徳光和夫一覧

【徳光和夫】に関するニュースを集めたページです。

日本テレビ入社が決まってからも…
徳光和夫が振り返る日テレ入社時 「僕以外はエリート集団だった」
 あるときは涙もろい好々爺、あるときは無類のギャンブル狂。果たしてその正体は──。初の自伝『徳光流生き当たりばったり』(文藝春秋刊)を上梓した「徳さん」こと徳光和夫(80才)に、プロインタビュアーの吉田豪氏が迫った。週刊ポスト2021年10月29日号掲載記事の超ロングバージョンをお届けします。(全4回の第1回)徳光:(いきなり紙袋を手渡して)吉田さん、これどうぞ。近所で買ってきたケーキです。あと、(本を出して)これ読みました!吉田:『猫舌SHOWROOM 豪の部屋』(白夜書房刊)って、いちばん徳光さんとは無縁の本ですよ!徳光:あらためて吉田さんはすごいと思って。僕が吉田さんを知ったのは長男なんですよ。サントリーに勤めている長男が、抜群に面白い対談本があるって言ってて、読ませてもらって。僕たちアナウンサーはインタビュアーとしてある意味でプロの世界なんだけども、こういう聞き方、こういう掘り下げ方、こういう引っ張り出し方はできないなと思って。吉田:ありがとうございます。ただ、水道橋博士が吉田豪の取材を受けてくださいと何度言っても、「彼は知りすぎた男だからダメ」と徳光さんが言ってたと聞いてます(笑)。徳光:そんなことを言ったことないと思うんだけど(苦笑)。ただ、僕は取材を受けるような対象の人物じゃありませんし、今回の本(『徳光流生き当たりばったり』)も活字っていうのは僭越だと思ったしね。だいたい生放送で生きてきた人間で、口先職人ですから。しゃべったことはその場でとにかく廃棄処分するみたいなかたちで今日まで来たのでね。そういうようなこともあって、対談を受けても内容がないというふうに、自分の中で思ってたんでしょうね、正直。 だいたい吉田さんのインタビューを拝読していると、ちょっとこっちに逃げようかなと思ったらすぐそっちに壁ができたりするし、面白いんだけど、そういう見事な攻め方をされますからね。逃げ場を失うと自分のボロが出ちゃうなっていうふうに思ったのかもしれませんね。吉田:今回こういう本が出たりとか、こういう取材を受けてくれたりするのは、何か心境の変化があったのかなとか思ったんですよ。徳光:まあ80歳だしね。僕も、残すところそれほど人生長くもないわけだし…… やっぱり本を売りたいからね。吉田さんは仮面をかぶっている常識人と、それから、もしかすると一回ぐらいは薬物を使ったんじゃないかなと思うような人たちに至るまで、ホントに同じようなスタンスで、同じ距離感でものを聞くじゃないですか。あれはよくできるね。吉田:ダハハハハ! そういうことは徳光さんも相当やってきてるんじゃないですか?徳光:やってないね。僕は決定的に吉田さんと違うのは、アナウンサーって下心じゃないんですけど、やっぱり嫌われたくないっていうところがあるわけですよ。テレビで仕事をしておりますと、無意識のうちに好感度を意識するんだろうね。終わったあとでもう一度来たいなと思うようなインタビューで帰す。ホントに核心は突けないんだよ。だからキャスターにはなれなかったんです、報道番組をやってましたけど。キャスターっていうのは、招いたゲストに対して、その人を裸にするぐらいの気持ちでやらなきゃいけなくて。吉田:相手に嫌がられるぐらいのことを腹を括って聞かなきゃいけない仕事ですよね。徳光:うん。それにはそれだけの勉強もしてなきゃならないし。僕はアナウンサーだから、報道番組でニュースを担当させていただいたときも、たとえば司法の現場に行ったりとか、政治の現場に行ったりとか、外交の現場に行ったりっていうことはほとんどしないわけですよね。記者が取材してきたものを、せいぜい自分の言葉に直して伝えるぐらいだったんです。 ゲストが来たときも、今度はアナウンサーとしての性分が出ちゃって、もう一度、この番組に出てみたい、そういった気持ちになるような聞き方をいたしますので。吉田さんがすごいところは、吉田さんのインタビューを受けた人はまた受けたいと思ってるんだよね、この本を見ているとね。吉田:ある程度踏み込みながらも、信頼関係を作っていくというやり方をやってますね。徳光:これで初めて知った西井(万理那)さんとか、上坂(すみれ)さん、中島(愛)さんとの話なんかホントに面白かったし。(この後も吉田豪のエピソードを語り続ける)。吉田:ボクの話はもういいんですよ!徳光:ホントに聞きたいんですよ!大学の卒業試験でヤマが外れた徳光青年は…吉田:徳光さんは一体何者なんだろうっていうことを知りたいんですよ、ボクは。徳光:いや、僕はもう底が浅いよ。吉田:だって好感度が欲しかったらここまでギャンブルの話をしないと思うんですよ。徳光:そうですかねえ? いや、ちょっとお言葉を返すようですけど、アナウンサーっていう、テレビに映ってる人間で司会をするってなると、自然とそういったようなものをどこかで意識するんだろうなっていうことはありますけどね。でも、世間の好感度を欲しいと思ったことはない。やっぱり自分の思ったとおりに生きていきたいので。 というのも、僕は日本テレビのアナウンス部に運良く入っちゃったわけですよ。そしたら、そこにいるのはみんなエリートだったんですよね。僕はホントに小中高大を通してオール3なんですよ。吉田:試験もヤマを張ってた人ですからね。徳光:そう、よくご存じで。大学の卒業試験のときヤマを張ったら、ヤマが外れたんですよ。いいんですか? そういう話をして。吉田:大丈夫ですよ。徳光:日本テレビのアナウンサーになるのはもう決まってるんだけども、その試験の単位を取らないことには4月の卒業はできないわけです。だから必死になって勉強したわけです。120ページ出された範囲のうち、100ページやっておけば、可か良はもらえるだろう、そうすれば卒業できるわけじゃないですか。 そしたらものの見事に3題出た問題の中で前半の100ページから出たのが1問だけ。あとは残りの20ページから出たのではないかなと思うような、見たことも聞いたこともないような問題が出されたわけですよね。答案用紙にその答えが書けないわけですから、「実はこれこれこうで、日本テレビのアナウンサーとして就職が決まっている、ついてはこの社会心理学についても、早坂先生の授業をしっかり受けずに今日を迎えてしまったことは極めて失礼なことである。今回はヤマをかけてきましたが、そのヤマは実は見事に外れてしまいました」と。 ここからがもしかすると俺が普通の人間とちょっと違うところなのかもしれませんけど、「おすがりするつもりはございませんが、自分の心境を五七五にまとめさせていただきます。『山かけて 谷底落ちる ウサギかな』」って書いたわけですよ。そのウサギのような気持ちだという、まあそれはすがってるわけですよね。そのことでその先生が良をくれたんだよね。吉田:すごいですよね(笑)。徳光:粋な先生ですよね。日本酒を2本持って先生の家まで行きましたけどね。そんなようなことがあるから。要するに僕は普通の成績で、それが逆によかったかなって思うわけですね。テレビに出てる人たちはみんな僕と同じ人が圧倒的に多いわけですよね。ですから背伸びをせずに、わからないことはわからないというスタンスでアナウンサーをやっていこうというふうに思ったわけです。 アナウンサーってひと括りにされますと、「当然アナウンサーだからこれは知ってるだろ」というふうに世間では見られるわけですね。でも知らないことは知らないとハッキリ言おうという。だからそのエリート集団に入ったがゆえに今日があるんじゃないかなって。(第2回へ続く)※週刊ポスト2021年10月29日号
2021.10.24 07:00
週刊ポスト
徳光和夫 プロレス担当になった時は「嫌で嫌でしょうがなかった」
徳光和夫 プロレス担当になった時は「嫌で嫌でしょうがなかった」
 近年は「バス旅」も人気の徳光和夫(80才)が初の自伝 『徳光流生き当たりばったり』(文藝春秋刊)を上梓した。 あるときは涙もろい好々爺、あるときは無類のギャンブル狂。果たしてその正体は? プロインタビュアーの吉田豪氏が迫った。週刊ポスト2021年10月29日号掲載記事の超ロングバージョンをお届けします。(全4回の第2回)吉田:今回の本で面白いと思ったのは反体制思想を持つことが一つの正義だと思って、組合活動に熱中したことがあったっていうのも意外なんですけど、その迫力のないアジテーションが面白がられて、歌番組に抜擢っていうのが、それきっかけだったんだっていう。徳光:そうなんですよね、あれは不思議なもんですよね。日本テレビは、僕が入社したころっていうのは組合活動がたいへん盛んでして、僕も60年安保世代ですから樺美智子さんのことも存じ上げてるし……。 あ、これ余談なんだけど、樺美智子さんと一緒に活動して……た人が『24時間テレビ』を作った人だよ。吉田:あ、そうだったんですか!?徳光:都築(忠彦)さんっていう人。だから樺美智子さんが亡くなったときはホントにショックで眠れなかったって。まあそういうことを存じ上げてましたし、学生時代に桜田門の前でうねったりなんかしたわけですよ。そういう時代に育ったから、労働組合がある以上、労組に入るのは当然だろうって思ってたわけですね。 そしたら日本テレビの男性のアナウンサーで労組に入ってる人は3、4人しかいなかったんですよ。野球であるとか、相撲であるとか、そういうスポーツの王道の人たちはほとんど労組に入ってなかったの。アナウンサーは労働組合に入るもんじゃないっていうことをあとで言われたんだけど。吉田:労組に入ったら王道の世界では出世できないみたいな感じだったんですかね?徳光:そうですね、仲間に入れてもらえないみたいな雰囲気にはなったわけですけど、そういうこともその場は察知できずに、労働組合に入ります。そうすると当時は過激でしたからストライキもずいぶんやったんですよ。ストライキですから決起集会がある。