石原真理子一覧

【石原真理子】に関するニュースを集めたページです。

プレーリードッグの親子
「動物キス」 写真週刊誌の隠し撮りテクで撮られている
 北米に生息するリス科の野生動物、プレーリードッグの親子がキスしている写真。彼らは一夫多妻制で、コテリーと呼ばれる集団を形成し子育てします。同じコテリーに属する仲間と出会うと、お約束のように抱き合ってキス。体長30~40センチの小さな生きものなので、敵を確認するために親のほうが立ちポーズになり、子どもはそれに合わせ背伸びして鼻をこすりつけようとするのです。 じつはこの行為、野生動物にとって互いが仲間であることを確かめる確認作業なのですが、どうみてもキスしているようにしか見えません。それに、互いの気持ちを確認しあうという意味では、キスと同じ。もう、掛け値なしに可愛くていやされる!◆スクープ連発の果てに・・・・・すべてを失う こんな動物たちのキスの瞬間ばかりを集めた写真集『Kiss!』を撮影したカメラマン、小原玲さん。かつて『アザラシの赤ちゃん』ブームを起こし、最近は北海道にすむ野生の小鳥シマエナガの写真集をヒットさせ、カワイイ野生動物を撮らせたら日本一、という声も。ところが意外なことに、彼のカメラマンとしてのスタートは、創刊間もない写真週刊誌『FRIDAY』でした。 とにかくプロになりたい、と小原さんは大学卒業後すぐに専属カメラマンへ。そこで田中角栄の入院、石原真理子×玉置浩二の熱愛、日航機墜落事故、ロス疑惑三浦和義の逮捕など、1980年代の読者であれば「ああアレ・・・・」とピンとくる数々のスクープをとばします。そして『FRIDAY』卒業後は日本を飛びだし世界の通信社と契約。中国、天安門事件の写真はアメリカ『LIFE』誌に載るなど、「憧れの人キャパに、すこしは近づけたと思いました。もうイケイケでした」(小原さん)。 ところが──小原さんは30代半ばを前にして、シャッターを押せなくなります。 ソマリアの難民キャンプでは「やせた子どもはいないか?」と血眼になって探し回る。でもどこのメディアも写真を買ってくれない。バブルに浮かれる日本では、飢餓の母子よりラーメン特集のほうが売れるからです。加えて戦地における壮絶な体験で精神の均衡を崩し、酒に溺れ、妻に捨てられ、健康も失い、自暴自棄に。阪神淡路大震災では現場入りを断念。もう、写真は無理か──。 しかし、ふたたびカメラを手に取るきっかけをつくってくれたのが、戦争やスクープとは畑違いの動物たちでした。◆どちらにも必要なのは隠し撮りのテクニック!? ある日、小原さんはカナダへ向かいます。かつて海外の空港でたまたま手にしたポストカードで見たアザラシの赤ちゃんの本物をひと目見たい、という思いだけで。商売になるかどうかは度外視、ただただ、いやしだけを求めた旅でした。そして、人間を母親と間違えて、「アゥー、アゥー」と泣きながらおっぱいをねだる姿に、一瞬で心を奪われます。気づいたら、一心不乱にシャッターを切り続けていました。 それから定期的に北米への撮影旅行へ。ならば「ついでに」大草原に生息する動物も撮ってみようか、と思ったのがプレーリードッグとの出会い。さらに人魚のモデルともいわれるマナティ、シロクマとどんどん動物撮影にハマっていったのです。 スクープを追うカメラマンから動物写真家へ。その転身は、「前進したり後戻りしたりのくり返しでスムーズとは言い難いけど」まわりが驚くほど意外なことではないとご本人は言います。「機材をほとんど変える必要がなかったんです。どちらにも必要なのは“隠し撮り”のテクニック。とくにシマエナガの撮影では、芸能人を張り込み隠し撮りしたときのノウハウが役立っています。こんなの、他の動物写真家センセイはふつうやりませんね(笑)」と、まさに“現場100回”の経験が生きたわけです。「もともと報道志望で、動物カメラマンをめざしていたわけではありません。それでも、ぼくの写真を通じて、可愛らしい被写体の魅力が伝わることが、とにかく嬉しい。動物を撮影するときはそれぞれの生態について入念に調べますが、見る人に伝えたいのは、学術書に書かれている情報ではなく、出会った喜び。誰かに〈伝える〉という強い気持ちは被写体こそ変われど、写真週刊誌時代と何ら変わりはないように思っています」(小原さん)
2019.07.28 07:00
NEWSポストセブン
女優写真集座談会 解禁前後でどういう変化があった?
女優写真集座談会 解禁前後でどういう変化があった?
