徳川吉宗一覧

【徳川吉宗】に関するニュースを集めたページです。

山本耕史はストーカー?
山本耕史、演技で存在感 「カッコよさ」をコントロール?
 ドラマや舞台で最近、存在感を発揮しているのが山本耕史だ。「カッコよさをコントロールする」という変幻自在の演技についてコラムニストのペリー荻野さんが解説する。 * * * 山本耕史は自らの「カッコよさをコントロールする男」だということがよくわかった。今シーズン、山本はふたつのドラマに印象的なゲストとして出演している。 一作目は『イノセンス 冤罪弁護士』(日本テレビ系)第三話で主人公の弁護士(坂口健太郎)が医療ミスについて病院の隠ぺい工作を疑った事件。外科副部長・磐梯(山本)は、堂々と「隠ぺい工作はすべて私が行ったことです」と告白。すげー、悪いやつ!!と思ったが、結果的には磐梯が病院の改革をするため、あえてしたことだったと発覚する。 また、『スキャンダル専門弁護士QUEEN』(フジテレビ系)では、主人公の弁護士・氷見(竹内結子)の過去の不正が仲間の弁護士・与田(水川あさみ)や旧知の国会議員・吾妻(山本)らに暴かれ、絶体絶命…かと思ったら、こうきたか!?という流れであった。 ポイントは、山本が演じたのが、どちらも汚れ役に見えながら、実は志のある男ということ。これは、山本が2004年の大河ドラマ『新選組!』(NHK)で演じた土方歳三と共通している。土方は、『新選組!』の中で、仲間である山南敬助(堺雅人)の切腹を決めるなど、隊の秩序維持のため、あえて悪役に徹したと言われる男。キラキラの二枚目とは一味違うこの役で、多くのファンを獲得したことは間違いない。その後も、愛妻を守るため、片腕を斬り落とされた剣豪を演じた『薄桜記』(NHK BSプレミアム)など、昭和の名優たちが演じてきた名作で二枚目ぶりをアピールしてきた。 しかし、そうした「カッコいい役」を連発しながら、私生活では「交際0日結婚」など、カッコいいんだかなんだかよくわからないエピソードも出て話題に。『植木等とのぼせもん』(NHK)では、お調子者の無責任男(植木)となって、歌って踊ってコントもこなす。以前、このコラムで取り上げた『紀州藩主・徳川吉宗』(BS朝日)では、結構なわがまま殿様であった。 そして、現在、上演中の舞台『愛のレキシアター ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』を見て、たまげた。山本耕史、全然カッコよくない!! これは全編レキシの楽曲を使った、音楽劇のような作品(みんな、こんなにもレキシの曲を歌いたいんだとよくわかる)で、ここで山本が演じるのは、35歳にして25年間一歩も家から出ていない引きこもりのニートくん。 伸び放題のロン毛に眼鏡、変なジャージ上下、母親に「カレー作れ」など命令口調の感じ悪いやつなのである。途中、ネアンデルタール人?なども含め、何度も姿を変え、途中、一度だけ、会場がどよめく「カッコいい姿」になりかけたが、そう簡単にはいかない。完全にカッコよさをコントロールしてるな…。 カッコよさコントロールの先輩といえば、シリアスな役を続けながらも、「カッパとタヌキ」ととぼけた調子で共演を続ける中井貴一がいる。こういうことができるのは、役の引き出しがいっぱいあって、セルフプロデュースできる余裕があるからだろう。0歳から、ドラマ、映画、舞台でキャリアを積んできた山本耕史のコントロールの技を観察しつつ、楽しませてもらおう。次は、どう出る?
2019.03.20 16:00
NEWSポストセブン
山本耕史が演じる“暴れん坊将軍”が「驚きの連続」の理由
山本耕史が演じる“暴れん坊将軍”が「驚きの連続」の理由
 時代劇『暴れん坊将軍』の主人公・徳川吉宗役で、おなじみの役者といえば松平健だ。その吉宗を、山本耕史が演じることになった。山本の吉宗をいち早くチェックしてきたコラムニストのペリー荻野さんが驚いた理由とは? ペリーさんが綴る。 * * * まさか平成も終わろうというこの時期に、新たな“新さん”に出会えるとは。8日にBS朝日で放送される『4K大型時代劇スペシャル 紀州藩主・徳川吉宗』である。 徳川吉宗といえば、ご存知『暴れん坊将軍』。松平健演じる八代将軍・徳川吉宗が、江戸城を抜け出して、『旗本の三男坊・徳田新之助』通称、新さんとして事件を探索し、悪人たちをやっつける。1978年に放送開始以来、40年たっても再放送が続いているので、私のように毎日どこかで新さんの顔を見ているファンも多い。人気シリーズである。 今回は、その吉宗が将軍になる前、徳川御三家の紀州藩主だった若いころを描く。いわば「暴れん坊将軍エピソードゼロ」である。早速、私も試写させてもらったが、これはもう驚きの連続であった。 まず、第一にこれは3時間の大作であること。BS時代劇、久々の長編である。第二に主演が山本耕史であること。多くの時代劇に出ている山本が主役なのは驚かないが、なんと演じる吉宗は、若干21歳の設定なのだ!! 若っ。山本は42歳。これは大河ドラマ『江~姫たちの戦国』で、上野樹里が6歳の江を演じて以来の衝撃である。 物語は、藩主として紀州藩江戸屋敷に暮らす吉宗(山本)が、浪人姿で屋敷を抜け出し、紀州藩の武士を狙う謎の刺客を追う過程が軸になる。とはいえ、世間知らずの新さんは、居酒屋で「あたたかい飯」を食べて感激(殿様は毒見役がチェックしたあとの冷たいものしか食べられない)したり、寺子屋の美人(渡辺麻友)にぽーっとなったり、初々しいわー。だが、新さんにも魔の手が伸び、やがて、吉宗は亡き父の隠し子と対決することに!? 山本耕史の新さんは、悪人に「オレがこの手で成敗してくれるわ!」と言い放つ。これは松平健の暴れん坊吉宗の決めセリフ、「余の顔を見忘れたか、成敗!!」に通じている。なるほど、21歳のときから「成敗魂」はあったのである。バシバシスピーディーな剣さばきも、女子にウブなところ、スカッと解決させるところも「暴れん坊」シリーズとの共通点。特に今回は、事件のヒントの裏にさらなる裏があるという展開が面白い。脚本は『相棒』などで知られる長谷部幕臣王である。 ひとつ違う点があるとすれば、それは「脱ぐ」ことだ。松平健吉宗も、弓を射るときなど片肌脱ぐことはしばしばあったが、山本吉宗は、上半身バッチリ脱いでにっこりと4K対応している。 思えば山本耕史は、2012年、時代劇『薄桜記』に主演。これはかつて昭和の映画スター市川雷蔵が主演した作品だ。昨年には田村正和が主演して注目された『鳴門秘帖』にも主演している。そして今回『暴れん坊将軍』の徳川吉宗。時代劇の名キャラクターを継承しているようにもみえる。それはかつて北大路欣也が『銭形平次』、『子連れ狼』、『大岡越前』など、名作を引き継いできた流れとよく似ている。 同じ人物を演じた先輩俳優をリスペクトしつつ、新しい魅力を打ち出すのは簡単じゃない。それに挑む男気も時代劇の伝統だ。私は勝手に続編アリとにらんでいる。頑張れ、ニュー新さん!