決起集会のとき、「おまえアナウンサーだから司会をやれ」っていうふうに言われて司会をやったんですけど、そのときの司会ぶりが……話が長くなってごめんね。歳だから勘弁して。吉田:ぜんぜん大丈夫ですよ!徳光:そのときの司会ぶりが、通常、ストライキの司会っていうのは、「ラジオ日本から柳沢委員長がおりてきてくれました! さあ柳沢委員長、ぜひお願いいたします!!」って口調で、アジテーターみたいな感じで紹介するわけですよ。僕はそういうことができないアナウンサーだったので、「えー、それではただいまより、ラジオ日本よりわざわざお越しいただきました! 労組の委員長、柳沢さまにお言葉を頂戴したいと思います」って。吉田:結婚式の司会みたいになって(笑)。徳光:そういうような感じでやったら、それをあまり熱心ではない制作の労働組合の一人であります音楽班の人が見てまして、こいつ面白れえなっていうことで、最初に起用されたのが『こよい酔わせて』っていう歌番組だったんですよ。三浦布美子さんっていう芸者さんと一緒に組まされてやったんですけど、そのときに何か袋をかぶってキス占いをしてたのが伊東四朗さんだったんですよ。吉田:つまり、最初からまじめなアナウンサー業とは違う方向に行ってたわけですよね。徳光:そうかもしれませんね。僕としては、なんといっても長嶋茂雄さんの一挙手一投足をアナウンスできれば、大げさでなく、それでアナウンサーを辞めてもいいと思ったわけですよ。ところが、野球はご存じのようにアナウンサーの王道でありますので、たくさん先輩のアナウンサーもいらして。私がしゃべるのは10年ぐらいかかるかもしれない。 それでも僕はいいと思ってたのね、長嶋さんが現役であるならば。つまり野球はある意味でかなり潤沢なんですけども、プロレスは2人でやってたんですよ、清水(一郎)さんと佐土(一正)さんっていう、この二人でやるローテーションはたいへんなわけですよね。清水さんはニュースをやらなければいけない、プロレスはほとんど出張ですから。吉田:巡業にもついていかなきゃいけない。徳光:視聴率的には同じぐらい取ってたんですよ、プロレスも。で、今度入った新人は面白いんじゃねえかってことで僕に白羽の矢が立って、業務命令でプロレスに回されるわけですよね。本にも書いたんですけど、僕はホントにプロレスが嫌で嫌でしょうがなくて。吉田:プロレスに偏見があった側ですよね。徳光:うん。われわれの世代はあったと思いますよ。八百長騒ぎみたいなものがあって、あきらかにそうだろう、と。レフェリーが見て見ないふりをして、外国人レスラーは凶器を持って戦う。「あんなのは格闘技じゃない、あんなのはスポーツじゃない」って、そういった論調があったじゃないですか。僕もだんだんそっちのほうに傾いてきて、でもプロレスを実際に何年間か担当してみて、ジャイアント馬場さんとの出会いがあったんでね。吉田:デタラメな人が多い世界で数少ない常識人というか、ちゃんとした人に会えて。徳光:吉田さんも言うねえ。吉田さんは馬場さんにインタビューしたことあるんですか?吉田:ジャンボ鶴田さんはあるんですけど。徳光:鶴田も常識人ですけどね。吉田:ちゃんとしてますね。日本プロレス時代の人はデタラメな人ばかりだと思ってて。徳光:もしかすると吉田さんも知らないかもしれないけども、プロレスラーがあんな顔して、つまりリングであれほどまでに暴れまくってるんですけれども、一番社会性があるのはプロレスラーだったんじゃないかと思う。それは給料は給料としてあるんですけれども、年間数回、それぞれ手打ちの興行を持たせてもらえるわけですよ。そうすると手打ちの興行を持つ以上はタニマチを探してきたりとか、とにかくチケットを大量に買ってくれる人を探さなきゃならないわけですよね。これで彼らの社会性が出るわけですよ。リングから降りますと、ホントに手揉み人生みたいなところにあったりするのが結構いるわけですよね。吉田:ただデタラメなだけの人なら、そこでちゃんとビジネスはできないですからね。徳光:そうなんですよね。だからサムソン・クツワダ(全日本プロレスのレスラー)なんかは見事でしたよね、それは。吉田:ダハハハハ! 全日本プロレスでクーデターを起こそうとしたクツワダさん。徳光:ああ詳しいですね。そういう彼らを見ておりますと、僕はプロレスが嫌で嫌でしょうがなかったのは1年間ぐらいなのでありますけども、凱旋帰国をした馬場さんと触れるにしたがって、今度はプロレスに対しましてだんだん肯定的になってくるわけですね。馬場さんもしかりなんですけど、ほかのスポーツでドロップアウト組の受け皿がプロレスだったわけですよね。つまり、彼らのリングで戦っている演者といたしましての一面と、その演者としての一面である程度確立するには水面下で相当のトレーニングを積まないと受け身の体は作れないわけですよ。ご存じのように受け身のスポーツですから、天龍(源一郎)関なんかも相撲からよくあそこまでいったなって。ブルーザー・ブロディが「天龍は最高だ!」「あんなに受け身の素晴らしい選手はいない」っておっしゃってましたけど。吉田:そんな天龍さんも最初はプロレスに対して偏見があったって言ってましたからね。徳光:やっぱり偏見があるんですよ。でもそこから切り換えてね。いずれにしましても、そういうレスラーたちの日常を見ておりますと、愛すべき人物が多いわけですよね。それで僕はプロレスのほうにどんどん入っていくという流れになりますけれども。プロレスのほうはずいぶん勉強させてもらいましたね。吉田:徳光さんがプロレスの仕事をやった影響ってあると思うんですよ。どんなことにも受け身を取るというか、ある意味エンタメ的な能力が鍛えられたんじゃないかと思って。徳光さんは最終的にはWWE(当時WWF)と新日本プロレスと全日本プロレスとの合同興行でのランディ・サベージ対天龍源一郎で、シェリー・マーテルという女性マネージャーとバトルするレベルまでやってましたからね(笑)。徳光:ハハハハハハ! やってましたね。もちろん僕らの仕事はほんとに受け身の仕事ですから、あの試合のときに、あのプロモーションのときに声がかかったことがうれしかったですね。もうプロレスをちょっと離れてましたんでね。僕はプロレス中継は8年間やったんですけども、ただ一つ残念なのは、いまスカパーを観ておりましても僕の実況するプロレス中継がほとんど残ってないんですよ。吉田:ちょっと聞きづらいんですけど、プロレスって当時、いまよりもヤバい筋が興行をやっていたじゃないですか。その巡業に同行するのって危険なこととかなかったですか?徳光:なかったと思いますね。やっぱりちょっと任侠関係というか、そういう人たちじゃないと仕切れない世界ではありましたけど。美空ひばりさんと広沢虎造さんの興行の延長線上のようなところがあった。ひばりさんと虎造さんの興行がレコード会社とか堅気の興行主に渡ることによって、比較的バックグラウンドが若干任侠関係の人のものがスポーツ関係に着手するようになって。僕らアナウンサーはそんななかに入らないですから、むしろ美味しい思いをしたことのほうが多いですね。いろんなところに連れて行ってもらったりとか、きれいなお嬢さんがいたりとか、そんなようなことはありましたよね。吉田:先輩の志生野温夫さん(元日本テレビアナウンサー)の取材をしたときは、全女の巡業でヤバい筋の接待に同行したりとかしてたって話を聞きましたね。徳光:女子プロレスは特に筋の方がやってらしたんですよね。男子のプロレスは山口組系の方であるとかね。でも、みなさんジェントルマンでありましたし、大阪方面で興行があったりなんかしますと、こんな美味い肉があるのかと思うような肉をごちそうになったりしましたね。それは芳の里さんと一緒に行って、先輩の清水さんに「徳光も一緒に来い」って言われて。野球をやってたらあんな美味しい肉は食べられない。神戸牛の最高の肉でしたから。吉田:絶対そうですね(笑)。徳光:だからプロレスをやっておりました弊害は、若い頃からちょっと贅沢すぎたかなっていう感じで、贅沢なものはずいぶんいただきました。吉田:馬場さんがそういうつき合いがそんなに好きじゃないから、全日本では比較的クリーンにやれたんだろうなということですね。徳光:そうですね。その馬場さんが一番の座標軸にしていたのが、「徳ちゃんの仕事も同じだろうけれども、親しきなかにも礼儀ありって、これはホントにいい言葉だ、深い。特にホントに親しいと思っている相手には気を配ったほうがいい」と。僕らの仕事もホントにそうだなと。それが冒頭に返りますけど、インタビューをさせてもらったときにはなるべく相手がいい気持ちになって、もう一度この番組だったら出てみたいと思ってもらう。吉田:後味をいかによくするかっていう。徳光:そういうこと。(第3回へ続く)※週刊ポスト2021年10月29日号
2021.10.24 07:00
週刊ポスト
ギャンブルの逸話も多数
徳光和夫インタビュー「ギャンブルで6億円以上スった」生命保険も次々解約
