高木守道一覧

【高木守道】に関するニュースを集めたページです。

高木守道さん(享年78、時事通信フォト)
惜別 2020年に亡くなったスポーツ・芸能界の著名人たち
 コロナ禍に揺れた2020年は、エンタメ界からの訃報が相次いだ1年でもあった。スポーツ界・メディア界で、惜しまれつつ亡くなった著名人を振り返る。●高木守道さん(元プロ野球選手、監督 1月17日死去 享年78) 1960~1970年代の“ミスタードラゴンズ”。華麗なバックトスは超一級品で、二塁手としてベストナイン7度、盗塁王3度に輝き、野球殿堂入りを果たした。代理監督を含め、中日を約7シーズン指揮。2位に3度なったが、優勝にはあと一歩届かなかった。●関根潤三さん(元プロ野球選手、監督 4月9日死去 享年93) 2リーグ分裂の1950年、近鉄に入団。投手、野手の両部門でオールスターに出場した。引退後、広島のコーチとして衣笠祥雄、巨人二軍監督として篠塚利夫、大洋やヤクルトの監督として遠藤一彦や田代富雄、広沢克己、池山隆寛らを育てた。●小島一慶さん(アナウンサー 4月23日死去 享年75) 1968年、TBSに入社。『パックインミュージック』『夜はともだち』などラジオパーソナリティーとして人気を博した。1982年開始の『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の司会候補として、フリー転身の誘いを受けたという逸話も。1990年に独立した。●須藤甚一郎さん(芸能レポーター 8月11日死去 享年81) 早稲田大学第二政経学部卒業後、トリンプに入社。1978年、芸能レポーターに転身すると、核心を突く質問を連発。1989年、中森明菜の復帰会見に同席した近藤真彦に「結婚の話はどうなっていますか?」と聞き、マッチを激怒させたことも。※週刊ポスト2020年12月25日号
2020.12.20 07:00
週刊ポスト
セパ30周年記念で使用された
高橋慶彦氏 1979年球宴の「ピルボックス型帽子」の思い出
 2020年のプロ野球はオールスターゲームがなくなったが、特別な形で行われたのが1979年のオールスターゲーム。選手が「ピルボックス(薬箱)型」の帽子を被ってプレーしたのだ。同年のオールスターに選出された高橋慶彦氏(当時・広島)が、帽子について語る。 * * * 僕がオールスターに初選出されたのは広島時代の1979年。帽子はピルボックス(薬箱)型で、3本線の入った特別なものでした。当時、MLBのピッツバーグ・パイレーツがかぶっていた帽子を真似たもので、周りからは珍しがられましたね。 ただ僕自身はあまり驚かなかったんです。というのも、1977年に米国の教育リーグに参加した時、当時のパイレーツ監督のチャック・タナーと知り合いになったこともあって、この帽子を見慣れていたからだと思います。 それにとにかく、メンバーの中で最年少ということもあって、帽子どころの騒ぎじゃなかった。周りは王さん、若松(勉)さん、高木守道さんと大先輩ばかりで、まあ大変でした(笑い)。先発はないだろうなとホテルのプールでのんびりしてから球場に入ると、いきなり先発だって言われて、びっくりした覚えがあります。 オールスターの帽子は出場後に貰えるんだけど、この時の帽子はどこかにいってしまった。今持っていたら結構な値がついただろうね。物は大事にしなければいけないってことですね。インタビュー■松永多佳倫※週刊ポスト2020年6月26日号
2020.06.28 07:00
週刊ポスト
プロ野球自主トレ名場面集 滝行、アーチェリー、新聞配達も
プロ野球自主トレ名場面集 滝行、アーチェリー、新聞配達も
 プロ野球選手の自主トレーニングが熱を帯びるシーズン。キャンプインを前に、選手たちはいろいろな自主トレに励んでいる。中には、「それ、ホントに意味あるの?」と言いたくなるような思わず笑ってしまうトレーニングもある。往年のスターから現役プレーヤーまで、もう一度見たい名場面を振り返ろう(選手の所属はいずれも当時)。●身も凍る極寒の荒行で精神鍛錬 藤田太陽(阪神)、2003年/3年目の飛躍を誓い、頭を丸め「不動心」と書かれた手ぬぐいを持ち、岐阜県・不破にある落差16メートルの大滝で滝修行を行なった。●メジャー左腕の初々しい“力走” 菊池雄星(西武)、2010年/本拠地近くの西武園競輪場での新人合同自主トレで、自転車1000メートルを1分29秒16で駆け抜け、新人5人中2位でゴールした(※当時の登録名は「雄星」)。