前田健太一覧

【前田健太】に関するニュースを集めたページです。

脳の指令を検出し、筋肉の動きをアシストする「HAL」
ツインズ・前田健太ほか各界アスリートが体験 装着型サイボーグ「HAL」
 人が運動する時は、まずは脳から筋肉に「動かしたい」という指令を出している。こうした脳の指令を検出し、筋肉の動きをアシストするマシンが、サイバーダイン社が開発した装着型サイボーグ「HAL」だ。 HALを腰のまわりに装着し、皮膚に貼ったセンサーと繋げることで、脳から神経を通じて筋肉に伝達する微弱な信号(生体電位信号)を検出。そして脳が意図した動作をすべく、筋肉の動きをアシストする。 もとは脚力が弱った高齢者や、下半身に障がいを持つ人が使用することで、身体機能の改善・補助・拡張・再生をはかる器具で、これを用いたアスリート向けプログラム「Neuro HALプラス」では、神経信号の速度や正確性を高める訓練を行なう。ツインズの前田健太が2020年に体験したほか、野球に限らずゴルフやバスケなど、各界アスリートが使用しているという。 トレーニング施設「MTXアカデミー」(東京・千代田区)で、実際にHALを装着して投球動作を解析した。HALのマシンはモニターに接続されており、筋肉を動かそうとするとマシンが神経信号を感知し、モニターの波形が下に伸びる。 目指すのは、必要なタイミングで動かしたい筋肉だけを動かすこと。投球時に無駄な筋肉に力みが生じないように、上手く「脱力」できているかを確認する。 MTXアカデミーのトレーナー・田邊大吾氏が解説する。「波が鋭く下に伸び、三角形が鋭角になっていれば、無駄な力みがなく、必要なタイミングで筋肉を動かせている状態です。ピッチングで言えば、前足を上げて着地する直前のタイミングで鋭い波形で力を入れることができれば、ボールに最も力が伝わります。それ以外のタイミングでは、しっかり脱力している状態が理想的です」 脱力しているつもりでも、不要なタイミングで不要な部位に力みが生じると、波形が鈍くなる。プロのトップレベルの投手は普段通りの投げ方で鋭い波形になる一方で、同じ球速を投げる投手でも波形が乱れるケースがあるという。そうした投手は肩や肘などの特定の部位に余計な力が入っており、力んだ部位の故障にも繋がりやすい。「HALは小学校3~4年生から使用でき、子供の頃から使うことで、正しい筋肉の使い方を習得することを推奨しています」 最新科学が未来のアスリートを生むかもしれない。撮影/藤岡雅樹※週刊ポスト2022年3月4日号
2022.02.27 07:00
週刊ポスト
1980年の巨人投手陣を牽引した江川卓(左)と西本聖の両エース(時事通信フォト)
1980年代の巨人投手陣を牽引した江川卓と西本聖の凄さ
 緊急事態宣言の全国的な解除を受け、2020年のプロ野球の開幕が6月19日に決定した。2020年代のプロ野球の幕開けであり、令和になってから最初の開幕となる。 1950年の2リーグ分裂後、プロ野球界を引っ張ってきたのは読売ジャイアンツだった。年代別の優勝回数を見てみると、1950年代は8回、1960年代は7回、1970年代は6回、セ・リーグを制覇している。1955年から5連覇、1965年から9連覇を成し遂げ、巨人は「球界の盟主」と呼ばれてきた。 1965年にドラフト会議が始まり、各球団の戦力が徐々に均衡。長嶋茂雄が引退し、V9戦士に衰えも見え始めた1975年、巨人は球団初の最下位に転落した。1980年にはミスター・ジャイアンツの長嶋監督が退任し、世界のホームラン王である王貞治も引退。V9のイメージが色濃く残るプレッシャーの中、1980年代のチームを牽引したのは江川卓と西本聖の両投手だった。 1974年オフにドラフト外で松山商業から入団した西本は3年目の1977年に8勝4セーブを挙げ、頭角を現す。翌年オフ、江川卓が『空白の1日』を利用して巨人への入団を試みるが、ドラフト会議で阪神が1位指名。金子鋭コミッショナーの『強い要望』が出され、1979年1月31日に江川は小林繁との交換トレードで、阪神から巨人へ。開幕から約2か月の謹慎を経て6月2日にデビューして9勝を挙げる。 西本はこの年に初めて規定投球回数に達し、リーグ2位の防御率2.76をマーク。3位は2.80の江川だった。野球担当記者が述懐する。「オフに地獄の伊東キャンプが行なわれ、2人とも長嶋監督に鍛えられた。1980年からの8年間、江川と西本が交互に開幕投手を務めており、1980年代の巨人投手陣は2人を軸に回っていた」(以下同) 1980年から6年連続で江川と西本の2人が2ケタ勝利を挙げている(※江川は1987年まで8年連続)。1981年は江川20勝、西本18勝で、チームの73勝の半分以上である38勝を記録。この年、チームの投球回数の4割以上を2人で占め、巨人はV9の1973年以来、8年ぶりの日本一に輝いた。「ドラフト外の西本は、入団当初は同期で1位の定岡正二にライバル心を燃やした。先発の一角に食い込んで定岡を抜いたと認められた頃に、江川が入団した。西本はエリートコースを歩んできた投手に対して、反骨心をむき出しにして、自分を高めていくタイプの投手でした」 西本はシーズンでは江川の勝ち星を上回ることはできなかったが、日本シリーズでは1981年に2勝(2完投1完封)でMVP、1983年も2勝(2完投1完封)で敢闘賞を受賞。江川が開幕投手を務めた年は3位、2位、3位、2位に終わったが、西本が開幕投手を努めた年は優勝、優勝、3位、優勝という結果に。プロ野球ファンの間では、江川は勝負弱く、西本は勝負強いというイメージも出来上がった。 巨人が江川と西本を擁した1980年代、広島は“投手王国”と呼ばれ、北別府学、大野豊、川口和久、山根和夫などの好投手がいた。この10年間で、北別府は137勝を挙げており、両リーグを通じて勝ち星トップ(2位は江川と西本の126勝)。2ケタ勝利の回数は北別府9回、大野、川口5回、山根4回だった。ただし、チーム内の2人で30勝以上を挙げたのは1982年の北別府20勝、津田恒美11勝、1986年の北別府18勝、川口12勝(金石昭人も12勝)の2年に留まっている。「チーム内に確実に勝ち星を計算できる投手が2人以上、長年にわたって存在することはほとんどない。だが、江川と西本は1980年から5年連続で、2人で30勝以上を挙げている。しかも、1980年の西本の14勝を除いて、全て15勝以上。 当時はV9や昭和30年代の野球と比較されて、そこまで評価されなかった印象があります。1988年まで元号は昭和でしたし、まだまだ昔の野球のほうが凄かったという認識があり、先発は毎試合完投、シーズン20勝して初めてエースという風潮もあった。