2019.02.06 07:00
NEWSポストセブン
母子手帳ならぬ、「父子手帳」がある!どこでもらえるの?
母子手帳ならぬ、「父子手帳」がある!どこでもらえるの?
妊娠した女性なら誰もが手にできる母子手帳ですが、最近は、全国の各自治体から父親向けの父子手帳なるものが登場しています。共働き家庭が増え、父親の育児参加が当たり前になっている今だからこそ、ますます注目度の高まっている父子手帳について、いったいどのようなものなのか、どこでもらえるかなどの基本的な情報について解説します。さらに父子手帳の役割や、各自治体が発行する興味深い父子手帳をピックアップしてご紹介しましょう。父子手帳とは父子手帳は母子手帳と同じように、パートナーが妊娠中のパパや、子育て中のパパに向けて各自治体から発行されているものです。また、自治体によって「イクメンハンドブック」「パパの教科書」という名前となっており、特に統一はされていません。「手帳」「ブック」などという名前ではあるものの、多くの場合は情報誌のような冊子で、コラムや漫画で解説しているものもあり、さまざまな知識やアドバイスが読みやすくなっています。「父親になることを実感できる」と好評を得ていることから、発行する自治体の数がどんどん増え続けている父子手帳について詳しくご紹介していきましょう。父子手帳には、どんなことが書かれている?父子手帳には、パパになる男性に向けて、父親としての心得や赤ちゃんのお世話の仕方、子育てについてなど、さまざまなアドバイスが書かれています。赤ちゃんを入浴させるための方法やおむつ替えの仕方はもちろん、どうしておなかにタオルをかけて入浴させるのか、赤ちゃんのおしっこやうんちの頻度は1日のうちでどのくらいであるかなど、子育てについての理解を深めることができます。妊娠して変化する女性の心や身体、おなかの中の赤ちゃんの様子など、大切なパートナーをサポートするために知っておきたい内容も掲載されています。その他、出産後のお金の手続きや地域の病院、役所などの連絡先、自治体の行っている行政サービスを紹介するページなど、子育て世帯にとって役に立つ情報が満載です。どこでもらえるの?父子手帳は、各自治体から独自で発行されていますが、母子手帳とは違い、すべての自治体で発行されているわけではありません。まずは、自分の住んでいる地域で父子手帳の発行があるかについて問い合わせをして、確認してみましょう。発行されているのであれば、地域の保健所や保険センター、役所や役場の健康福祉課(局)などで受け取ることができます。奈良県奈良市や兵庫県姫路市など一部の自治体では、ホームページから誰でも自由にダウンロードすることができるので、在住の人はもちろん、そこに住んでいない人でも手に入れることができます。父子手帳は購入することも可能で、書店やインターネットのショッピングサイトなどで手に入れることができます。読み物として、主に父親としての知識を得るための内容が書かれており、中には書き込みができるものもあるなど、人気があります。父子手帳の役割とは父子手帳は、父親になる男性の意識を高め、産後、スムーズに育児をすることができるように知識をつけておくことができるという役割があり、これこそが父子手帳ならではの大きなメリットです。もう一つ、国や自治体が、男性の育児への積極参加を呼び掛けるという役割もあります。20代や30代の若い世代では、家事や育児は男女分け隔てなくやるものだと考えている人が多いものの、中には男性が率先して家事や育児をする姿勢を批判する人もいます。父子手帳の発行は、日本に古くから根付く意識を変えるためのものでもあるのです。各自治体の個性ある父子手帳をご紹介自治体によって発行されている父子手帳は、地域によって特色に違いがあります。ご当地ネタや地域のゆるキャラなどを採用したオリジナリティーの高い父子手帳もあり、父親になるための知識を深められるだけではなく、読んでいるだけで楽しくなるようなものも多数発行されています。ここでは、その中から特に興味深いものをピックアップしてご紹介していきます。これを読めば「イクメン」になれる埼玉県の『イクメンの素(もと)』栄養ドリンクや調味料などを思わせるようなユニークなネーミングが話題になっているのが、埼玉県の父子手帳『イクメンの素(もと)』です。子どもとのかかわり方や産後ママへの接し方など、0歳から3歳児の育児に役立つ情報がイラストやユニークな言い回しで掲載されており「なるほど」とうなずける内容が満載。県のホームページからダウンロードすることができるので、スマートフォンやタブレットに入れておくことで、通勤途中や外出先でも閲覧できます。冊子に登場する父親は、りりしく頼もしいキャラクターで描かれており、読み終えると自分も同じスーパーマンになったかのような上向きな気持ちになることができます。和歌山市ではパパ診断チャートで適性を判断できる和歌山県和歌山市では、雑誌のように読み物として楽しむことができる父子手帳を配布しています。パパタイプを診断することができるチャートでは『断然!アウトドア派』『石橋はたたいて渡りたい』など、自分に当てはまるものを選んで進むことで、どのような父親になるかを判断することが可能。父親のタイプは、徳川吉宗や紀伊国屋文左衛門など、和歌山県にちなんだ偉人や有名人を題材にしており、ご当地ならではの興味深い内容になっています。冊子の配布と共に、子どもの成長を写真や文字で記録していく「記入ノート」をもらうことができます。表紙に「パパ専用」と書かれたノートには、子育ての思い出を書き残したいですね。ご当地ならでは! うどんで作る離乳食レシピがユニークな高松市「うどん県」としてその名を全国にはせる香川県ですが、高松市で発行されている父子手帳には、ご当地食材のうどんを使った離乳食レシピが掲載されています。大根やにんじん、豆腐などを使って作る「しっぽくうどん」は、用意する材料や作り方はもちろん、大人と赤ちゃんの両方の料理を完成させるための手順もあり、参考になる内容です。その他、独自のアンケートで得た「ママのホンネ」をたっぷり掲載しているので、父親になり切れていないパパの意識改革にも役立ちます。おわりに全国の市町村で発行されている父子手帳は、父親になるための準備品として、ぜひ取り入れたいものです。男性の育児参加が当たり前になってきている昨今では、父親向けの情報支援として、行政が積極的に取り組んでいるところもあり、今後もますますサービスが広がっていくことでしょう。大切なわが子の誕生は、母親だけが準備をするのではなく、父親こそ家族のサポーターとして頑張ることが、家庭円満のための秘訣(ひけつ)。これを読んだパパたちは、父子手帳を活用して、ぜひ積極的に育児参加をしてくださいね。
2018.10.28 12:00
たまGoo!