●ハイレグインストラクターとノリノリトレーニング 岡田彰布(阪神)、1987年/ハイレグのレオタードを着た女性インストラクター指導の元、当時ブームのエアロビクスを導入。この年阪神は球団史上2度目の最下位に。岡田も不振に陥った。●現役続行のベテラン左腕は弓矢で心を整えた 和田毅(ソフトバンク)、2007年/「心が少しでも乱れると矢は真ん中に行かない。投球も同じで、無駄な動きがあればロスになる」とアーチェリーを取り入れた。●強靭な下半身は新聞配達で鍛えた? 戸口天従(阪急)、1966年/友人経営の新聞配達店で約130軒を受け持ち、毎朝足腰を鍛えた。しかし、35歳のベテランはこの年わずか14試合出場で引退。●旅立ったミスタードラゴンズの若かりし姿 高木守道(中日)、1966年/西沢道夫監督が見守る中、愛知県体育館での合同自主トレでマット運動に勤しむ。1月17日、急性心不全のため死去。●勝負の世界を生き抜くための強靭な精神はここで鍛え上げた? 新井貴浩(阪神)、2009年/鹿児島・最福寺での護摩行は金本知憲の誘いで2004年から始め、引退まで続けた。解説者に転身した昨年夏にも行なったという。●凍える波の上で体幹トレーニング 武田翔太(ソフトバンク)、2013年/余計な力を抜いて体の軸を使って動く練習として、サーフボードに立って両手でパドルをこぐ「スタンドアップパドルボード」に挑戦。●関本が坪井に決めた必殺「腕ひしぎ十字固め」 関本賢太郎(阪神)・坪井智哉(日本ハム)、2008年/心肺機能を高め、瞬発力を向上させるため、K-1戦士ニコラス・ペタスの指導で格闘トレに励む。この年、関本は自己最高の136試合出場。●日本記録アスリートも苦笑い 大累進(巨人)、2013年/1990年代に短距離界を引っ張った伊東浩司氏の紹介で、陸上女子100メートル、200メートルの日本記録保持者である福島千里と30メートル走で競い、大累が勝利。●野球と陶芸の意外な接点 石毛宏典(西武)、1990年/集中力を養うため、岐阜県の「美濃焼」作りに挑戦。“陶磁トレ”は恒例行事になっていたが、1995年のダイエー移籍とともに消滅。◆取材・文/岡野誠※週刊ポスト2020年2月7日号
2020.01.30 07:00
週刊ポスト
追悼 金田正一さん×高木守道さん「毒舌対談」回顧録
追悼 金田正一さん×高木守道さん「毒舌対談」回顧録
 1月17日、ミスター・ドラゴンズの異名をとった高木守道氏が急逝した(享年78)。その5日後、都内では昨年10月6日に逝去した金田正一氏(享年86)のお別れの会が催された。高木氏が中日監督を退任した2013年オフ、名球会発足時のメンバーで、現役時代からお互いを認め合ってきた2人が行なった対談をダイジェスト掲載する。金田:それにしても守道は「寡黙な監督」だったな。なぜじゃ?高木:これでも多少はマスコミにリップサービスしようと思ってたんですよ。オヤジギャグだって時々披露した(笑い)。まぁ、それでも現役時代から記者に“むっつり右門”と呼ばれてからかわれるほどでしたからね。金田:現役時代から淡々としていたもんな。高木:それは長嶋(茂雄)さんの影響です。長嶋さんがオーバーアクションの守備を見せると観客は大喜びするが、僕にはそんなパフォーマンスは似合わない。だから逆に、難しいゴロでも“プロだから普通だ”と顔色ひとつ変えずにプレーしました。金田:守道のバックトスは芸術品だったな。高木:バックトスを覚えて送球が早くなり、よりダブルプレーがとれるようになりました。1球ごとに捕手のサインを見て、球種を考えながら守備位置も変えていました。金田:今の若い選手をどう思う?高木:“読み”と“駆け引き”がわかってないので、いつまでも好投手のウイニングショットが打てない。昔は球種の探り合いや捕手のささやき戦術など、とにかく野球が面白かった。 もうひとつは“プロフェッショナルであること”を肝に銘じてほしい。ファンが球場に足を運ぶのは、「この選手のプレーが見たい」と思うからです。普通のプレーで大喝采を浴びる長嶋さんには、そうさせるプロの雰囲気があった。 ファンをわくわくさせるプレーや雰囲気が今のプロ野球にあるのか、考えてもらいたいですね。──金田・高木両氏の言葉は現役選手に届くか。※週刊ポスト2020年2月7日号
2020.01.27 07:00
週刊ポスト
高木守道氏、10.8決戦で監督辞めたら格好良かったのにと回顧
高木守道氏、10.8決戦で監督辞めたら格好良かったのにと回顧