 1990年代、世間を騒がせたのがヘアヌードブーム。1991年に発売された樋口可南子の写真集『water fruit』(篠山紀信撮影)の発売でヘアヌードが事実上解禁され、熱狂的なブームを巻き起こしたが、日本のヌード写真集の歴史はその20年以上前から始まっていた。芸能や出版、アートの分野に精通する小澤忠恭、亀和田武、伴田良輔の3氏が「昭和のヌード写真集」を180分語り尽くした座談会。前半では関根恵子、森下愛子、川上麻衣子、手塚さとみ、秋吉久美子らが俎上に上がったが、後半は「ヌード写真集のあり方」でトークは盛り上がる──。小澤:原因は男なのか金なのかわかりませんが、追い詰められた自分の状態を、ヌードになって気持ちを高揚させて乗り越えようとする人もいる。そのとき、カメラマンに「抱いてくれ」と迫ってくる人もいます。自分だけリスクを冒すのは嫌だって。亀和田:共犯関係になってくれ、と?小澤:そう。脱ぐということは、「異界」に行くことなんですね。そして、女優というのは異界に行くことに慣れている。伴田:僕も女優のヘアヌード写真集を撮ったとき、相手がガンガン迫ってくる真剣勝負に緊張したし、汗もダラダラでした。小澤:セックスより疲れると思いますよ、ヌードを撮るのは。伴田:究極的には「お前は何者なんだ」と問われますし。亀和田:僕は昔、自販機本と言われた雑誌のヌード撮影の現場に立ち会いましたけど、今のお話に比べると、脱ぐことを職業にしている人たちはあっさりしていましたね。気持ちの高揚はありませんから。今回取り上げる写真集の中で1人だけ女優ではないのが、1972年から1977年まで『平凡パンチ』のグラビアで一世を風靡した麻田奈美です。小澤:りんごで股間を隠した「りんごヌード」で有名になった彼女は、ヌードグラビアの先駆者で、童顔巨乳のハシリです。伴田:彼女は逸材ですよね。あの「りんごヌード」は彼女だから成り立った。亀和田:顔も体も健康的だな。小澤:篠山さんもあの写真は意識したし、影響を受けたと思います。一時期よく、ヌードを撮るときに望遠レンズを使っていました。肉体で画面を埋め、肉感を強調した写真を撮るためです。この写真集は技術的には大したことはないけど、彼女の存在感が凄くて、エポックメイキングな写真でした。日本のヌードグラビア史の金字塔ですね。亀和田:逆にそれ以前、1960年代、70年代、日本のヌード写真集の状況は──。伴田:1960年代はヌード写真集と言えるものはほとんどなかったですね。ヌードを撮る有名カメラマンも秋山庄太郎、大竹省二ら数人しかいませんでした。亀和田:「婦人科カメラマン」と呼ばれていた人たちですね。伴田:1960年代によく見られていたのは『100万人のよる』という雑誌のグラビアで、ストリップダンサーやヌードダンサーを起用した明るいヌードを載せていました。あれがヌードグラビアのハシリじゃないですか。亀和田:1965年に『話の特集』が創刊され、やがて篠山さん、立木義浩さんたちがヌードグラビアを撮り始めるんですよ。小澤:当時のトップモデルを起用して、アートとエンタテインメントの中間ぐらいのヌードを撮っていましたね。僕のように写真を目指す青年の憧れのページでした。あそこにこういうもの(1980年代のヌード写真集)の原型があるかもしれない。亀和田:その後、1970年代、1980年代を経て1991年にヘアヌードが解禁され、時代を席巻します。ヘア解禁以前と以後ではどういう変化があったと思いますか。小澤:ヌードになる、ヌードを撮るということの本質は変わらないけど、表現の仕方が変わったことは確かです。ヘアが出せなかった時代は手で隠す。ということは、手の使い方ひとつで色っぽくも、楚々とした感じにもできる。 つまり、隠すことによって表情が出る。でも、ヘアヌードでは股間に手を置けない。下手をすると、ただヘアを見せるだけの生体写真のようになりかねないんですね。ちなみに、アメリカのヌード写真はひたすら肉体美を強調したものが多いのですが、日本の特徴は情感で見せようとすることにあります。特に解禁以前はそうです。亀和田:ヘアが見えていなくても、凄くエロティックな写真がありますよ。伴田:ヘアヌード解禁以前は見せちゃいけないものがある前提で撮っていた。ヘア解禁を経て今はフェチの時代ですよね。撮影対象が広がった分、写真家は何を撮るのかを問われる。◆モデルがアクメ顔になる小澤 もうひとつ、ヘアを見せると、悶えなくちゃいけないという発想になって、モデルがアクメ顔になっていくんです。ヘアは性器ではないのに、写真がセックスのイメージになっていくんです。でも、それ以前はモデルが悶えてなくて、多くが体のポージングで見せている。亀和田:何でも見られるこのネット時代に紙のヌード写真集が生き残っていくためには、新しいアイデアが必要でしょうね。【プロフィール】◆おざわ・ちゅうきょう/1951年生まれ。写真家。篠山紀信氏のアシスタントを経て独立。石原真理子のヘアヌード『Marie!──石原真理子写真集』など多くの女優、アイドルの写真集を撮影。他に人物、旅、料理などの写真も撮り続ける。◆かめわだ・たけし/1949年生まれ。作家、コラムニスト、編集者、キャスターとして活躍。かつて自販機エロ雑誌『劇画アリス』編集長を務める。著書多数。10月末に『雑誌に育てられた少年』(左右社)を刊行予定。◆はんだ・りょうすけ/1954年生まれ。写真評論から写真家に転じ、濱田のり子のヘアヌード『エロティッシモ』、真梨邑ケイ写真集『PANDORA』などアートとエロスの融合した写真集を刊行。作家、翻訳家、版画家としても活躍。取材・構成■鈴木洋史※週刊ポスト2018年10月12・19日号
2018.10.11 16:00
週刊ポスト
昭和の女優写真集座談会 80年代の女優はなぜ脱いだのか
昭和の女優写真集座談会 80年代の女優はなぜ脱いだのか
