曙一覧

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貴乃花氏が「理想の横綱」として仰ぎ見た力士は?(写真は2001年5月場所/共同通信社)
貴乃花が述懐 曙や武蔵丸の「大きさ」と千代の富士の「重さ」
 4年半ぶりとなる新横綱として、大相撲9月場所の土俵に上がった照ノ富士は、「令和初の新横綱」だ。一方「平成の大横綱」といえば、2018年10月に相撲協会を退職した貴乃花光司氏だ。大相撲の歴史には、69連勝を記録した双葉山、一代年寄を襲名した大鵬、北の湖、千代の富士(辞退して九重を襲名)ら、数々の大横綱がいる。貴乃花氏が「理想の横綱」として仰ぎ見た力士はいたのだろうか。話を聞いた。 * * * 歴史に名を刻む大横綱の映像を見ると、双葉山関なら完全な右四つの型があったし、北の湖理事長なら相手が誰でも吹っ飛ばす破壊力があった。ただ、それを真似しようとは考えませんでした。“対戦したらどんな展開になるかな”と研究する対象になっていた。誰かを真似るのではなく、自分の良さを引き出したいと考えてやっていました。 1991年5月場所では、千代の富士関と対戦して金星をあげることができましたが、まさに全身が筋肉に覆われている印象で、ぶつかっても肌が硬かった。本場所では一度しか対戦できませんでしたが、その後も千代の富士関のような硬さの力士と対戦したことはありません。ライバルだった曙関や武蔵丸関から“大きさ”を感じたとすれば、千代の富士関からは“横綱の重さ”を感じました。 よくアドバイスをいただいたのは大鵬親方です。 相撲の話というよりは、いろんな世界の人とのお付き合いの話が多かった。「巨人・大鵬・卵焼き」と言われた人気横綱でしたから、政財界の重鎮と交友があり、高い見識のある方でした。ただ、巨人と並び称されることには「相撲は個人競技だから、野球のような団体競技よりつらいよな」とボソッと話されていた。大鵬親方も横綱が逃げ場のない孤独な地位だと感じていたのだと思います。 野球選手は3割打てば一流ですが、横綱は勝率8割を切ったら引退を考えないといけない。北の湖理事長は“横綱の勝ち越しは12勝”とおっしゃっていました。しかも、平幕には負けられない。自分が負けた後に座布団が舞ったり、うなだれているところに座布団が当たったりすると余計に心が痛みます。 一方で、自分が負けて喜んでいるお客さんがいると、入門した時に師匠から「負けて喜ばれる存在にならないと力士をやっている意味がないぞ」と教わったことを思い出したりもしました。花道を下がりながらいろんなことを考えるわけです。※週刊ポスト2021年10月1日号
2021.09.20 16:00
週刊ポスト
横綱の品格について語る貴乃花光司氏(撮影/藤岡雅樹)
貴乃花の横綱論 「横綱になる時」とは「死ぬ時」だと思っています
 大相撲9月場所では、“奇跡の復活”を遂げた照ノ富士が、4年半ぶりとなる新横綱として土俵に上がった。「令和初の新横綱」を「平成の大横綱」はどう見るのか。2018年10月に相撲協会を退職した貴乃花光司氏が語る、角界の最高位に求められる条件とは──。 * * * 新横綱の照ノ富士には“日本人的な骨組み”を感じますね。元々、間垣さん(元横綱・二代目若乃花)の弟子だったのでよく知っていますが、気骨がある。そうでなければ、大関経験者が序二段まで落ちてから復活なんてできません。私も右ヒザの怪我で苦しみましたが、照ノ富士は両ヒザの内側、外側、そして前十字……本来、力士にとっては致命傷です。回復力もさることながら、精神力は驚異的ですよね。 ただ、下から上がっていく時は、猪突猛進、獅子奮迅の相撲でいいんですが、横綱になると負けられない。照ノ富士が大変なのはこれからです。〈そう語るのは、第65代横綱・貴乃花だ。1990年代の相撲ブームを牽引した「平成の大横綱」である。15歳で父である元大関・貴ノ花の藤島部屋に入門。史上最年少記録を次々と塗り替え、幕内最高優勝22回、横綱としての勝率は8割を超える。横綱に昇進したのは、2場所連続全勝優勝を果たした1994年11月場所後のことだ。その地位を守る覚悟は、相当なものだったという〉 横綱となるには「大関で2場所連続優勝か、それに準ずる成績」という内規を満たさないといけない。高いハードルですが、横綱になってからのほうが断然大変です。 私は、「横綱になる時」というのは「死ぬ時」だと思っています。 入門直後には、相撲教習所で「桜の花が散るように」という横綱像を教えられる。負け越したら終わりとかではなく、もっと深い意味があって、日本国を背負っているぐらいの気持ちで土俵に上がらないといけない地位なのだと教えられました。 横綱は勝って当たり前。負けてはいけない地位であるうえに、「勝ち方」や「負け方」が問われる。 横綱としての相撲を取るにはとにかく、「押す力」が基礎になります。私の場合、寄り切りが理想型でしたが、押す力、ぶつかり稽古の基礎、締め付ける力、そして足の運びが合わさって寄り切りになる。北の湖理事長(故人)の突き押しには勝負を決める威力がありましたが、横綱になって寄り切りや突き押しで勝負を決めるのが一番難しいと思います。相手は自分の得意な取り口できて、横綱はそれを受け止めたうえで勝たないといけない。また、負けた翌日のきっちりとした勝ち方というのも求められる。そんなことの繰り返しですから、横綱という地位にあることは、精神的な負担が相当大きいのです。プライベートも制限される〈先の7月場所千秋楽で照ノ富士は、横綱・白鵬との全勝対決の立ち合いで激しいカチ上げを食らい、敗れた。14勝1敗の準優勝で昇進が決まったが、結びの一番については「自分が弱かっただけ」と悔しさをにじませた。一方の貴乃花は、自身の横綱昇進を全勝で決めたが、大一番の後、不思議な感覚を覚えたという。1994年11月場所千秋楽の相手は、初土俵の同期ながら先に横綱に昇進していたライバル・曙だった〉 あの時は“勝てば全勝優勝だ”と気負ったらプレッシャーに押し潰されると思ったので、何食わぬ顔で土俵に上がりましたが、2メートルの巨体相手の相撲はギリギリでした。休場明けだった曙関はすでに4敗していましたが、私の全勝を阻止しようと気迫十分だった。約50秒もかかった一番で、土俵際まで押されてからの逆転の上手投げで勝ちましたが、経験したことがない変な気持ちでしたね。ハイな状態を超越したというか、館内の雰囲気を肉体的な目でなく、背中で見ているような感じでした。なんとか勝ったという思いばかりで、宿舎に帰ってからようやく実感が湧きました。 横綱昇進の伝達式の口上で述べた「不惜身命」は、師匠(元大関・貴ノ花)が選んだ言葉です。師匠も軍人さん的な厳格さがあった人で、「いつ死んでもいいぐらいの覚悟で土俵に上がらないといけない」と、伝達式の前日夜遅くまで考えていましたね。現役時代、自分は師匠の“分け身”だと思っていたので、師匠の人生観を私が口上で伝えるという気持ちでした。〈新横綱として迎えた1995年1月場所では優勝決定戦で大関・武蔵丸(当時)を破り、年6場所制導入以降、今に至るまで4人しか達成していない昇進場所優勝を果たす。