 テレビ朝日の「バス旅」で自由奔放に振る舞う姿が印象的な徳光和夫(80才)が 初の自伝 『徳光流生き当たりばったり』(文藝春秋刊)を上梓した。アナウンサーとしてあれだけ成功を収めた彼は、ギャンブル狂としても有名。その全貌にプロインタビュアーの吉田豪氏が迫る。週刊ポスト2021年10月29日号掲載記事の超ロングバージョンをお届けします。(全4回の第3回)徳光:ごめんなさいね、『吉田豪の部屋の本』(吉田の近著)っていう、このなかに出てくる人、僕は誰一人、知らなかったんですよ。吉田:まあ、そうでしょうね(笑)。徳光:あなたをすごいなと思ったのは、僕いま読むの遅いんだけど、一日半で全部読みました。でも、内容もわからないんだよ。吉田:みんなが何を言ってるのか(笑)。徳光:ところが次のページ、次のページと面白くなってきて、アイドルでこんな子たちがいるのかと、こんな言葉を知っている子がいるのかとか、こういう常識、あるいは非常識を持っている女の子たちがいて、これだけアイドルの本音を見事に引き出している本はないなっていうふうに思ったんですよね。 僕もAKB48の選挙の司会なんかをやって、あの子たちが一生懸命にコメントをする。やっぱり(山口)百恵ちゃんとか(中森)明菜ちゃんとか(松田)聖子ちゃんとか、あの子たちはみんな自分の言葉を語らなかったんですよ。止めようとしてましたよね、事務所のほうもね。それが秋元康さんが、AKB48は自分の言葉を自分で語れ、と。菅(義偉)さんに一番ほしかったことでありますけど、それを彼女たちはやったわけじゃないですか。吉田:生放送で好きにやれっていう。徳光:見事にね。でも、あれも実は本音じゃないなということをこの本で知りましたよ、僕は! ホントに見事なほどいまの女の子たちは勉強してるなっていうことを、特に声優の人たちはすごいですね。ただ単に声優をやってるんじゃないですね。声優をやりながら、いろんな興味を持ち、好奇心を持ち、それに自ら着手していってますよね。誰一人知ってる子もいないし、誰一人関心のある子もいないんだけど、最後まで読んじゃったね。吉田:そっちを読んでると思わなかったですよ。最近だと敏いとうさん(ムード歌謡グループ「敏いとうとハッピー&ブルー」リーダー)のインタビューは、徳光さんは引っかかるかなと思うんですけど。徳光: ちょっとそれいつ出るの?吉田:ダハハハハ! もう出てます、あれはお薦めですよ。敏いとうさんから完全にヤバそうな話しか聞いてないヤツがあるので。徳光:ヤバい話をよりヤバく言うだろ、ちょっと眉唾もあると思うんだよね。吉田:そうなんですよ(笑)。コーラス界のマフィアと呼ばれるだけの話だらけで。体を悪くしてあんまりしゃべれないから奥さんがサポートしてるんですけど、奥さんが話すことも物騒なんですよ。「あなた、挨拶がないっていうことで、競艇場であの人をさらったじゃない」みたいな話を普通にするんです。徳光:ハハハハハハ! そうなんだ。そっちはホントかもしれません、奥さんの話は。あのね、彼に競艇を教えたのは僕ですから。吉田:そうなんですか!! 確かに敏いとうさんも相当なギャンブル好きでしたもんね。徳光:好きですね。競艇場に連れて行って、あんまりこういうのをやったことがないって言うから、そしたら入れ込んじゃって。俺、奥さんに恨まれてると思うんだけど、競艇をやっていなければ、それなりに残せてたよ。吉田:奥さんは相当ボヤいてました(笑)。徳光:そうでしょ? 誘わなければよかった。あんなに夢中になって、人から金を借りてやるまでだとは思わなかったんだよね。僕は人からお金を借りてませんから。もちろん消費者金融では借りますよ。吉田:あ、消費者金融では借りる(笑)。徳光:サラリーマン時代の小市民ですから、そういうのは早く返すようにいたしまして。吉田:当時は結婚式の司会とかのバイトのお金を全部注ぎ込んでギャンブルをやって。徳光:かつてはね。いまはそういうことはできないじゃないですか。いまだったら安住(紳一郎)君とか桝(太一)君とか、局アナで家が建ちますよね、オファーだらけでね。吉田:当時はそのへんは意外と自由で。徳光:ザルでしたね。日本テレビの営業が頼んできましたから。営業の人間が「何々会社の何々さんの息子が結婚するんだけど、お願いできないだろうか」とか、「いまこういう大手のパチンコ屋があるんだけど、どうしてもこの仕事をと取りたいから」みたいなことで、だから私も営業活動の一部を担っていることになるわけですよね。吉田:それにしても局アナがパチンコ営業をやってるっていうのは画期的すぎますよ!徳光:そういう時代があったんですよ。だから、わが家も「口先御殿」って呼んでるんですけどサラリーマン時代に建てた家ですから。吉田:これだけギャンブルで散財しながらも、ちゃんと残せるものは残していた、と。徳光:それはカミさんが偉かったね。吉田さんは見抜いてると思うんだけど、大きなことを言ったって小市民もいいところで、まあ小心者なんですよ。アルバイトでさんざん稼ぎながらもそれを全部遣っているかといったら、そんなことはしてないわけですね。ですから、ホントにカミさんに感謝しているし、昔はホントに絶対に俺より先に逝っちゃいけないみたいな亭主関白みたいなことを、あの歌の文句のようなことを言っていましたけどもね、いまこういう言い方をするとホントにいい人になっちゃうんですけども、置いては逝けないなっていう気持ちですね。吉田:今回の本にもそんな奥さんに対する気持ちが、たっぷりと書かれてましたね。徳光:あとから書き足したんだよね。56年も一緒に連れ添ってまいりますと、もう体の一部だね、よく言われるように。空気みたいなもんで。空気っていうか酸素だね。カミさんっていう酸素を吸わなければ、俺も生きていけないし。向こうはそうでもないかもしれないけども。でもいまだに緊張するわけですから、家へ帰ったら俺は一番緊張してますからね。仕事場ではホントに気を抜いてるというか、リラックスしてるっていう感じで。吉田:長嶋さんに次ぐ緊張なんですかね。あと、この本はとにかくギャンブルの話が最高すぎましたね。しかも、それがいまさらにエスカレートしてるのがたまらないですよ。徳光:いやいやいや(笑)。こういうことはヘタしたら言っちゃまずいのかなと思って。吉田:そんなマズい話があるんですか?徳光: あと解約する生命保険が……2つしかなくなっちゃったんですよ。吉田:オンライン競馬に目覚めた結果、定期貯金を使い切り、とうとう生命保険に手を付け始めたって話はすでにしてましたよね。徳光:定期はなくなりましたね。ホントにお金はちゃんと現金でと思ってたのに、このスマホ時代になって、デジタル時代になって。電子マネーの時代はホントに足を踏み入れたくなかったですね。吉田:スマホすら持たない、携帯すら持たない人が一気に未知の世界に飛び込んだから。徳光:今日だってこうやって吉田さんと話してても、今日は6競馬場で競馬をやってるんですよ、地方競馬を。大井、浦和、高知と盛岡と、それから北海道はばんえいっていうのがあって、門別ってもう一つある。そういうことが気になってしょうがないわけですよ。吉田:いまも気が気じゃない(笑)。徳光:一応もうPAT(JRAの馬券投票サービス)で買ってあるんですけど、結果がどうだろうかって。俺、ホントにギャンブルを自制できなくなってきてるんですよ。オリンピック観ててもそうだからね。吉田:どういうことですか?徳光:100メートルの競走がありますね。予選から、2枠と3枠じゃないかって。そのとおりになると、妙にうれしいんですよ(笑)。吉田:これにも賭けられたらって(笑)。徳光:歩いてると子供の運動会なんかに遭遇するじゃないですか。そうすると運動会は大好きだから、それを見てて、徒競走で「あの1枠の子が相当いい線いきそうだな」みたいなことをいうと、そこの子がコケちゃったりしてさ。 これはホントに恥をさらすようなのでありますけども、やっぱり親父が亡くなって、納骨をいたしました日に、納骨って午前中にするじゃないですか。その帰り道の駅に親子の3人連れがいまして、赤いスカートに、紺のズボンをはいたお兄ちゃんと、白いブラウスを着たお母さんを見まして、「そうか、1、3、4か」みたいな感じで。つまり1枠の白ですね。3枠は赤で、4枠が青じゃないですか。そうすると、それを見てすぐ「ああ1、3、4か。親父の納骨も済んだし、ちょっと平和島に弔い合戦に行こうかと。吉田:え!徳光:それで弔い合戦に行ったんですよ。吉田:うわーっ!!徳光:カミさんがこのときばかりは怒りました。吉田:麻雀は親御さんに教わったわけですよね。つまり、そういう教育を受けてきて。徳光:まさにそうですよ。大人に騙されるなっていうのは小学校5年生、6年生のときに親が麻雀を教えたことで。わが子をですよ! わが子を騙そうとするんですからね、親が。吉田:それは鍛えられますよね(笑)。徳光:それからもう一つは中学1年生のときにホームルームの時間で、担任の先生が「昨日のダービーは素晴らしかったなあ!」みたいなことを言ったときに、僕はチビで最前列だったものだから、「いやあ先生、ボストニアンは強かったですね」って言ったら、「おまえボストニアンを知っとるか!」っていうような感じで、その先生からそれからいたくかわいがってもらいまして、かわいがってもらうと毎日やる漢字の試験をその先生のために頑張ろうっていう気になるわけですね。ですから僕はそこから漢字好きになりまして。吉田:アナウンサーにはプラスですもんね。徳光:絶対プラスですよ。アナウンサーの試験には漢字の読みも出ましたから。漢字好きになったのは、親が馬券売り場に連れて行ってくれて、ダービーしか親父はやらなかったんですけど、そのことで国語の先生とコミュニケーションができて、それで漢字好きになったんだなみたいな、こじつけですけども。吉田:全ては親御さんのせいというか。徳光:そうなんですね。ですから後天的に僕自身がギャンブルにハマッた一番は、無理やりに教えられた麻雀ですね。あの頃、都営アパートで麻雀をやってて、週末になると必ず来るおじさんが出張で来なくなる。そうするとやりたくてしょうがないんだけど、3人じゃできない。当時は「三麻」はないですから。だったら、もう小学校 5年、6年生になったこの子に教えればできるんじゃないかっていうことで強引に教えてもらったんですね。だから最初に上がったのは「七対子」で。そこから誰一人、ウチのカミさんもあれですよ、ギャンブルやめなさいって言ったことはないんですよ。吉田:そうなんですか!?徳光:うん。いまも「あなたはギャンブルをやってるからよく働くんだし、ギャンブルをやってるからこの家が建ったのよ」って。競馬競艇をやってなければ、こうはならなかったかもしれないってマジに言うんですよ。吉田:でも、これまでで総額6億とか負けてるみたいなことを言ってたじゃないですか。徳光:それは計算したことないからわかりませんけど、僕はもっといってると思います。吉田:そうだろうと思ってました(笑)。(第4回へ続く)※週刊ポスト2021年10月29日号
2021.10.24 07:00