 1991年に樋口可南子の写真集『water fruit』(篠山紀信撮影)の発売でヘアヌードが事実上解禁され、熱狂的なブームを巻き起こした。しかし、日本のヌード写真集の歴史はその20年以上前から始まっていた。有名女優はなぜヌードになったのか。芸能や出版、アートの分野に精通する小澤忠恭、亀和田武、伴田良輔の3氏が、「昭和のヌード写真集」を180分語り尽くした。亀和田:こうして1990年代のヘアヌード解禁前の、昭和のヌード写真集をずらりと並べると、メジャーな映画やテレビドラマに出ていたお茶の間で馴染みの女優さんが、実にたくさんいることにあらためて驚きますね。 当時、“えっ、この人まで脱いだの!?”と驚いたのは、まず関根恵子。15歳でデビューした頃、ほんとに綺麗な子でね。最初の主演映画でスケスケのネグリジェになったりしてましたけど、写真集でなんでここまで脱ぐ必要があるのかと思いました。森下愛子もそうですね。小澤:清純なイメージでしたからね。亀和田:僕が一緒にテレビ番組に出ていた子が17歳でヌードになったときも驚いた。川上麻衣子です。高田美和、畑中葉子、奈美悦子あたりは脱いだのを知っても驚きませんが。伴田:僕にとって衝撃だったのは手塚さとみ(理美)です。大好きだったので。小澤:デビューのときから篠山(紀信)さん、沢渡(朔)さんに可愛がられていたから、脱ぐことに問題なかったんじゃないですか(笑い)。亀和田:秋吉久美子にもちょっとびっくりした。この風吹ジュンにも驚いたけど、撮ったのは(ソフトフォーカスによる綺麗なヌードで有名な)デビッド・ハミルトンか。だとしたら、ちゃんと自分のイメージを考えていたのかな。浅野ゆう子も綺麗に撮ってもらってる。伴田:当時、僕は海外の写真集にハマっていたので、日本のヌード写真集はリアルタイムでは見ていないものが多いんですが、それだけに新鮮で、この吉沢京子なんか今初めて見てドキドキしますよ。同い年の憧れの同級生が脱いでいたことを知ってドキドキするみたいな。小澤:彼女は『ドラえもん』に出てくるしずかちゃんみたいなイメージだったからね。亀和田:しずかちゃんを脱がせた大人はひどい(笑い)。伴田:早乙女愛もいい。亀和田:かたせ梨乃は今見ても凄い。おっぱいの形が迫力あるし、体が何とも言えずエロい。小澤:彼女は逸材でしょう。伴田:奔放な感じがほとばしっていますね。原田美枝子のは勝新太郎さんが撮っているんだ。亀和田:勝さんのアート性も凄いんですよ、これ。伴田:ほんとだ、映画のような写真だね、全部。◆小悪魔女優として断トツの加賀まりこ小澤:こうして見ると、やっぱり錚々たるメンバーだな。こりゃ、昔のヌード写真集をたくさん揃えたバーをやったら中高年男性に流行りそうだ(笑い)。伴田:今気づいたけど、五月みどりなんか僕よりずっと年上のお姉さんという感じだったけど、写真集を出した当時は42歳か。今の僕よりずっと若いのにびっくりで、当時と今の自分が行き来するような、倒錯した気分になりますね。小澤:熟女ヌードのハシリですよね、五月みどりは。伴田:このラインアップの中で加賀まりこは別格ですね。亀和田:ほんとに可愛くて、小悪魔女優としては断トツ。今でも彼女の映画の代表作『乾いた花』や『月曜日のユカ』のポスターが貼ってあるカフェやバーがあって、パリの一角かと錯覚させる雰囲気が漂ってきますから。伴田:加賀まりこのは、写真だけじゃなく、デザイン、アートディレクションなど本の作り自体が素晴らしい。他の写真集がほとんど1980年代に出たのに対し、これは1971年ですか。あの頃のカルチャーが色濃く反映されていますね。その前の年に出た鰐淵晴子のも同じようにアート性が高いですね。亀和田:1980年代、多くの女優たちはなぜ脱いだのでしょうか。小澤:僕よりひと回りぐらい上の世代は、カメラマンにしろ編集者にしろ、世間や権力に対して反逆的であることに生きがいを感じる人が多かったんです。だから、飲むと「てやんでえ、馬鹿野郎」と気勢を上げる。 そういう場に一緒にいた女優さんたちも「てやんでえ、馬鹿野郎」風に吹かれていたんですよ。男と別れたとか、金に困っていたとか、個人的な事情もあったかもしれないけど、当時の女優さんが脱ぐ理由としては反骨精神も大きかったですね。亀和田:芸術か猥褻かが争われた「日活ロマンポルノ裁判」で反権力の象徴になった女優さんもいましたね。この中の人で言うと、(非商業的な作品を作り続けた独立系映画会社)ATGの映画にも出ていた大谷直子なんか、そんなイメージがありますね。小澤:大谷さんは、会うとごく普通の人ですけど、ときどき目が据わり、底知れぬ恐さを感じますよ。伴田:この写真集もただのヌードではなく、妊娠の過程を撮りづけた「受胎ヌード」ですから。【プロフィール】◆おざわ・ちゅうきょう/1951年生まれ。写真家。篠山紀信氏のアシスタントを経て独立。石原真理子のヘアヌード『Marie!──石原真理子写真集』など多くの女優、アイドルの写真集を撮影。他に人物、旅、料理などの写真も撮り続ける。◆かめわだ・たけし/1949年生まれ。作家、コラムニスト、編集者、キャスターとして活躍。かつて自販機エロ雑誌『劇画アリス』編集長を務める。著書多数。10月末に『雑誌に育てられた少年』(左右社)を刊行予定。◆はんだ・りょうすけ/1954年生まれ。写真評論から写真家に転じ、濱田のり子のヘアヌード『エロティッシモ』、真梨邑ケイ写真集『PANDORA』などアートとエロスの融合した写真集を刊行。作家、翻訳家、版画家としても活躍。取材・構成■鈴木洋史※週刊ポスト2018年10月12・19日号
2018.10.08 16:00
週刊ポスト
石原真理子 デジタル写真集で披露したトロピカルなグラビア
石原真理子 デジタル写真集で披露したトロピカルなグラビア