特に江川はアマチュア時代の実績や入団経緯もあったため、400勝投手の金田正一やシーズン42勝の記録を持つ稲尾和久などを引き合いに出され、損をしている面もあると思います」 現役選手で、昨シーズンまで連続2ケタ勝利を挙げているのは千賀滉大(ソフトバンク)の4年が最長。続いて、菅野智之(巨人)と大瀬良大地(広島)の3年になる。一昨年まで6年連続2ケタ勝利の則本昂大(楽天)も、昨年は5勝に留まった。「則本の6年連続のうち、15勝は2回です。現在メジャーで活躍している選手のNPB時代の連続2ケタ勝利を見ると、日本ハムのダルビッシュ有は6年(15勝以上4回)、楽天の田中将大は5年(15勝以上3回)、広島の前田健太は6年(15勝3回)、日本ハムの大谷翔平は3年(15勝1回)、西武の菊池雄星は3年(15勝以上1回)です。大谷と菊池を除いた3人はメジャーでも2ケタ勝っていますし、日本にいれば記録をもっと伸ばしたでしょう。こうして振り返ると、今のメジャー投手と同じくらい、江川と西本は凄かった。その2人が同じチームにいたことが奇跡でした」 エースが2人いたことで、1980年代の巨人は安定した強さを見せた。10年間で優勝4回はリーグ最多。全ての年でAクラスだった。2リーグ分裂後、巨人が1度もBクラスに落ちなかったのは1950年代と1980年代だけ。時代の狭間で、切磋琢磨した江川卓と西本聖はジャイアンツの歴史に名を残した。2020年代、巨人に2人のようなライバル関係で競り合う投手は出てくるか。
2020.05.28 16:00
NEWSポストセブン
YouTubeデビュー(今年2月25日)の動画はフロリダキャンプ時に借りていた家で収録
前田健太「現役だから発信すべき」プロ/アマの壁壊すYouTube
 いま、トップアスリートたちが次々とYouTubeチャンネルを開設している。コロナ禍で、練習がままならない中でも、自宅でできるトレーニングやプライベートな一面を披露。画面から語りかけるその姿に、ファンとの距離が縮まっている。◆アスリート本人が技術指導 アスリートによるYouTubeが注目を浴びるのは、その身近さ。世界で活躍するアスリートたちが画面から語りかけ、自らのトレーニング方法や技術を事細かに解説する動画を公開している。 日本人初の100m9秒台を記録した陸上の桐生祥秀選手(24才)は、ツイッターなどで【#教えて桐生選手】と題して動画付きで送られてきた走りの悩みに対して直々にアドバイス。彼を指導する土江寛裕コーチ(45才)と小島茂之コーチ(40才)と共にスタートの姿勢や力の入れ具合などを懇切丁寧に指摘している。 桐生選手自らのスタートの姿勢も見せながら、アドバイスを送るので、「わかりやすい」「これマジで金払うレベルで羨ましい笑」などと絶賛する声が寄せられている。◆本人直伝のマエケン体操に待ってました!の声続出 マエケンの愛称で親しまれる日本人メジャーリーガー、ミネソタ・ツインズの前田健太投手(32才)は、今年2月20日に開設。始めたきっかけとして、「スポーツ界に貢献したい思いがずっとあったから」と前田投手本人が語る。「子供の頃から野球を始め、いろんなかたのおかげで現在の自分があるのですが、どうしても野球の場合、プロとアマチュアの壁があります。ぼくが直接、高校生以上のアマチュア選手に指導する機会は持てません。 そんな中、野球が好きな子供たちや彼らを指導するかたがた、親御さんら、そして声援を送ってくださる皆さんのために何かできないかと考えたとき、YouTubeを使えばできることがあるかもしれない。現役であるからこそ発信できることがある、むしろ発信すべきなのではないかと思ったのです」(前田投手・以下同) 紹介しているトレーニングは、自宅でできるものが多く、外出がままならないいま、運動不足を解消するのにぴったり。試合前や試合途中に行う両腕をぐるぐる回すマエケン体操の正しいやり方などは、テレワークや家事で肩こりに悩まされる人たちも気軽に実践できる内容だ。「たくさんの反響、声援もいただき、感謝しています。運動不足などに役立ててもらえたらと配信した、自宅でできるトレーニングに関しては、なかなか外で練習ができない、野球をしている子供たちからも、“いま、この時間を大切にするため、参考にします”という声をもらいました。 子供たちでも再現できるようなトレーニング方法や変化球の投げ方講座、けが防止のための話、またスポーツをやっていないかたにも役立ててもらえるようなメンタルな話などを伝えていきたいと思っています。また“ツインズでのオープン戦初登板の1日公開”のように、現役選手の普段の生活や裏側を見ていただき、楽しんでもらえたらと。現在のような不安が多い状況下でも、ぼくのYouTubeを見てもらうことで、少しでも気分転換してもらえるとありがたいです」 とコメントを寄せた。※女性セブン2020年6月4日号
2020.05.21 11:00
女性セブン
甲子園から「怪物」が消えた夏 先発完投のエース不在に
甲子園から「怪物」が消えた夏 先発完投のエース不在に
 背番号「1」を背負ったエースが、9回を投げ抜いて勝利に導く──令和最初の甲子園では、星稜の奥川恭伸こそ3回戦の智弁和歌山戦でタイブレークとなった延長14回まで投げ抜いたが、大会を通じて先発投手が完投するような場面がほとんど見られない。炎天下の大会で投手を酷使する起用法に批判が高まり、「球数制限」に向けた議論も進んでいる。『永遠のPL学園』(小学館文庫)などの著書があるノンフィクションライター・柳川悠二氏が高校野球界に起きた激変の現場をレポートする。 * * * 8月6日に開幕した第101回全国高等学校野球選手権大会の開会式の入場行進を眺めながら、私は全出場校の戦績や全選手の情報が掲載された『甲子園2019』(朝日新聞出版)を開いていた。そこには、興味深いデータが掲載されていた。全49代表校のうち、地方大会をひとりのエースで投げ抜いた学校は、徳島の鳴門ただ1校だけだったのだ。 昨年夏の準優勝校・金足農業(秋田)の吉田輝星(北海道日本ハム)のように、地方大会からひとりでマウンドを守り抜くような怪物は見当たらず、どの学校も複数の投手を起用し、投手陣を総動員して甲子園にたどり着いていた。 岩手・大船渡の國保陽平監督は、「令和の怪物」こと佐々木朗希を起用しなかった岩手大会決勝戦後、こんなことを漏らしていた。「結局、私が佐々木に続く投手を育てきれなかったということです」 賛否両論が巻き起こった令和の怪物の登板回避騒動が起こった同じ夏に、先発完投型の投手が甲子園から消えた。高校野球は大きな転換期を迎えているのだ。 101回目の夏の甲子園では、開幕してからも継投策で勝ち上がる学校が目立った。 優勝候補だった東海大相模(神奈川)は、6人の投手陣にあって神奈川大会でもっとも投球回数の少なかった遠藤成を甲子園初戦(近江戦)の先発マウンドに送り、3人の継投で勝利。