徳川吉宗の「隠し子騒動」 心当たりが多すぎて大騒ぎに
徳川吉宗の「隠し子騒動」 心当たりが多すぎて大騒ぎに
 大河ドラマや映画、小説の題材となる武将や将軍、維新志士たちがみな「聖人君子」だったかというと、さにあらず。人間臭く、あるいはだらしない面もあった。著書『ざんねんな日本史』(小学館新書)が話題の歴史作家・島崎晋氏が、偉人たちの“本当の姿”を明かす。◆吉宗は下半身も暴れん坊 テレビドラマ『暴れん坊将軍』では、女性から言い寄られてもなびかないクールな男として描かれていた徳川吉宗だが、実際はそうではなかった。 紀州徳川家から八代将軍として江戸城に入るまで、吉宗は多くの女性と関係をもち、妊娠した女性には吉宗の御落胤(ごらくいん)と分かる証拠の品を渡していたという。 1729年、吉宗の隠し子であるかのような名前を名乗る男が現われた。この人物について、吉宗が「心当たりがある」と述べたため、大騒ぎになる。しかし、江戸町奉行の大岡越前守の調べで証拠が偽物と判明し、男は処刑された。 吉宗は心当たりが多すぎて、真偽の判断ができなかったようだ。◆野口英世は芸者遊びが大好きだった 黄熱病の研究で世界的に偉大な業績を残し、千円札の肖像にも描かれた野口英世も芸者遊びが大好きな天性の遊び人だった。 米国留学の送別会では料亭で散財、渡航費用を一晩で使い果たしてしまったという。 野口の世話をしてきた高山歯科医学院の血脇守之助が金策に走り、何とか渡航費用を工面したが、血脇の援助がなければ、後の野口の偉業はなかっただろう。※週刊ポスト2018年4月20日号
2018.04.13 16:00
週刊ポスト
【書評】徳川吉宗は年収1294億円、労働が収入に直結した時代
【書評】徳川吉宗は年収1294億円、労働が収入に直結した時代
【書評】『江戸の長者番付』/菅野俊輔・著/青春新書/890円+税【評者】森永卓郎(経済アナリスト) 高額納税者番付の公表が取り止められて以降、現代の日本では、正確な長者番付を知ることはできない。その番付を江戸時代について調べたのが、本書だ。もちろん、江戸にも長者番付の統計は存在しないが、本書は、さまざまな資料を駆使して、殿様から大名、旗本、職人、農民に至るまで、あらゆる職業の具体的な年収を明らかにしている。もう、それだけで、本書には大きな価値があると思う。 ネタバレになってしまうので、具体的な金額を記すのは極力避けるが、本書に書かれている年収は、驚くべきものばかりだ。例えば、将軍吉宗の年収は1294億円にのぼる。超格差社会の現代でも、それだけの年収を誇る日本人はいない。ちなみに現代の総理大臣の年収は4000万円だから、3ケタ以上の違いがある。その他、豪商や高僧も超高額所得者だ。 私は、江戸時代は平等社会だとずっと思ってきた。明治維新で欧米流の資本主義が入ってきて、そこから格差社会が始まったと考えていたのだ。しかし、権力者が、とてつもない所得を得ているというのが、江戸の実態だったのだ。 ただ、そうした超高額所得者はごく一部に限定されている。旗本や御家人は、使用人の給料を払わないといけないので、実質的に大した暮らしはできない。一方で、職人の年収は、現代と同程度もある。一番驚いたのは、農民だ。現代よりはるかに多くの年収を稼いでいる。時代劇の「百姓一揆」のイメージを引きずってきた身としては、歴史観の崩壊だった。 本書を読んで強く感じたのは、確かに江戸時代は、一部に高額所得者が存在するものの、大部分の庶民は、質素だが、十分幸福な暮らしをしていたということだ。労働がストレートに評価されて収入に結びついており、いまのようにカネを右から左に動かすだけで、巨万の富を得る富裕層がいない分、健全な社会だったのだろう。 ただ、それは私の感想で、江戸の社会をどう捉えるのかは、実際に本書を読んで、そこに示されたデータから、読者自身が判断して欲しい。※週刊ポスト2017年5月5・12日号
2017.05.06 16:00
週刊ポスト
松平健 暴れん坊将軍はなぜ斬らずに「峰打ち」なのか
松平健 暴れん坊将軍はなぜ斬らずに「峰打ち」なのか
 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、役者・松平健の代名詞ともなった時代劇シリーズ『暴れん坊将軍』の八代将軍・徳川吉宗に決まったころと、吉宗となったばかりのころの思い出について松平が語った言葉からお届けする。 * * * 松平健は1978年から代表作ともいえるテレビ時代劇『暴れん坊将軍』(テレビ朝日)に主演している。本作では、主人公の八代将軍・徳川吉宗を演じた。「『天守物語』という舞台で坂東玉三郎さんの相手役のオーディションがありまして。最後の三人まで残ったんですが、落ちたんですよ。その時の新聞をテレビ朝日のプロデューサーが見ていて、面接を受けることになったんです。 撮影は東映京都で、大変怖いイメージがありました。ただ、当時僕の所属していた勝プロには川谷拓三さんがいたんですよ。それで勝先生が『おい、拓。頼むぞ』ということで川谷さんが根回しをしてくれたんです。 それでもヤクザ映画を撮っていた頃ですし、鶴田浩二さんに若山富三郎さんもいましたから、怖い雰囲気はありました。主役といっても自分は下で。 一番の大悪役で出てくださる方たちも映画でも大役をされてきてテレビに出てくださっているわけなので、それこそ出番待ちの時は椅子を持っていって『どうぞ』って。最初の頃は自分は座っていられなかったです。レギュラーの共演者も北島三郎さんに有島一郎さんですから。 勝先生も、『暴れん坊』が始まって最初の頃は現場に来てくださいました。将軍のメイクをする時に指で直してくださることもありました。それから『テレビは普段の生活が映るからな。お前は将軍なんだから、赤ちょうちんの居酒屋じゃなくていい店で遊べよ』とも言われました。それで随分お金を使いました」 吉宗は旗本姿に身をやつし、市井に出て事件を解決する。そして敵を倒す際は、叩き斬るのではなく峰打ちにしている。「二役みたいなものですよね。将軍の時は所作を大事にしました。その前から歌舞伎を見て、偉い人の座り方や立ち振る舞いを参考にしています。旗本の時は現代劇でいいと思っていました。町人と付き合う時は対等な方がいいと思い、所作はあまり気にしませんでした。普段通りを心がけましたね。 峰打ちは、『将軍は人を斬らない』という発想でした。ただ、『打つ』だけでは画にならないので、決めるところだけは打つ動きをしましたが、他は普通の『斬る』立ち回りと同じ動きをしています。刀の反りが逆ですので、斬って抜ける動作が大変でした。 東映は美しさで見せる、踊りのような立ち回りです。ですので、刀を抜いて峰に返す動きを大きくして、ちょっとくさいポーズをとったりしています。あれが見せ場ですから」 シリーズは、25年もの長きに及ぶ人気作となった。「シリーズが始まった頃は、時代劇の主役は名のある人ばかりで、僕みたいな新人はいませんでした。それで、周囲の声が聞こえてくるんですよ。『こんなのは三か月ももたないやろ』みたいな噂が──。それが、かえってエネルギーになりました。 長く続ける上で心がけていたのは、爽やかさです。やはり、吉宗は青年将軍ですから。その爽やかさを失わないように、いつも新鮮な気持ちで現場に臨むようにしていましたね」●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。◆撮影/藤岡雅樹※週刊ポスト2016年12月2日号