 本誌・週刊ポストでこの夏、久しぶりのグラビアを飾って話題となった石原真理子。その未掲載写真も含めた週刊ポストデジタル写真集が配信開始となった。本人は「トロピカルな沖縄で撮った爽やかで楽しい写真がたくさん詰まっています」と語る。写真集に収録されたカットの中から1枚を紹介しよう。【プロフィール】いしはら・まりこ/1964年、東京都生まれ。旧名、石原真理絵。1980年、映画『翔んだカップル』に出演し芸能界デビュー。堀越高等学校卒業後、代表作となるテレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』(1983年)に出演。清純派女優として人気に。他にも映画『めぞん一刻』(1986年)など多数の作品に主演。2017年より、再び石原真理子として活動。世界初の「女優兼ユーチューバー」としても本格的に活動を開始。Youtube:石原真理子/Marie Ishiharahttps://www.youtube.com/channel/UCc4BAKbpmUuvApLvjtV7yyQ公式ブログ:ふわっとした瞬間http://fairyangelvictory.blog83.fc2.com/blog-entry-3246.html※週刊ポスト2018年10月12・19日号
2018.10.03 07:00
週刊ポスト
巣ごもりで特需は発生中
『Santa Fe』ほか90年代「女優写真集ブーム」の背景
 1991年10月13日の読売新聞、翌日の朝日新聞に写真集『Santa Fe』の全面広告が掲載された。全裸の宮沢りえが股間に手を添えて立ち、指の間に黒い影が見えている──全国紙にヌード写真を使った全面広告が掲載され、しかもモデルは18歳のトップアイドル、撮影したのは篠山紀信氏という最も著名な写真家。そんな前代未聞の事態に世間は騒然となり、発売日の11月13日には民放のワイドショーばかりかNHKの全国ニュースにまで取り上げられた。 これによって本格的なヘアヌード写真集の時代が幕を開けた。1990年代を通して樋口可南子、荻野目慶子、島田陽子、大竹しのぶ、石田えり、杉本彩、川島なお美、石原真理子、宮崎ますみ、高岡早紀、菅野美穂、葉月里緒奈ら有名女優、タレントが次々とヘアを晒し、一流写真家が撮影した。 ブームのピークは1994年で、年間200冊以上が発売され、売れに売れた。『Santa Fe』の155万部は今も写真集として世界最高記録であり、他の作品も数十万部を売り上げた。「写真集がこれほどの社会現象になったのは、写真史上、空前絶後のことです」 と、写真評論家の飯沢耕太郎氏は指摘する。島田陽子『KirRoyal』が55万部のヒットを記録すると、松尾嘉代、辺見マリ、西川峰子、伊佐山ひろ子ら“熟女”が次々と挑戦。女子プロレスラー・井上貴子、元女流棋士・林葉直子ら“異業種”からの参入も続出した。 写真家・加納典明氏は素人モデルを使って写真集を作り、人気を呼んでいたが、猥褻図画に当たるとして逮捕された。藤田朋子の写真集は本人が出版を了承していないと訴え、発売直後に出版差し止めの仮処分になった。なぜこれほどまでに「ヘアヌード」が熱かったのか? 飯沢氏はその背景を2つ指摘する。「ひとつは経済との関係で、経済に活気があると人々のエロスへの欲求も高まります。90年代初頭、すでにバブルは崩壊していましたが、それでも後の長い停滞期より勢いがありました」 長い間抑圧されてきたヘアの表現が、ようやく解禁された開放感も熱気に拍車をかけた。「もうひとつ、1980年代に女性の社会進出が進み、自己表現への欲求が高まっていたことも大きいですね。ヘアヌードがその欲求を実現する手段のひとつになったのです」(飯沢氏) 当時の新聞、雑誌は女優、タレントだけでなく、自己表現として自分の裸を撮影してもらいたいと願う素人女性が激増したと報じている。1992年に『an・an』が、篠山紀信氏撮影という条件で読者モデルを募集したところ、なんと1626人が応募したという。 その後、2000年代以降もヘアヌード写真集は出版され続け、マタニティヌードを披露した歌手hitomi、新聞に全面広告を打ったバレリーナ草刈民代、映画の公式写真集で脱いだ壇蜜など、そのときどきに話題となったものも少なくない。 だが、黄金時代だった1990年代に比べるとインパクトは小さいと言わざるを得ない。2000年代以降にネットが本格的に普及し、事実上表現に規制がなくなったことで新たな表現を獲得したときの開放感もなくなり、長期間に及ぶ経済の停滞によって日本人の性的なエネルギーも低下・分散してしまった。 来年5月に改元を控えた今、平成の30年を振り返り、日本社会の変容の行方を占ううえで、ヘアヌードブームは欠かせない「事件」だったと言えるだろう。※週刊ポスト2018年8月17・24日号
2018.08.09 16:00
週刊ポスト
石原真理子 再出発の“野望”語る「HIKAKINに会いたい」
石原真理子 再出発の“野望”語る「HIKAKINに会いたい」
 1980年代にテレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』(TBS系)などで一世を風靡した清純派女優・石原真理子(54)が『週刊ポスト』(2018年8月6日発売号)に登場。往年の姿と変わらぬ驚きの水着グラビアを披露し、話題となっている。 撮影は7月下旬、沖縄中部の海辺にあるプライベートコテージなどで2日間に渡って行なわれた。直前まで全国的に不安定な天気が続いていたため、渡航前は撮影が危ぶまれていたが、当日は青空が広がる快晴。石原は「私、晴れ女なんです。これまでの撮影でも、雨が降ったことはないんですよ。今日は風もなく、過ごしやすいですね!」と笑顔を見せていた。 ロケにはカメラマンのほかスタイリストやメイクアップアーティストも同行。久しぶりの撮影となった石原は、自ら黄色い水着や青い花柄の浮き輪、リングネックレスといった衣装を用意し、自身の感性を伸び伸びと表現。水着グラビアに挑戦した理由については、「写真という方法で自分を表現してみたいと思ったんです」(石原氏)と話す。秋には、撮影のアザーカットを掲載したデジタル写真集も配信する予定だ。 実は2008年に1年間ほど沖縄に住んでいたという。撮影の合間に立ち寄った沖縄料理店では、久しぶりの郷土料理に舌鼓を打った。夜は観光客が集まる那覇の目抜き通り「国際通り」でショッピングを楽しみ、緑色のペンダントを購入するなど、“第2の故郷”の空気を満喫していた。 今回の水着グラビアを機に、「世界初の“女優兼ユーチューバー”になります!」と宣言した石原は、「そのうちヒカキンから声かかっちゃったりして(笑い)。そうしたら会って、対談したいですね」と今後の展望を語る。 今後はHIKAKIN(ヒカキン)やはじめしゃちょーといった著名ユーチューバーとの対談を視野に入れつつ、商品紹介や旅先での動画撮影などに力を入れていくという。かつて出演したドラマの名ゼリフを織り込んだLINEスタンプの作成も企画中だという。世間の注目を浴び続けてきた異能の女優が、再び大暴れしそうだ。