高校四天王の奥川恭伸を擁する星稜ですら、2回戦の立命館宇治(京都)戦では4投手を小刻みにつないで勝ち上がったし、奥川が165球を1人で投げ抜いた智弁和歌山戦の翌日となった準々決勝・仙台育英戦もエースを温存しての2投手の継投で勝利した。。 ドラフト1位が確実視される奥川のいる星稜でもこうなのだから、今後はプロ野球のように投手の分業制が一般的となり、監督が信頼する投手を起用し続ける「エースと心中」なんぞ、死語となっていくだろう。何より、大船渡・佐々木の地方大会決勝での登板回避を受け、“世間が許さない”という空気が強まっている。 963──。 この数字は、鳴門のエース左腕・西野知輝が徳島大会5試合、甲子園2試合で投じた球数だ。敗れた2回戦・仙台育英(宮城)戦の8回裏、西野に代打が送られ、この夏初めてマウンドを譲った。試合後、同校の森脇稔監督は、「なぜひとりで投げさせたのか」という、報道陣の追及にあっていた。 甲子園が決まってからというもの、繰り返し同じ質問を受けていた森脇監督は、うんざりしたように、こう回答した。「もう何回も説明しています。もう何回も……。試合展開が、継投を許す状況になかった。徳島大会はくじ運が悪く、厳しいゾーンに入ってしまい、西野に頼らざるを得ない状況でした」◆50~60球で交代させる 投手の酷使を避け、肩やヒジの故障を防ぐことを目的に、日本高等学校野球連盟は2019年4月、有識者会議を発足した。今後は球数や登板間隔の制限の導入を見込んで議論がかわされていく。そうした高校野球の未来を見据え、各校が複数投手の育成に力を入れている。それゆえ、時流に逆行するようにエースに頼った鳴門には、厳しい目が向けられていた。 全国的に私立が優勢の時代にあって、徳島県は私立が春夏の甲子園にたどり着けていない唯一の県である。森脇監督は複雑な心中を語る。「継投が現在の主流なのは間違いないでしょう。ただエースがいて、2番手の子が大きく力が落ちれば、試合も終わってしまいますよね。確かに、(9回に2番手として登板した)竹内勇輝(3年)の今日のピッチングは良かった(自己最速を更新する141キロをマークし、無失点に抑えた)。ですが、地方大会前の練習試合の内容であれば、なかなか起用には踏み切れなかった。起用を決めるのは、私であり、選手のプレーを見てきた関係者なんです……。過去、板東湧梧(JR東日本─現・福岡ソフトバンク)がいた時は、今年のようにひとりで投げさせました。その翌年は、3投手の継投で戦いました。選手の巡り合わせによって、投手起用もそれぞれでしょう。今年の仙台育英さんのように、4人の投手が同等にエース級で、力があれば継投も考えられるんでしょうが」 たしかに、鳴戸が敗れた対戦相手の仙台育英は最先端の「継投策」でこの夏、小さな旋風を巻き起こした。36歳の須江航監督は、長く系列の秀光中等教育学校の軟式野球部で監督を務め、2018年1月に仙台育英の指揮官に就任。独学でアナライズを学び、データと傾向の分析を活かした戦術眼で、須江監督は母校でもある仙台育英を2年連続で夏の甲子園に導いた。 同校では140キロを超えるふたりの3年生右腕に加え、菊池雄星タイプの左腕・笹倉世凪(せな)と前田健太タイプの伊藤樹というふたりのスーパー1年生投手も躍動した。とりわけ秀光中時代の愛弟子である1年生に対し、須江監督は週に200球という球数制限を設けて管理し、肩やヒジへの負担を考慮しながら、成長を促しつつ試合に起用してきた。 20対1と大勝した初戦の飯山(長野)戦では笹倉を先発させ、4投手で9回を「3・3・2・1」と分担。鳴門戦では3年生ふたりで6回までしのぎ、笹倉を試合終盤の7回から起用。そのまま試合を終わらせた。「理想は9イニングを4人の投手で分担しながら、ひとり50球から60球で回していく。捕まったら継投タイミングが早くなることもありますし、(鳴門戦では)7回から登板した笹倉のボールの対応に相手打者が苦しんでいたので、2イニングの予定をもう1イニング投げさせ、伊藤の出番はありませんでした」 笹倉や伊藤が先発する時は、打者1巡を目安に、2回もしくは3回で降板させる。その後、信頼を置く3年生投手がロングリリーフし、試合を進行させていく。仙台育英の投手起用は、メジャーリーグや北海道日本ハムが導入する、リリーフ投手を先発させ、3回あたりからローテーション投手にロングリリーフさせる「オープナー」のような投手起用に近い。 準々決勝で星稜に1対17と大敗し、甲子園を去ったが、2投手以外にも1、2年生が多数ベンチ入りしており、新チームこそ、深紅の大優勝旗の白河の関越えが期待されよう。 ただ、「先発完投エース」がいなくなる変革によって、私立が有利になるかというと、必ずしもそうではなさそうだ。この夏の全国の代表校を見渡して、真っ先に目に付くのは春1回、夏6回の優勝実績のある伝統校・広島商や、熊本工業をはじめとする公立校の復活だった。 2017年夏の甲子園は49代表校のうちで公立は8校。100回目の記念大会で、56代表校だった2018年夏も同じ8校だった。少子化や野球人口の減少によって、私立に有望選手が集まる傾向が年々、強まっている中で、2019年は公立校が14校にまで増えるという揺り戻しが起きたのだ。 全国から選手を集めることも可能な強豪私立に対して、名門公立校などは全国的なスカウト活動を展開することこそ難しいものの、地元の公立志向の選手が集まり、多くの選手を抱える部も少なくない。たとえば、広島商業は135人、熊本工業は110人と、全国有数の部員数を誇っていた。 公立であっても、選手の頭数がそろえられれば、戦い方次第で甲子園に出場することも可能だということを、広島商業と熊本工業の復活は示唆していた。◆本当のエースは「決勝まで温存」 高校野球界随一の策士である明徳義塾の馬淵史郎監督も、歴代のチームとは明らかに異色の戦いをこの夏、繰り広げていた。 高知大会では最も信頼する背番号「11」の左腕・新地智也を決勝まで温存し、決勝までの4試合を他の3投手の継投でしのいだ。「途中で負けてしまったら、それまでのチームやったということ」 馬淵監督はそう腹をくくっていた。 高知中学時代に150キロを記録した1年生の森木大智を擁する決勝・高知戦に、新地を万全の状態でマウンドに上げることで、明徳義塾は甲子園にたどり着いた。数ヶ月も前から、150キロのボールを打つ対策をしてきた。試合前は「試合中に練習より遅いと思えたら勝てる」とうそぶいていたが、打順の組み替えも功を奏し、策士として面目躍如となる決勝だった。「120キロしか放れなくても、試合には勝てる。高校野球のお手本のような野球ができた」 甲子園での智弁和歌山との2回戦では、初戦で1イニングしか登板のなかった新地をマウンドに上げた。智弁和歌山の先発も背番号「17」の投手。ひと昔前ならふた桁背番号の投手を見れば、「相手をなめている」と思われて仕方なかったが、現代ではそうした見解を抱く者は皆無だろう。 智弁和歌山は、MAX149キロのエース右腕・池田陽佑と、小林樹斗というやはり140キロオーバーの2年生投手をブルペンで待機させた。こうしたもっとも信頼を置く投手を後半に起用する戦い方は、春の選抜で準優勝した習志野(千葉)も得意とする策で、主流となりつつある。 甲子園の戦い方は、大きく変貌を遂げている。 岩手大会の決勝で大船渡の國保監督は、令和の怪物こと佐々木朗希の登板を回避させた。その是非はともかく、この騒動を機にエースに依存するような采配はより忌避される時代となり、決勝戦から逆算し、複数の投手の継投で勝ち上がって行く采配こそ賞賛される時代となった。 もはや昨年、金農フィーバーを巻き起こした吉田のように、地方大会から甲子園の決勝まで、ひとりで投げ抜くような怪物は生まれ得ないのかもしれない。