 中日一筋21年で通算2274安打、ベストナイン7回、ゴールデングラブ賞3回などの成績を残した名二塁手・高木守道氏(78)。現役引退後もコーチ、監督として中日に献身した高木氏の実績で印象に残るのは、監督3年目の1994年に巨人と同率首位で迎えた「10.8決戦」だ。あの試合をやり直すことができたらと考えたことはあるのか、高木氏に聞いた。 * * * あの試合をもう一度やり直したら? 秘策があるならやり直しもしてみたいけど、秘策がないんだもの。恥の上塗りですわ(苦笑)。 私は3年契約の最終年で、7月に解任報道も出ていたので、最後まで戦い抜こうという気持ちでした。そこで最終戦では、ナゴヤ球場での巨人戦に11連勝中の今中慎二にすべてを託すつもりでマウンドに送り出した。巨人キラーの今中なら、と中日有利の事前予想が多かった。 しかし、蓋を開けてみると巨人は斎藤雅樹、槙原寛己、桑田真澄とオールスターゲームのような継投をしてきた。仮に中日が今中、山本昌、小松辰雄、郭源治と継投しても、勝てなかったんじゃないか。 あの年は立浪(和義)や種田仁など、若い選手が頑張ってくれました。しかし、勝ったら優勝が決まるという天下分け目の大勝負で、若い選手がガチガチになって当たり前。彼らが普段通りの実力を発揮できなかった。優勝が決まる最終戦が「130試合分の1」ではないという認識に欠けていた。私の経験のなさですね。 だからあの1試合をやり直すのではなく、1994年シーズンの開幕からやり直してみたい。あの年は序盤に巨人に大きく離されましたが、後半に猛追して10.8を迎えた。その過程で、最終決戦に匹敵するほど緊張感のある試合があった。そういった場面で若手の意識の持ち方を変えさせるような指導をしたら、結果は違ったかもしれない。振り返ると反省ばかりです。 この試合で負けたら私は監督を辞めるつもりでしたが、球団はシーズン後半の成績を評価してくれて、続投を表明してしまった。選手からも“もう1年”という声がありました。私も野球が好きだから、もう1年ユニフォームを着てしまいましたが、翌年は成績が振るわず6月に途中解任された。今では、10.8を最後に辞めておいたら格好よかったのに、と反省しています。戻るとしたら、そっちの決断かなァ(笑い)。●たかぎ・もりみち/二塁守備の名手として7度のベストナインに輝くなど活躍。2代目「ミスタードラゴンズ」と呼ばれ、監督・コーチやOB会会長も歴任した。※週刊ポスト2020年1月3・10日号
2020.01.06 07:00
週刊ポスト
NPBアワーズでは「NPB
80 周年ベストナイン」に選ばれた(時事通信フォト)
根尾昂の守備に太鼓判を押した名手・高木守道氏の根拠
 難しいゴロも淡々と捌き、代名詞ともいえる華麗なバックトス・グラブトスで数々の併殺を完成させてきた元中日ドラゴンズの高木守道氏(77)。ベストナインを7回、ゴールデングラブ賞を3回受賞した名二塁手は、新世代の“ミスタードラゴンズ候補”の名前を挙げた。 * * * 内野守備の基本は「正確な捕球」と「素早い送球」です。つまり、いかに速く打球の正面に入り、捕ってからすぐに投げるか。そのためにはまず、強い足腰が必要になってくる。 その意味で、今年からドラゴンズに入った根尾昂(あきら、19)に期待しています。プロではショート一本を表明していますが、大阪桐蔭でのピッチャー経験は下半身の鍛錬に意味があったと思います。加えて何より足の動きが素早い。広い守備範囲を任せられる選手になると思いますよ。 ボクの現役時代は、難しいゴロでも素早く捕球体勢に入って、「プロだから普通のプレーだ」と顔色ひとつ変えずに処理することを意識しましたが、根尾も練習から真面目に淡々とこなす性格ですね。 根尾の場合は肩の強さが加わってくる。ボクも高校時代までショートを守っていましたが、セカンドにコンバートしたのは肩を壊したからでした。肩の弱さをスピードとモーションでカバーしてきたんです。根尾は地肩が強いですから、普通の選手なら“無理かな”と思うような三遊間の深い打球でも、強い送球でアウトにすることができるんじゃないかな。 ただし、高校時代にピッチャーや外野も守った根尾は、ショートとしての経験がまだ浅いので、基本を疎かにしないことだけは徹底しないといけません。 たとえば広島の菊池涼介(29)だが、今年は送球を速くしようと意識しすぎて、正確性に欠けるプレーも目立っています。延長10回にファンブルと悪送球が重なった試合(4月9日)は典型でしょう。もう一度、正確さという基本に立ち戻る必要があると思います。 身体能力が高い根尾は、菊池のように派手なプレーが良くも悪くもできてしまう。ファームでも悪送球が目立つようだから、荒木(雅博・二軍内野守備走塁)コーチのもとで“基本のキ”を鍛え上げて名手になってほしいね。※週刊ポスト2019年5月3・10日号