1994年9月場所から1996年9月場所までの13場所中10場所で優勝(残りの3場所も準優勝)という抜群の成績を残した貴乃花だが、土俵上だけでなく、私生活でも「横綱の重圧」を意識する日々だったという〉 横綱が本場所の15日間で対戦する幕内上位の力士はみんな強いんです。相手の型にはまれば持っていかれてしまう。そんな相手が続き、どんどん緊張感が増していく。朝起きて“今日はよく眠れた”という日は稀です。1時間しか眠れなかったとしても、暗い部屋で目を閉じて瞑想に入り、なんとか脳を休ませようとする。自分との戦いでしたね。 気持ちの切り替えのために、お茶でも飲みに行ければよかったのですが、そういうことがやりにくい時代でした。22歳で横綱になって、20代は娯楽がないおじいさんのような生活だった(苦笑)。常に緊張感があり、食生活を含めた体調管理には細心の注意を払った。コロナ禍で全国民がマスクをして家に閉じこもる生活を強いられていますが、当時の自分の暮らしはそれに近く、風邪の菌すら体内に入れないように注意を続ける生活でした。※週刊ポスト2021年10月1日号
2021.09.17 19:00
週刊ポスト
曙、小錦、朝青龍、白鵬らヒール役になった外国人力士たち
曙、小錦、朝青龍、白鵬らヒール役になった外国人力士たち
 プロスポーツでは「試合に勝つ選手が人気者」であることが常だが、他の追随を許さない強さ故に、ファンからの声援は少なく、珍しく敗れたときは相手に大歓声が送られる者が出現する。だが、大相撲の世界では、強すぎてヒール扱いされる力士が必ずいる。 貴乃花、若乃花(三代目)、魁皇らと同じ1988年初土俵の曙。優勝11回、横綱通算432勝はライバル・貴乃花をしのぐ。ハワイ出身の外国人初の横綱で、初土俵から30場所での横綱昇進は貴乃花より11場所も早かった。「貴乃花との対戦成績は21勝21敗と五分だが、若貴兄弟との巴戦(1993年7月場所)では、長いリーチを生かした突っ張りで2人を秒殺。瞬間最高視聴率66.7%が証明するように兄弟対決は国民の夢だったが、それを曙は2連勝で打ち砕いた」(相撲担当記者) その巨体で日本人力士を跳ね返したハワイ出身の先輩・小錦は、「相撲はケンカ」と発言し、“黒船来襲”と騒がれた。大関として3場所で2回優勝し、優勝同点も2回経験したが、「連続優勝」の内規が厳格に適用され、横綱昇進を果たせず、人種差別問題にも発展した。 実力も、トラブルメーカーとしても規格外だったのは、モンゴル出身で初の横綱・朝青龍。歴代4位の25回の優勝を誇るが、不祥事により29歳で引退に追い込まれている。史上最長タイの7連覇の記録もあるほどの実力者だった。「張り差しやけたぐりを繰り出しては批判され、壊し屋としても有名だった。2007年3月場所での稀勢の里との一番では、張り手の応酬の末に、送り投げで土俵中央に転がし、その後にひざ蹴りを見舞って問題になった。稽古場では若い衆に吊り落としやヘッドロックなどのプロレス技をかけることで知られていた」(相撲担当記者) 歴代最多となる通算43回の優勝を誇る白鵬も、横綱審議委員会からの批判がありながら、立ち合いでカチ上げを繰り返すなど、品格を理由に「引退後の一代年寄襲名は難しいかもしれない」(同前)といわれている。ほかにも優勝インタビューでの「万歳三唱」「三本締め」などでも物議を醸す。※週刊ポスト2020年4月3日号
2020.03.24 16:00
週刊ポスト
白鵬でも6位なら上位は誰なのか(時事通信フォト)
史上最強の横綱1000人アンケート 白鵬6位、双羽黒15位
 長く続いた白鵬一強の時代が終わりを迎えるのか? 世代交代を担う力士は誰なのか? 春場所(3月8日~)に向けて関心が高まる。振り返れば過去の名横綱たちは、同時代のライバルと鎬を削り、突き上げる世代交代の波と戦いながら、最高位にのぼりつめた。ならば“最強の中の最強”は誰か。読者1000人と各界の好角家たちが選んだ。◆直線の柏戸、曲線の大鵬 1位は圧倒的な支持で大鵬。優勝32回(うち全勝8回)、6連覇2回と圧倒的な記録を残した。「巨人、大鵬、卵焼き」と呼ばれた子供の頃の人気者の記憶は、半世紀経っても強く残っているようだ。「少年雑誌の表紙は、ONか大鵬と決まっていた」(65歳自営業) 好角家として知られるコメディアンの大村崑氏(88)も深く頷く。「これまで大勢の力士を見てきましたが、やはり最強は大鵬です。立ち合いでは相手を真っ正面から受け止め、どんな展開になっても負けなかった」 大鵬の連勝記録は歴代4位の45だが、芥川賞作家の高橋三千綱氏(72)は「本当ならもっと連勝していた」と語る。 46連勝が懸かった1969年春場所の戸田との一番。押し込まれた大鵬は、土俵際で際どく突き落とし。軍配は大鵬に上がったが、物言いがつき、行司差し違えで戸田の勝ちに。「しかし、翌日のスポーツ新聞には、戸田の足が先に出ている写真が掲載された。“世紀の大誤審”で、翌場所から判定にあたりビデオが参考にされるようになりました」(前出・高橋氏) 名横綱には必ずライバルがいる。大鵬のライバルといえば柏戸(11位)。元NHKの大相撲実況アナウンサーで、現在は東京相撲記者クラブ会友の杉山邦博氏(89)が言う。「私はラジオ中継で“直線の柏戸、曲線の大鵬”と表現しましたが、土俵の丸みを生かすのが大鵬で、一直線に持っていくのが柏戸だった。全盛期の大鵬戦となると互角以上の勝負をしていました」「柏鵬時代」の後に訪れたのが、玉の海(12位)と北の富士(14位)の「北玉時代」。70年初場所で13勝同士で優勝決定戦に臨んだ2人(優勝は北の富士)は、場所後、揃って横綱に推挙された。「玉の海が横綱になった翌年に急逝した(享年27)ときはショックだった。生きていれば北の富士と長く名勝負を見せてくれたはず」(69歳会社役員) 2人の幕内対戦成績は北の富士の22勝21敗とほぼ互角だった。◆北の湖に勝ち越した輪島「北玉」の後に台頭してきたのが、「憎らしいほど強い」と称された北の湖(3位)だ。1974年7月名古屋場所後に21歳2か月の史上最年少で横綱に昇進し、優勝は24回。「滅多に負けないからこそ、負けた時は盛り上がる。先代の貴ノ花が結びの一番で北の湖を寄り切って初優勝した時は興奮した」(61歳会社員) その北の湖と渡りあったのが、元学生横綱の輪島(9位)。“黄金の左腕”から繰り出される下手投げは強烈で、北の湖に23勝21敗と勝ち越している。 2位になった千代の富士は1981年初場所、優勝決定戦でその北の湖を倒して初優勝。この一番が黄金時代を築くきっかけとなった。「小さな体で大きな北の湖の前まわしに食らいくつ姿は、まさにニックネームの“ウルフ(狼)”そのもの。強引に寄りに出た北の湖を上手出し投げで倒して初優勝した時の、国技館の大歓声はすごかった」(58歳会社員) 抜群のスピードとバネの強さを武器に、全盛期には5年間で優勝20回。53連勝も記録した。 同時代に千代の富士とともに綱を張ったのが、双羽黒(15位)と隆の里(20位)。