2019.08.19 07:00
NEWSポストセブン
今季のMVP候補でもある丸佳浩(写真:時事通信フォト)
丸FA流出でも広島が「暗黒期」に戻らない理由
 プロ野球界の今オフのストーブリーグで最大の注目はFA宣言をした広島・丸佳浩(29)の動向だろう。今季、3番・センターを担い、3割6厘、39本塁打、97打点でゴールデングラブ賞も受賞。MVP候補と言われる丸に対して、巨人とロッテが獲得に名乗りを上げている。 広島はFA移籍によってチームが弱体化した過去もあってか、丸に対して宣言残留を認める意向を示している。 1993年オフのFA制度導入以降、広島は8選手が権利を行使してきた。1995年に左のエースでジャイアンツキラーとしても名を馳せた川口和久が巨人へ。2000年には江藤智が巨人へ、2003年に金本知憲、2008年に新井貴浩が阪神へ移籍(新井は2015年に広島に復帰)。生え抜きのスター選手が育ったと思えば、他球団に“奪われて”いった歴史がある。 主力選手の流出もあってか広島はBクラスを抜け出せず、一方で2000年の長嶋巨人、2003年の星野阪神は優勝を果たした。3連覇の立役者の1人である丸が移籍となれば、広島が大打撃を喰らうことは間違いない。丸に限らず、2019年オフには菊池涼介、野村祐輔、會澤翼ら、2020年オフには田中広輔がFA取得予定となっている。ファンは15年連続Bクラスの“暗黒期”を知っているだけに、彼らの流出を危惧している。野球担当記者が話す。「タナ・キク・マルが3人抜けたとしたら相当痛いですが、だからといって1990年代や2000年代のような連続Bクラス状態に舞い戻ることは考えづらい。というのも、当時はFAだけでなく、大学・社会人の1位、2位には逆指名の権利があり、そのドラフト制度が広島の弱体化に大きく関係していたからです」(以下同) 逆指名制度導入1年目である1993年の1位は岡山南高校の山根雅仁だったが、1勝もできずに引退。社会人出身で2位の上田好剛は1軍登板なしのまま、現役生活を終えた。 なかには一時的に活躍を見せたドラフト1位選手もいたが、長続きしなかった印象だ。1994年、日本体育大から入団した山内泰幸は新人王に輝き、3年目までに32勝を挙げたが、その後は故障もあって目立った成績は残せていない。市立銚子高から1995年に入団した長谷川昌幸は2001年に9勝、2002年に13勝を挙げたが、それ以外の年は活躍できなかった。 1997年に青山学院大から入団した澤崎俊和は1年目に12勝を挙げて新人王に輝くも、以降は期待されたほどの成績は残せていない。「嶋重宣(1994年2位)や東出輝裕(1998年1位)のように、高校生のドラフト上位から主力に成長した選手もいるし、この時期にドラフトで獲得した選手がすべて活躍しなかったわけではない。だが、当時は巨人の人気が高く、在京球団希望の選手が目立っていた。たとえば、直前まで広島を逆指名すると思われていた地元出身の二岡智宏(1998年)が逆指名で巨人入りするなど、他球団に後塵を拝した面は否めない。 もし現行のドラフト制度であれば、もっと層が厚くなる補強ができていたはずで、15年連続Bクラスはなかったのではないか」 近年では2014年に大竹寛が巨人にFA移籍したが、この年の広島は3位でシーズンを終えた。勝ち越してのAクラス入りは実に18年ぶりだった。2016年にはポスティングで前田健太がメジャーへ渡ったが、この年にチームは25年ぶりの優勝を果たし、以降3連覇を成し遂げている。明らかに、1990年代や2000年代とは様相が変わっているのだ。「2007年に入札抽選制度に戻って以降、広島も他球団と変わらないドラフト補強ができるようになった。そのため、たとえ選手流出があったとしても戦力の大幅ダウンが避けられている。たとえ丸が流出するようなことがあっても、以前のような暗黒期への突入は心配しなくてもいいのではないでしょうか」 広島にとって丸が残留するに越したことはないだろうが、かつてのように長きにわたるチーム低迷を心配する時期ではないのかもしれない。
2018.11.15 16:00
NEWSポストセブン
高校球界から「PL」が完全に消える日──現校長が独白
高校球界から「PL」が完全に消える日──現校長が独白
 夏の甲子園の100回記念大会は、いよいよ佳境を迎えている。大会前から“大本命”と目されたのが史上初となる2度目の春夏連覇を目指す大阪桐蔭だったが、100回の歴史のなかで“大阪の覇者”として君臨したのはPL学園だった。春と夏の甲子園にあわせて37回出場し、歴代3位となる通算96勝を記録。卒業後にプロに進んだOBも、桑田真澄、清原和博、立浪和義、宮本慎也、福留孝介、今江敏晃、前田健太ら総勢81人を数え、球史に名を残す大投手、大打者も多い。そのPL学園が活動休止に追い込まれてから、2年が経とうとしているが、復活を願う声は根強くある。そんななか、『永遠のPL学園 六〇年目のゲームセット』著者の柳川悠二氏(ノンフィクションライター)が、最新動向をキャッチした。 * * * 8月13日の甲子園球場には、春夏通算7度の全国制覇を誇ったPL学園の応援ソング「ウィニング」が流れた。無論、演奏したのはPL学園ではない。長野・佐久長聖の藤原弘介監督が元PLの監督だった縁で、1980年代から1990年代にかけて甲子園を荘厳な雰囲気に包み込んだあの名曲を、佐久長聖のブラスバンドがチャンス時に流しているのだ。 100回目の記念大会を迎えた夏の甲子園。その開幕前日にも、「ウィニング」を耳にする機会があった。場所は甲子園ではなく、人もまばらな住之江公園野球場(大阪市住之江区)。そこでは全国高等学校“軟式”野球選手権の大阪大会決勝が開催されていた。 PL学園の硬式野球部は一昨年7月に活動を休止し、事実上の廃部となったが、同じユニフォームを着用する「PL学園軟式野球部」は今も活動を続けている。