2019.04.25 16:00
週刊ポスト
巨人×中日「10・8決戦」の裏側、高木守道氏の述懐と後悔
巨人×中日「10・8決戦」の裏側、高木守道氏の述懐と後悔
 平成6年(1994年)10月8日。平成の名勝負として語り継がれる、優勝がかかった巨人vs中日戦が行なわれた。同試合について、当時、中日の監督だった高木守道氏が振り返った。 * * * 巨人の長嶋茂雄監督が「国民的行事」と称した「10・8決戦」。私は中日の監督として巨人と対戦しました。このシーズン、前半は巨人に大きく引き離されましたが、後半に中日が猛追。最終戦を残して同率首位となり、勝ったほうが優勝という試合になりました。 私は3年契約の最終年でした。7月の時点で解任報道が出ていたし、次の監督は星野仙一ということも決まっていた。だから最後までしっかりやろうという気持ちは強かったですね。コーチ陣にも「最後まで頑張ろう」と話したし、普段は願掛けなどしたこともないのに、この時は「有終の美を飾らせてほしい。見守っていてほしい」と何度も仏壇の親父やおふくろに手を合わせました。 戦前予想は中日有利でした。というのは、巨人キラーの今中慎二が先発することになっていたからです。我々中日ベンチは今中にすべてを賭けて、マウンドに送り出しました。 ところが巨人はその今中を徹底的に研究していました(今中は4回5失点で降板)。あとで聞いた話ですが、この試合までに行なわれた巨人のミーティングの回数はすごかったそうです。それに試合が始まると、槙原寛己、斎藤雅樹、桑田真澄の先発三本柱をリレーさせるオールスターゲームのような継投をしてきました。ここ一番に賭ける思いの強さを感じました。 一方の中日は、これは偏に私の経験のなさが原因ですが、正直言って巨人に比べれば「これは130分の1ではない特別な試合なのだ」という認識に欠けていたと思います。若い選手を使って足を絡める、シーズン中通りの野球をしようと思いましたが、球場は異様な空気に包まれており、若い選手たちは緊張のあまりいつもの野球ができませんでした。結局、3対6で中日は敗れました。 試合後、私は契約通り辞めるつもりでした。ですが選手たちが「もう1年やりましょうよ」と言ってくれた。それに球団からも後半戦の好成績が評価され、翌年も続投になったんです。私も野球が好きだから、もう1年やろうとユニフォームを着ました。でも結果は成績不振で、翌年6月に途中解任。あの時でスパッと辞めておいたら、もう少し格好よかったかなあ、と反省しています(笑い)。※週刊ポスト2019年2月1日号
2019.01.22 07:00
週刊ポスト
田尾安志氏のお宝 高木守道引退やイチローら記念バット4本
田尾安志氏のお宝 高木守道引退やイチローら記念バット4本
 1976年の新人王で、1982年から1984年まで年間最多安打を記録し「安打製造機」と呼ばれた野球解説者の田尾安志氏(62)の「お宝」は、自分を含めた名選手の「記念バット」4本セット」だ。4本それぞれの来歴について、田尾氏が語った。 * * * 4本のバットを宝物としてリビングに飾っています。 最も古いのが大学2年で初めて日米大学野球に出場した時のバット。山下大輔さん、鍛治舎巧さん、小林秀一さん、中畑清などが寄せ書きをしてくれました。 2本目はプロ入り初安打を打ったバット。2か月ほど使いましたが、折れる前に記念に残しました。3本目は学生時代からのファンで、中日の大先輩の高木守道さんが引退の最終打席に使ったものをいただきました。 あと1本はイチローがオリックス時代に使っていたバットです。シーズン200本安打を打った後ですが、通常より細いバットだったので興味がありました。 今でもたまに4本のバットを取り出して握ることがありますが、やはり最高の感触ですね。撮影■WEST※週刊ポスト2016年10月7日号
2016.10.01 16:00
週刊ポスト
高木守道の野球カード解説 「笑顔みせたら100万円」本当か
高木守道の野球カード解説 「笑顔みせたら100万円」本当か