2016.12.02 16:00
週刊ポスト
『モデルが訪ねる 髪にご利益スポット』第5回 関神社(東京都)
『モデルが訪ねる 髪にご利益スポット』第5回 関神社(東京都)
「髪にご利益がある!」と噂のスポットをモデルが訪ねるこのコーナー。前回に引き続き東京都内を訪れました。今回は東京都北区王子の「関神社」です。関神社は百人一首で知られる歌人・蝉丸(せみまる)公が祭神。この蝉丸公、「髪の祖神」と呼ばれ、かつらを考案した人物としても知られているんです。いったいどのような所で、どんなご利益があるのか? 歴史を紐解きながらレポートします。ナビゲーターはモデルの優姫(ゆうひ)ちゃん(17)です。では、優姫ちゃん、お願いします!* * *皆さん、こんにちは。優姫です。「薄毛に悩む皆さんに、少しでも力になりたい」と思いながら、訪ねてきました。私と一緒に旅した気分で読んでくださると嬉しいです(^-^)◆「関神社」は「王子神社」の中にありやってきました東京都北区王子。私の出身地、大阪にも「北区」や「王子」という地名があるので少し親近感が湧きますね。関神社は「王子神社」の摂末社(せつまつしゃ)で、王子神社の境内にあります。私は京浜東北線の王子駅から歩いて向かいました。神社の周りには、順天高等学校や、親水公園があります。すぐ近くには、1873年(明治6年)に上野公園などと共に日本最初の公園に指定された「飛鳥山公園」も!到着しました。関神社の前に、その本社となる王子神社を参拝し、紹介したいと思います。中世に江戸の熊野信仰の拠点となった神社で、地元の皆さんは「王子権現」と呼び、親しまれているそうですよ。王子神社は非常に高い格式を持ち、明治元年、東京十社に選ばれています。なので、鳥居もこ~んなに大きいんです! 御神徳は開運厄除けのほか、乳母・春日局が、江戸幕府3代将軍、徳川家光公の幼少期に健康と大成を祈願して叶った故事により、「子育大願」の神社としても有名です。身体のことにもご利益があるそうなので、髪の毛に関する祈願もいいですね。 ◆「王子」の地名の由来となった王子神社実はこの王子神社。「王子」という地名の由来になっているんです。1322年(元享2年)、この地を支配していた豊島氏が、紀洲の熊野三社から王子大神を勧請し、「若一王子宮」として祀られるようになりました。以来、村名が岸村から王子村に改められたそうです。王子神社は、豊島氏に続いて領主となった小田原の北条氏からも寄進をうけ、江戸時代には、徳川家康が社領として200石を寄進しました。これは、王子村の村高の3分の2にあたるそうで、とても繁栄したんですね。特に、江戸幕府8代将軍、徳川吉宗公は紀州の出身だったため、紀州にゆかりのあるこの王子をたびたび訪れ、飛鳥山に桜を植樹して寄進しました。そして、花見の名所となった飛鳥山や王子神社周辺は、江戸近郊の名所として多くの人が訪れるようになったんだそうです。次は桜の季節に来てみたいです♪それと、王子神社には、おみくじの神歌が掲げられていました。普段、おみくじって自分が引いたのしか見る機会がないですよね。ここでは1番から50番まで、吉凶と美しい歌が全て読むことができます。「大吉ってけっこう入ってるんだなぁ」って思いました。◆祭神は「髪の祖神」蝉丸公さて、いよいよ関神社に参拝です。最初にお話した通り、王子神社の摂末社(せつまつしゃ)として、王子神社の境内にあります。関神社には、百人一首の「これやこの 行くも帰るも分かれつつ 知るも知らぬも逢坂の関」という和歌などで知られる平安時代前期の歌人・蝉丸(せみまる)公、逆髪姫、古屋美女が祀られています。延喜帝の第四皇子である蝉丸公は、髪の毛が逆さに生え「逆髪姫」と呼ばれた姉のために侍女の古屋美女に命じて「かもじ・かつら」を考案しました。そのため、「髪の祖神」と呼ばれ、美容・理容業界や、舞台などの床山さんたちから厚い信仰を受けています。最近では、薄毛に悩む方の参拝が増えているそうです。1945年(昭和20年)に戦災により社殿が焼失してしまいましたが、かもじ、かつら、床山、舞踊、演劇などの関係業界の尽力により、1959年(昭和34年)に再建されています。◆髪だけではなく、芸能にもご利益関神社の境内には、至る所に床山さんやかつらのお店などの名前が書いてあります。大阪の床山さんも多く、親近感が湧きました。「毛塚」もあります。これは「東京人毛商工組合」「東京床山協会」「東京かつら協会」「関西かつら協会」の方々が、毛髪報恩と供養のために1961年(昭和36年)に建立したものです。また、祭神の蝉丸公は、和歌や琵琶の名人でもあり、芸能の神様としても崇められています。そうしたこともあり、時代劇などで「かつら」を使う映画会社からも厚い信仰を受けてきました。毛塚には、有名な会社がたくさん名を連ねてますね。ということで、今回は皆さんの髪のご利益と同時に、私の芸能のご利益も祈願させていただきました! あっ、あくまで皆さんの髪がメインですよ。(…時代劇に出れますように♪)* * *◆探訪後記王子神社とその周辺は、東京都内にあるとは思えないくらい木々が生い茂っていて癒されました。神社の階段の途中には、高さが24mあるとても立派なイチョウがあり、昭和14年、東京都に天然記念物の指定をされたものなんだそうです。まっすぐ立派に生える大木も、髪にご利益がありそうですよね。私が訪れた時には、境内に『正直の頭に神宿る』という言葉が掲げられていました。言い換えれば『正直の頭に髪宿る』。難しく考えず、素直に正直に過ごすことが頭髪のご利益になる。そんな気がした今回のスポットでした。次回もお楽しみに♪では(^^)/【関神社(せきじんじゃ)】住所:東京都北区王子本町1-1-12「王子神社」内アクセス:JR京浜東北線、東京メトロ南北線「王子」駅より徒歩3分 ほか(車)首都高速「王子北」出入口から約5分。駐車場20台あり【モデル/優姫(ゆうひ)】大阪府出身。1998年生まれの17歳。全国でモデルとして活躍中。趣味は一人旅。
2016.11.10 12:00
ポストセブンラボ 育毛研究室
歌舞伎の題材にもなる“紅葉狩り”。江戸っ子が好んだ理由は?
歌舞伎の題材にもなる“紅葉狩り”。江戸っ子が好んだ理由は?