昨夏に11度目の大阪王者になり、さらに昨年の秋季大会、今年の春季大会と大阪で負けなし。この夏も大本命の優勝候補として臨み、投手陣がノーヒットノーランや完全試合を達成するなど、万全の状態で勝ち上がってきていた。 しかし、決勝の河南高校戦では、守備の乱れによって失点を重ね、打線も相手エースから1点も奪えず、0対5で敗れてしまう。斉藤大仁監督が振り返る。「相手に傾いた流れを打破できず、一方的な展開になってしまった……。ここまでミスなく勝ち上がってきたので、ショックです」 軟式球で遠投110メートルという驚異の鉄砲肩を持つ主将で捕手の相曽轄也(あいそ・かつや)は、もともとPL学園中学時代は硬式野球部への入部を夢見ていた。しかし、2014年秋の新入部員募集停止によって、硬式野球で甲子園を目指すことを断念し、高校進学後も軟式野球部に所属してきた。 攻守のキーマンである相曽は、3回に自身の2塁への送球エラーで2点を相手に与え、打撃では3打数無安打。ひとりで敗戦の責任を感じていた。「あくまで全国制覇が目標で、全国大会には出場しないといけないと思っていた。正直、悔しいです。試合中にミスしてしまったんですが、自分が落ち込むことによってチームのムードが下がるので、気にしないようにしていたんです。でも、試合が終了して、今、後悔が……」 PL学園の軟式野球部はベンチ入り可能な18人より少ない16人の選手しか登録されていなかった。しかも、そのうち8人が3年生だ。現状のままでは、試合が可能な9人に満たない部員数で新チームがスタートすることとなる。 試合後、斉藤監督は選手と保護者を集めて、衝撃の事実を発表した。「新チームは人数が8名しかおりません。結論としては、秋の大会は辞退します」◆硬式野球部に続き軟式野球部までも… 改めて、チームの置かれた状況を斉藤監督が明かしてくれた。「たとえ公式戦に出られないとしても、部員を貸してもらって練習試合は組めるし、野球はできるわけやから、部は存続します。ただ(部員の少ない他校との)連合チームは考えておりません。今後、他の部活動と兼部する生徒がひとり、加わる予定もありますが、9人という試合出場にギリギリの状態では、何かあった時に他の学校さんにご迷惑をおかけしてしまう。それなら腹をくくって、秋は辞退しようと2人の2年生部員が判断しました」 私は2014年夏から2年半に渡ってPL学園の硬式野球部を取材し、その栄光の歴史と廃部にいたった経緯を昨年3月、『永遠のPL学園 六〇年目のゲームセット』(小学館刊)として発表した。 かつて絶大な人気を誇った名門校がなぜ廃部に追い込まれたのか。その第一の理由は、度重なる暴力事件(不祥事)の発覚であり、いっこうに改善のみられない部の悪しき体質に対し、学園の母体であるパーフェクトリバティー(PL)教団がいよいよ愛想を尽かしたというのが背景にある。だが、それ以上に教団の信者が激減し、2世・3世が通うPL学園の学園生徒数が1学年50人から60人程度と、学園自体が存続の危機にあることが、硬式野球部を廃部へと向かわせた。 廃部となった後もPL教団およびPL学園の取材を続けてきた私は、この夏、軟式野球部までもが廃部の危機に立たされている惨状を目の当たりにしたわけである。 住之江公園野球場の応援席に、PL学園の関係者は保護者をのぞいてわずかだったが、その中に私がずっと会いたかった人物がいた。現校長の正井啓介氏である。 PL学園の硬式野球部は2013年春に暴力事件が発覚し、6か月もの対外試合禁止となった。その処分が解けた際、硬式野球部の監督に就任したのは野球経験のない当時の校長である正井一真氏だった。彼の実兄が正井啓介氏である。 学園一筋に奉職してきた弟とは異なり、啓介氏は長く、PL教団の東京の布教拠点である東京中央教会の教会長を務めた人物であり、学園の校長を務めながら、現在も教団幹部のひとりでもある。 教団幹部と接触できるような好機は滅多にない。自己紹介を終えた私は、秋季大会の辞退を決定した軟式野球部についての質問からぶつけた。「軟式野球部の今後に関してはこれから話し合う予定です。生徒数が減少して、経営が苦しいのは、どこの学校も同じではないでしょうか。うちは、受験戦争に勝っていない。ほとんどの学生が大学に進学しますが、より良い大学(難関大)への進学率の低さが、生徒数(の少なさ)に跳ね返ってきていますね」 PL学園は宗教法人が母体となる学校だ。硬式野球部なき今、生徒のほぼ100%が信者の2世・3世となる。信者が激減しているのだから、その数は減少していく一方だろう。「そうですね……。信者のお子さんでも、進学のことを考え、PL学園ではなくお住まいの地元の高校に行く方が多いです」◆幹部から発せられた絶望的な言葉 硬式野球部が活動を停止して2年が経過したが、いまだに「復活」を願っている高校野球ファンは少なくない。復活の可能性はあるのだろうか。「私は硬式野球部が創部される以前から学園におります。硬式野球部のプロセスを見ていくと、いつしか学園生活の中で、野球だけ(の生活)になってしまった。つまり(『PLの野球は世界平和に通ず』という2代教祖の)教えから遠ざかってしまった。硬式野球部の復活はない。ないでしょう」 復活はない──硬式野球部の廃部を一方的に決めたのは3代教主・御木貴日止やその妻たちである。彼らを支える教団幹部が、復活の可能性すら否定するようなことは、これまで一度もなかったことだ。 しかし、硬式野球部のOB会は、元プロ野球選手を含め1000名に達した野球部OBから、存続に向けた嘆願書を集め、校長宛に提出してきた。この嘆願書は、決定権を持つ3代教主らに届いているのだろうか。「いえ、お渡ししておりません。私だけの判断で物事は決められませんが、総合的に(渡す必要がないと)判断しております」 復活を願う高校野球ファンや、復活に向けた活動を行ってきたOB会からしたら、絶望的な気分に陥る教団幹部の発言だろう。 硬式野球部の復活の芽は完全に絶たれ、そして軟式野球部まで消滅の危機にある。いずれPL野球の名残は跡形もなく消え、そして人々の心から忘れ去られてしまうのだろうか。 この夏の甲子園の大会9日目の第2試合に登場した佐久長聖は、高岡商(富山)に4対5と惜敗した。またしばらく、甲子園で「ウィニング」は聞けそうにない。
2018.08.18 07:00
NEWSポストセブン
大阪桐蔭 入学前から「背番号2」をめぐる正捕手争いも
大阪桐蔭 入学前から「背番号2」をめぐる正捕手争いも