 週刊ポスト増刊『プロ野球&甲子園 甦る伝説』では、プロ野球カードの大特集が組まれている。1973年の高木守道氏(中日)のカードには、裏面に「契約のとき『100万円給料をあげるから、グラウンドで笑顔をみせるように……』」とあった。カード裏面に書かれていた爆笑エピソードは真実なのか、思い切って本人に聞いてみた。「100万円やるから笑え」と暴露された高木守道氏に真相を直撃! * * * ええ、本当ですよ(笑い)。当時のオーナーから「ホームランを打った後ぐらいニッコリしろ。お前がホームランを打ってニッコリすれば、ボーナスを出してやる」と言われ、実際にいただきました(笑い)。 僕はグラウンドで目立ちたくないというか、できるだけ目立たないように育てられてきたんです。親父からは「目立つな」と言われたし、高校時代(岐阜商)は「グラウンドでは歯を見せるな」と教え込まれてきましたからね。 だからどんなプレーでも淡々とやろうと思っていたんです。ホームランを打っても笑わないし、守備ではどんなに難しいゴロでも、「プロなんだからこれくらいは普通だ」と、意識して顔色一つ変えずにプレーしていました。おかげでチーム内では、ある時代小説に出てくる無口な主人公の仇名をとって、“むっつり右門”といわれていたほどです(笑い)。 元来ファンサービスが苦手だから、最近監督をやったとき(2012~2013年)には苦労しましたよ。サインを頑張ったらチームに目が行き届かなくなったり、リップサービスしたつもりが変に報道されたり。やはりファンサービスは難しいですね(笑い)。※週刊ポスト2015年3月6日号
2015.02.24 16:00
週刊ポスト
高木守道 V10阻止した翌日、引退する長嶋にかけた謝罪電話
高木守道 V10阻止した翌日、引退する長嶋にかけた謝罪電話
 読売巨人軍の日本一10連覇は、堅守と俊足巧打を誇るトップバッター・高木守道氏が牽引する中日ドラゴンズに阻まれた。中日にとっては20年ぶりのリーグ優勝だったが、同日、長嶋茂雄氏が引退表明し、球界を揺るがす大事件となった。1974年10月14日、長嶋氏の引退試合にまつわる思い出を、高木氏が語った。 * * * 優勝翌日の新聞の一面には、中日の優勝ではなく、「長嶋引退」の文字が大きく躍りました。そして巨人―中日の最終戦が、長嶋さんの引退試合となった。 ペナントレース上は消化試合ですから、本来なら控えが出場する。でも引退試合にそれは失礼です。だから僕は中日の主力選手勢揃いで、真っ向勝負するつもりでした。 ところが、10月13日に予定されていた最終戦は雨で中止となり、14日に順延された。間が悪いことに、この日は中日が名古屋で優勝パレードをすることになっていたんです。 交通規制もあって予定は動かせないし、主力選手がいないパレードでは名古屋のファンが納得しない。結局、主力選手と与那嶺監督は優勝パレードへ参加、引退試合には残った若手選手と近藤貞夫ヘッドコーチが監督代行で臨むことになったんです。 他の誰でもない長嶋さんの引退です。僕も、打倒巨人に燃えていた星野仙一もその最後の姿を見届けたかった。 それでも球団行事はどうにもならず、長嶋さんには「出場できなくて申し訳ありません」と謝りの電話を入れました。長嶋さんは「ありがとう、ありがとう」と、あのカン高い調子で話してくれました。※週刊ポスト2015年2月27日号
2015.02.20 16:00
週刊ポスト
高木守道氏 「僕は元々巨人ファン。そういう時代だった」
高木守道氏 「僕は元々巨人ファン。そういう時代だった」
 中日ドラゴンズ監督を2013年に退き現在は野球解説者をつとめる高木守道氏は、岐阜県生まれの岐阜県育ち。岐阜商業高校から1960年に中日ドラゴンズに入団、コーチ・監督としても中日一筋だが、もともと巨人ファンだったという。高校時代、東京六大学のスター選手だった長嶋茂雄氏が岐阜商へコーチに来てくれたときの思い出を、高木氏が語った。 * * * 実は高校生の頃に、長嶋茂雄さんに会っているんですよ。岐阜商1年の時、高校のОBが立教大の正捕手をやっていた関係で、夏の県予選前にその先輩と一緒に長嶋さんがコーチに来てくれたんです。 当時の東京六大学野球といえばプロ野球より人気があった。特に立教には長嶋、本屋敷錦吾(のち阪急、阪神)、杉浦忠(のち南海)の「立教三羽ガラス」がいて、中でも長嶋さんの人気はずば抜けていた。僕も中学、高校時代には、長嶋さんが載っている『ベースボールマガジン』のグラビアを切り抜いて部屋に貼っていたほどです。 あの頃は、入学以来ずっとやらされていた球拾いからようやく卒業し、練習に混ぜてもらえるようになった時でした。立大4年生だった長嶋さんが実際に守備を見せてくれたり、話をしてくれたんです。巷では、その時に僕の守備を見た長嶋さんが「あの子は5年たったら日本一の内野手になるよ」といって、監督にレギュラーにするよう勧めたという話が伝わっていますが、恐らく、あとから尾ひれがついたものでしょう。 とにかく緊張していて、直立不動で長嶋さんの話を聞いている写真が残っています(笑い)。 僕にとって、高校1年の時に憧れの長嶋さんを間近に見たことは、その後の野球人生に大きく影響したと思います。 僕はもともと巨人ファンでした。当時のテレビは巨人戦しかやらなかったですからね。東海地方でも例外ではなく、中日が地元で試合をしていてもテレビは全国ネットの巨人戦を生中継していた。駄菓子屋で売られるブロマイドも巨人の選手だけ。みんなが川上(哲治)、青田(昇)、与那嶺(要)のいる巨人のファンになった時代だった。※週刊ポスト2015年2月27日号