隆の里は糖尿病と闘いながら、苦労の末に30歳で最高位にまで昇りつめ、苦労人の代名詞ともいえるNHK朝ドラ『おしん』にかけて“おしん横綱”と呼ばれた。 対照的だったのが“新人類”と呼ばれた双羽黒。1986年夏場所の優勝決定戦で千代の富士に敗れたが、優勝経験のないまま横綱に昇進。師匠と大喧嘩して仲裁に入った後援会長とおかみさんにケガを追わせて失踪し、廃業。「2m近い(199cm)の恵まれた体で、精進していたら千代の富士にも負けない大横綱になっていたに違いない」(55歳会社員)◆唯一ランクインした「大関」 千代の富士に引退を決意させたのが、貴乃花(4位)だった。 入幕4場所目の1991年夏場所で初対戦。千代の富士が強引に首を押さえ突き落とそうとしたが、足腰の強さで残した貴乃花(当時貴花田)が体を預ける形で寄り切って初金星を上げた。千代の富士に「体力の限界」と言わしめたのはあまりに有名だ。 貴乃花の前に立ちふさがったのが、ハワイ出身で身長203cm、体重235kgの巨漢力士・曙(13位)。この時代は貴乃花の兄で“若貴フィーバー”を巻き起こした若乃花(三代目、17位)、曙と同じハワイ出身の武蔵丸(19位)の4横綱が鎬を削った。「終盤戦で4横綱が星を潰し合い、大関には貴ノ浪、千代大海、出島がいて、三役常連にも魁皇(16位)、琴錦、武双山、栃東ら実力者がひしめいていた。その中で22回優勝した貴乃花は高く評価できます」(前出・高橋氏) 16位に選ばれた魁皇が横綱になれなかったことが、この時代のレベルの高さを物語る。さらに貴乃花は、世代交代の壁としても立ちはだかった。 飛ぶ鳥を落とす勢いの朝青龍(8位)が新大関となった2002年名古屋場所で横綱・貴乃花と対戦するも、上手投げで完敗。思わず朝青龍が「チクショー!」と叫んだ。貴乃花の引退後、白鵬(6位)、日馬富士、鶴竜らが台頭し、モンゴル時代に突入する。 現役で唯一ランクインした白鵬は優勝43回、幕内通算1053勝など数々の歴代記録を塗り替えている。6位に甘んじたことに料理人の神田川敏郎氏(80)は首を傾げる。「白鵬がナンバーワンであることは、数字が物語っている。なぜこの順位なのか、理解できません」◆大鵬が負けるはずがない さらに時代を遡れば、白鵬がいまだに塗り替えることができない唯一の記録である69連勝を戦前に築いた双葉山(5位)の存在がある。 終戦を挟み、「栃若時代」を築いて戦後の大相撲を支えた、“土俵の鬼”若乃花(初代)が7位、“マムシ”栃錦が10位にランクイン。落語家のヨネスケ氏(71)が懐かしむ。「栃錦のスピードある立ち合いから右上手を取っての出し投げは天下一品だった。一方、若乃花は力業で豪快に相手を投げ飛ばす。街頭テレビから、家庭でテレビが見られるようになった時代で、2人はヒーローだったね」 それぞれの時代を象徴する名横綱たちが、もし時空を超えて戦ったら誰が勝つのか──。NHKが昨年8月に放送した「どすこい!夢の大相撲 令和元年AI場所」は大反響を呼んだ。 日本IBMが開発した「どすこいAI」に現役時代のデータを入力。CGで対戦するという企画で、若乃花(初代)や玉の海ら往年の名横綱が甦り、“大将戦”では大鵬、貴乃花、白鵬の3人が巴戦で激突した。結果は白鵬が2勝、貴乃花が1勝1敗、大鵬は2敗。AIは白鵬が“史上最強”と判断した。 アンケートで白鵬を推した前出・神田川氏は、「白鵬は体がひと回り大きく、パワーに勝る。この結果は順当です」と納得の表情だが、多勢を占めたのは、「大鵬が白鵬に負けるはずがない」という声だ。 同番組に出演していた漫画家のやくみつる氏(60)が語る。「AI相撲では白鵬が左からの突き落としで逆転勝ちしましたが、腰の重い大鵬が土俵際で逆転を食らうはずがない。私が見てきたなかでは最強で、北の湖、千代の富士、貴乃花とやっても大鵬が勝ちますよ」 前出・高橋氏も言う。「大鵬は白鵬のようなカチ上げや張り手を使わず、受けて立つ相撲であれだけ強かった。実際に戦ったら、差し身の早い大鵬が左四つに組み止め、すくい投げか上手投げで決めると思う」 この“最強神話”を超える名横綱は、今後現われるのだろうか。※週刊ポスト2020年3月13日号
2020.03.04 07:00
週刊ポスト
舞の海、炎鵬、鷲羽山など大相撲界で奮闘した小兵力士列伝
舞の海、炎鵬、鷲羽山など大相撲界で奮闘した小兵力士列伝
 チャールズ・ダーウィンが適者生存を説いたように、大相撲界で小兵力士は熾烈な生き残りを賭けた闘いを続けてきた。“ちびっこギャング”と呼ばれた鷲羽山は昭和42年、当時の新弟子検査の合格最低基準である身長173cmしかなかった。人間は起きている間に1、2cm縮むと聞いたため、計測の順番待ちの時間は寝ていたという。 6年で辿り着いた新入幕の場所で敢闘賞を受賞。昭和50年九州場所で横綱・北の湖から金星を挙げ、昭和51、52年の2年で技能賞を5度獲得。約34年間NHK大相撲中継の実況を務め、現在も本場所に足を運ぶ杉山邦博氏(89)が振り返る。「前に出ることを信条としながら、多彩な技を駆使して抜群の存在感を示しました。土俵際での播磨投げなど、最後まであきらめない我慢強い力士でした」 小兵ゆえのケガに悩んだ鷲羽山が3年ぶりに休場なしの1年を送った昭和55年、のちに“南海のハブ”と恐れられる旭道山は新弟子検査の前日に大量の餅を頬張り、当日は水をガブ飲みして、合格最低ラインの70kgをクリア。約9年後の平成元年初場所、99kgで幕内へ昇進。一門外にもかかわらず、「休場明けの横綱が大きく見えるように」と北勝海の土俵入りで露払いに抜擢されたほどの小兵だった。「正攻法にぶつかっていくからこそ、時折見せる立ち合いの変化が生きた。闘志満々の相撲で国技館を沸かせました」(杉山氏) 平成5年春場所、立ち合いの張り手一発で久島海を倒した一番は今も語り継がれている。◆いなし技のデメリット 同じ頃、身長171cm、体重96.5kgの舞の海は、猫騙し、八艘跳び、三所攻めなど“技のデパート”の異名を取り、決まり手33は平成11年の引退当時、1位・栃錦(38手)、2位・3代目若乃花(35手)という横綱に次いで歴代3位。押し出しはわずか3番だった(いずれも幕内在位の記録)。平成2年夏場所で、舞の海に角界初黒星を付けた元前頭の大至伸行氏(51)が語る。「稽古場で相手をじっと見て、研究していた姿が印象に残っています。何をしてくるか予想できないタイプなので、対戦相手から恐れられていました」 この頃、200kg超えの小錦や曙、武蔵丸が幕内に名を連ね、舞の海が小結に昇進した平成6年秋場所には幕内平均体重が153kgに。鷲羽山が活躍した昭和50年代前半と比べて約20kgも増加していた。平成8年の名古屋場所で舞の海が小錦との一番で左ヒザ靭帯を損傷したように、力士の大型化は小兵にとってケガと隣り合わせだった。 幕内42人中26人が160kg以上という超大型化が起こり、平均163.0kgまで増えた令和元年夏場所、168cm、99kgの炎鵬が新入幕を果たす。翌場所には技能賞を獲得した。一方、関西学院大学時代から“アクロバット相撲”と評され、期待の高かった175cmの宇良は2年足らずで入幕を果たすもケガに泣かされ、現在は序二段だ。「小兵は相手の力を利用しながら、自分の体勢に持っていく傾向が強い。そのため、引き付けてからのいなし技に失敗すると、突進する相手をまともに受けて危険な状態に陥る。しかし炎鵬は正攻法でぶつかっていくので、ケガの可能性が少ない」(大至氏) 巨漢にも怯まない真っ向勝負で挑む炎鵬は、激しい生存競争に勝ち抜き、新たな歴史にその名を刻むことができるだろうか。※週刊ポスト2019年12月13日号