2018.08.07 07:00
NEWSポストセブン
石原真理子「世界初の女優兼ユーチューバーになります」
石原真理子「世界初の女優兼ユーチューバーになります」
 女優の石原真理子が休養期間を経て帰ってきた。伝説の大女優は、これからどんな活動で我々を楽しませてくれるのか? 石原からこんなメッセージが寄せられた。 * * * ファンのみなさん、ご無沙汰しています。お久しぶりですが私は元気です。今回の沖縄での水着グラビアを機に、女優として演技だけでなく、グラビアや動画にも力を入れていきます。 久しぶりのグラビアロケは天候もよく、私物の黄色い水着や青い浮き輪なども用意して、皆さんへの暑中お見舞いのつもりで楽しみながら撮影しました。楽しさが見えましたか?(笑い)秋にはアザーカットを使ったデジタル写真集も配信するので、乞うご期待!! ですね。 沖縄と石垣島には2008年に1年間ほど住んだことがあり、大好きな沖縄料理「どぅる天(田いもを使った天ぷら)」と「ジーマミー豆腐」を久しぶりに味わって、変わらず美味しかったです。ビーチにはパワーストーン「ラピスラズリ」のような青い石がいっぱい転がっていて、思わず石遊びや貝殻拾いもしましたよ。 あと、私は世界初の“女優兼ユーチューバー”になります!! なので、私に何か宣伝してほしいものがあれば言ってくださいね(笑い)。そのうちに、LINEスタンプも作っちゃいます!! 自分の言葉で色々な表現をしたいと思っていますし。そして秋には第一弾の動画をアップする予定ですから、楽しみにしていてくださいね。※週刊ポスト2018年8月17・24日号
2018.08.06 16:00
週刊ポスト
石原真理子が完全復活! 神秘的な水着姿を撮り下ろし
石原真理子が完全復活! 神秘的な水着姿を撮り下ろし
 石原真理子が休養期間を経てついに完全復活! 伝説の大女優が再び輝きを放つ。真夏の沖縄で極秘ロケを敢行! あの頃と変わらぬ眩しく神秘的な水着姿で美ら海と戯れる。【プロフィール】いしはら・まりこ/1964年、東京都生まれ。旧名、石原真理絵。1980年、映画『翔んだカップル』に出演し芸能界デビュー。堀越高等学校卒業後、代表作となるテレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』(1983年)の他、映画など多数の作品に主演。清純派女優として人気に。2017年より、再び石原真理子として活動。※週刊ポスト2018年8月17・24日号
2018.08.06 15:55
週刊ポスト
石原真理子が伝説写真集を振り返り「日本語」への疑念語る
石原真理子が伝説写真集を振り返り「日本語」への疑念語る
 かつて清純派女優として人気を博し、一世を風靡した石原真理子。1993年に発売された写真集『Marie!』(竹書房刊)は伝説となっているが、あれから24年の時を経て、彼女が撮影時の思い出と現在の心境を語る。 * * * この写真集が発売されたのは1993年10月31日、ハロウィーンの頃でした。魔女のような衣装を選んで撮影に臨みましたが、当時の日本ではハロウィーンはまだ知られていなかったので、私が先駆けですね。とはいえ、別に悪魔のお祝いはしませんけど(笑い)。 フランスで行なわれた撮影は1週間程度で終わりましたが、現地の雰囲気が気に入ったので、その後もパリに住み続けました。この写真集が出た後は日本を脱出しましたし、名前も変えましたよ。日本社会の“ない事ない事”語られる空間から抜け出したわけです。 フランスの自由な空気や絵画のような世界を見て、気持ちに変化が生まれたのかも。映画や動画、カラー写真などだったら、作品の意味が変わるのでOKしていませんでした。なので、これは唯一のモノクロームな美しい水彩画のような世界になりました。 モノクロなので、実はすべてが幻だったのかも(笑い)。あの頃色々な人が出していなければ、この無機質な絵画アートも存在しなかったでしょうね。 写真集の発売前後も編集者への連絡は、パリ駅の公衆電話からしました。予約が2万部だとか聞いたのは覚えてますけど(笑い)。50万部近い印税を書類に書き込んだとき、「金額にゼロが1つ足りないですよ」と言われて笑い合いましたね。 日本のマスコミで報じられている私の姿はあまりにも嘘ばかりで、最近の騒動でも改めて思ったように、私でない私が100人は作られている感覚です。 このような嘘だらけの記事を読んでいると、まるで日本語は呪われた言語かのように思いました。だから私は日本語に限界を感じて、英語を大事にしたブログでの情報発信をしているんですよ。今はかなり伝えられて一段落ですね。 今後は映画やテレビでの活動はもちろんですが、歌やライブのほか、英語を生かした仕事にも力を入れたいですね。●石原真理子(いしはら・まりこ)/1964年、東京都生まれ。旧名、石原真理絵。1980年、映画『翔んだカップル』に出演し聖心女子学院高等科在学中に銀幕デビュー。代表作となるテレビドラマ『ふぞろいの林檎たち』(1983年)のほか、映画『めぞん一刻』『十手舞』など出演作多数。清純派女優として人気を博し、一世を風靡した。2017年からは再び石原真理子として活動している。※週刊ポスト2017年10月13・20日号