秋の行楽といえば、紅葉狩り。これは、今も江戸時代も同じこと。江戸時代にも紅葉の名所があちこちにあり、浮世絵にも数多く描かれている。燃えるように赤く紅葉する風景に神秘的なものを感じるのだろうか、能・歌舞伎の題材にもなっている紅葉狩りには鬼が登場する。連載【江戸の知恵に学ぶ街と暮らし】落語・歌舞伎好きの住宅ジャーナリストが、江戸時代の知恵を参考に、現代の街や暮らしについて考えようという連載です。江戸っ子が紅葉狩りの名所を選んだ理由とは?江戸時代の紅葉狩りの名所といえば、能・歌舞伎の「紅葉狩」の舞台にもなった信州の戸隠山(とがくしやま)が有名だった。ほかにも、上方では京都の高雄、奈良の竜田川などが知られ、江戸では品川の海晏寺(かいあんじ)と浅草の正燈寺(しょうとうじ)が双璧だったという。春の桜の花見のように一般庶民が大騒ぎをする行楽とは違い、紅葉狩りのほうは趣味人が茶道具や角樽などを持ち込んで、紅葉を楽しみながら詩歌を詠んだりして静かに過ごしたようだ。桜の花見を庶民に定着させたのは、八代将軍徳川吉宗の政策もあったということは、筆者の同じシリーズ記事「花見が行楽として定着したのは、江戸時代のヨシムネミクスから」に書いたが、王子の飛鳥山には桜だけでなく楓も植えさせて、秋の紅葉も楽しめる行楽地としている。江戸ではほかにも、上野の寛永寺や目黒の明王院、大塚の護国寺、向島の秋葉権現など紅葉の名所はいろいろとあったのに、なぜ品川の海晏寺と浅草の正燈寺が双璧といわれたのだろう?それは、どちらも遊郭(吉原と品川宿の遊郭)がすぐ近くにあるので、紅葉狩りを口実にして、紅葉と遊女の両方の美しさを楽しめるという理由からだ。歌舞伎の「紅葉狩」では、美しい姫が鬼女へと変身する秋になると歌舞伎では「紅葉狩」の舞踊がよく演じられる。平維茂(たいらのこれもち)による信州の戸隠山の鬼女退治を描いた、能の「紅葉狩」を題材として歌舞伎化されたものだ。2015年9月の歌舞伎座では、市川染五郎さんが「更科姫実は戸隠山の鬼女」を演じた。【画像1】歌舞伎「紅葉狩」は明治20年(1887年)に、9代目市川團十郎の「更科姫実は戸隠山の鬼女」、初代市川左團次の「維茂」で初演された 出典:「紅葉狩」梅堂国政(画像提供/国立国会図書館ウェブサイト)紅葉狩りに戸隠山を訪れた維茂が、更科姫(さらしなひめ)の酒宴に誘われて勧められるままに酒を飲む。更科姫は舞いながら、維茂が酔いつぶれたのを確かめて、侍女たちとともに姿を消す。そこに山神が現れて、維茂に「姫は実は鬼女だ」と警告するが、維茂はなかなか目覚めない。ついに鬼女となった姫たちが現れて維茂に襲い掛かるが、目覚めた維茂が立ち向かう……というのがあらすじだ。同じ役者が、前半の典型的なしとやかなお姫様と、後半の維茂に襲い掛かる鬼を踊り分ける点が見どころだ。ほかにも、扇を2本使って空中で入れ替えるなどの通称「二枚扇」とよばれる更科姫の踊りも見どころで、初演の9代目團十郎本人による苦心の振付だという。「紅葉狩」は、戸隠山の鬼女の「紅葉伝説」がもとになっている。2015年9月公演の筋書によると、子宝に恵まれなかった夫婦が、魔王に祈って女の子を授かる。成長して京に上り、「紅葉」と名乗って源経基の寵愛を受けるようになるが、御台所(正妻)を呪い殺そうとしたのが発覚し、戸隠山に追放される。京での栄華が忘れられない紅葉は、京に上る軍資金を集めようと、鬼女となって悪事を働くようになる。平維茂が鬼女討伐の命を受け、降魔の剣を授かって鬼女を退治するというものだ。江戸時代の人たちは、四季の移ろいをとても大切にした。秋は、紅葉狩りだけでなく、ぶどう狩りやキノコ狩りなど、いろいろと楽しめる季節。江戸っ子に負けないように、自然に触れてリフレッシュするのもよいだろう。●参考資料・「ヴィジュアル百科 江戸事情 第一巻生活編」NHKデータ情報部編/雄山閣出版・「浮世絵で読む、江戸の四季のならわし」赤坂治績著/NHK出版新書・「江戸っ子の二十四時間」山本博文著/青春出版社・「歌舞伎ハンドブック改訂版」藤田洋編/三省堂・独立行政法人日本芸術文化振興会「歌舞伎への誘い」・「秀山祭九月大歌舞伎」筋書/歌舞伎座
2015.10.09 07:00
SUUMOジャーナル
韓国で大成功の歴史時代劇 背景に歴史塗り替え願望史観あり
韓国で大成功の歴史時代劇 背景に歴史塗り替え願望史観あり
 日本では時代劇の衰退が言われて久しいが、韓国では大成功を収めている。ところが、その韓国ドラマの時代劇は歴史的にデタラメだと批判も多い。『時代考証学ことはじめ』などの著書がある編集プロダクション三猿舎代表・安田清人氏が解説する。 * * * 韓国で大成功を収めた歴史時代劇だが、ちまたでは、歴史的にはまったくデタラメな内容ばかりだとの批判が高まっている。昨年11月、『朝日新聞』に連載された「歴史とドラマの間(はざま)──時代考証の世界」という記事の第1回冒頭でも「韓流ドラマ」について言及。韓国の淑明(スンミョン)女子大の蔡今錫(チエグムソツク)教授(服飾学)や東京芸術大学の植村幸生教授(民俗音楽学)のコメントを紹介している。 俎上にのせたのはNHK-BSや総合テレビなどで放送された『宮廷女官 チャングムの誓い』と、これもまたNHK-BSプレミアムで当時放送中だった『馬医(ばい)』というドラマで、劇中に登場する衣裳と音楽様式が、いずれも「事実と違う」「時代が合わない」ものだったと結論づけている。 韓国批判論者としても知られる作家の豊田有恒(ありつね)氏は、韓国ブームの遥か昔からの韓国通で、自ら日韓の古代史を研究し、両国民の友好を願って文筆活動をしてきた。そんな豊田氏だからこそ、近年の韓国の日本批判や、韓国政府の対応に強い不満と異論を唱え、ついに批判の矛先は韓流ドラマにまで及んだ。 豊田氏は、とくに自らの関心に近い、古代を舞台とする韓国ドラマを取り上げて、それらのほとんどが、わずかな文献で出てくる断片的な記述(史実)をもとに、まったくのフィクションで膨大な肉付けをして、伝奇ファンタジー的な物語を構築してしまうパターンだと指摘。  もちろん豊田氏自身、小説家であるので、フィクションだからイケナイなどとは言わない。むしろCGを使って、神話や伝説をこういう映像表現にした方が面白かったのでは? と意見したりもする。 問題は、そのフィクション化の背景に、「自分たちの国や民族はこうあって欲しかった」という「歴史塗り替え願望史観」があることだという。つまり、自国に不利な歴史、不名誉な出来事は見ないようにして、場合によっては歴史を捻じ曲げて理解してしまう傾向があるということだ。 もちろん、自国の歴史をよく見せたいという欲求は、あらゆる民族・国家にあるだろう。しかし、韓国の場合は極端で、映画やテレビドラマだから許されるというレベルではない。韓国人自身が、こうしたドラマを真に受けて誤った歴史理解をし、さらにその韓流ドラマが日本でも人気を博すことで、誤解が日本人にも広がってしまう。豊田氏はその危険を指摘しているのだ(『本当は怖い韓国の歴史』祥伝社新書など)。 江戸町奉行の大岡越前が人情味あふれる名判官(はんがん)だったり、8代将軍徳川吉宗(よしむね)が庶民生活にも通じた庶民的な名君だったとするわが邦の人気時代劇も、もちろんまったくの創作だし、為政者や政治家にはこうあって欲しいという願望の反映でもあろう。その意味では韓国の歴史・時代劇を一方的に裁断すべきではない。 歴史認識や歴史教育の問題と、フィクションとしての歴史・時代劇は分けて考えるべきで、それぞれの価値はつねに固有のものとして尊重されるべきだ。  しかし立場を変えて、日本が古代から朝鮮半島を完全に支配していたとか、朝鮮王朝の祖である李成桂(イソンゲ)は実は日本の後醍醐(ごだいご)天皇のご落胤だったという物語を作ったとしよう。いくらフィクションだからと断っても、「日本人は歴史を捏造(ねつぞう)する民族」だと韓国人が激昂するのは目に見えているし、国際問題にもなりかねない。  歴史・時代劇を作る場合、それが民族の自意識やアイデンティティと関わってくるならば、物語の及ぼす影響、反響を無視した創作は非常に難しいということも、また事実なのだ。※週刊ポスト2014年9月12日号