2019.12.06 07:00
週刊ポスト
三浦知良、貴乃花、井上康生 彼らの因縁ライバルのその後
三浦知良、貴乃花、井上康生 彼らの因縁ライバルのその後
 今年のプロ野球ドラフトでは、高校野球を沸かせた2人のライバル、佐々木朗希(大船渡)と奥川恭伸(星稜)に注目が集まった。スポーツ界の歴史はこのように、ライバルとして並び称された「ふたり」が何組もいた。しかし、勝負の世界では、その後のキャリアの中で明暗が分かれることもある。あの日輝いた「もうひとり」のその後──。 Jリーグを代表するスターの三浦知良と中山雅史。「カズ」「ゴン」と呼ばれ、1990年代のサッカー人気を牽引した。 カズは52歳の現在も現役選手としての出場が話題になるが、同い年の中山は2012年に引退。しかし2015年に3年のブランクを経て選手に復帰した。「所属はJ3のアスルクラロ沼津。今年も契約更新されたが、4年間で公式戦には一度も出ていない。それでも三浦の最年長ゴール記録の更新を虎視眈々と狙っている」(サッカー担当記者) 角界のライバル関係といえば、「曙貴時代」と言われた第64代横綱・曙と第65代横綱・貴乃花の関係が思い浮かぶ。2人は入門同期として相撲教習所時代から競い合ってきた。 日本相撲協会との対立が記憶に新しい貴乃花だが、曙はプロレス転向後、消息が乏しい。「プロレスラーとしての技術は関係者からも高く評価されていた。2015年にジャイアント馬場夫人から支援を受けて『王道』というプロレス団体を立ち上げましたが、2017年に急性心不全で倒れ、それ以来入院生活が続いている。2年以上寝たきりの状態で、奥さんのクリスティーン麗子さんが献身的に介護をしています」(スポーツ紙記者) 1990年代の土俵を沸かせた小兵力士が、「技のデパート」として知られた舞の海と、高校教師からの転身で話題を呼んだ智ノ花。 舞の海はNHKの相撲解説や健康食品のCM、さらには『ぶらり途中下車の旅』(日本テレビ系)でよく見かけるが、智ノ花は引退後も相撲協会に残った。「立浪部屋の部屋付き親方になった後、元魁輝の先代・友綱親方を頼って部屋を移籍。その後、玉垣親方を襲名して、現在も友綱部屋付き親方として協会に残っている。今は九州場所担当として福岡入りしています」(相撲担当記者) 2007年に柔道全日本選手権と嘉納杯で当時最強と言われた井上康生に連勝、2008年の北京五輪で金メダルを獲った石井慧は、その後数奇な運命を辿った。 五輪直後にK-1、UFCなどを渡り歩いたあと、クロアチアに拠点を移した。現在もヨーロッパで総合格闘家としてキャリアを重ね、クロアチア国籍を取得した。※週刊ポスト2019年11月8・15日号
2019.10.31 07:00
週刊ポスト
栃煌山(右)を攻める炎鵬=11日、愛知・ドルフィンズアリーナ
幕内最軽量・98kgの炎鵬 「変化しない小兵」の強さの秘密
 身長168cm、体重は幕内最軽量の98kgという小兵・炎鵬(前頭11)が秋場所の土俵を沸かせている。その出で立ちは1990年代に小錦、曙、武蔵丸らハワイ出身の大型力士に対抗し、“技のデパート”と呼ばれた舞の海を彷彿とさせるが、取り口は大きく違う。「立ち合いで正面からぶつからず、“お見合い”が多かった舞の海に対し、炎鵬はどんな大きな相手でも真っ向勝負でぶつかる。相手の下に潜り込み、力強い下手投げや右からのひねりで仕留めるスタイルで“ひねり王子”と呼ばれています。立ち合いで変化しないから、目の肥えたファンの評価も高い」(ベテラン記者) 炎鵬の取組になると、館内は大歓声に包まれる。その人気ゆえに“ターゲット”となることも多いという。若手親方の話。「大人気の炎鵬は下位力士の中ではダントツで懸賞金が多い。その懸賞金を狙って対戦相手も潰しにくるわけです。とくに二所ノ関一門の大型力士と激しい一番が続いた。4日目は、炎鵬が『居反り』を決めにいったところ、松鳳山(前頭12)に押し潰された。3日目の琴勇輝(前頭9)戦では張り手を受け、右目に相手の指が入って目を真っ赤にしていた。ただ、激しい相撲に館内は沸き、さらなる炎鵬人気につながっている」 同じ宮城野部屋の石浦(前頭15)と炎鵬の2人は、横綱・白鵬の内弟子だ。「白鵬はかねて、炎鵬が太刀持ち、石浦が露払いで土俵入りするのが夢だと公言してきた。2人が幕内で揃った今場所、ついに実現したが、白鵬が初日に敗れて2日目から休場。来場所も“師匠”の悲願を叶えるため、2人は幕内に残ろうと必死だったはず」(同前) 新入幕だった5月の夏場所では後半戦に6連敗を喫したが、同じ轍は踏まないという決意も固いはずだ。※週刊ポスト2019年10月4日号
2019.09.21 07:00
週刊ポスト
ここ数年は休場も多い白鵬(時事通信フォト)
大鵬が白鵬に負けたNHK『AI場所』にベテラン親方大荒れ
「歴代最強の横綱」は誰なのか? 相撲ファンなら誰もが気になる論争に答えを出したのが、NHKで放送された『どすこい!夢の大相撲 令和元年AI場所』(8月9日)である。 好角家の有名人らが3チームに分かれ、歴代横綱の中からドラフト形式で各チーム3人を選出。日本IBMが開発した“どすこいAI”に現役時代のデータを入力し、各チームの作戦に応じてCGで対戦するという企画で、初代若乃花―朝青龍(小股すくいで若乃花の勝ち)、北の湖―曙(押し倒しで曙の勝ち)といった時空を超えた“夢の取組”が次々と実現し、多くの相撲ファンを喜ばせた。 が、そんななか“座布団が舞った”のが大将戦である。優勝回数32回の大鵬、22回の貴乃花、そして42回で現役の白鵬という大横綱3人が巴戦で相まみえたが、白鵬が大鵬に突き落とし、貴乃花には上手投げで2連勝したのだ(残りの一番は貴乃花が大鵬を寄り切り)。 番組を見ていたあるベテラン親方は大荒れだったと、部屋の所属力士が明かす。「うちの親方は、“大鵬が得意の両差しになって白鵬に負けるわけがない”と力説していました。貴乃花親方だって得意の右四つから上手を切られて投げられて負けるなんて考えられない。親方はNHKが現役横綱に気を使ったんじゃないかって勘繰っていました」 好角家で知られる芥川賞作家の高橋三千綱氏も、「大鵬の本当の強さを知らない偏差値世代がやっているんでしょうが、時代時代で強さの在り方は違う。ナンセンスですよ」 と納得いかない様子。こうした声に、番組に出演した漫画家のやくみつる氏はどう答えるか。「私は今も大鵬が一番強いと思っていたし負けたのは残念でしたが、相撲ファンが侃々諤々と議論してきた“仮想対決”が、実現するというのは新鮮でいいんじゃないですかね」 大鵬にはぜひ、次の“AI場所”でリベンジを期待したい。※週刊ポスト2019年8月30日号