2017.10.06 16:00
週刊ポスト
石原真理子の告白本を巡る編集との攻防戦に高評価
石原真理子の告白本を巡る編集との攻防戦に高評価
『全部、言っちゃうね』──女優の告白本が世間を騒がせているが、過去を遡れば、数々のタレント暴露本が芸能界を震撼させてきた。プロインタビュアーでタレント本収集家でもある吉田豪氏に、埋もれている名著のなかの傑作についてきいた。 * * * 比較的最近出たもので、傑作だと思ったのが石原真理子さんの『ふぞろいな秘密』(2006年・双葉社刊)です。本人は「芸能界のいじめの構造を何とかしたい」という思いがあり、当初は恋愛話なんか入れるつもりはなかったようですが、出来上がってみると恋愛話がほとんどで、いじめのエピソードはめちゃくちゃ薄かった(笑)。 世間的にも話題になったのは総勢13人もの有名人とのセックス遍歴。ドラマで共演した時任三郎さんや中井貴一さんらの実名を出してベッドの中を評価したのは前代未聞でした。なかでも明石家さんまさんに対しては〈彼は、ベッドの中でもいたって普通の男性でした〉と“低評価”を下し、その後、さんまさん本人がギャグにしていました。 この後日談を知れば、この本がもっと面白くなります。 僕がこの本を各メディアで取り上げていたら、石原さんから直接電話がかかってきて、編集サイドとの攻防戦をこんな風に明かしてくれたんです。「ゲラをなかなか見せてくれなくて、やっと見た後に鉛筆で修正を入れたら、編集者が横から消しゴムで修正部分を消していくのよ!」って激怒していて。 ひどい話なんですけど、だから本が面白くなったんでしょうね。※週刊ポスト2017年3月24・31日号
2017.03.19 16:00
週刊ポスト
天真爛漫過ぎた佐野量子 写真家も唖然の仰天ヒッチハイク
天真爛漫過ぎた佐野量子 写真家も唖然の仰天ヒッチハイク
 アイドル人気全盛の1983年から8年間、雑誌『Momoco』の表紙と巻頭連載「Momoco写真館」を撮り続けた写真家の小澤忠恭氏。撮影した計87人のアイドルの中で一番思い出に残っているのは、創刊時のイメージガールのオーディションで約500人の中から選ばれた菊池桃子だった。「名前が雑誌名と同じというのも運命的でした。とにかく圧倒的にかわいかった。デビューしてわずか1年で日本武道館を満員にするほどの人気で、その頃に真冬の芦ノ湖の湖畔で撮影したら風邪をひいちゃって。あれはマズかった(笑い)」(小澤氏)『Momoco』からは多くの人気アイドルが生まれた。なかでも酒井法子のアイドルとしての資質は際立っていたという(以下、「」内の発言は小澤氏)。「撮影後に『東京タワーが見たい』というので車で連れて行くと、着く前にパッと車を降りて車道を走って行っちゃう。天真爛漫というのは、アイドルにとって欠くべからざる資質なんです」 同様に、西村知美もまたアイドルらしいアイドルだった。小澤氏が最初の出会いを語る。「デビュー前に彼女の地元の山口で撮りました。立居振る舞いがすでにアイドルというか、素人じゃないんです。聞くと、憧れている菊池桃子の仕草を見て身につけたと。天然ボケのイメージが強いけど、芯のしっかりした子でした」 天真爛漫といえば、騎手・武豊との結婚後、芸能界を引退した佐野量子も印象深い。小澤氏によれば、佐野の大らかさは西村以上だったという。「彼女、静岡からバスで通っていましたが、帰りに乗り過ごしたというのです。『困ったなあって思っていたらトラックが停まってくれて、家まで送ってくれました』と。危ないですよね(笑い)」 小澤氏の活躍は、『Momoco』だけではない。グラビアや写真集の撮影で、多くのアイドルをカメラに収めた。石川秀美もその一人だが、印象深いのは優しい気配りだったという。「同じ事務所だった芳本美代子と一緒に撮影した時、秀美ちゃんは自分ばかりにカメラを向けられていると、『みっちょん(芳本)も撮って』といってくる。大人顔負けの気配りなんです」 とはいえ、10代といえば難しい年頃。若いモデルたちをうまく乗せ、知恵と工夫で現場を乗り切ってきた。「『おニャン子クラブ』の新田恵利ちゃんには、『横になって寝そべるのはイヤ』といわれて困りました。でも、こちらの意図や必ずキレイに撮れるからと話して、仰向けに寝ているところを上から撮らせてもらいました」 圧倒的な技術と説得力で被写体の信用を勝ちとっていく小澤氏。1993年には、当時、芸能界から姿を消していた石原真理子(現・石原真理)から突然連絡が来た。「昔からの縁で復帰の相談を受けて、その後、ヌード写真集を出すことになりベニスに行きました。ところが、現地でどうしても脱ぎたくないと。説得して、結局日本でヌードを撮りましたが、全裸になると、黒縁のメガネをかけたんです。何かを身につけることで、『女優として裸になったのだ』と自分に納得させたのでしょう。大変な経緯はあったけど、息をのむような美しさでした」※週刊ポスト2016年7月1日号
2016.06.25 16:00
週刊ポスト
『ゆとりですがなにか』は平成版『ふぞろいの林檎たち』
『ゆとりですがなにか』は平成版『ふぞろいの林檎たち』