週刊ポスト
スマホを持ってしまったがために…
徳光和夫インタビュー「バス旅の途中もオンライン競馬をやってます」
 フリーアナウンサー、タレント、司会者……数多くの顔を持つ徳光和夫(80才)が初の自伝 『徳光流生き当たりばったり』(文藝春秋刊)を上梓した。ギャンブル狂としても知られ、書名からも分かるように“いきあたりばったり”に生きてきた徳光に、プロインタビュアーの吉田豪氏が迫る。週刊ポスト2021年10月29日号掲載記事の超ロングバージョンをお届けします。(全4回の第4回)徳光:給料はほとんどギャンブルに遣ってましたから、いまでもそうですけどね。今日、医者に、尿酸値の数値がちょっと上がったのと、それから血糖値もちょっと高くなっている、これは肥満だ、と。コロナの1年間はわりと家にこもったりなんかして5キロから6キロぐらい太ったんですよ。ごめんなさい、こんな話をするつもりじゃなかったんですけど、痩せようと思いまして、見事に痩せるまではギャンブルも一部自粛。吉田:お! でも一部なんですね(笑)。徳光:うん。どういう自粛かといいますと、メインレースだけやるという。いままで1レースから全部やってたわけですから。吉田:完全自粛はストレスになるだろうし。徳光:それはかえって体に悪いと思いますので。だからメインレースと、宝くじも前後賞がありますので、11レースがメインだとすると、10レースと12レースぐらいは。吉田:ちょっと増えてるじゃないですか!徳光:冗談じゃなくてホントにそう思ってるんですよ。それをやろうかな、と。プロレスだってセミファイナルもあるんだしね。吉田:ダハハハハ! でも、メインだけって言ったらセミファイナルは入らないですよ!徳光:セミファイナルは助走ですからあんまり遣わないようにしてメインで勝負するようにしようかな、と。じゃないとですね、一番現実問題としましてはホントに昔の京都の芸者衆とか旦那衆が湯水のごとくって言ってましたけど、僕のなかでは湯水のごとくこぼれていくわけですよ。だって今日も6か所あるわけでしょ、それもやって中央競馬もやる。でも吉田さん、これはある程度、地方自治体、そして国のためにはなってるわけですよ。吉田:ギャンブルはそれがあるんですよね。徳光:あるんですよ! そこはちょっとみの(もんた)ちゃんと違うところだと思うね。吉田:ダハハハハ! 銀座で散財するよりも、何かのためになっているはずだ、と。徳光:銀座で遊んだほうが人間としてはかなり魅力的にはなったと思います。またあのお姉さんたちも非常に勉強家の人が多いですから、自分の身になり、店の身にはなりますけど、国のためにはあんまりなってないというか。これは屁理屈のようでありますけども、俺は少なからずとも、農林水産業を通して国のためにはなっている。公立の学校の講堂の柱なんかはずいぶん建てたと思うんですよ。吉田:おそらく、そのはずですよね。徳光:公営競馬は地方自治体ですから。そういったようなところにすがりつつ、ようやく80を超えたかなっていう人生ですね。吉田:いままでスマホを持たないようにしてたのは、ある意味正解だったんでしょうね。徳光:そうなんですよ(笑)。だから一番憎いのはコロナですよね。コロナにならなければ、縁がなかったわけですよ。吉田:ちなみにコロナ以前、地方競馬は?徳光:それは前もやってたことはやってたんですけど、買いに行かなきゃならないでしょ? 高知競馬とか佐賀競馬とか買えなかったわけですよ。でも、いまタブレットでどこも簡単に買えちゃうわけですよ。元金はネット銀行に入れるわけですよね、そこの口座から地方競馬用の資金を出して、そこから買っていくというふうになりますと四六時中できるんですよ。朝起きて10時半からだいたい夜の9時近くまで、どこかしらでできてるわけですよ、毎日。それに土日は中央競馬が重なるわけですから、たいへんですよ、指が。吉田:ダハハハハ! そんなに頑張っていたら、そりゃバスの旅(テレビ朝日系「路線バスで寄り道の旅」)の中で寝ちゃいますよね。しょうがないですよ、忙しいんだもん。徳光:まあ正直言うと、バスの撮影中もときどきやってますよ(あっさりと)。でも最近はバスの旅があるとホッとするのは、そんなに競馬ができないなっていうことですよ。吉田:そんな縛りがあったほうがまだいい。徳光:仕事があったって、つまり電車の中でもできるわけですからね。だからこれはホントに罪だなっていまになって思うんですよ。吉田:バスの旅で寝てるときに見る夢も競馬場の夢らしいですよね。「あ、ここは競馬場じゃないのか!」って飛び起きるという。徳光:情けないよね、ホントに。孫なんかは恥だと思ってるみたいですよね。ギャンブルはいいことはないし、できればされないほうがよろしいと思いますね。唯一、自分のなかですがっておりますのは、これは無駄にはなってないんだということです。そのことを自分に言い聞かせてやってるんです。バスの旅で自分の母校を訪れましたときに、いい講堂ができてるんですよね、俺たちのときなんかなかったような。これどこかしら俺が出してるなとか、そんなような思いで見てましたけどね。すみません、めちゃくちゃですね。吉田:いやいや、いい話ですよ(笑)。徳光:いい話じゃないですよ(笑)。ただ、なぜギャンブルかっていいますと、究極は一人になれるっていうことですかね。僕たちの仕事は常にチームでやってるじゃないですか。画面に出るのは私かもしれませんけど、その周辺にはホントに何十人の人がいらっしゃるわけですね。それはどこかしらで気持ちがよそ行きになっていたり、自分自身がさらけ出せるところがないっていうのはありますよね。でもギャンブル場に行きますとホントに一人なわけですよね。周囲の人たちはほとんど、僕も知り合いと行かないですから、一人で。吉田:周りも勝負に打ち込んでいるから、徳光さんのことを気にしてないわけですよね。徳光:そうなんですよ。もしかしたら「あいつ来てるなみたいな」ことは思ってくれているかもしれませんが、声をかけられたりなんかもしませんよね。ですから、いまの時代でしたら私はテレビ局はまったく入れないですね。やっぱり1964年というリンピックの前後であったから人も採用するし、テレビもちょうど右肩上がりの絶頂期ですからね。 僕が『ズームイン!!朝!』をやってる頃なんかは、残業手当が記録式だったんですよ、勤務ノートが。たとえば朝の5時半に出社するじゃないですか。そこから月曜日なんかは『紅白歌のベストテン』っていう歌番組をやってましたので、そうすると終わるのが夜 10時ぐらいですよね。そういったようなことが1週間に2回あったりで残業が300時間ぐらいになっちゃって。そうすると基本給の3倍ぐらいになっちゃうんです。青天井でしたから。吉田:しかも、徳光さんは仕事中に抜け出して遊びに行ったりしてたんですもんね。徳光:しかも抜けて稼いでましたから。『ズームイン!!朝!』が終わってすぐに駆けつけますと、競艇場で1レースが始まる前のセレモニーがあるわけですよ。たとえば笹川記念大会なんかですと48選手が入場して、その司会を頼まれたりするんですけど、これはこれでまた結構お金になったんですよ。吉田:生放送の直後にバイト(笑)。徳光:バイトです。そっちのほうにむしろ力を入れてたから(笑)。吉田:ただ、司会で稼いだお金も競艇場でそのまま散財しちゃってるわけですよね。徳光:結局そうなんですよ、水泡と帰してるだけなの、競艇場だけにね。そういうバカなことをさせてもらったことがその後の番組にホントに役に立ちましたね。『ズームイン!!朝!』っていうのは、今日はどういうネタかっていうことを私にだけ教えてもらえなかったんですよね。そうするとより集中するし。吉田:いい反応が返ってくる。徳光:うん、いいキャッチャーになれる。唯一自慢できるのは、いまだにあんまりそういうスタンスは変わってないっていうことだけです。80歳のいまも同じような形で仕事をさせてもらってるっていうのはカミさんの言葉に支えられてるんですけれども、「あなたは80になってもちゃんと声がかかるのがすごい」というふうに言われるわけですよ。俺たちの仕事は営業活動をして売り込むわけじゃないので、オファーがあって初めて成り立つ。芸者さんみたいなもんですからね。吉田:お座敷に呼ばれればっていう。徳光:そうです。ただ残念ながら声に衰えを感じますね、自分のなかでは。いまたぶん一時間ぐらいしゃべってると思いますけど、1時間ぐらいしゃべったって声なんかどうっていうことなかったのに、いまちょっと自分が出したい音が出てないですもんね。吉田:ぜんぜん変わらない印象ですけどね。徳光:いやそんなことない。これが歳をとって悔しいかなと思うことでありますけど。これもちょっとマッサージするとまたいい声になりますので。今日は駄弁を弄しまして、失礼いたしました。じゃあ、最後にこの『吉田豪の部屋の本』にサインをもらおうかな。吉田:えーっ!? 申し訳なさすぎますよ!※週刊ポスト2021年10月29日号
2021.10.24 07:00
週刊ポスト
永井美奈子アナと馬場典子アナの先輩後輩対談が実現
永井美奈子と馬場典子が語る女子アナユニットメンバー時代