2015.02.18 16:01
週刊ポスト
広島オーナー ドラ1大瀬良に「FA移籍大竹寛よりいい」と喜ぶ
広島オーナー ドラ1大瀬良に「FA移籍大竹寛よりいい」と喜ぶ
 プロ野球のキャンプが始まると、番記者はキャンプ地に泊まり込み期間中一日中密着して取材している。落合博満氏がGMとして復帰した中日と、広島ドラフト1位の新人で故・津田恒実の背番号「14」を引き継いだ大瀬良大地の様子について、在京紙Aデスク、在京紙B記者にスポーツジャーナリストC氏、そして在版紙D記者が語り合った。A:落合博満氏がGMとして戻ってきたことで、中日はまるで“落合時代”に戻ったようなキツい練習をしている。B:二軍の沖縄・読谷(よみたん)はいきなり9勤(9日連続での練習)。一軍の北谷(ちゃたん)こそ第1クールは3勤、第2が5勤でしたが、その後は落合流の6勤になりました。思い返せばナゴヤ球場で行なわれた秋季キャンプは10時間の長丁場でしたが、今回の沖縄でも10~17時までの練習に加え夜間練習と、秋の再現になっています。C:高木守道・前監督のユルいキャンプは完全に影を潜め、落合式の地獄のキャンプの復活ですよ。おまけに落合GMが北谷と読谷を行き来して、神出鬼没だから気が抜けない。D:唯一ホッとするのが、達川光男コーチの存在。TV局が「ユニフォーム似合っていますね」と振ると、本人は「ウソや。自分で鏡見たもん。似合ってない!」と全否定してカメラの前で論争していた。タレントの松村邦洋が物真似しながら直撃する一幕もあったりして、選手も笑い転げていた。中日には珍しい光景ですね。A:でも、正直似合ってないよね(笑い)。B:やっぱり広島のイメージが強いですね。その広島は、野村謙二郎監督が5年目を迎えてかなりこなれてきた。オーナーが見に来る日に、わざわざ新人の大瀬良大地をブルペン入りさせて投げさせる。オーナーは「こりゃ、(FAで巨人に移籍した)大竹寛よりいい!」なんて大喜びでしたよ。※週刊ポスト2014年2月21日号
2014.02.13 07:00
週刊ポスト
2013年重大ニュース【スポーツ】金田正一名球会退会スクープ
2013年重大ニュース【スポーツ】金田正一名球会退会スクープ
 2013年も『NEWSポストセブン』では多くの記事を紹介し続けてきた。その中から編集部が、ネットでの反響の大きかった記事を中心に、ジャンル別に2013年の「重大ニュース」を厳選。ここでは【スポーツ】編ベスト10を紹介しよう。 巷の重大ニュースとは、ひと味違う話題記事が満載だ。トップ3の記事については、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏が解説する。(以下「」内は中川氏のコメント)●2013年重大ニュース【スポーツ】編1~3位【1位】■金田正一氏、谷沢健一氏、堀内恒夫氏が名球会を退会していた(8月)https://www.news-postseven.com/archives/20130817_206282.html「これはスクープです。名球会も、川上哲治氏を入れないために『昭和生まれ』に限定した説が存在するなど、様々なドロドロがあるわけですよ。そんな中の金田氏、谷沢氏、堀内氏の脱会ですが、ここにも妙な派閥とかがあるんでしょうね。いや、我の強い名選手同士がそう簡単に親睦ばっかりしてられっか、エッ! といった老人の反骨心がこの3人の離反には見て取れ、日本の老人、まだまだ捨てたもんじゃねぇな、とオレは妙に感心したぞ」【2位】■松木安太郎氏が「ループシュート」を擬音で表現した深い理由(6月)https://www.news-postseven.com/archives/20130611_193084.html「『NEWSポストセブン』にはなぜか松木安太郎氏関連の記事がたくさんあります。それは、我がサイトには“松木追っかけ記者”とも言えそうな名物記者がおりまして……。松木氏のことだったら極力把握するよう普段から努力をしているそうです。