 夏の甲子園出場をかけ、全国の球児たちが連日、地方予選で熱戦を繰り広げている。その最中、甲子園の「常連校」は既に、今年だけでなく、来年、再来年、そして3年後の甲子園を見据えた“もうひとつの戦い”を水面下で進めている。強豪校が将来有望な中学生選手を“一本釣り”すべく動く現場を『永遠のPL学園 六〇年目のゲームセット』著者でノンフィクションライターの柳川悠二氏が追った──。 * * * 6月20日に発表された今年のU-15侍ジャパン代表選手の顔ぶれは驚きだった。それぞれの会場で筆者が目を付けた中学生球児がことごとく選出されていたのだ。ことさら慧眼ぶりをアピールしたいわけではない。突出した力を持つ選手というのは、よりレベルの高い競争現場でこそ才能が輝き、素人目にも非凡な異才に映る。 特に目を奪われたのは、滋賀・湖南ボーイズの樋上颯太投手だ。 関西ボーイズ最強右腕とも賞される樋上投手の球速はMAX143キロ。真上から振り下ろすストレートに重厚感があり、ブルペンで受けた坂玲哉捕手のミットからは破裂音が響いていた。 その坂捕手は鉄砲肩に加え、一発の魅力を持つ右のスラッガー。シート打撃ではデッドボールを受けたが、まるで痛がる素振りを見せなかった。筋力だけでなく、身体の芯が強いのだろう。 所属の湖南ボーイズでは、昨冬に甲子園球場で開催されたタイガースカップに出場するも、初戦で敗退した。樋上投手は、「高校でも甲子園に行きたい。タイガースカップでの借りが残っているんで」と話し、坂捕手と同じ高校に進学したいという野望を打ち明けた。 ブルペンでのふたりを熱心に見つめていたのが、大阪桐蔭の石田寿也コーチだった。勧誘の意志を訊ねると、「来てくれると嬉しいですね」と煙に巻かれてしまう。 関西トライアウトが終わり、帰路に就く湖南ボーイズバッテリーの後を追うように、迎えの車に向かっていたのが、前田健太(現ドジャース)を輩出した忠岡ボーイズ(大阪)の池田陵真捕手だった。169センチと小柄ながら、ティーバッティングで鋭い打球を打ち込んでいた。「スイングスピードと広角に強い打球を飛ばせることがウリだと思っています」 やけに受け答えがしっかりした池田捕手は、所属チームと同様に侍ジャパンでも主将に選ばれた。吸い込まれるような大きな瞳の力が印象的だった。「小学生の時にオリックスジュニアの選考会に行って受かって、中1の時にはカル・リプケン世界少年野球大会の選考会にも参加し、世界一になって帰って来た。そういう意味では、場慣れしていると思います」 彼らの気になる進路はというと──返答には苦笑いするしかなかった。関西会場で出色のプレーを見せていた三者が、そろいもそろって大阪桐蔭に進学予定というのだ。 坂捕手と池田捕手は同ポジション。大阪桐蔭では、背番号を巡る日本一の競争が待つが、入学以前から3年後に向けた正捕手争いは始まっている。※週刊ポスト2018年8月3日号
2018.07.30 07:00
週刊ポスト
前田健太 妻・成嶋早穂が四六時中張り付いて叱咤激励
前田健太 妻・成嶋早穂が四六時中張り付いて叱咤激励
 トップアスリートの妻たちには、色々な方法で夫を支えている。2012年1月にドジャースの前田健太(30)と入籍した妻・成嶋早穂(32・元東海テレビアナウンサー)は、四六時中張り付いて前田を叱咤激励しているようだ。コラムニストの山田美保子氏がこう話す。「マエケンさんは試合前に行なうルーティンが、前日から当日にかけて30個ぐらいあるらしいのですが、その全てに成嶋さんは付き合っている」 相当なカカア天下ぶりだ。「テレビ出演からプライベートまで、早穂さんはマエケンのスケジュールをすべて管理しているらしい。普通のダンナならウンザリですが、当のマエケンは『何も考えなくていいからラク』と周囲に話している」(スポーツ誌記者) しかし前田は5月31日(日本時間)の登板後に右股関節の張りで10日間の故障者リスト入りとなってしまった。成嶋の“徹底管理”で早期復帰を果たせるか。※週刊ポスト2018年6月15日号
2018.06.09 07:00
週刊ポスト
MLB前田健太22のゲン担ぎ――豚唐揚げや便所掃除など
MLB前田健太22のゲン担ぎ――豚唐揚げや便所掃除など
 トップアスリートの中にはゲン担ぎをして実績を積み重ねている人も少なくない。メジャーリーガーの“マエケン”こと前田健太もその一人だ。マエケンのゲン担ぎはかなり多い。いったいどんなものがあるのだろうか?◆メジャーリーガー 前田健太のゲン担ぎ・当番日はいつも同じシャツ・ブルペンは真ん中・45球を投げ込む・塩で体を清める・左足でグラウンド入り・マエケンダンス(マエケン体操)・ラインは左足でまたぐ・プレートに祈る・手を胸に当て祈る・右肩、グラブに念を送る・右手を上げ、両手を広げ屈伸・夕食に豚の唐揚げを食べる・コンビニに寄る・寝る前に同じ音楽を聴く・同じパジャマを着る・同じ下着をはく・試合開始7時間前に起床・お風呂でブログチェック・朝食は豚のしょうが焼き・風呂掃除・トイレ掃除・定刻に球場入り※女性セブン2018年1月18・25日号
2018.01.14 16:00
女性セブン
プロ野球の成功背番号、打者は奇数番号で投手は18や11
プロ野球の成功背番号、打者は奇数番号で投手は18や11
 プロ野球の背番号といえば、大型新人なら1ケタ番号を身につける。そんな法則が最近、崩れようとしている。たとえば、今オフ最も注目されていた、日本ハム入りが決まった清宮幸太郞の背番号は「21」という拍子抜けする番号だった。データ上、「大成する背番号」はあるのだろうか。『プロ野球なんでもランキング』などの著書があり、野球のデータに詳しいジャーナリスト・広尾晃氏の協力のもと、過去のタイトルホルダーの背番号を調べると、興味深い結果が出た。「本塁打王を獲得した選手の背番号で一番多かったのは『1』(17回)、次点が『3』(16回)、3番目が『5』と『6』(いずれも10回)で、奇数の背番号のほうが圧倒的に多かった。首位打者は『3』と『6』が1位(いずれも14回)と差はついていないが、打点王も1位は『3』(23回)など奇数が優勢で、打者は奇数の背番号のほうが総じて結果を残しているといえます。清宮選手がつける『21』はこれまで打撃タイトルを獲得した選手は1人もいませんが、奇数番号。新しい歴史をつくる可能性は十分ある」 投手についても、最多勝、最優秀防御率、最多奪三振の歴代タイトル保持者がつけていた背番号を調べた。「3部門とも1番多かった背番号は『18』。藤田元司、堀内恒夫、桑田真澄といった巨人の歴代エースに加え、近年では松坂大輔、前田健太、田中将大といった面々が並ぶ。いずれも2位は斎藤雅樹、村山実、ダルビッシュ有や大谷翔平がつけた『11』。3部門で30番以上の背番号が5位以内にランクインしたのは奪三振3位の『34』(金田正一、山本昌など)だけ。投手は10~20番台の『エースナンバー』をつけた選手が今でも強い傾向がうかがえる」(同前)※週刊ポスト2017年12月15日号
2017.12.07 07:00
週刊ポスト
SBと巨人は清宮指名のためにポスティングを容認するのか
SBと巨人は清宮指名のためにポスティングを容認するのか