2019.08.20 16:00
週刊ポスト
わずか2場所で…?(時事通信フォト)
貴景勝「2場所で大関陥落」悪夢のカウントダウン
 新大関・貴景勝の5月場所は、「負傷→休場→再出場→再休場」という奇妙な経過を辿り、千秋楽を待たずに幕を下ろした。その裏で一体何が起きていたのか。そしてカド番で迎える名古屋場所はどうなる──。 貴景勝が右膝を負傷したのは、5連敗中の天敵・御嶽海(小結)に白星を収めた4日目の取組だった。「約3週間の加療を要する見込み」と診断されたものの、中日に再出場を強行。碧山(小結)にあっけなく敗れると、翌日から“再休場”となった。 大関の再出場は68年ぶりの珍事。そこに、師である元・貴乃花親方の影を感じる関係者は少なくない。「貴乃花の伯父で“土俵の鬼”と呼ばれた初代・若乃花も、1956年秋場所で高熱を出して休場した後、千秋楽に再出場を届け出た(土俵には立てず不戦敗)。父であり師匠である元大関・貴ノ花の“死力を尽くす”という教えに従って貴乃花自身、2003年初場所で休場後の再出場に踏み切っている(同場所の中日に引退を表明)。貴景勝のなかには“貴イズムの継承”という思いがあったに違いない」(担当記者) ただ、師と仰ぐ元・貴乃花親方の例を挙げるまでもなく、力士にとって膝の故障は致命傷になる。まだ22歳の新大関の未来に、にわかに暗雲がたちこめてきた。◆師匠の言うことを聞かない このままでは、待望の日本人横綱として期待されながら、故障に泣いて引退に追い込まれた稀勢の里(現・荒磯親方)の二の舞だと危惧する声もある。「元・貴乃花部屋の力士たちの心の師は今でも貴乃花なんでしょう。本来、ケガが悪化しないように再出場を止める立場の千賀ノ浦親方(元小結・隆三杉)が、コントロールできなかった。 稀勢の里にとっても師匠はあくまで亡くなった先代(元横綱・隆の里)だった。現役時代の実績で稀勢の里に劣る田子ノ浦親方(元前頭・隆の鶴)が、ケガを押しての出場を止められなかったのと同じ構図だ」(後援会関係者) 貴乃花も隆の里も、現役時代、「ガチンコの中のガチンコ」と呼ばれた横綱だった。誰に対しても手加減なくぶつかり、相手も手を緩めないため、ケガが避けられない。休場に逃げないから、ケガが癒えない。 そうした系譜を継ぐ手負いの貴景勝は、昇進2場所目にしてカド番大関として名古屋場所に臨む。カド番制度が始まった1969年7月以降、新大関の場所で休場したのは前の山、大受、増位山、曙、千代大海、武双山、栃ノ心の7人。「翌場所でも勝ち越せず、『2場所で陥落』に追い込まれた唯一の大関が、やはりガチンコとして知られた武双山(現・藤島親方)でした。“大関互助会”などに見向きもしなかった武双山は、休場明けの場所も激しく攻め立てられ、4勝11敗に終わった。貴景勝が、同じ道を辿ることになりはしないか……。猛暑厳しい名古屋だけに、体調管理も難しい」(ベテラン記者) このシナリオが現実になる可能性は、決して低くない。「名古屋では貴景勝に対してがっちり“包囲網”が敷かれる」とみるのは、ある若手親方だ。「5月場所を休場した横綱・白鵬が戻ってくる。衰えは隠せないが、『東京五輪開会式での土俵入り』の野望を果たすため、貴景勝は早めに潰しておきたい」 白鵬がいないうちに勝ち越したい──そんな焦りが、貴景勝を無謀な「再出場」へと駆り立てたのか。 ただ、名古屋で包囲網を形成するのは白鵬やモンゴル勢だけではない。◆絶好の“懸賞首” 中日に再出場した貴景勝は、碧山との一番ではたき込みで敗れ、痛めている膝を土俵に強打した。「碧山、そして翌9日目に対戦予定だった栃ノ心(関脇)には、師匠である春日野親方(元関脇・栃乃和歌)が、“貴乃花部屋の残党には後れを取るな”と、発破を掛けているでしょう。一連の『貴の乱』では協会執行部の中心人物として貴乃花を厳しく追及した急先鋒ですから。栃ノ心には春場所千秋楽で貴景勝に敗れて大関陥落が決まった因縁もある。今場所は再出場した貴景勝に相次いで“遺恨試合”が組まれ、審判部に何か意図があるのかと、思わず勘ぐりたくなった」(同前) 大関陥落を味わわされた栃ノ心は名古屋では満を持してリベンジに挑む。さらに、上位にひしめくガチンコ勢からも狙われる。「貴景勝はスポンサー筋にも人気抜群で、5月場所の指名懸賞は340本と断トツ。懸賞本数が増えれば、もともと“相手が休場明け”といった事情などお構いなしのガチンコ勢が、さらに目の色を変えてくる」(前出の後援会関係者) 白鵬の野望、師匠の残した遺恨、そして群がる“懸賞金ハンター”たち──数多の逆風が、来場所の貴景勝を待ち受ける。名古屋はまさに、正念場となる。※週刊ポスト2019年6月7日号
2019.05.27 07:00
週刊ポスト
貴景勝は「横綱になれない」致命的弱点をデータで徹底分析
貴景勝は「横綱になれない」致命的弱点をデータで徹底分析
 令和の幕開けとなる夏場所(5月12日初日)。初土俵から28場所で日本人力士最速の大関昇進を果たした22歳の貴景勝には、早くも「日本人横綱」への期待がかかる。だが、これまでの全取組329番を詳細に分析すると、不安材料も少なくない。「175cm(幕内平均184.7cm)と上背のない貴景勝は立ち合いで下からのぶちかましで相手の体を起こし、休まず攻め続けて圧倒する押し相撲が身上。金星狙いの平幕ならそれでいいが、綱を張るにはどうなのか」 ある若手親方がそう評価するのも無理はない。 貴景勝がこれまで積み上げた213勝のうち、まわしを取る決まり手による白星は十両時代に「寄り切り」(2016年5月場所)と「寄り倒し」(同11月場所)が一番ずつあるだけ。残りの211勝がまわしを取らない決まり手という典型的な突き押し相撲だ。 過去、突き押し相撲を武器に横綱になった力士は存在するが、いずれも四つ相撲でも勝負できた。「八角理事長(元横綱・北勝海)も突き押し相撲で横綱に登り詰めたが、左四つでも強かった。長いリーチで“若貴”を圧倒した曙も、右四つからの上手投げを得意としていたし、強烈な突っ張りがある朝青龍や日馬富士は、離れて速攻でよし、組んでよしの自在の取り口を武器にしていた。 一方、大関で突き押し一辺倒を貫いた力士はいずれも横綱にはなれていない。たとえば、千代大海はカド番14回のワースト記録の保持者で、公傷制度(本場所でケガをした翌場所は休場でも番付が落ちない=現在は廃止)がなければ在位2場所の最短大関になったはずといわれたほど。“せいぜい十両クラス”と言われる貴景勝の四つ相撲が上達しない限り、綱取りは厳しい」(別の若手親方) 組み止められて長い一番になると勝率は極端に下がる。貴景勝の取組時間を分析すると、5秒以内だと勝率64.2%だが、20秒超えでは36.4%だった。四つに組める上位陣にも負けが込みがちだ。 わかりやすいのが先場所11日目の横綱・白鵬との取組だ。頭で当たった貴景勝が何度も突き放そうとするが、白鵬が左右の張り手でしのぎながら右四つに組み止めると、即座に上手投げで仕留められた。白鵬は優勝会見でこの取組にわざわざ触れ、「それなりに四つ相撲も覚えないといけないな」と余裕の“アドバイス”をしてみせた。貴景勝が今後横綱を狙う上での大きな課題なのだ。 ただし、まったく活路がないわけではない。土俵上にも時代の流れがある。幕内の決まり手を見ると平成元年(1989年)は、最も多い「寄り切り」が全体の34.9%、続く「押し出し」が16.9%だったのが、平成30年(昨年)は「押し出し」(25.1%)がトップで、「寄り切り」(23.9%)を上回っている。「力士の大型化もあって、御嶽海、北勝富士ら突き押し相撲の上位力士が増えた。小兵ではあるが、貴景勝の今後は“平成までの常識”だけでは見通せないでしょう」(協会関係者) 前例を覆して“新常識”を作り出す日本人横綱の誕生をファンは待ち望んでいる。※週刊ポスト2019年5月17・24日号