2014.09.06 16:00
週刊ポスト
花見が行楽として定着したのは、江戸時代のヨシムネミクスから
花見が行楽として定着したのは、江戸時代のヨシムネミクスから
連載【江戸の知恵に学ぶ街と暮らし】落語・歌舞伎好きの住宅ジャーナリストが、江戸時代の知恵を参考に、現代の街や暮らしについて考えようという連載です。「アベノミクス」ならぬ「ヨシムネミクス」で花見の風習が根付いた桜が満開になると、こぞって花見に出かける。それは今も昔も同じこと。江戸時代にも桜の名所といわれる場所で、大名も下級武士も、町人も長屋の連中も花見を楽しんだ。しかし、もともと名所があったわけではない。江戸中期に八代将軍徳川吉宗が、隅田川の桜堤、王子の飛鳥山、品川の御殿山などに、桜を植えさせたのが始まりとされている。京都に比べて行楽地の少ない江戸に、花見ができる場所をつくって一般に開放するという政策は、経済効果を狙ってのことだそうだ。都市部から江戸近郊へと花見客がハイキング気分で出かければ、そこで大量消費が生じ、経済効果も大きい。今でいうなら、さしずめ「ヨシムネミクス」だ。例えば、今のJR王子駅西側の丘陵地「飛鳥山」は、江戸時代は江戸の北端に位置し、周囲は農村だった。近くに王子稲荷もあるので、参詣客も集めて、花見のころには大いににぎわったという。一日がかりの行楽になるので、三味線や踊りの師匠を連れた一団が好んで出かけたのが飛鳥山だったとか。こうしてできた花見の名所だが、当時の桜がそのまま残っているわけではないようだ。当時の桜は「山桜」などで、今の花見で主流の「ソメイヨシノ」は江戸後期に染井村(現在の豊島区)の植木職人たちが品種改良をしたといわれている。その後も、幕府や寺社、商人などが次々と植樹をして、名所として育てていったわけだ。時代が進むと、花見には「茶番」や「趣向」がつきものになる。花見客をびっくりさせようということになる。これを題材にしたのが、落語の「花見の仇討(あだうち)」だ。落語「花見の仇討」とは…花見の季節。長屋の仲良し四人組が集まって、花見の「趣向」を相談するところから、噺は始まる。相談の結果、今年の趣向は「仇討騒ぎ」と決まる。まず、浪人者が桜の根方で煙草をふかしている。そこへ通りかかった巡礼の兄弟が、火を借りようと浪人に近づいたときに、探していた仇討の相手だと気がつく。巡礼の兄弟が、親の敵(かたき)と斬りかかれば、「それ、仇討だ」と花見客がどっと集まる。そこに待ったをかけるのが、諸国巡礼六十六部(ろくじゅうろくぶ=日本六十六処の国分寺を遍歴して法華経の写経を納める行脚僧。単に六部ともいう)の姿をした仲裁役。背負っていた笈櫃(おいびつ=肩に担ぐ箱型の旅具)から酒、肴(さかな)や鳴り物を取り出して酒盛りを始める。そこでようやく、花見客が趣向と分かって大いに受ける。という筋書きだ。ところがどっこい、六十六部役が来る途中で叔父さんと出会い、説教をされたり、酔わせて逃げようと酒を出したはいいが自分が酔って寝てしまったりで、さっぱり現れない。それを知らない浪人役と巡礼兄弟役は、仇討を始めてしまって大弱り。そのうち、助太刀するという武士まで参戦してくるので、大慌てで逃げだす始末。それを見た武士が「逃げるに及ばん。勝負は五分だ」と言えば、逃げる連中は「肝心の六部が参りません」。今私たちが花見を楽しめるのは、江戸時代から続く桜を愛でる風習によるもの。都市計画や経済効果を考えた徳川吉宗とそれを根付かせた江戸の人たちの功績といっていいかもしれない。ところで、今の私たちは、後世に何を伝えることができるのだろうか?参考資料:「江戸の暮らしの春夏秋冬」歴史の謎を探る会編/河出書房新書「浮世絵で読む、江戸の四季とならわし」赤坂治績/NHK出版新書「落語ハンドブック改訂版」山本進編/三省堂「落語と江戸風俗」つだかつみ・中沢正人著/教育出版「古典落語100席」立川志の輔選・監修/PHP文庫「謎解き!江戸のススメ」竹内誠監修/NTT出版「江戸へ行こう」根本裕子著/リトルガリヴァー社
2014.04.03 07:00
SUUMOジャーナル
大学入試の超難問 予備校関係者「甚兵衛レベル」の命名理由
大学入試の超難問 予備校関係者「甚兵衛レベル」の命名理由
 偏差値偏重の是正と、大学の序列化解消を目指して1990年にスタートしたのが、現在に続く「大学入試センター試験」である。高卒レベルの学習達成度を測定することは、共通一次と変わらないが、利用教科・科目数は私立大を含めた各大学が自由に選択できる仕組みになった。初年度は国公立大16校・19学部が参加、約43万人が受験した。 この年は団塊ジュニア世代が18歳を迎えた年でもあった。これ以降、1990年代前半に受験戦争がピークを迎える。そんななか、1990年代には早慶など難関私立大で難問・奇問が続発した。大学ジャーナリストの石渡嶺司氏がその理由を語る。「増え続ける受験生から合格者を絞りこむために出題された。この種のカルトクイズ級の出題は、“甚兵衛レベル”といわれていました。その理由は学習院大の日本史の問題で、『志賀島で金印を見つけた百姓の名前』を問う問題が出題され、“そこまで聞くか”と予備校関係者を驚かせたこと。この百姓の名前を取ったのです」 他にも「日本を初めて空襲した米軍中佐の名前」、「八代将軍、徳川吉宗に抜擢された勘定奉行の名前」といった問題に、受験生は頭を抱えた。 しかしこうした難問・奇問は2005年前後を境に姿を消し、問題は易化を続けているという。原因は団塊ジュニア世代以降、少子化が進んだこと。2007年の18歳人口は、ピーク時の半分近い約130万人にまで減少し「大学全入時代」に突入したためだ。※週刊ポスト2014年1月24日号
2014.01.26 16:00
週刊ポスト
「5日以内に参勤しないと藩潰す…」 スリリングな時代小説
「5日以内に参勤しないと藩潰す…」 スリリングな時代小説
【書評】『超高速! 参勤交代』土橋章宏/講談社/1449円【評者】内山はるか(SHIBUYA TSUTAYA) そろそろ書店員が選ぶ文芸賞『本屋大賞』の選考時期になってまいりました。「全国書店員が選んだいちばん!売りたい本」を掲げる同賞は今回で11回目。根回しやすり合わせのない賞として読者の信頼が厚く、百田尚樹『海賊とよばれた男』(2013年)、三浦しをん『舟を編む』(2012年)等の受賞作があります(2014年度の発表は4月8日)。この一年に読んだ本を思い浮かべ、頭を悩ます季節です。面白かったものを挙げるのは簡単ですが、今年の一番を選ぶとなるとなかなか難しいものです。 今年は時代小説の話題作が多かった印象があります。その中の一つが本作。本作はシナリオ作家として数々の賞も受賞している著者のデビュー小説です。映画脚本の登竜門といわれる城戸賞を受賞、同賞は『のぼうの城』の和田竜さんも受賞しています。 時は享保20年(1735)、あの暴れん坊将軍・八代将軍徳川吉宗の時代。貧乏小藩・磐城湯長谷藩に「隠し金山」の嫌疑がかかり、通常10日はかかる江戸まで「五日以内に江戸に参勤しなければ藩を取り潰す」とのお達しが下った。そんなむちゃくちゃな~っと城で揉めていてもしょうがない。さあ、時間はない、お金もない、さらには人もいない。ないないづくしの湯長谷藩一行は道程60里(約250km)をどう参勤しようというのか…。 まず、湯長谷藩家老・相馬兼続が知恵をしぼる。この藩の知恵袋だ。さらに吉と出るか凶と出るのか雲隠段蔵なる怪しい忍者の助けを借りる。常日頃、地方藩を馬鹿にしている幕府老中からはさまざまな妨害に遭う。 それでも「我ら屈強の湯長谷藩の精鋭ぞ! 老中に目にもの見せてやれ」と突き進む。笑いあり、涙あり、そして武士の熱い魂がある!! 藩主・内藤政醇を筆頭に湯長谷藩士たちの底抜けの明るさ、ポジティブ思考、そして彼らは皆剣豪でカッコイイのだ。最近はテレビで時代劇を見ることも少なくなった(昔は週に3本はあった気がするが…)。時代劇の面白さは勧善懲悪である。悪を懲らしめるのだ。 そう、そのためには悪役はとことん悪でなくては面白くない。もちろん、本作に登場する悪役はそれはもう気持ちいいくらいに悪者だ。読めば気持ちスッキリ、エンターテインメント時代小説の誕生だ。※女性セブン2013年12月19日号