 いよいよドラフト会議(10月26日)まで1か月を切った。立教大学で「スポーツビジネス論~メジャーの1兆円ビジネス」の教鞭を執るスポーツジャーナリストの古内義明氏が分析する。 * * * 早稲田実業の清宮幸太郎がプロ志望を決断し、今年のドラフトは大きな注目を集めている。 9月25日に清宮が志望届けを提出したことで、清宮サイドとプロ側の接触が可能となった。清宮は会見で、「12球団OKの立場か」という質問に、「はい。自分を厳しく指導していただき、成長していける球団に行きたい」と、いま現在全球団に門戸を開いている。さらに、会見では、「アメリカに直接行くことは、もともとそんなに(考えていなかった)」と、プロ野球経由でのメジャー移籍という結論に至ったことを匂わせた。 その一方、ドラフトまで早目に動き出すことで、プロ側の考えを聞く機会を得る方が得策だと判断したとも言える。すでに、ソフトバンク、日本ハム、ヤクルト、西武、巨人の5球団のスカウトが、調査票を持って同校を訪問。週明けにも複数球団が清宮本人と面談する予定だ。これにより、球団の熱意とともに、ビジョンや育成法などが具体的に示されるだろう。清宮サイドは父である克幸氏の同席のもと、将来的な「メジャー挑戦」の考えを各球団に直接伝えるはずだ。 彼がまだ一年生の頃、「リトルリーグワールドシリーズで、ヤンキースタジアムに行った時、ここでやらなければいけないと、言われているように感じた」と話し、「メジャー挑戦こそが最大の目標であること」を話してくれた。 現行ルールでのメジャー移籍は、9年の海外フリーエージェント(FA)権を取得するか、ポスティング制度のどちらかで行く方法でしかない。FAは本人の結果次第で道が拓けるが、ポスティングは所属球団が容認しない限り、道は閉ざされる。だからこそ、ドラフトで清宮指名のカギを握るのは、「ポスティング容認」に他ならない。 もし清宮サイドがこのポスティング容認にこだわるなら、過去12球団でポスティングを容認していない巨人とソフトバンクのドラフト戦略は方向転換を迫られることになる。早くもベイスターズの高田繁GMは容認発言をし、今後も球団戦略としてマスコミに公言する球団は出て来るだろう。 これまで15人がポスティング制度を使って、メジャー移籍を成し遂げている。過去石井一久、岩村明憲、青木宣親という3人の大物を同制度で送り出したヤクルト。田中将大と前田健太という投手の絶頂期にありながらも、彼らの意志を尊重した楽天と広島。そして、このオフに、同制度での移籍が噂される大谷翔平の所属する日本ハム。目に見える形でポスティングを球団経営の中核として考えているこの4球団は、清宮サイドへの強力な説得材料として提示するだろう。 但し、上限が2000万ドルという現行のポスティング制度は来月末で期限切れを迎える。すでに延長せずに、新制度になるのか、はたまた日米どちらかが破棄するのかも不透明だが、大谷移籍が濃厚の中、いかなる形でもポスティング制度を存続させることだけは間違いないだろう。 志望届を出した以上、全球団に清宮を指名する権利はもちろんある。しかし、日本のプロ野球の先のメジャーを見据える清宮にとって、面談は非常に大切なプロセスであり、「ポスティング容認」という確約は大きな後ろ盾になるはずだ。その上で考えると、お互いの考えが一致しないまま指名をすることはまずあり得ないだろう。 すでに阪神がドラフト1位を明言しているが、ドラフト史上最多指名はあるのかどうか。それとも競合を避けて、即戦力投手などの安全策で行くのか。来月26日のドラフト当日まで、清宮を中心にして、水面下で12球団の駆け引きは続くことになる。
2017.09.30 07:00
NEWSポストセブン
大谷翔平にドジャース接近 ダル・マエケンと3本柱の現実味
大谷翔平にドジャース接近 ダル・マエケンと3本柱の現実味
 メジャー最強球団の「本気度」がうかがえる大型視察だった。8月18日、現在ナ・リーグ西地区首位を独走するロサンゼルス・ドジャースから、アンドリュー・フリードマン編成本部長ら8人の幹部が札幌ドームを視察に訪れたのだ。目的はもちろん今オフのメジャー移籍が濃厚とされる大谷翔平(23)だ。「この日の札幌ドームには、アストロズ、レンジャーズ、パイレーツのスカウトも姿を見せていた。しかしドジャースの大攻勢に明らかにたじろいでいた。大谷本人や球団との接触はMLBの規約で禁じられているが、“これだけの人数でやってきたからには視察だけではないのではないか”と囁かれている。試合前には大谷はブルペンで58球を投げており、ドジャース一行はそれを確認したようだ」(スポーツジャーナリスト) 事前交渉と疑われかねない大型視察は、来日前の時点で関係者の間では情報が飛び交い、すでにアメリカ本国でも報じられている。それほどまでにドジャースが大谷獲得の熱意を猛アピールするのは、こんな青写真があるからのようだ。「大谷が入れば、前田健太(29)、ダルビッシュ有(31)と合わせて『日本人ローテ3本柱』が完成する。ロスには日本人観光客も多く訪れ、かつての野茂(英雄)旋風を上回る日本人フィーバーが期待できる。大谷としても、その投球論に心酔するダルビッシュが近くにいることは大きな支えになる。 しかも、ちょうど2年後のMLB開幕戦の日本開催計画が報じられた。当然ながら日本人のファンを呼べるチームのカードとなり、大きな動員が望まれている。日本人ローテ3本柱なら、申し分ない材料になる」(前出・スポーツジャーナリスト) たしかに日本のファンにとってワクワクする展開である。しかしそう簡単に事が運ぶかは分からないようだ。MLB関係者がいう。「アメリカ本国ではそれでも本命は同じナ・リーグのパドレスだといわれています。日本ハムが業務提携をしている球団で、すでに大谷の通訳に野茂氏の息子を予定していると伝えられるなど、相当前のめりになっているとみられている。それにダルビッシュについてはプレーオフの結果とオフの交渉次第では来季の契約が折り合わない可能性も高い」 パドレスか、ドジャースか──。大谷の胸中はわからないが、「夢の3本柱」実現となれば、ロス行きのチケットを手にする日本人が急増するのは間違いない。※週刊ポスト2017年9月8日号
2017.08.29 07:00
週刊ポスト
亀井京子・枡田絵理奈・里田まい… アスリート妻の苦労
亀井京子・枡田絵理奈・里田まい… アスリート妻の苦労