2019.05.07 11:00
週刊ポスト
貴乃花は真の大横綱、巨漢力士時代に「寄り切り」で勝ったから
貴乃花は真の大横綱、巨漢力士時代に「寄り切り」で勝ったから
 平成を彩るアスリートを振り返るとき、大相撲の若貴ブームははずせない。ブームではあったがその強さ、とくに弟の貴乃花の大横綱ぶりは今でも語り継がれる見事さだった。巨漢力士時代に「寄り切り」で勝ち続けたからこそ、真の大横綱だったと、元NHKアナウンサーの杉山邦博氏が「大横綱・貴乃花」について語った。 * * * 大相撲の王道を歩み続けた大横綱です。一切妥協することなく真っ正直に立ち向かう姿勢を貫いた、後世に名を留める名力士であり、平成の相撲ブームに火をつけたのが貴乃花でした。 同じ大横綱として大鵬、北の湖、千代の富士の名前が挙がるが、大鵬と北の湖は同世代の力士の中では大柄な体に恵まれました。しかし貴乃花は小錦、曙、武蔵丸ら200キロを超える巨漢力士の中での土俵でした。ハワイ勢の台頭は相撲の国際化に貢献しましたが、そのパワーを見て角界全体が大型化に走ることになり、技より体に頼る力士が多くなって、相撲が大味になっていった時代でもあったのです。 そんな巨漢力士のパワーに席巻されかねない状況下で、逃げることなく正面から立ち向かったのが貴乃花でした。そういった状況下での22回の優勝は価値があるものだと思います。 大横綱と呼ばれた力士たちは、それぞれに強さの個性がありました。出足鋭い北の湖、左前みつを取って一気に寄る直線相撲の千代の富士が攻撃型なら、左右どちらの四つでも対応した貴乃花は、大鵬と同じく防御も備えた横綱でした。横綱在位429勝中、寄り切りが半数を超える。この記録こそが貴乃花の安定感を証明しています。 私は父親の貴ノ花(元大関)の現役時代から自宅に伺う機会が多く、若貴兄弟のことは少年時代から知っていました。子供の頃から父の背中を見て育った兄弟が力士になると聞いた時には、喜びを禁じ得ませんでした。無類の弟思いの兄の勝君(元横綱・三代目若乃花)の全面的な協力もあって、弟の光司君は大輪の花を咲かせることができました。真っ正直に土俵を務める姿は父親譲りのものでした。 父の貴ノ花は横綱になれなかった悔しさが弟子育成のバネとなりましたが、その思いが兄弟にも伝わったのでしょう。兄は父と同じような小さな体で横綱となり、弟は大横綱として一時代を築きました。踵に目があると言われた伯父の初代若乃花の遺伝子もあるのでしょうが、貴乃花の功績は相撲史に長く残ることは間違いありません。 多くの相撲ファンは印象に残る一番として、7場所連続休場の原因となった平成13(2001)年5月場所の武蔵丸との優勝決定戦を挙げますが、私は平成6(1994)年九州場所千秋楽の横綱・曙との一番だと思っています。 前場所に全勝優勝しながら横綱昇進を見送られ、貴ノ花から貴乃花に改名して迎えた九州場所。曙のカチあげに動じず左四つに組み止め、お互いに寄りを投げでしのぐ。動きが瞬時も止まらない大相撲の末、貴乃花が上手投げで逆転勝ちしました。これで2場所連続全勝優勝を飾り、何人も口を差しはさむ余地のない形で横綱昇進を決めました。双葉山以来の57年ぶりの記録となった曙戦こそ、貴乃花の真骨頂でしたね。●取材・文/鵜飼克郎※週刊ポスト2019年5月3・10日号
2019.04.29 07:00
週刊ポスト
平成スポーツ史 若貴ブーム時のパレードでは隣家の塀壊れた
平成スポーツ史 若貴ブーム時のパレードでは隣家の塀壊れた
 1993(平成5)年のJリーグ開幕を機に始まったサッカーブームは、その後の日本代表W杯初出場、日韓共催W杯で一気に定着。代表戦で日本が勝利すると喜び勇んだ若者が街中でハイタッチする様は、今や当たり前の光景となった。スポーツで平成を振り返ると、様々なスター選手や出来事が思い出される。 外国出身力士で初の横綱となった曙、ロサンゼルス・ドジャースで13勝6敗の好成績をあげて新人王に輝いた野茂英雄、シドニー五輪女子マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子など、数々のスターアスリートも誕生。不況が長引くなか、スポーツは明るいニュースを振りまいた。 先日、日本相撲協会を退職して元親方となった花田光司氏(元横綱・貴乃花)は、まさしく平成を象徴する人だろう。兄の若乃花とともに大相撲で活躍し若貴ブームを巻き起こした。当時の熱狂を、中野新橋商店街理事長の荒田太一氏が振り返る。「若貴兄弟が優勝すると両国国技館からパレードが出発して、藤島部屋(のちに二子山部屋)があったこの小さな中野新橋の商店街に戻ってくる。ファンの数、実に5万人でした。1992(平成4)年1月場所で貴花田(当時)が史上最年少で初優勝したときは、パレードを隣で見ていた母娘が広島から応援に来たというのでびっくりしました。 近所の住民はまともに外を歩けないし、部屋の周りをファンが何重にも取り囲んでいる。一目見ようと隣家の塀の上によじのぼる人まで現われて、隣家の塀が壊れたことも。今では考えられないほどの人気でしたよ」◆「スポーツ」で振り返る平成1991年9月:大相撲に巻き起こった若花田、貴花田の若貴ブーム1993年10月:W杯最終予選「ドーハの悲劇」。本大会出場権を逃す1995年5月:全仏オープンテニスで伊達公子がベスト4進出1998年8月:夏の甲子園決勝で松坂大輔がノーヒットノーラン達成2003年9月:阪神タイガースが18年ぶりの優勝2005年10月:ディープインパクトが史上2頭目の無敗の三冠馬に2006年3月:第1回ワールドベースボールクラシックで日本が優勝2007年4月:“ハンカチ王子”斎藤佑樹が早大野球部入部2011年7月:女子サッカー「なでしこジャパン」がW杯初優勝2016年9月:広島カープが25年ぶりにリーグ制覇※週刊ポスト2019年3月1日号
2019.02.21 07:00
週刊ポスト
アクアライン、フジテレビ本社… 平成中期に誕生した東京名所14選
アクアライン、フジテレビ本社… 平成中期に誕生した東京名所14選