 1988年に起きた「女子アナブーム」の火付け役である日本テレビの永井美奈子(55・1988年入社)と、飾らない人柄と確かなアナウンス力で人気を博した馬場典子。在籍期間こそ被らなかったが、日テレ発の“アイドルグループ”メンバーとして活動した共通点(永井=“DORA”、馬場=“BORA”)を持つ2人が当時を振り返った。馬場:5年目からは24時間テレビの総合司会に開局40周年記念で結成されたDORAの活動と、テレビで永井さんを見ない日はなかったですよね。DORAではセンターも務められて。永井:その話をする覚悟もしてきましたよ(笑い)。私、DORAの時はもう28歳だったので。下積みを経てやっと情報番組やレギュラー番組も持てたのに、なぜミニスカ穿いて歌って踊らないといけないのかと初めて部長に抗議したんです。でも当時のアナウンス部長だった舛方勝宏さんに「後輩を引っ張ってやってくれ!」と。あの説得力のある口調で言われると、そういう役割もあるのかと納得してしまって。馬場:でも、全然、嫌そうに見えませんでした。永井:それが問題なの! 私が嫌そうに踊っても、「恥ずかしがってる」と面白がられちゃって。馬場:他のお2人(米森麻美・藪本雅子)も嫌だったんですかね?永井:あの2人はノリノリ。2人が些細なことで揉めたりすると「まあまあ」と仲裁に入るのが私でね。でも馬場ちゃんもユニット組んで歌ってたよね?馬場:BORA(馬場の他に、古市幸子・延友陽子)ですね(笑い)。あれは開局50周年を記念して舞台をやった時に福澤朗さんのサービス精神から生まれたものなんです。会社から命運を託されたDORAとは意味合いが違いますよ! その当時たまたま汐留川でボラが大量発生したので、DORAをもじってBORA結成を企画したんです。「アイドル界の出世魚、三十路アイドルBORA」と名付けられました(笑い)。永井:DORAだってドラ猫のドラだよ。馬場:そうだったんですね。今日は永井さんは与えられた仕事を全力でこなされてきた方なんだなと感じました。そして、アナウンサーの仕事は自分が主役でないこと、画面に映らない時に日々どう準備をしているかが大切なのだと改めて肝に銘じます。ありがとうございます。永井:馬場ちゃんは本当に優秀な後輩だなぁ(笑い)。【プロフィール】◆ばば・のりこ/1974年生まれ、東京都出身。1997年に日本テレビに入社。『ZIP!』『ザ!世界が仰天ニュース』など情報からバラエティまで数多くの番組を担当。現在はフリーアナウンサーとして活躍、『あさイチ』(NHK)、『ゴゴスマ』(CBC)、『歌謡プレミアム』(BS日テレ)にレギュラー出演中。また、大阪芸術大学放送学科教授を務める。◆ながい・みなこ/1965年生まれ、東京都出身。1988年に日本テレビ入社。木村優子アナの推薦で『マジカル頭脳パワー』の2代目司会に。1995~97年には徳光和夫とともに『24時間テレビ』総合司会を務める。現在はフリーアナウンサーとして活動するほか絵本の読み聞かせなどを行なっている。取材・文■河合桃子※週刊ポスト2020年7月10・17日号
2020.07.08 07:00
週刊ポスト
永井美奈子アナと馬場典子アナの先輩後輩対談が実現
永井美奈子&馬場典子対談 日テレはなぜアナを育てられるか
 1988年に起きた「女子アナブーム」の火付け役の一人でもある日本テレビの永井美奈子(55・1988年入社)と、飾らない人柄と確かなアナウンス力で人気を博した馬場典子(46・1997年入社)。共に、日テレ発の“アイドルグループ”メンバーとして活動した共通点を持つ2人(永井=“DORA”、馬場=“BORA”)が、当時を振り返った。馬場:永井さんの代は当たり年、まさに伝説の代ですよね。関谷亜矢子さんに福澤朗さん、そして横(他局)を見れば八木亜希子さんや河野景子さんがいらして。永井:フジテレビは「花の三人娘」の年。その当時、フジテレビは華やかだったけど日テレは封建的でね。人事部長からは「お前を取るのは冒険だった」って言われたのよ(笑い)。馬場:でもその9年後に入社した私たちの間では「永井さんの代から採用要項の欄に“容姿”が入るようになったよね」と言われていたくらい、日テレアナにとって節目となった方ですよ。永井:そうなの(笑い)?馬場:私なんて永井さんのように明るくて華やかなタイプじゃなかったのに、女子アナブームの名残があった若い頃は仕事でキャピキャピした感じを求められて戸惑ったこともありました。永井:私としては真面目にやってきたつもりだったんですけどね。関谷は研修時代から読みも上手く1年目から番組に出ていましたが、私は番宣の専属のようになっていました。3年目でやっと『NNNニュースプラス1』に抜擢していただいたけれど技量が足りずに降ろされてしまって。その後は1年間ほど『THE・サンデー』の絶景コーナーのみ。実は入社から4年間は下積み期間だったようなものです。馬場:日テレは上下関係もしっかりしていましたし、サポートでスポーツ実況の男性アナの資料集めなどをする「サブアナウンサー」など下積み仕事も多いですよね。その分、足腰を鍛えられた気がします。永井:本当にそう思う。先輩は仕事には厳しかったけれど、本当に救いとなるお言葉をいただくことも多かった。私が新人の頃、なかなかレギュラー番組につけなかった時に小池裕美子さんが「助走が長い飛行機は長く飛べるから」と言ってくださった時は涙が出ました。【プロフィール】◆ばば・のりこ/1974年生まれ、東京都出身。1997年に日本テレビに入社。『ZIP!』『ザ!世界が仰天ニュース』など情報からバラエティまで数多くの番組を担当。現在はフリーアナウンサーとして活躍、『あさイチ』(NHK)、『ゴゴスマ』(CBC)、『歌謡プレミアム』(BS日テレ)にレギュラー出演中。また、大阪芸術大学放送学科教授を務める。◆ながい・みなこ/1965年生まれ、東京都出身。1988年に日本テレビ入社。木村優子アナの推薦で『マジカル頭脳パワー』の2代目司会に。1995~1997年には徳光和夫とともに『24時間テレビ』総合司会を務める。現在はフリーアナウンサーとして活動するほか絵本の読み聞かせなどを行なっている。取材・文■河合桃子※週刊ポスト2020年7月10・17日号
2020.07.07 07:00
週刊ポスト
『バス旅』における蛭子能収の役割に変化も
『バス旅』は合格点 地上波ゴールデン帯で名作再放送の是非
 異例の再放送が“合格点”の視聴率を取ったことで、テレビ界の慣習が変わるか──。2月19日、テレビ東京はゴールデン帯で『ローカル路線バス乗り継ぎの旅 特別編!新宿~新潟ふれあい珍道中』を放送した。タイトルだけを見れば新作と思われるかもしれないが、実は2013年1月5日にオンエアされた太川陽介、蛭子能収コンビの『バス旅』第13弾。番組冒頭で太川陽介がコメントをしただけで、実質的な再放送だった。 テレ東の水曜18時55分~21時は現在、毎週2時間スペシャルが放送されている。元を辿れば、昨年4月に『太川蛭子の旅バラ』が水曜の19時台に1時間番組として始まった。しかし、19回中12回は2時間スペシャルとしてオンエア。蛭子能収の体力的な問題もあって12月で終了した同番組の穴埋めとして、再放送されたと考えられる。 そもそも、『バス旅』自体が蛭子の健康状態を考えて、『ローカル路線バス乗り継ぎの旅Z』として田中要次&羽田圭介のペアに移行したのに、太川蛭子コンビの人気に頼って『旅バラ』を再開したことに無理があったのかもしれない。 再放送の『バス旅』は6.2%(ビデオリサーチ調べ/関東地区。以下同)を記録。同日の地上波19時~21時で最も低い数字だったが、フジテレビの19時台『何だコレ』は6.8%、20時台『林修ドリル』は7.1%であり、テレ東としては悪い成績ではない。 その証拠に、テレ東の水曜2時間スペシャルの視聴率を調べると、再放送の『バス旅』は今年3番目に高い数字である(※1月1日の『池の水ぜんぶ抜く』は4時間スペシャルのため、除外)。1月15日『笑われるニホン人』が2.4%、2月5日『ロケスケ流出ふれあい旅』が3.2%だったことを考えると、制作費がほとんど掛からない再放送での6.2%は十分過ぎる数字だろう。2019年12月25日の『旅バラ』最終回も6.7%であり、御の字だと言える。『バス旅』第13弾のマドンナ(女性ゲスト)は田中律子だった。田中といえば、2013年3月からテレビ朝日の『路線バスで寄り道の旅』(当初は不定期放送、2015年4月からレギュラー番組)で徳光和夫とペアを組み、絶妙なさじ加減で人気を集めている。その田中が、太川蛭子コンビの『バス旅』に出演していた。当時は何気なく見ていた番組も時が経つと、逆に新鮮に感じたり、発見があったりするものだ。 今回は苦肉の策だったかもしれないが、地上波テレビはこれを機に、視聴率の上がらない時間帯に名作の再放送をしてもいいのではないか。 昨今、テレビが視聴率不振に苦しむ理由に、右にならえの編成、長時間特番を毎週のように制作するスタッフの疲弊、制作費の削減などが挙げられる。再放送すれば、浮いた資金を他の番組に回せる。同時に、疲れ切った製作陣をリフレッシュさせ、新たなアイデアを生む時間の余裕を与えることもできる。 民放各局には「ゴールデン帯で再放送なんてありえない」という常識やプライドがあるかもしれない。しかし、ネットコンテンツなどが台頭している今こそ、固定観念を払拭する良い時期ではないか。もちろん、再放送ばかりになっては制作者も育たないし、単なる懐古趣味に走っては意味がない。 あくまで番組の質向上のために、時にはゴールデン帯に再放送をする“勇気のある編成”も必要な時期に差し掛かっていると思う。■文/岡野誠:ライター・松木安太郎研究家。著書に『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)。本人や関係者への取材、膨大な1次資料、視聴率などを用いて1980年代以降のテレビ史や芸能史を丹念に考察していると話題に。
2020.02.22 16:00
NEWSポストセブン
番組公式サイトより
『吉田類の酒場放浪記』 何が時代に求められる魅力なのか