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、クドカンドラマ『ゆとりですがなにか』を分析。 * * *「岡田(将生)くんや松坂(桃李)くんという、勢いのあるゆとり世代の俳優たちと共演できてすごくうれしかったです」とは、11日、主演映画『秘密 THE TOP SECRET』完成報告会見に登壇した生田斗真の弁。言われた岡田は顔をくしゃくしゃにしながら、一拍おいて「ゆとりですがなにか?」と返し、松坂は「言っちゃったよ」と笑った。 このもようが全国のワイドショーでオンエアされたため、岡田と松坂が出演する日本テレビ系ドラマ『ゆとりですがなにか』の番宣が他系列でもされることとなってしまった。 一部で「ゆとりなし」とも言われている視聴率の同ドラマに、生田が援護射撃をしたのは、『ゆとりですがなにか』の宮藤官九郎脚本作品に、生田本人が複数出演しているから。生田は、このドラマを楽しみに見ているに違いない。「クドカン初の社会派ドラマ」を演出するのは『Mother』『Woman』や、映画『謝罪の王様』『あやしい彼女』でもおなじみの日本テレビのスター演出家、水田伸生氏。 出演は件の岡田将生、松坂桃李に加えて、若き演技派・柳楽優弥、「日本アカデミー賞」最優秀主演女優賞に輝いた安藤サクラ、さらには、太賀や矢本悠馬、加藤諒ら、フルネームは知らなくても、出演していた作品名や役どころはしっかり浮かんで来る、若き個性派俳優がひしめきあっている。 他にも、真野響子、でんでん、吉田鋼太郎といったF3、M3にも刺さる俳優たちが出ているのだが、ターゲット層の若者以外になかなかチャンネルを合わせてもらっていないようだ。 ドラマのみならず、世帯視聴率を安定させるには年配層に見てもらっていないとキツイ。そんなことから「視聴率には、ゆとりなし」と書かれてしまっているのだが、ターゲット層にはしっかり刺さっており、Huluで配信される日本テレビ系の番組ランキングでもトップ3に入っているのだ。 岡田、松坂、柳楽は、リアル“ゆとり世代”であり、役柄も“ゆとり第一世代”にあたるアラサー世代。食品会社の営業マンなのに、居酒屋への出向を命ぜられた岡田は、慣れない作業と、雰囲気の異なる同僚に振り回され、教員役の松坂は理解しがたい上の世代の父兄や、生徒らとうまくコミュニケーションをとれず、さんざんな目に遭ったりしている。「おっぱい」というワードを異なるバージョンで連呼する風俗店の客引き役の柳楽は、実は東大合格を目指し、11浪中という設定。妻子もいる。 一人一人の役が実に魅力的で、誰からも目を離すことができないのは、水田氏ならではの愛ある演出のなせるワザ。 私の知人のスポーツ紙デスク(アラフィフ男性)は、「このドラマは平成の『ふぞろいの林檎たち』(TBS系)だ」と断言する。 三流大学生を演じる中井貴一、時任三郎、柳沢慎吾が、一流大学生と嘘をつき、立ち上げたサークルに参加した看護学生の手塚理美、石原真理子(当時)、容姿にコンプレックスをもつ女子大生の中島唱子ら、規格外の落ちこぼれたちが、社会問題や恋愛、家族関係に直面し、葛藤する社会派ドラマ。アラフィフ、アラ還世代は、いまだに印象的な場面や、自分を投影させた役柄について熱く話せることだろう。 話を視聴率に戻すと、昨今のドラマというのは、初回の数字が獲れて、まず、なんぼ。裏環境や時間帯、さらに今期のように災害のニュースとドラマ開始が重なったときには、目論んでいた視聴率とかけ離れた結果になってしまうことも少なくない。 傾向としては、連続ドラマであっても1話完結で、見終わったとき、スカッとできるドラマが人気で、『半沢直樹』(TBS系)や『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)“のようなもの”に偏っている感がある。 が、『ゆとりですがなにか』は、正反対。毎回、考えさせられるし、スカッとしないことだらけ。でも、出て来るキャスト全員を応援したくなるような作品だ。 現場の雰囲気はとても良いと聞く。実は、撮影が中盤に差しかかった先日、演出の水田氏からキャストに異例のメッセージが伝えられたという。 それは、「視聴者の皆さんが年齢を重ねたとき、自分の人生を変えたドラマだったと振り返ることができるような作品にしよう」というもので、岡田将生は涙を浮かべながら聞いていたとか。 何やら男臭い現場のように思えるが、プロデューサー陣の一人には、日本テレビの枝見洋子氏が名を連ねている。 映画『桐島、部活やめるってよ』の企画、プロデュースに関わった若手で、「連続ドラマのプロデュースは今回が初めて」なのだそうだ。 枝見氏は、「クドカンさんの素晴らしい脚本に、さらに水田さんならではの演出が加わって、あ~、こうやって本が映像になっていくのだということを日々学んでいます」と謙虚だが、「大袈裟でも綺麗事でもないけれど、見ていただいたら、絶対に、“その先”に進める作品」と胸を張る。 放送作家である私はバラエティー班として、視聴率のコンマ1で番組の今後が左右されてしまう場面を日々見ているし、自身もそれと闘っている。もう少し獲れているだろうと思った担当番組の数字が、翌日、それより2~3%少ないことはしょっちゅうで、“テレビ離れ”という言葉は、年々、厳しくのしかかってきている。 ドラマ班も同様とお察しするが、紙メディアやネットを中心に、毎回の視聴率が取りざたされてしまうドラマの現場で、予想通りの結果が出なかったとき、どうテンションを保っていくのだろうか…と他人事ながら心配することもある。『ゆとりですがなにか』の現場で水田伸生氏がキャストに贈った言葉は、懸命に演じている若き俳優や、たとえば枝見氏のように、これからもっともっとドラマに携わるであろう裏方の心にも深く刻まれたに違いない。 私は同ドラマのターゲット外の層だが、ドラマ好きの一人として、今期でいちばん“私好み”の作品だと言い切れる。いまからでも遅くない。『ゆとりですがなにか』を見てほしい。
2016.05.15 07:00
NEWSポストセブン
マダムのボーダー取り入れは3色以上のマルチカラーが正解
マダムのボーダー取り入れは3色以上のマルチカラーが正解