で、松木氏、朝の情報番組で、本田圭佑選手がACミランに行ったことについては『野球で言えば読売ジャイアンツに行くようなもの』、レストランだったら『日本の街の小さな食堂のシェフがイタリアの有名レストランに行くようなもの』と表現していました。それに羽鳥慎一アナは『分かりやすい』と感心していたのが微笑ましかったです」【3位】■山本浩二 選手を「お主」と呼び「時代劇にする必要なし」の声(3月)https://www.news-postseven.com/archives/20130312_175938.html「山本浩二氏といえば、この記事にも見られるように、どこかおとぼけオッサンのように感じられるかもしれませんが、選手時代はすごかったんだぞ! 初代ファミスタでは『カーズ』の4番打者だったのです。あと、一時期は球界最高年俸の時代もあったので、若い野球ファンの皆様におかれましては、今の山本氏だけですべての評価にしないで欲しいものです」●以下、4~10位【4位】■元阪神・下柳剛 家庭菜園でゴーヤが全部枯れショック受ける(10月)https://www.news-postseven.com/archives/20131020_222461.html【5位】■安藤美姫の母親 ソチ目指すこと条件に南里の子供出産を許可(7月)https://www.news-postseven.com/archives/20130704_198135.html【6位】■試合中の高木守道・前監督に谷繁「監督、寝ないでください」(11月)https://www.news-postseven.com/archives/20131103_224457.html【7位】■古閑美保 ダルビッシュ有が契約する高級マンションに居住中(6月)https://www.news-postseven.com/archives/20130606_192529.html【8位】■浅田舞 キム・ヨナ最高得点を批判しスケート連盟に叱られる(1月)https://www.news-postseven.com/archives/20130123_167339.html【9位】■韓国WBC敗退で「台湾の料理が塩辛い」他ナイス負け惜しみ集(3月)https://www.news-postseven.com/archives/20130311_175890.html【10位】■巨人・澤村 合コンでプロテイン話連発「チョーつまんない」(4月)https://www.news-postseven.com/archives/20130423_184111.html
2013.12.25 16:00
NEWSポストセブン
高木守道氏「いい加減でファジーだからGMはダメ」と自己評価
高木守道氏「いい加減でファジーだからGMはダメ」と自己評価
 中日ドラゴンズ成績低迷の責任を取り辞任した高木守道・前監督に代わり、監督に就任したのは選手兼任の谷繁元信捕手で、急浮上していた落合博満氏の名前はGM(ゼネラルマネージャー)の位置にあった。落合氏の野球理論をよく理解しているとも言われる高木氏に、球界の大先輩、金田正一氏が本音をきいた。──落合GMか。アイツは中日OBが嫌いなんだろ?高木:いやいや、そんなことはありません。でも彼は勝ちに徹することができる。弱体化したチームを立て直すという名目で、“派閥”を超えて自分の眼鏡にかなったコーチを集めることができる。以前いっていましたよ、「オレは中日OBを嫌っているわけではありません。でもOBに(コーチの)適任者がいますか?」とね。そういわれると言葉がないわけですよ。 落合とは評論家時代、仲は良かったし、ベンチに行ってもよく話をしてくれたんです。でも2年前、次期監督に私の名前が出てからは、ちょっと行きづらくなってしまいましたけどね。──率直に、落合GMというのをどう考えているんだ。高木:経済観念はしっかりしていると思いますね。──ケチか。ドケチなの?高木:ドケチかどうかは知りませんが、「プロ」としてお金にシビアなのは確か。それに勝つための組織作りにこだわる。その意味では、谷繁兼任監督というのは頷けます。明らかに力の衰えている谷繁の出場試合を減らすことで、次の世代の捕手を育てることができますからね。──高木がGMをやるという選択肢はなかったのか。高木:私はダメですよ、いい加減だから。ファジーだからね。現状に球団が危機感を持って、強くする方法を考えた結果、彼を復帰させたのは間違いではないと思います。落合が戻ってきたことで、選手もピリッとするんじゃないですか。ベテランの間にも、危機感が生まれると思います。私にはそれができなかったから。※週刊ポスト2013年11月8・15日号