 限られた放送枠のなかで長く続く番組には、視聴者を魅きつけてやまない理由があるはずだ。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が分析した。 * * * 英国のEC離脱に米大統領選挙、新型感染症。年が明けて世界は上へ下への大混乱が続く。こんな時代こそ、進むべき道を見据え静かに身を処せる冷静さが求められますが、落ち着きを身につけることはそう簡単なことではありません。 そんな世の浮き沈みを「どこ吹く風」と、落ち着き払って酒を飲み続ける70才のオジサンを映すシンプルな番組がウケている。2003年からBS-TBSでスタートし17年続く長寿番組『吉田類の酒場放浪記』(月曜日午後9時)です。 その内容はきわめてシンプルで、東京またはその周辺の酒場を紹介する紀行モノ。登場人物は「酒場詩人」の肩書を持つ吉田類さん。イラストレーターで執筆、俳句愛好会「舟」を主宰する俳人でもある。いつも黒っぽい服装で身を固めているその風貌は、スタイリッシュでも二枚目でもなく、垢抜け過ぎない感じがまた共感を呼ぶ。ちょっとなまりのある口調で「高知が生んだ偉大なる酔っぱらい」とも呼ばれている。 当初は地味に静かに始まったこの番組ですが、今や飛ぶ鳥を落とす勢い。制作費は超低予算らしいけれど、視聴率は堂々BS全体で常にトップクラスで、この番組を見て他のBS民放局でも同ジャンルの番組が制作されるようになったのだとか。 その人気を反映するように、通常の1時間番組のみならず、2010年からは年越し特番『年またぎ酒場放浪記』も始まり、以後毎年BS-TBSの定番となっています。さらに2019年12月のBS民放5局特番でも、笑福亭鶴瓶や徳光和夫らテレビ界の重鎮を横に吉田氏は媚びるでもなくへつらうでもなくただ淡々とマイペースで酒を飲んでいました。その落ち着きぶりは圧巻。 それにしても、『酒場放浪記』という番組のいったい何が、これほど時代に求められる魅力なのか──。●語らない 吉田さんは饒舌ではない。酒場の店主に余計な質問もしないし、声も大きく張らない。若い頃から俳句になじみパリではアート修業をし世界放浪をしてきただけに、うんちくはいろいろあるはず。しかし、そこらへんのオジサンとひと味違うのは、ウルサく熱く語らないこと。いわば、受け相撲のようにして周囲の状況を受け入れ、他の客に溶け込んでいく。なかなかありそうでないスタイルです。●表情 言葉で多くは語らないけれど、酒を口にした時、とても幸せそうな顔でほほえむ。そして、グーと親指を突き出す。これだけで、幸せ感が伝わってくる。つい、「和顔施」という言葉を連想させられます。仏教の「和顔悦色施(わがんえつしきせ)」とは、柔和な笑顔は他への施しとなるという意味。その人の顔を見ただけで人々の心が温まり幸せに。つまり、お布施は財力がなくても笑顔でできる。ストレス満載の時代、吉田さんの人気の秘密はそのあたりにもありそう。●15分1箇所のテンポ 番組では1時間を4つの酒場で構成。ダラダラと酒を飲み続けるのではなく、15分で一区切りし、また別の地域の酒場へと変化をつけている。●型がある 番組冒頭に、土地の文化がわかるようなお店(居酒屋以外)にちょっと立ち寄りその土地を紹介する。それから酒場で飲み、最後は店ののれんの前に立って短く感想、そして背中を見せて去って行く。そこに吉田さんの俳句が浮かび上がる、という「型」を踏襲。水戸黄門ではないけれど常に安定した型は、繰り返して見る心地よさを生む。 この番組から生まれたDVDもすでに10巻超、月刊『中央公論』等メジャー文化誌でも連載、著作も多数。放送だけでなく、きちんとソフト商品化して商売を展開していく「コンテンツ産業」のあり方としても優秀と言えそう。ひたすら美味しい酒に酔い幸せになった人の姿を見つめる、という番組の秘めたる力。今後のテレビ番組作りに対してさまざまな示唆に富んでいそうです。
2020.02.08 16:00
NEWSポストセブン
高田文夫氏、女子大で「変態に思われるかも」とトイレ我慢した
高田文夫氏、女子大で「変態に思われるかも」とトイレ我慢した
 放送作家、タレント、演芸評論家で立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。今回は、徳光和夫、立川志らく、清水ミチコなどライブ三昧についてお送りする。 * * * 我々東京っ子の間では50年も前から『男はつらいよ』を見に行くことを「サクラを見る会」と呼んでいた。寅さんの妹サクラではなく税金使って呑み喰いしてる方か。 新宿御苑もいいけど渋谷公会堂がみごとに建て直して「LINE CUBE SHIBUYA」となった。11月13日は徳光和夫さんをメインに『徳さんと歌おう! 秋のうたごえ喫茶コンサート』。平野レミさんや私がゲストで歌う、喋る。3階まである立派なホール、うけるから喋ってても気持ち良かった。 この1週間、各場所でライブ三昧。14日は六本木トリコロールシアター(これも出来たて。初めて行く場所ばかり)でこの節テレビに出まくりの立川志らく独り会。渋谷は2000人入ってたがこちらは200人。手頃なライヴ会場。テレビに出だしたせいか道路まで花であふれていた。一瞬どこの親分の通夜かと思った。 15日はこの年齢で初めて入る女子大。ときめきの時。三軒茶屋の昭和女子大「人見記念講堂」で清水ミチコライブ。音響の良さにおどろく。清水はもはやいちイロモノではなく、とんでもないアーティストなのだ。いつもやっている武道館が今使えないらしく、ここになったらしい。途中トイレへ行きたくなったが、女子大のトイレに一人で入っていったら絶対変態にみられるだろうと思い我慢。 16日は宅間孝行の作・演出によるタクフェス『流れ星』を池袋サンシャイン劇場で。思わずハンカチを手に取る現代の人情噺の名手。笑って泣かす田中美佐子が自在の名人芸。来春には宅間、大爆笑公演を予定だとか……。 連日ハードな客席三昧。もっとハードな人に仕事で会った。TRFのメンバー、DJ KOOだ。日本のダンスミュージックといえばこの人。先日テレビのクイズ番組『99人の壁』を見ていたら、KOOが得意ジャンル“立川談志”で挑戦。幾つかシルエットクイズが出て真っ黒な私の姿。一緒に御飯を食べてた孫(7歳)が「爺ちゃん!」テレビの中のKOOが叫んだ「立川藤志楼! 高田文夫!」と。すっすごい。孫もKOOも恐るべし。 談志の娘のゆみこちゃんにきいたら「ハワイの砂浜歩いてたら、ヘッドホンをつけて何か聞いてる人がいてさ。見たらKOOさん。なに聞いてんの?ってヘッドホン取ってきいたらパパの落語。びっくりよ」。KOOにきいたら「やっぱりハワイのビーチは談志の“三軒長屋”ですよ。最高」だと。 11月21日は談志の命日。あの日から8年になるのだ。※週刊ポスト2019年12月6日号
2019.11.26 07:00
週刊ポスト
迎えに来た蒼井の車に乗りこむ山里
山ちゃんも免許なし 芸能人の「運転離れ」背景に危機管理も
 今年6月に蒼井優との結婚を発表し、一躍、時の人となった南海キャンディーズの山里亮太。女性に縁が無いのが持ちネタだった山ちゃんが人気女優を射止めたニュースは、世の男性を大いに悔しがらせたが、さらに男性諸氏が唇を噛むようなニュースが報じられた。車の免許を持っていない山里が、蒼井の運転でドライブデートしているというのだ。 8月15日に単独ライブを行った山里。そのライブ後のこと。22日にNEWSポストセブンが配信した記事「山里亮太、タクシーから蒼井優運転車に乗り換えのラブラブ姿」によれば、ライブには蒼井も駆けつけたが、彼女はライブ終了後に帰宅し、山里はライブの打ち上げに。打ち上げが終了すると、山里はスタッフに見送られてタクシーに乗ったが、すぐに下車し、蒼井が運転する高級車に乗り換えて帰宅の途についたという。“格差婚”とも揶揄された2人だけに、当然、山里が送り迎えしたりしているのかと思いきや、実際はまったく逆。ネットには「山ちゃん運転免許持ってないって、笑ってしまった」「山ちゃんが、運転免許ないのがまたまた可愛らしい夫婦」「蒼井優が迎えに来てくれるなんて羨ましい」 といった声が寄せられた。芸能人と車はセットのようなイメージがあるが、免許を持たない芸能人も当然存在する。芸能ライターが言う。「免許がないのが話題になったのは萩本欽一です。欽ちゃんはかつて、自動車点検整備の推進キャンペーンに起用された際、免許を持っていないことを告白し、会場は爆笑に包まれました。志村けんも、千鳥の大悟に『安い居酒屋にロールスロイスで来ないで欲しい』と暴露されるなど、高級車好きですが、運転するのは運転手で免許はありません。この他、和田アキ子、徳光和夫、爆笑問題の2人、嵐の大野智など、免許を持っていない芸能人は少なくありません」 誰もが羨むような高級車を乗り回す芸能人がいる一方で、ハンドルを握らない道を選ぶ彼らたち。これには理由があるようだ。「やはり忙しすぎて取りに行くヒマがないというパターンが多いようです。松田聖子は1980年代、教習所に通い、その様子が雑誌に掲載されたりもしましたが、あまりに忙しくて免許は取れなかったようです。最近では、欅坂46に加入したメンバーが『免許を持っている』と告白したところ、彼女がグループ初の免許所有者だということが判明しました。 人気アイドルの場合、時間を捻出するのはもちろん、教習所に通うのも一苦労です。かつては都内ではM駅近くのH、O駅近くのK、T駅近くのMなどが“芸能人御用達”の教習所でしたが、SNS全盛の今では、ファンが集って大騒ぎになりかねません」(同上) ただ、芸能界全体としては「免許を取らない」「自分で運転しない」というのが緩やかな流れのようだ。ベテラン芸能記者の石田春男氏は言う。「事故を起こす確率は一般人も芸能人も同じですが、芸能人が違うのは、それが大きく報じられることです。稲垣吾郎、インパルスの堤下敦、NON STYLEの井上裕介など、交通トラブルで謹慎を余儀なくされた芸能人は数知れませんし、吉澤ひとみは引退に追い込まれました。高田純次も今年、接触事故でトラブルになったことが報じられています。 交通トラブルを起こせば、人気に影響するのはもちろん、番組やCMの降板、作品のお蔵入りなど、事故以外のダメージは甚大です。将来的にも、車関係のCMやイベントには起用されないでしょうし、運転するシーンがある作品なども避けられてしまうでしょう。 この点について危機管理が徹底しているのが、EXILEらを抱えるLDHです。『自分で運転しない』という“鉄の掟”を持つグループがあり、かつて3代目JSBの岩田剛典は『事務所の規則で運転しちゃダメなんですよ』と語っています。芸能人はただでさえスケジュールがハードな上、下手すれば一発で芸能人生が終わってしまうのですから、たとえ本人が運転したいと言っても、運転は誰かに任せるのが正解でしょう」 コンプライアンスがうるさい今、スピード違反や駐車違反でも炎上する可能性はある。免許を持っていなかった山ちゃんは、その点でも“勝ち組”だったようだ。