2013.12.06 07:00
女性セブン
徳川綱吉 教科書記述一変、生類憐みの令は慈愛の政治と評価
徳川綱吉 教科書記述一変、生類憐みの令は慈愛の政治と評価
 いま使われている歴史の教科書では聖徳太子の事績や実在に疑問がつけられたり、鎌倉幕府の成立が1192年ではなくなっている。「いいくに作ろう鎌倉幕府」は今や「いいはこ(1185年)作ろう鎌倉幕府」になっているのだ。 そして、教科書の変化で目に付くのは、人物評価の「上がった人」「下がった人」の明暗である。 実在そのものにも疑問がついた聖徳太子が「下がった人」の典型だが、聖徳太子から親書を託され、最初に隋に渡ったとされた遣隋使の小野妹子も、そのひとり。「無礼な(607年)遣隋使・小野妹子」なんて語呂合わせを覚えている読者は多いかもしれないが、山川出版社の教科書(以下、引用は同社のものより)では、現在では〈600年の派遣に続けて607年には小野妹子が遣隋使として中国に渡った〉と初の遣隋使ではなかったことが明記され、かつては太文字だったのも細字に格下げされた。親書を託した聖徳太子も存在が疑われているから、将来の教科書では名前そのものが消えているかもしれない。 一方、歴史研究の成果で、逆に評価が上がった人物もいる。 関ヶ原の戦いで西軍を組織した石田三成について、1988年版では〈五奉行の一人石田三成は、小西行長らとはかって家康の排斥をくわだてて挙兵し〉と悪役臭が漂うような表記になっていたが、現在は〈豊臣政権を存続させようとする石田光成と家康との対立が表面化し〉と、石田側にも大義があったように改められた。 劇的に評価が上がったのが、江戸幕府第5代将軍・徳川綱吉である。1988年版にはこうある。〈生類憐みの令をだして犬や鳥獣の保護を命じ、それをきびしく励行させたため、庶民の不満をつのらせた〉〈綱吉はぜいたくな生活をするようになり、仏教への信仰から多くの寺社の造営・修理を行い、幕府の財政を急速に悪化させた〉 みなが知る暴君の印象を強めるものだったが、現在では180度変わった。〈犬を大切に扱ったことから、野犬が横行する殺伐とした状態は消えた〉 悪法とされてきた生類憐みの令が、〈綱吉政権による慈愛の政治〉とまで褒められている。『教科書から消えた日本史』の著者で、文教大学付属高校講師の河合敦氏は「綱吉ほど近年の研究で教科書上の評価が変わった人物はいない」という。 徳川吉宗が「暴れん坊将軍」になったように、「憐れむ坊将軍」が時代劇になる日も近いかもしれない。※週刊ポスト2013年4月19日号
2013.04.14 07:00
週刊ポスト
落語「たがや」で分かる江戸の花火人気。今でも花火はトラブルの元に?
落語「たがや」で分かる江戸の花火人気。今でも花火はトラブルの元に?
連載【落語に学ぶ住まいと街(5)】 落語好きの住宅ジャーナリストが、落語に出てくる江戸の暮らしを参考に、これからの住まい選びのヒントを見つけようという連載です。落語「たがや」とは…今でも花火が上がると、「たまや~」と声を掛けるが、その理由も説明してくれる「たがや」という、夏らしい落語を一席。まず「たが」とは、辞書(大辞泉)によると「竹を割き、編んで輪にしたもの。桶(おけ)・樽(たる)などの外側にはめて締めかためるのに用いる。金属製のものもある」とある。「たががゆるむ」とか、「たががはずれる」といった慣用句でも知られている。江戸時代には、ゆるんだたがを元のように締め直したり、新しいたがに交換して、桶や樽を直して歩いた職人がいて、「たが屋」と呼ばれていた。さて、隅田川の川開きに催される花火大会当日、「両国橋」は見物客の雑踏で身動きすらままならない状態。そこへ、馬に乗った身分の高そうな侍が供の侍を連れて、無理やり橋を渡ろうとする。非常識だと思うが、刀が怖くて見物客は文句も言えない。一方、たが屋が家に帰ろうと道具箱を担いだまま、反対側からやってくる。花火の件を失念していたが、いまさら別の橋に回れないと両国橋を渡り始め、見物客にぶつかり押されて橋の中央で倒れ込む。そのとき、道具箱に入っていた「たが」がはじけて、するする伸びて馬上の侍がかぶっていた陣笠を跳ね飛ばしてしまう。みじめな姿をさらした侍は、怒って手打ちにしようとする。いくら謝っても許してくれないので、たが屋は開き直り、切り合いになってしまう。ところが、平和ボケした侍より喧嘩慣れしたたが屋のほうが強く、最後には、馬上の侍もたが屋が手にした刀で首を切り落とされることに。首が中天高く上がったそのとき、見物客から「たがや~」。花火といえば「たまや」の理由江戸両国で花火が上げられるようになったのは、享保18(1733)年5月28日(旧暦)からだという。前年に大凶作やコレラの流行で多くの死者が出たため、徳川吉宗が死者を供養するために水神祭を催し、そのときに上げられた花火が名物となって、毎年隅田川の川開きから8月いっぱいまで連日花火が上がるようになった。花火は、「鍵屋」と「玉屋」の二大花火師がその技を競って上げていた。花火が上がると見物客から「たまや~」「かぎや~」と声がかかるのはその由縁からだ。玉屋は、鍵屋からのれん分けで独立した店ながら、語呂もよいし腕もよいからか、「たまや」のほうが掛け声は多かったという。ところが、火事を出したために玉屋は断絶。それを憐れんでか、花火を上げるのが鍵屋だけになっても、「たまや」の掛け声のほうが多く、いまだに花火といえば「たまや」の声がかかるようになったということだ。花火が見える住まいの注意点とは?さて、今の東京でも隅田川の花火大会は人気がある。アットホーム(株)の調査では、「自宅から“隅田川花火大会”が見られたら、今の月額家賃に3635円プラスする価値がある」といった結果が出たそうだ。季節限定ながら、風物詩ともいえる花火が見られることは、不動産の価値も高めるので、家賃に影響するのは当然だろう。ただし、「自宅から花火大会を見る」には、いくつか注意が必要だ。まず、花火の打ち上げ箇所に近いからといって、必ず花火が見えるとは限らない。窓の方角や周辺の建物の高さなどによって見えない場合も多いからだ。加えて、隅田川の花火が見られるという触れ込みのマンションでも、後から高い建物が視界を遮って見られなくなるということも起こりうる。実際に、隅田川花火大会が見られるという眺望の価値を重視し、これを取引先の接待にも利用できると考えてマンションを購入したのに、後から建ったマンションが視界を遮って花火が見られなくなったというトラブル事例がある。平成18年に東京地方裁判所では、マンションの販売会社に「信義則上の義務の違反があり、買い主の損害を賠償しなければならない」という判決を下した。ただしこれには、マンションを販売した売り主が、花火大会を観覧するために購入したことを知りながら、わずか1年もたたずにその観覧を妨げるマンションを自ら建設したといった事情がある。眺望は、周囲の環境の変化によって変わるもので、「永久的かつ独占的にこれを享受し得るものとは言い難い」とも指摘しているので、こうしたリスクも考慮したほうがよいだろう。ちなみに、今年の隅田川花火大会は、7月28日(土)に開催される。■参考資料「落語ハンドブック改訂版」三省堂「お江戸でござる」杉浦日向子監修/新潮文庫「落語の舞台を歩く」ホームページ 第29話「たがや」トラブル事例については、国土交通省「不動産トラブル事例データベース」参照HP:http://www.retio.jp/cgi-bin/example_display.cgi?number=181
2012.07.27 06:30
SUUMOジャーナル
小松菜、のぼり、マツ<code>…</code>。数々の日本一がそろう東京都の江戸川区!