 華やかな世界で活躍するアスリートの“妻”という立場に多くの女性が憧れるが、現実には想像以上のハードワークが要求される。プロ野球・横浜DeNAベイスターズの林昌範投手の妻で元テレビ東京アナウンサーの亀井京子さん(35才)の話。「シーズン中はプレーをサポートするための食事管理、オフは来季に向けた体づくりのための食事管理がある。妻の仕事は年中無休なんです」 ナイトゲームの場合、朝はスタミナをつけるための糖質補給メニュー、試合後は疲労回復のため帰宅後すぐにたんぱく質中心の食事を出すなど、万全の準備態勢を取る。「試合が昼か夜かで食材はもちろん調理法も変える。スーパーでまとめ買いすれば楽ですが、日々の体調変化などに合わせるので買い出しは毎日。自律神経が乱れるといい睡眠が取れないので、夫には常に明るく接して、ストレスなく過ごせる家庭環境づくりも心がけます」(亀井さん) ここまで尽くしても、夫の成績が悪ければいわれのない批判を浴びることもある。代表例が広島カープの堂林翔太選手と結婚した元TBSアナの枡田絵理奈(31才)だ。かつて「鯉のプリンス」と期待された堂林は結婚前の2012年には不動のレギュラーとして活躍したが、枡田との結婚後は鳴かず飛ばず。「神ってる」でブレークした鈴木誠也選手など、若手の台頭で一軍と二軍を行ったり来たりだ。「枡田さんは広島ファンから『さげまん』のレッテルを張られています。対照的に、前田健太投手と結婚した元東海テレビの成嶋早穂アナ(32才)は夫をメジャーリーガーへと導いたため『あげまん』と称賛されています」(地元紙記者) 奇しくも枡田と成嶋は同期。キー局のアイドルアナを地方局の地味アナが大逆転したのである。 日本人選手史上最高額の約161億円でニューヨーク・ヤンキースと契約した田中将大投手の妻・里田まい(33才)は「究極のあげまん」「おバカキャラからの下剋上」と絶賛されたが、今シーズンのマー君は絶不調にあえぐ。「今のところ里田への批判は出ていないが、辛口で知られるニューヨークのメディアやファンの怒りの矛先がいつ彼女に向けられてもおかしくない」(メジャー担当記者)※女性セブン2017年9月7日号
2017.08.28 07:00
女性セブン
ケガに厳しいメジャーが大谷翔平を買い叩くのは確実との見方
ケガに厳しいメジャーが大谷翔平を買い叩くのは確実との見方
 昨年の「二刀流」の勇姿が見る影もない。日本ハム・大谷翔平(23)が一軍復帰後も絶不調に喘いでいる。12日の今季初先発は1回3分の1で4失点と散々の内容。29球中17球がボールという判定で、コントロールの不安が目に付いた。打者としても精彩を欠き、後半戦初戦の18日・東北楽天戦では4打席ノーヒットに終わった。 今オフにもメジャー移籍の可能性があると見られているだけに、この大乱調はMLB各球団の争奪戦に大きな影響を与えそうだ。 12日の登板には、ヤンキース、ドジャース、レッドソックス、ツインズ、レンジャーズというメジャー有力5球団が視察にきていたが、某球団のスカウトは失望を隠さなかった。「投球時に右足を庇っていることは明らかで、下半身がまるで使えていない。あれでは肩や肘に余計な負担がかかり、さらなるケガを引き起こす可能性がある。過去の日本人の注目投手と比べ、大谷は肩や肘にトラブルを抱えていないことが高評価の理由のひとつだったが、慎重に判断する必要がある。すべての元凶は足の不調。この状態で強行出場するなど何を考えているか理解できない」 メジャーはケガに厳しい。昨季、広島からドジャースに移籍した前田健太(29)は、入団時に右肘に問題が指摘され、契約金100万ドル(1億1000万円)、年俸は8年総額2400万ドル(26億4000万円・単年3億3000万円)と低額に抑えられた。同時期、岩隈久志(36、現マリナーズ)も、メディカルチェックによってドジャースへの移籍が白紙となっている。日本人選手をメジャーに送り込んだ経験のある代理人がいう。「これまでの日本人メジャーリーガーと比較しても、大谷が安く買い叩かれるのは間違いないだろう。今年に入って米大リーグ機構と選手会の間では、25歳の外国人選手の契約金を最高約1000万ドル(11億円)とする新労使協定が結ばれた。それ以上の大型契約は見込めない上、ケガの問題が解消しなければ大谷の査定はさらにマイナスとなる。メジャーでの活躍を第一に考えるなら今季はしっかり休養するのが一番。たとえ活躍したとしても、中途半端な出場はメジャーの評価をよりシビアにさせるだけでしょう」 後半戦の抱負を聞かれて〈全力で頑張りたい〉と繰り返す大谷。気持ちは分かるが、いま最も重要なのは「休む勇気」を持つことではないか。※週刊ポスト2017年8月4日号
2017.07.25 07:00
週刊ポスト
PL出身の前田健太「今でもPL野球部の復活を願ってます」
PL出身の前田健太「今でもPL野球部の復活を願ってます」
 春夏連覇を狙うセンバツ覇者の大阪桐蔭と、昨夏で休部に追い込まれた超名門のPL学園──多くの高校野球ファンに鮮烈な印象を残す2校。その「縁」を『永遠のPL学園』著者・柳川悠二氏(ノンフィクションライター)が追った。 * * * ロサンゼルスの丘陵地に立つドジャースタジアムのクラブハウスに、試合前のルーティンを終え汗だくになっている前田健太がいた。 先発ローテーションから外されたばかりの微妙な時期で、アポのない突然の訪問だったが、こちらの質問の意図はすぐに察してくれた。通算7度の全国制覇を誇り、プロに81人を輩出した母校・PL学園の野球部が60年の歴史に終止符を打って、間もなく1年になる。「プロになった時、OBの方々にものすごくお世話になった。あれだけの先輩がプロで活躍している学校って他にないじゃないですか。だからみんなから羨ましがられたし、改めてPLが築いてきたもの、そのすごさを感じました」 昨年7月15日、PL学園の最後の対戦相手となった東大阪大柏原は、2006年夏の大阪大会準々決勝で、前田が敗れた相手でもあった。「不思議な因縁ですよね……。大阪の人って、PLが甲子園に出場すると、ものすごく喜んでくれるんです。今、大阪桐蔭が強いですけど、大阪という激戦区の中に、PLの名前がないのは寂しい。やっぱり今でも復活を願っています」 しかし、今春のセンバツ期間中には「高野連脱退届」が受理され、PL学園の野球部は名実共に、消滅した。その直後のセンバツ決勝では、大阪桐蔭と履正社という大阪勢同士の対決が実現し、大阪桐蔭が通算6回目の全国制覇を飾った。 今、誰も注目していない記録がある。8月の甲子園で、大阪桐蔭が春夏連覇を達成すれば、優勝回数でPLに並び、さらに指揮官である西谷浩一個人としての優勝回数も、かの名将・中村順司の「6」に並ぶのだ。大阪桐蔭が、PLを超える日が迫っている。(文中敬称略)※週刊ポスト2017年7月21・28日号
2017.07.12 07:00
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不祥事を理由に落選したはずなのに、比例で復活されては…(左は塚田一郎氏、右は中川郁子氏/写真=共同通信社)
「不倫路チュー」「USBは穴に…」失言・不祥事で落選しても比例復活するゾンビ議員たち
週刊ポスト