2019.08.26 16:00
NEWSポストセブン
心筋梗塞は「冬の病気」ではない
「真夏の心筋梗塞」に注意 著名人も九死に一生の危機体験
 暖房の効いた室内から寒い屋外に出た瞬間、心臓に痛みが──そんな“冬の病”という印象が強い「心筋梗塞」。しかし、実際には暑い夏場に発症するケースも少なくない。 山梨医科大学第二内科の研究チームは、急性心筋梗塞の発症と当日の天候・気温などとの関係を調査し、2001年の日本心臓病学会学術集会で研究発表を行なっている。 それによれば、急性心筋梗塞で入院した男女998人(平均年齢66歳)について調査したところ、気温と発症患者数の間に相関関係はなかったという。冬に発症した患者が279人と最も多かったものの、夏の発症患者も225人いて、心筋梗塞が年間を通じて注意しなくてはならない疾患であることが明らかになっている。 実際、夏場の心筋梗塞で命を落とした著名人も少なくない。 2011年8月、サッカー元日本代表で松本山雅FCに所属していた松田直樹氏(当時34歳)が、急性心筋梗塞でこの世を去った。チーム練習でウォーミングアップのランニング後、突然激痛に襲われ、病院に搬送された時はすでに心肺停止状態だった。2014年5月には相撲協会の放駒元理事長(元大関・魁傑、当時66歳)が、ゴルフ練習場で心筋梗塞に倒れ、やはり搬送先の病院で死亡している。 いずれも「運動中」に発症したケースだが、このあたりに「夏の心筋梗塞」の危険を読み解くカギがありそうだ。慈恵医大循環器内科の川井真・准教授が解説する。「急性心筋梗塞の発症メカニズムを説明すると、まず、冠動脈の内壁に脂質などが蓄積され、プラークと呼ばれる“脂溜まり”が形成されます。その後、何らかの原因でこの脂溜まりを覆っている膜が破れると、血管内に血栓ができ、冠動脈を詰まらせてしまう。 脂溜まりを覆う膜が破れる直接の原因が何かは解明されていませんが、よくいわれるように冬場は室内と屋外の温度差が大きく、寒い場所に出た時に体温を逃がさないよう、自律神経が血管を収縮させる。そうした物理的な力で脂溜まりが破裂している可能性があります。 一方、夏場は高温のなかで汗をかくことで、脱水症状に陥りやすい。そうすると血液中の水分が少なくなって血栓ができやすくなり、心筋梗塞のリスクにつながっていることが考えられます」 夏場に体を動かす時は、十分な水分補給が欠かせないということだ。また、運動中と並んで、とくに夏場は「睡眠中」も発汗によって失われる水分が多くなることが知られている。 今年7月には、元プロ野球選手の金田正一氏(86)が自宅で倒れて心筋梗塞で入院したが、胸に痛みを感じたのは“寝起き”のタイミングだったという。同様の体験をしているのが、プロゴルファー・横峯さくらの父で元参院議員の横峯良郎氏(59)だ。横峯氏は政界を引退した1年後の2014年8月、やはり急性心筋梗塞で入院している。「翌日のゴルフのイベントのために広島のホテルに泊まっていたのですが、朝方に胸の痛みを感じて、脂汗が止まらなくなった。前夜は、翌日が早いから酒もほとんど飲んでいなかったから、絶対にこれはおかしいと思いました。 それで病院が開く時間まで待ってホテル近くの個人病院に行くと、ろくに診察もしないですぐに大病院を紹介された。とにかく心筋梗塞は時間との闘いだそうで、検査をすると3本の冠動脈のうち1本が詰まりかけていた。2週間くらい入院し、いまもバイアスピリンという血液をサラサラにする薬を常用しています」 前出の川井准教授はこう解説する。「心筋梗塞は早朝に起きやすいといわれます。睡眠から覚醒へと移る際に自律神経系のバランスが入れ替わるため、血圧や脈拍が上がり、それに応じて血管の緊張度が変わって心筋梗塞の発症に至っている可能性はありますが、細かくはまだ解明されていません。 ただ、夏場は就寝前を含めたこまめな水分補給が予防の観点から重要なのは間違いないでしょう。喉が渇いたと感じた時はすでに脱水が進んでいる状態なので、喉が渇く前に、時間を決めて少しずつ水分を摂るようにしてください」 2001年6月に心筋梗塞で入院したフリーアナウンサーの徳光和夫氏(78)のケースでも、「都内のホテルに滞在中、徳光さんが激しい胃の痛みを感じて大量の汗をかいていたので、奥さんがとにかく水を飲むように薦めたそうです。翌日、病院にかかって心筋梗塞だと診断されていますが、医師からは水を大量に飲んだことで辛うじて命がつながったといわれたそうです」(在京キー局関係者) というエピソードもあり、やはり水分補給の死活的な重要性を示唆している。◆3割が病院搬送までに死亡 心筋梗塞は、高血圧、脂質異常症、糖尿病といった生活習慣病を抱える人のリスクが高いとされる。前出・川井准教授はこういう。「他にも、家族が心筋梗塞になったことがある、喫煙している、過剰なストレスを抱えている、といったこともリスク因子となります。 ただ、事前の検査で急性心筋梗塞になりそうかを判断するのは難しい。心電図や心エコーはリアルタイムの心臓の機能を見る検査なので、事前に心筋梗塞のリスクを炙り出すことはできない。冠動脈CTだと脂溜まりがあるかは検知できますが、それが破裂しそうな危険な状態かまでは通常、判別できません」 もちろん、肥満や高血圧といったリスク因子を取り除くための生活習慣の改善は重要だが、川井氏は「とにかく心臓に異変を感じたらすぐに医療機関に行くことが重要」と強調する。「急性心筋梗塞は、冠動脈が詰まった瞬間から病院に搬送されるまでに3割の患者が亡くなるとされる、死亡率の非常に高い病気です。突然、前胸部やその周辺に締め付けられるような激しい痛みを感じたら、速やかに救急車を要請して医療機関に向かってください。 痛みを感じる部位は前胸だけでなく、胸全体、頸部、背部、左腕など広範囲にわたることもありますし、胃などの消化器官に痛みが出ることもある。痛みとともに冷や汗、嘔吐、吐き気、呼吸困難を伴うこともあります。 もちろん、受診した結果、心筋梗塞ではない可能性もありますが、それでも違和感があれば医療機関に行くことを強く推奨します。適切なタイミングで、血栓を除去しながら狭くなった血管をバルーンで広げて血管の幅を十分に確保するカテーテル治療を受けることができれば、命が助かる可能性は十分にあります」 図らずも、前出の金田氏が取った対応は、まさに川井氏が推奨する方法に合致していた。「心筋梗塞は冬の病気」という先入観を捨て、速やかで適切な対処を心がけることが、命の危機を救うことにつながる。※週刊ポスト2019年8月30日号
2019.08.21 07:00
週刊ポスト
高田文夫が言及 闇営業、蒼井優、爆問&オードリーの違い
高田文夫が言及 闇営業、蒼井優、爆問&オードリーの違い
 放送作家、タレント、演芸評論家で立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。今回は、ホットワードになった「闇営業」問題を建設的に解消する方法、孫世代にはやさしい“幸せな晩年”を味わった一週間を振り返る。 * * *【1】今週きこえてきたいろんな言葉。まさに“一寸先は闇営業”。闇とはまた怖い言葉だ。事務所を通さない直の仕事を関東では“ショクナイ”と昔から呼んだ。きっと“内職”を逆さに言ったものだろう。私も若き日はついていた先生に内緒でいろんなものを書いたりした。 ミッツ・マングローブがテレビで「うちのおじさん(徳光和夫)なんて局に黙ってショクナイで家まで建てちゃったわよ」【2】私も考えた。折角宮迫が司会をやっているんだから入江プロデュースで緊急特番『ダメトーク・闇営業芸人』というのはいかがか。【3】武道館ライブまで見に行くほど大好きなオードリーが私のラジオにやってきた。若林が不満たらたら「山里ふざけてますよネ。しずちゃんからも色々言われてて蒼井優はただの山里ファンだったんですから。早い話、山里はそのファンに手を出したんすよ」「アハハ、だったら原田龍二と同じだな」と私。このやりとりを耳にしたらしい山里、自分の深夜ラジオ番組で「そんな……オレ車持ってねぇし……」だと。10分で済ます気か。【4】BSで月曜夜11時からやっている、玉袋筋太郎の『町中華で飲ろうぜ』がたまらない。ギョーザだレバニラだで毎回ビールの大瓶をグイッとやる。大瓶は633ml、グッと呑み干し「6・3・3は男の義務教育!」うまいこと言うなァ。【5】演劇人であり喜劇人でありとにかく変人の清水宏が“日本スタンダップコメディ協会”なるものを勝手に立ちあげ傑作。6月5日、紀伊國屋ホールをのぞくと汗びっしょりで叫んでいる。「いいですか、皆さん。これからは右翼だ左翼だなんてもめてる場合じゃない。金持ちか貧乏か。上か下か。そう、我々貧乏演劇人は“下翼”なんです。最底辺なんです。50過ぎてノルマのチケット売らされて……下翼なんです」カヨク……この響きがなんとも面白い。【6】平日の夕方TBSのニュース。大体4時半頃、天気予報士の森田さんとからむ小林由未子アナが優しい物言い。介護のようで可愛い。小林アナがいいと気付いたのはマスコミの中で私が初だろう。あぁ……森田さんになりたい。【7】私とオードリーがはしゃぎ過ぎてるラジオを聞いて、爆笑問題の太田が自分のラジオで「高田センセー本当に嬉しそうだったな。あれは“幸せな晩年”だな(大瀧詠一は『幸せな結末』)。俺達爆笑とか浅草キッドとか松村邦洋には厳しいのに、オードリーとか神田松之丞は何でも可愛いんだよ。やっぱ孫がいいんだろうネ」その通り。■イラスト/佐野文二郎※週刊ポスト2019年7月5日号
2019.06.26 16:00
週刊ポスト
「朝の顔」兼「会社の顔」に?