2013.11.07 07:00
週刊ポスト
試合中の高木守道・前監督に谷繁「監督、寝ないでください」
試合中の高木守道・前監督に谷繁「監督、寝ないでください」
 中日ドラゴンズ前監督の高木守道氏はネットで「試合中に寝ている」など噂された。果たして真相はどこにあるのか。球界の大物・金田正一氏が高木氏に本音を聞いた。──そういえば試合中に居眠りしていたらしいじゃないか。高木:寝てませんから! 確かにベンチでじっと目を瞑っていたことはある。谷繁(元信)から「監督、寝ないで下さい」といわれたけど、「瞑想していたんだ」といってやりましたよ。──昨年のCSもあと一歩だった(※注1)のにな。高木:あの時は、最後の1枚が足りなかった。投手のことは権藤さんに任せていたんですが、4試合目は総力戦で臨むべきでした。前回監督時の10.8(※注2)と同じです。長嶋監督(当時)はローテーション投手全員を出したが、私にはそれができなくて負けた。まァ10.8にせよ、昨年のCSにせよ、私には勝負運がないんでしょうね……。 10.8で巨人に勝って優勝していたら、その後の人生も変わったかもしれない、なんて思うんです。実はあの年は、夏前に球団社長から監督交代を告げられていた。ところが、独走していた巨人が落ちてきて最後に決着をつける形になり、名古屋のファンから“続投”の声が起こった。選手たちも「もう1年やりましょう」といってくれたこともあり、ついほだされて続けることになった。でも、翌年は5位に転落しました。──なんだか今回と展開が似ているな。高木:そうですね。今回の私の契約は最初から2年間限定でしたが、OBから選んだコーチ陣もみんな一緒に解雇されてしまった。私はともかく、他の連中はまだ若いから、悪いことをしたなァと思う。それが申し訳ないですね。【※注1】1994年10月8日の中日-巨人戦。同率首位で並んだ両チームが、最終戦で直接対戦し、結果は巨人が勝利した。【※注2】2012年のCSファイナルステージで、2位・中日は1位・巨人に3連勝した後、まさかの3連敗。日本シリーズ進出を逃した。※週刊ポスト2013年11月8・15日号
2013.11.03 16:00
週刊ポスト

トピックス

紺色のお召し物だった紀子さま
紀子さま、悠仁さまに「悪夢の再来」 宮内庁17cm包丁送付事件、同封便箋には皇族批判
女性セブン
京都の街を歩く舞妓のイメージ(写真/イメージマート)
元舞妓の告発に有名歌舞伎役者たちが大慌て 関係が露見すれば廃業は必至か
女性セブン
逮捕された「RYO&YUU」
「バレないように森の中で」公然わいせつ逮捕「RYO&YUU」が語っていた野外動画撮影の“対策” 実際には公園、海岸でも裸に
NEWSポストセブン
よくぞ言った!江口のりこがぶっちゃけたテレビのタブー「番宣出演は意味がない」
よくぞ言った!江口のりこがぶっちゃけたテレビのタブー「番宣出演は意味がない」
NEWSポストセブン
ゴルフをする女性芸能人が増えている(左は小島、右は鷲見。ともに本人のインスタより)
タイトなウェア姿を投稿しまくりの小島瑠璃子と鷲見玲奈「ゴルフ女子」枠巡る熾烈な戦い
NEWSポストセブン
ポスト和久田麻由子アナに浮上 「元東大ミスコン」堀菜保子アナ(27)の“大きな武器”
ポスト和久田麻由子アナに浮上 「元東大ミスコン」堀菜保子アナ(27)の“大きな武器”
NEWSポストセブン
TBS・安住紳一郎アナウンサーの魅力の源は?(時事通信フォト)
「定年までTBSに」先輩・吉川美代子アナが期待する安住紳一郎アナのこれから
週刊ポスト
結婚を発表し、お相手を「建築会社」とした滝沢。「一般男性」とは言っていない
滝沢カレン結婚!「テラハ」出演“肉食系”ハーフモデルのどこに惹かれたのか
NEWSポストセブン
眞子さまの箱根旅行のお姿。耳には目立つイヤリングも(2018年)
小室圭さんの妻・眞子さん 華やかだった4年前の「箱根・女子旅ファッション」
NEWSポストセブン
逮捕された「RYO&YUU」
公然わいせつ逮捕「RYO&YUU」、性的動画アップは「親公認」だった 22歳の女は愛知・香嵐渓で全裸に
NEWSポストセブン
結婚し、日本メディアが情報をキャッチしづらいNYで、デイリーメールが追跡取材(写真/JMPA)
小室圭さん・眞子さん夫婦が「離婚で終わったとしても…」英デイリー・メールが報じた「茨の道」
NEWSポストセブン
高橋真麻
高橋真麻「おでんの卵8個食べても太らない」女性が憧れる美スタイルの理由
NEWSポストセブン