小松菜、のぼり、マツ<code>…</code>。数々の日本一がそろう東京都の江戸川区!
こ(5)まつ(2※ツー)な(7)という語呂合わせにより、5月27日は小松菜の日に認定されている。そんな小松菜の栽培で有名なのが、東京都の江戸川区。区のホームページ「農業・水産情報」によると、江戸川区は3570tの収穫量を誇り、地区別では日本一の産地だという(平成17年のデータ)。なんと、今では全国の食卓に並ぶ小松菜の発祥地も、江戸川区にある小松川付近なのだ。区のホームページ「小松菜と金魚と花のまち江戸川」では、こんな逸話がアップされている。「享保4年(1719年)、将軍徳川吉宗が、鷹狩の際、香取神社(中央4丁目5番23号 旧西小松川村)に立ち寄られました。そのときの神主・亀井和泉が、これといって差しあげられるものも無かったので、餅の澄まし汁に青菜を少々いろどりにあしらって差し出すと吉宗公はたいそう喜ばれて、『この汁の菜をなんと申すか』と訪ねられました。返事にこまった神主に『それではここは小松川だから小松菜と呼べ』と命名したということです」徳川吉宗といえば、暴れん坊将軍としてテレビドラマなどでも有名な歴史的名君。小松菜は立派な人物によって名付けられた由緒ある江戸前野菜なのだ。また、そんな小松菜の発祥地である江戸川区の歴史も深い。現在、江戸川区内に残る最も古い神社「篠崎浅間神社」の創建は、なんと938年。946~967年に在位した村上天皇の御守剣や、1428~1464年に在位した後花園天皇の連歌など、天皇ゆかりの宝物が納められていることからも、そのありがたさがうかがえる。2年に1度実施される7月1日の大祭式「のぼり祭り」では、長さ20m以上、幅約1.5mという日本一巨大なのぼり10本を掲げる祭りも実施。人の力だけで重さ1t以上ののぼりを立てるというのだから圧巻だ。さらに区内には、東西約30m、南北約28mという広範囲に枝を伸ばす善養寺の「影向(ようごう)のマツ」も。ウィキペディアによると「600年以上の樹齢に加え、繁茂面積の広さと整った樹形で『日本で最も古いマツ』『日本一の名マツ』と長く名声を博し、1926年4月には東京都の天然記念物に指定された」とある。しかし1970年代後半になり、香川県志度町の真覚寺にある「岡野マツ」との日本一争いが勃発。このように説明がされている。「2本の名木をめぐる争いは、マスコミにも注目された。テレビの情報番組が影向のマツを『日本一』と紹介したことに対して真覚寺側が抗議し、善養寺側もラジオ番組に出演して『影向のマツこそ日本一』と訴えた。双方とも一歩も譲らず、論争は1年余りにわたって続いた。この論争は、思わぬ形で1980年5月に決着を迎えた。善養寺で大相撲の行司の法要が執り行われた際、参列した志度町出身の行司と住職がマツをめぐって口論になってしまった。それを見かねた立行司の木村庄之助が仲裁に入った。庄之助は、『どちらも日本一につき、双方引き分け』と裁いた」と、まるでテレビドラマの“大岡裁き”のような美談が残るのも感慨深い。小松菜の誕生秘話から、昭和に勃発した日本一のマツ争いまで、おもしろエピソードが満載の江戸川区。都心の側にも関わらず豊かな自然が残っており、また子育てサービスが充実しているのも魅力的だ。
2012.05.26 22:00
SUUMOジャーナル

トピックス

4Aに挑戦し続ける羽生結弦選手の今後はどうなる
羽生結弦、事実上の現役続行宣言「芸術性も技術も」不利なルール変更に挑む覚悟
女性セブン
バンド活動がいちばん楽しいと語っていた綾野
東京五輪のない今年も?『オールドルーキー』など夏ドラマのスタートが早くなっている理由
NEWSポストセブン
手錠監禁が行なわれたとみられる三瓶容疑者の別荘(時事通信フォト)
茨城23歳女性“手錠”監禁事件 2人を結びつけた「同人モデル」の危険な撮影実態
週刊ポスト
井上陽水の隠し子と言われた“消えた次男” 長男は「井上ファミリーとは関係のない人」と語る
井上陽水の隠し子と言われた“消えた次男” 長男は「井上ファミリーとは関係のない人」と語る
女性セブン
黒柳徹子と20年交際秘話
黒柳徹子、さだまさしと突然“共演NG”の謎 さだの鋭いジョークが原因か
女性セブン
広末がマッサージ店から出てきた
広末涼子が渋谷センター街に現れた!マッサージ受けてのんびり散歩、1人で寿司店に
女性セブン
松鳳山
人気力士・松鳳山「引退後は親方にならず退職」の裏に70歳再雇用と名跡不足の大問題
NEWSポストセブン
元タレント、アスリートから党首まで…参院選注目の女性候補者たち
元タレント、アスリートから党首まで…参院選注目の女性候補者たち
女性セブン
「ハウル・カラシニコフ」こと小川雅朝容疑者(本人の公式Twitterアカウントより)
NHKも騙されていた 淫行で逮捕「トー横のハウル」の巧みなメディア統制
NEWSポストセブン
沈黙を続ける井上陽水 16才の孫娘がデビューに向けて着々と準備か
沈黙を続ける井上陽水 16才の孫娘がデビューに向けて着々と準備か
女性セブン
眞子さまがデニム
小室圭さんの妻・眞子さん、海外メディアが「ユニフォームのようだ」と指摘する質素なファッション事情
NEWSポストセブン
井上陽水
井上陽水が進める引退への準備 個人事務所の社長は辞任、連絡が取れない状態か
女性セブン