40代は男性アナ退社の時期? TBS安住アナはどうなるか
 異例の大出世を遂げることが明らかになったTBSの安住紳一郎アナ(45歳)。これまで安住アナは“アナウンスセンター・エキスパート職”という肩書で「部次長待遇」だったが、7月1日付で「局次長待遇」に昇格する。TBSにおいて「次長」とは、部門のNo.2のポジション。先輩アナ数人をごぼう抜きしての昇進となる。 今回の安住アナの昇進について、女性セブン2019年7月4日号では「安住アナの独立を防ぐと共に、“ちゃんと局アナのことも尊重しています”というメッセージも込められているのでしょう」とのTBS関係者のコメントが紹介されている。 TBSにとって重要な存在であるからこそ、安住アナに重要なポストを用意し、フリーになることを阻止している、ということのようだ。 40代でフリーに転身する男性局アナは少なくない。たとえば、羽鳥慎一アナが日本テレビを退社したのはちょうど40歳になった直後のこと。宮根誠司アナは40歳のときに大阪の朝日放送を退社し、大阪を拠点としたフリーアナとして活躍した後に、全国区となった。元日本テレビの徳光和夫アナも40代後半で退社している。 アナウンサーのフリー転身時期について、芸能情報に詳しいフリーライターの大塚ナギサ氏はこう説明する。「フリーになる時期にはいくつかパターンがあります。若くして人気を獲得したアナウンサーであれば、キャリアアップを求めて早い段階でフリーとなることも多いですね。これは女性アナなどに多いパターンです。 その一方で、社内である程度出世してからフリーとなるパターンも少なくありません。出世していわゆる“管理職”になると、デスクワークが増えて、現場でのアナウンサーとしての仕事は減少傾向になります。そうなると、“もっとアナウンサーとして仕事をしたい”という思いで、フリーになるアナウンサーも多い。同様にアナウンサーではない部署に異動になったことをきっかけに、フリーアナに転身するということも多いですね」 今回、安住アナは出世し、立場的には管理職となるはず。そうなると、独立を阻止するどころか、促してしまう可能性はないのだろうか…。「TBSとしても、安住アナに対しては、あくまでもアナウンサーとして高く評価しているわけであり、管理職的役割を求めているわけではないでしょう。出世するといっても、安住アナが現場から離れるようなことはないと思います。むしろ、立場が偉くなったことで、今まで以上に自由に仕事ができる環境を手にするのではないでしょうか」(大塚氏) ちなみに、ネット上では、「安住がフリーになったら無双だろうな」「紅白の司会も余裕で務まる」など、もしも安住アナがフリーになったら、確実に大活躍するであろうとの意見も。TBSの思惑はさておき、世間的には安住アナのフリー転身を期待する声も多そうだ。
2019.06.24 16:00
NEWSポストセブン
岡田圭右、クイズ番組で猛者を切り盛りする名司会術と品位
岡田圭右、クイズ番組で猛者を切り盛りする名司会術と品位
 松本人志、伊集院光、有田哲平、有吉弘行……名だたる芸人たちがテレビやラジオで「面白い」と公言する番組がある。脳トレ効果抜群の『クイズ! 脳ベルSHOW』(BSフジ、月~金曜22時台)だ。ますだおかだの岡田圭右と川野良子アナが司会を務め、毎回4人の解答者の顔触れも魅力のひとつになっている。「『芸能人図鑑』を作るイメージで、40~80代の“昭和のスター”に依頼しています。最高齢は、当時89歳の三遊亭金馬さんでした」(小沢英治プロデューサー) 普段、地上波のクイズ番組ではお目にかかることの少ない面々を毎回のように揃える。プロレスラーの藤原喜明(70)が収録中にウイスキーを飲み始め、隣の席にいる安達祐実の母・安達有里(61)に突然キスをするハプニングもあった。「あれは……ご覧いただいた通りです。それ以外何もございません(笑い)」(岡田) クイズ番組初出演の著名人が多く、タブーである白紙解答は当たり前。早押しでも膝の上に手を乗せ、ゆっくり問題を聞く。「ボタンの上に手を置いても疲れて力が抜け、いつの間にか押している人もいます」(岡田) 制作陣が知恵を絞って作る問題は、すぐに解けるほど簡単ではなく、かといって難し過ぎることもない。絶妙な塩梅のクイズが出題される。「4班に分け、それぞれ異なるレベルの問題を作ります。半年に一度くらいのペースで新タイプのクイズも入れ新陳代謝を図っています」(演出の丸林徳昭氏) 当代随一の芸人仲間が「岡田が生き生きしている」と声を揃えるように、昭和の猛者を切り盛りする司会が評判だ。1日5本撮りの収録は約11時間に及び、昼以外の休憩は各収録合間の10分間のみ。岡田のテンションは最後まで落ちない。「解けない問題が続いてしょんぼりしている解答者には、岡田さんはこれでもかとヒントを出して正解に導く優しさがあるんです」(川野アナ) フリーアナウンサーの徳光和夫氏(78)も、同番組の大ファンで、ほぼ毎日見ているという。「クイズ番組の司会者というのは解答者に優劣をつけてしまいがちですが、分け隔てなく接する岡田さんの進行には品位を感じるんです。解答の開け方も絶妙で、私も『クイズダービー』の司会を大橋巨泉さんから受け継いだ時に苦労したのでよくわかります。先に不正解の解答を開けて、最後に正解を出すオーソドックスなやり方だけでは視聴者も飽きてしまうものですが、岡田さんの開け方やテンポの良さは巨泉さんに近いです。 クイズの難易度も絶妙で、簡単ではないけど、よく考えれば解ける。閃いた時は長嶋茂雄の逆転3ランを見たような喜びに浸れる(笑い)。これまで2回出演させてもらいましたが、歌番組に40年以上関わったのに、ヒット曲の歌詞を埋める問題ができなくて悔しい思いをしました。次回は『正解者と同じ答え』と書きます(笑い)」 岡田が心掛けているのは、どんなことなのか。「解答者にテンションを上げてもらうために、元アスリートなら『選手』と呼びます。元巨人の川相昌弘選手に『クイズは苦手ですけど、スクイズは得意です』とコメントしてもらったように、普段見せない一面を引き出すのが自分の役割だと思っています」(岡田) かくして誰もが安心して観ることのできるクイズ番組として好評を博している。※週刊ポスト2019年5月17・24日号
2019.05.10 07:00
週刊ポスト
デヴィ夫人 ブレイクの理由は「セレブなのに一生懸命」
デヴィ夫人 ブレイクの理由は「セレブなのに一生懸命」
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、ここにきてまたブレイク中のデヴィ夫人について考察。 * * * デヴィ夫人のテレビ出演が激増している。3月のこの1週間だけみても、11日『路線バスで寄り道の旅』(テレビ朝日系・18日オンエア分の押し番組)14日『1周回って知らない話』(日本テレビ系)15日『所さん!大変ですよ』(NHK)16日『超問クイズ!真実か?ウソか?』(日本テレビ系)17日『胸いっぱいサミット!』(関西テレビ)同 『土曜 ブレイク THEオークションの怪人』(TBS系)18日『路線バスで寄り道の旅』 …と出まくりだ。 3月中旬から下旬にかけてのこの時期、テレビは期首特番シーズン。スペシャル番組が数多く編成されるうえ、レギュラー番組も年度末に向けて高視聴率を獲得しておきたい時期と重なる。 番組スタッフは、“数字をもっているタレント”“スペシャルなキャスティング”を考える。そうした企画会議において、「デヴィ夫人」の名前が頻繁に上がっていたということになる。 ちなみに、上記の番組の多くにはサブタイトルが付いており、たとえば『路線バス〜』は、「徳さんがデヴィ夫人を上野・浅草・新小岩で接待いたしますSP」。以前、デヴィ夫人を怒らせたことがあるというレギュラーの徳光和夫とおなじみの路線バスにデヴィ夫人と下町を掛け合わせた化学反応は、ハッピーな結果をもたらすこと間違いなしだろう。 また『1周回って〜』には「デヴィ夫人の超イケメン孫登場&結婚を誓った恋人と涙の別れ」とあった。こちらは、波乱の半生を知らないイマドキの視聴者に、生い立ちからインドネシア共和国のスカルノ元大統領の第三夫人になるまでをVTRや秘蔵写真と共に解説。タイトル通り、“1周回って知らない”デヴィ夫人がなぜ「夫人」と呼ばれているかが多くの視聴者に伝わった。さらに、ロンドンに住む一人娘カリナさんや孫のキラン君の元にカメラを出すという夫人に相応しい豪華企画だった。 関テレの『胸いっぱい〜』は、辛口パネラーの一人として、デヴィ夫人の歯に衣着せぬ発言が存分に聞けるディベート番組だし、TBSの特番『〜オークションの怪人』は“セレブ”としてのデヴィ夫人の目線が見られる。ひじょうにバランスがとれた番組選びと言えよう。 近年、バラエティー番組のスタッフ間で「デヴィ夫人がおもしろい」と話題にされるようになったきっかけは、08年〜14年にかけて18回放送されたフジテレビ系の特番『さんま&くりぃむの芸能界(秘)個人情報グランプリ』の存在が大きい。 それまで、デヴィ夫人のテレビ出演というと、『エクスプレス』(TBS系)の曜日コメンテーターを始めとした“ズバリの物言い”がメインだったのが、『〜個人情報グランプリ』では、ヒナ壇の一人としてバラエティータレントや芸人たちと絡んだり、身体を張ったりする企画がメインだった。 なかでも「ちょっと意外な特技部門」で、デヴィ夫人はポールダンスを始め、文字通り“意外な特技”を披露し、共演者をアッと言わせた。 当時のスタッフから聞いた話では「夫人はチャレンジャーで、こちらの意図以上のことを毎回やってくださる」とのこと。終盤では体力測定のような企画もあったのだが、明らかに負けず嫌いなデヴィ夫人がトップを目指して何度も挑戦したり、番組を盛り上げるために小道具だか衣装だかを「家まで取りに帰られたこともあった」と聞いた。 チャレンジ精神旺盛で、常にトップを目指して一生懸命なデヴィ夫人が、別のタレントを優勝者に選んだ小島瑠璃子に対し激怒したこともあった。「新しいことに挑戦するのは怖くないわ。怖いのは挑戦する気持ちを失うことよ」とはデヴィ夫人本人の言葉。その信念が、現在すべての出演に活かされているように思う。 そしてデヴィ夫人をさらなる“視聴率タレント”に押し上げたのは『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)だ。 好感度が劇的にアップし、バラエティー番組でのスタンスやニーズも激変した出川哲朗と共に過酷な海外ロケに出ては、何か必ず「新しいことに挑戦」してくるデヴィ夫人。 宿泊施設や移動時間、早朝もあれば深夜もあるロケスケジュール含め、ある意味失礼すぎる内容に「ありえないわ」などと言いつつ、実はデヴィ夫人が番組に対してもっとも怒っているのは「私が素晴らしいと思うところは全部カットされる」というもの。件の『1周回って〜』でもスタッフが昨今のデヴィ夫人のバラエティー番組での映像を孫のキラン君に見せた際、「なんで、これ?」「もっと(活躍した、面白い映像が)あったでしょう?」と御立腹だった。。 なんでもやってくれるのに、見る者に、いわゆるイタさや安売り感を抱かせない。ロケ先で髪やメイクが乱れても、そこに「NG」とは言わないデヴィ夫人。共演者が気を付けなければならないのは唯一、「デヴィ夫人」「夫人」という呼び方を徹底することぐらいだろうか。 ロケ先や本番中にスタッフが用意する食べ物についても、うるさいことを一切言わないデヴィ夫人。『エクスプレス』のコメンテーター時代、早朝番組ということでメイク室に用意されていた社食のスタッフさん作のサンドイッチを「もっとも召し上がっていたのはデヴィ夫人だった」と聞いたことがある。食べられるときに食べておく…という多忙な人ならではの考え方なのか、それとも「残してはもったいない」という“世代”ならではのことなのか。番組デスクやメイクさんら女性スタッフの多くがフツーのサンドイッチを「よく食べる」デヴィ夫人に感動しきりだった。 反面、毎晩宴席などでシャンパンを1本空けるというデヴィ夫人の健康面を心配する医師の声もあるが、やや深刻なのは血管の硬化のみで、骨密度も筋肉量も20〜30才は若く、80才を目前にして「歯が28本、全部あるのはすごいこと」と『1周回って〜』で検診した歯科医師が仰天していた。 実は筆者も出演する21日(水)オンエア予定の『ビビット』(TBS系)「芸能座談会2018春」にも参加しているデヴィ夫人。驚いたのは全ての芸能情報の詳細を事細かに知っていることだった。曰く「新聞記事はすべて読んでいるので」と。 思えば「いつも一生懸命」「番組のことを考えてくれている」「偉ぶらない」などといった、お呼びがかかりやすいタレントの長所とデヴィ夫人のそれとは酷似している。が、頭にはすべて「セレブなのに」が付く。若者を中心に好感度も急上昇。4月初旬に向けてデヴィ夫人をテレビで見る機会はさらに増えるに違いない。
2018.03.18 07:00
NEWSポストセブン

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