 平成の30年間に東京近郊に出現したスポットや新たにお目見えしたものを、ライターの金子則男氏がピックアップ。今回は1996~2003年(平成8~15年)です。バブル期に計画されたものが多く、完成した瞬間から不要論が噴出したものもあります。【タカシマヤタイムズスクエア:1996年】 それまでは場外馬券売り場ぐらいしかなかった新宿駅南口に、高島屋が大々的にデパートをオープンしたのが1996年のこと。こちらの開業により、新宿駅の人の流れも大きく変わり、伊勢丹、三越、京王、小田急、高島屋による「新宿デパート戦争」が勃発しました。南口には2016年にバスターミナル「バスタ新宿」もオープン。日本最大の乗降客数を誇る新宿は日々進化しています。【キャロットタワー:1996年】 1990年代なかば、それまで超高層ビルがなかった三軒茶屋に出現したのがこちら。外壁がにんじん色だったことから、このような名前になりました。最上階の展望ロビーは無料なので、天気の良い日に三軒茶屋に行かれた方は、ぜひそちらへ。【東京ビッグサイト:1996年】 モーターショーやコミケ、展示会など、さまざまな催しの会場として使用される東京国際展示場、通称「ビッグサイト」は、ゆりかもめ開業の翌年にオープンしました。特徴的な建物が有名なこの施設は、2020年の東京五輪でも大活躍する予定。増床計画もあります。【東京オペラシティ:1996年】 もともとはバスの営業所やデパートの配送センター、廃墟と化していた工業試験所などがあった場所にできたこの高層ビル。立派なホールが完成したことで、音楽ファンから喜びの声が上がりました。【東京湾アクアライン:1997年】 それまでフェリーで結んでいた川崎~木更津間を道路で結んでしまおうという壮大な計画。開通当初は片道4000円と、乗るのにかなり勇気が要る価格でしたが、紆余曲折を経て現在はETC利用で800円にまで通行料が下がりました。【フジテレビ本社ビル:1997年】 それまで新宿区河田町(最寄り駅は都営新宿線の曙橋)にあったフジテレビが、当時はあまり何もなかったお台場に移転。レインボーブリッジから見える特徴的なビルは、東京の新たな名所となりました。その後、周辺にはホテルやオフィスビル、商業施設も完成。GWや夏休みには局主催のイベントが行われ、今では街全体が観光スポットです。【横浜国際総合競技場:1998年】 東海道新幹線の停車駅・新横浜駅近くに完成したスタジアム。日産自動車がネーミングライツを取得し、2005年からは「日産スタジアム」の呼称が使われています。2002年には日韓ワールドカップの決勝の舞台にも選ばれました。収容人数は国内最大で、ライブを開催したのは超一流のアーティストばかり。今や「日産ライブ」は東京ドーム以上のステータスになりつつあります。【西武ドーム:1999年】 それまでは“屋根なし球場”でしたが、2年にわたってシーズンオフに改修工事を行ない、球場に屋根をつけることで、全天候型スタジアムへと生まれ変わりました。ネーミングライツは「インボイスSEIBUドーム」→「グッドウィルドーム」→「西武プリンスドーム」と、コロコロと変わっており、現在は「メットライフドーム」となっています。【大江戸線:2000年】 都内を数字の「6」の形で結ぶ地下鉄大江戸線。少しずつ路線が伸び、ある時期まで「都営12号線」という無機質な名前で呼ばれていました。全線が開通したのは2000年で、路線名は当初「東京環状線」に決まりかけましたが、当時の石原慎太郎都知事が難色を示し、ほぼ独断で大江戸線という名称に。大江戸線の開通により、23区内の鉄道空白地帯がいよいよ少なくなりましたが、後発の地下鉄ゆえ、とにかく地下深くを走っており、乗り換えが不便だという声は少なくありません。【さいたま新都心、さいたまスーパーアリーナ:2000年】 商業施設や高層ビル、エンターテイメント施設などがオープニングイベントを開くのは珍しくありませんが、「街開き」をした例はあまり聞いたことがありません。大宮駅の南に広がる操車場跡地に開発されたさいたま新都心は、2000年5月5日に街開きを行ない、今では埼玉県内での屈指の商業・ビジネスエリアになりました。車窓から見える「さいたまスーパーアリーナ」は、東京近郊を代表するイベント会場。ライブやスポーツイベントなどで多くの人を集めるこのイベント会場も同年3月にオープンしています。【埼玉スタジアム2002:2001年】「2002」という名前ですが、開業は2001年。2002年のW杯のために作られたサッカースタジアムです。同年には、こちらを終点(浦和美園駅)とする埼玉高速鉄道も開通。また1つ、都心と埼玉を結ぶ路線ができました。【東京ディズニーシー:2001年】 ご存じ、東京ディズニーランドが拡張し、新たに「ディズニーシー」が開業したのが2001年のこと。“第2のパーク”がオープンすることで、混雑緩和を期待する声もありましたが、相乗効果でますます賑わう結果となりました。2018年にはディズニーシーの拡張計画が発表されており、2022年のオープンが予定されています。【六本木ヒルズ:2003年】 平成という時代を象徴する建物といえば、やはりこれになるのではないでしょうか。「六本木ヒルズ」という単語が「成功」を表す1つの記号として使われ、「ヒルズ族」という単語も生まれました。構造が複雑で、非常に迷いやすいのもこのヒルズの特徴。ヒルズの中核をなす森タワーは、屋上の「スカイデッキ」に上がることもできます。【東海道新幹線品川駅:2003年】 一見、「東京駅からこんな近くに必要なのか?」という声も出そうな場所にできた新幹線の新たな停車駅。品川からは羽田空港にアクセスしやすく、渋谷・新宿方面へも時短が望め……と、色々な理由から開業しました。2027年開業予定のリニア新幹線の始発駅は品川になるだけに、今後ますます品川の重要性は高まりそうです。
2019.02.11 17:00
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元横綱・武蔵丸「一番強かったのは貴乃花」 白鵬との違いは
元横綱・武蔵丸「一番強かったのは貴乃花」 白鵬との違いは
 平成前期の各界は優勝決定戦が頻発、語り継がれる名勝負も多い。元横綱・武蔵丸、武蔵川光偉親方が当時のライバルを語った。 * * * 私は平成元年(1989年)初土俵。当時、平成前期の力士たちはそれぞれが自分の型を持っていましたね。長い腕や重い体重を利用して、とにかく自分が有利になるような相撲に持ち込んでいた。この形になれば横綱にも負けないと、みんなが自信を持って戦っていました。 力が拮抗していたので、序盤から星の潰し合いがあって、千秋楽の最後の一番まで誰が優勝するかわかりませんでした。千秋楽の勝ち負けで星が並び、優勝決定戦になるのはザラ。なんでも平成5~10年(1993~1997年)には優勝決定戦が11回もあったとか。私も生涯7回の決定戦を戦いました。 ただ実は、私は決定戦で負けた記憶しかないんですよね(苦笑)。戦績は1勝6敗。勝ったのは平成8年(1996年)11月場所、結び前と結びの一番で3敗力士が負けて11勝4敗で並んだ、史上初の「5人での優勝決定戦」でした。若者頭から「決定戦をやる」と言われて土俵に行くと、「(戦う力士が)結構いるじゃないか」と驚いたのを覚えています。