には多くの方から激励やコメントをいただいた。複数の医師からセカンドオピニオンに対応してくれそうな病院を紹介してもらい、海外で最先端の臨床研究をしている知り合いや親戚に意見を求めてくれた友人もいた。さまざまな文献に当たって、症例を探してくれた医学者もいたし、東洋医学の鍼灸のツボや漢方薬の処方を教えてくれた人もいた。
ただ、臨床現場にいる現役の医師からは、原因がわからないまま治療の提示はできないという現実を知らされた。
現代の医学では、苦しい症状を改善する対症的な措置は優先されるが、根治的な治療のためには原因を突き止めることが先決問題であり重要だ、そのための十分な検査がどうしても必要である、と教えられた。
保雄の場合、症状は明らかだが、それを解消するための根本的な原因がわからない。ある医学部教授からは「どんなに難しくて滅多にない病気でも、いまの時代、その原因がわかれば、世界中のどこからか医師を探してくることは可能だ。だが原因不明では手の打ちようがない」と木で鼻をくくったようなコメントが届いた。いまの医療はなんと冷たいのだろう、とその時は恨みに思ったが、現実はそのとおりで、原因がわからなければ何も始まらない。
私は書評家という仕事をしている。あまりなじみのない仕事かもしれないが、主にノンフィクションを中心として、お薦めの新刊書籍やテーマに沿ったブックガイドを、雑誌や新聞を通して世に紹介することを生業にしている。
「HONZ」という、代表の成毛眞氏が2011年7月に創立したインターネットでのノンフィクション新刊書評サイトでは副代表として、サイトが終了する2024年7月まで500本以上の記事を書いてきた。HONZの仲間には、臨床医師や基礎医学の研究者、先端医療に詳しいジャーナリストや編集者がいる。
かつて日本医師会が主催していた「日本医療小説大賞」という文学賞の下読み選考委員を務めており、医師や看護師、医療関係者には知り合いが多い。『チーム・バチスタの栄光』など医療小説の大人気作家で医師の海堂尊氏から依頼され、医療関係者をゲストに招いた彼のトーク番組をまとめた対談集『海堂ラボ』全3巻(PHP新書)の書籍化の構成を担当したことで、一般の人より医学の知識はあるほうだと自負していた。