もうとにかく開き直るしかなくて、何も考えずに持てる力を出し切ろうと土俵に上り、優勝できました。 それぞれがまともにぶつかり合うので、立ち遅れたり躊躇したりしたら相手のペースになって負ける。琴錦や安芸乃島のように土俵から簡単に出ない力士も多く、相撲を取っていて面白かった。 中でも一番強かったのは貴乃花ですね。決定戦ではよく負けてしまいましたが、とにかく、こちらの得意な相撲をさせてもらえないんです。白鵬のように引いたり叩いたりしない、正面から受け止めて勝つ真の横綱相撲でした。支度部屋で自分の取組に合わせて気持ちを高めていくのがうまいし、その実力は彼の尋常ではない稽古量から生まれていたと思います。 当時はどの部屋も稽古をガンガンやっていました。武蔵川部屋には関取も多く、1日50番というのも珍しくありませんでした。今のお相撲さんの5倍はやっていましたよ。お陰でスタミナには自信があったので、決定戦は苦になりませんでしたがね。 今のお相撲さんは押し相撲や引き相撲が多く、見ていて面白くない。昭和で育った平成の前半と平成育ちの後半では、相撲は大きく変わってしまいました。※週刊ポスト2019年2月1日号
2019.01.26 16:00
週刊ポスト
若貴「和解共演」実現に期待高まる、相撲対決より旅企画推す声
若貴「和解共演」実現に期待高まる、相撲対決より旅企画推す声
 23年の結婚生活に幕を下ろし、“卒婚”と発言して河野景子さん(54才)と離婚した元貴乃花親方(46才)。気になる貴乃花の今後だが、「キャスター転身」が有力視されている。それと同時にもうひとつ、気になる話がささやかれている。20年近く交流の途絶えていた兄の元若乃花・花田虎上(47才)との間に、和解話が持ち上がっているというのだ。 NEWSポストセブンでは12月8日に配信した記事で、貴乃花が今後、信頼を寄せるプロデューサーがいる日本テレビで、東京五輪のキャスターも見据え、年末年始特番を筆頭にスポーツ番組やバラエティー番組などに起用される見込みだということを伝えた。 一方、景子さんもテレビ局への“再就職先”が噂され、親方と蜜月関係にある日テレとは距離を置き、知人を介してTBSやテレ朝、古巣のフジテレビにも売り込みをかけているという。 貴乃花は、母・藤田憲子さん(71才)とも絶縁状態にあり、完全に1人。そこへきて“援軍”となるのが、兄・虎上との“共演”だという。 兄弟は1990年代前半、2人で若貴フィーバーを巻き起こしたが、1998年には一転、断絶状態となった。貴乃花が若乃花の相撲を批判するなど相撲観の違いや、貴乃花が心酔していた整体師の洗脳騒動などが原因とされ、亡き父・元大関貴ノ花の遺産相続の問題などの浮上して、骨肉の争いを展開。 その後、兄は「弟は頭がおかしくなった」などと発言し、公の場でたびたび不仲をネタに笑いを取っていた。今年3月16日、『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)の人気企画「本音でハシゴ酒」にゲスト出演した際には、騒動の渦中にあった弟についてぶっちゃけトークを展開。母とも弟とも関わりたくないと語り、連絡先も知らず絶縁状態であることを明かしていた。 そんな2人に持ち上がっている「和解話」とは、インターネット番組での共演だという。しかもトーク番組などではなく「相撲対決」というプランで、実現すれば、1995年九州場所の優勝決定戦以来の“若貴対決”になる。9月から動き始め、双方にも打診済みだという(8日配信のNEWSポストセブンの記事では、虎上のマネジャーを務める妻が「そういった話は聞いておりませんので、お答えできることは何もありません」とコメント)。 この記事に対し、ネットではさまざまな声が寄せられている。例えば、「もしも2人が和解して話をしている姿を見れば応援してくれる人はたくさんいると思う。みんな若貴に夢をたくさん見た。冗談でも2人が相撲を取っている姿を見てみたい」「兄弟での確執は相撲関係が多いだろうから、角界を引退した今なら、近づけるのでは。父の後継者は俺だと言う貴乃花の自負も対立、確執の原因の一つだったのでは。兄弟和解はお互いプラスだとおもう」 など、大多数は共演の実現を期待する声や和解を願う声で、実現を楽しみにする人も。また、「和解は貴乃花次第」という意見も少なくない。「お兄ちゃんは子供の頃から険悪な状態になるまでは弟のことを本当に大好きで宝物のような存在だったと言っていますね。(中略)そして今もこんな状態の中にあっても弟のことを気遣う言葉を口にしたりしているのできっと貴乃花次第で修復可能なのではないかと思います」 多くが相撲対決での和解に期待する一方、「実現はあり得ない」といった見方も目立った。「対決なんかしたら、勝ち負けでまたゴタゴタすると思うよ。他人が視聴率のために更に険悪にするのは良くないと思うけど」「テレビで兄弟対決なら話題性抜群、視聴率も期待できる。でも実現は有り得ない。当事者の気持ちを完全無視して下らない画策を練るべきじゃない」など、企画自体を否定する書き込みも。「なかなかすぐには難しいだろうけど、バラエティー番組に兄弟で出てお笑いタレントさんにつっこまれながら笑顔で会話できる日が来るといいな」「仲直りして欲しいです。そんな企画を考えておられるなら是非この兄弟を対面させて昔のような仲良し兄弟でいて欲しい! 二人で旅番組とかいいですね。どのテレビ局が実現させてくれるか楽しみに待ちたいです」「相撲対決してまた不仲になったらどうするの? 旅行番組が良いでしょう」「相撲対決」ではなく、旅番組やバラエティー番組での共演を望む声や、貴乃花の心配な先行きに「若よ 今こそ貴を助けてほしい」「貴乃花親方が相撲から離れた今、一番必要なのはお兄ちゃんだと思う」と、兄の救いを願う声も少なからずあった。 芸能関係者が語る。「兄の虎上氏は、旅番組などに不定期でレギュラー出演していますが現在仕事はたくさんあるわけでもなく、また貴乃花にとっても、これからキャスターとして活動していくにあたり、兄弟不仲のままでは、お互いにデメリットになります。不仲解消はお互いにとって大きなメリットになりますので、実現する可能性は高いのではないでしょうか。 今、いろんなオファーが2人に入っていると思いますので、相撲対決ではなくても、ご対面番組など、いろんな可能性があると思います。過去には、結婚を前にして破局した元横綱の曙とタレントの相原勇のように、番組で20年ぶりにご対面を果たしたケースもありますからね。実現に向けて水面下での動きはいろいろと始まっているのでしょう」 若貴の対決番組の放送は年末の予定だということで、実現するならそろそろ一報が聞こえてくる頃か。 根っからの明るい性格の兄と口数の少ない弟、正反対の性格で、本来なら補いあえる“良相性”と見る意見もあるだけに、仲のよさを取り戻し、再び「若貴フィーバー」を見せてくれるのか注目だ。
2018.12.11 07:00
NEWSポストセブン

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