 ファッションプロデューサーの植松晃士さんが年配女性のボーダー着こなし術をアドバイス。ボーダーといえば鉄板アイテムではあるが、どう使うのが正解なのか? * * * 皆さま、ご機嫌よう! 春の到来とともに、私、髪形をマイナーチェンジしました。世間のトレンド的には、刈り上げ復活です。襟足など、極狭い幅で外側の髪を短く刈り上げたりして、髪形の流行は30年くらい前の時代に戻ってるんですね。 1980年代のいわゆるテクノポップの時代。YMOが一世を風靡した頃です。もみあげは残しているので、テクノカットとはちょっと違いますが。髪の色も全体に暗め。赤い口紅や太眉、黒縁の眼鏡も定着しました。ドラマ『ふぞろいの林檎たち』の石原真理子改め石原真理絵改め石原真理子改め石原真理さんとか、『彼女とTIP ON DUO』を歌っていた頃の今井美樹さんを思い出していただくとわかりやすいでしょうか。 それにしても最近、チュニックにズボンを組み合わせた土偶ルックのオバさまがたが激減したと思いませんか? 私はとても喜ばしい現象だと思っています。さんざん、「やめて」と言い続けた私の啓蒙活動も少しは役に立ったのかしら? そして柄×柄で、柄に埋もれたような装いのオバさまも見かけなくなりましたね。これは洗練されたオバさま世代が増えてきた証拠。素敵です。この美意識をぜひ、持ち続けていただきたいと思います。 そこで今回は、春のトレンドについて話します。トレンドとしては相変わらず、レースなどのレディーなディテールが大流行で、大きな変化はありません。プリントも変わらず多いのですが、オバさま世代は、「えっ、いつも柄ですが、何か?」的なかたが多いので、柄のトレンドはことさらお話ししなくても大丈夫そう。 とはいえ、去年と同じ柄物を着ても新しくは見えないので、あえておすすめするならば、ストライプでしょうか。ボーダーは比較的にどなたでも似合うのですが、実は大きな落とし穴があるんです。 ボーダーのイメージって、家庭用洗剤のCMに象徴されるような、清潔感とかカジュアル感、素朴さにあります。具体的には優しいママを連想させるような爽やかさ。優しいママは確かに素敵なのですが、実際に「ママ」と呼ばれていたのは、正直言って、結構遠い昔のお話です。 ラガーシャツを思い浮かべるとわかりやすいと思いますが、ボーダーってそもそもすごく健康的でスポーティー、男前なアイテムなんです。 ボーダーのカットソーにチノパンを合わせたようなスタイルは、“公園デビュー”を飾った時代、ママ友さんたちからの好感度を上げるためには役に立ったのでしょうが、マダムな世代には、今さらなコーディネートでしょう。 ですからマダムがボーダーを取り入れるなら、3色以上のマルチカラーやランダムな幅のもの。プレーンなタイプのボーダーなら、ジャケットやスプリングコートのインナーとして活用するのが正解。つまり、“エレガント仕様のボーダー”にすべきなんです。 一方、ストライプは、ボーダーと比較するとグッとシャープで知的な印象になります。2時間ドラマで事件を解決する人はたいてい、シャツを着ているでしょ? ストライプでなくても、襟の付いたもの全般、つまりシャツやラウンドカラー(丸襟)、ボウタイのブラウスも◎。襟があると首のしわが隠れるし、顔の表情が明るく見えますよ。この春はハイネックをシャツやブラウスにチェンジして、若々しく着映えましょう! オバさん、万歳!※女性セブン2016年3月31・4月7日号
2016.03.23 07:00
女性セブン
芸能界不倫列伝 「ドロ沼」と呼ばれた女優Iの不倫劇
芸能界不倫列伝 「ドロ沼」と呼ばれた女優Iの不倫劇
 ベッキーから桂文枝師匠まで、今年の芸能界はまさに不倫スキャンダルの嵐だが、芸能人にとって不倫は、発覚した「その後」こそが大事だ。テレビの情報番組記者A氏(30代)、スポーツ紙デスクB氏(40代)、週刊誌ベテラン女性記者C氏(50代)の3名を集め、「不倫カップルのその後」をテーマに緊急座談会を実施した。ここでは、過去の芸能界の不倫について振り返った。A:ちょっと変わったケースはタレントの森泉(33)とプロサーファーの腰添健氏(62)の不倫でしょうか。2011年に不倫関係がスクープされた時、森は「独身だと思っていた。騙された」と主張し、「もう会わない」と宣言した。でもその後、正式に妻と離婚した腰添氏は森の自宅に転がり込んで同棲を始めたんです。B:いまではマネージャーのような役割で事実婚状態だとか。29歳差の彼と今後、再婚もありそうです。C:世のオジサンたちに夢を与える話ね。A:夢どころか幻滅を与えるドロ沼不倫もあります。B:お騒がせだったのは女優の石原真理(52)だよ。1980年代に当時妻帯者だった歌手の玉置浩二(57)との不倫が発覚して大騒動になり、会見で「子供のような恋をしています」と一筋の涙を流した姿は「美しすぎる不倫会見」としてベテランの芸能記者の間で語り種になっている。その後、玉置の離婚が成立して結婚すると思われたけど破局。のちに石原は著書『ふぞろいな秘密』で「破局は玉置のDVが原因」と暴露した。A:全然、美しくないじゃないですか!B:(苦笑)この暴露本で再接近した二人は「25年の時を経て再び結婚!」と報じられたけど、石原が米国で結婚していて「重婚」で結婚が許可されなかった。お騒がせな女性です。C:玉置はその後、青田典子(48)と再婚して幸せそうだからいいけど。A:現代のお騒がせ不倫と言えばタレントの矢口真里(33)です。夫で俳優の中村昌也(29)の留守中、自宅の寝室に不倫相手で俳優の梅田賢三(28)を連れ込んだばかりか、翌朝に帰宅した中村と梅田がハチ合わせしたと2013年に報じられ、離婚してすべてのレギュラー番組を降板しました。C:それでも矢口と梅田は続いているみたい。ベッキーにはぜひ見習ってほしい。※週刊ポスト2016年3月18日号
2016.03.09 07:00
週刊ポスト
玉置浩二 DVで石原真理をマインドコントロールしていた!?
玉置浩二 DVで石原真理をマインドコントロールしていた!?
 離婚裁判で証拠として提出されたDV音声が流出してしまった高嶋政伸(45才)に続き、早乙女太一(20才)と恋人・西山茉希(26才)の壮絶喧嘩が明らかに。芸能界でDVが相次いでいるが、玉置浩二(53才)にもこんな過去があった。 安全地帯の大ヒット曲『ワインレッドの心』。これは、当時19才だった石原真理(48才)のために、玉置が作った曲だった。 1985年、ふたりの不倫愛が発覚するや石原は記者会見を開き、「小学生のような恋をしています」との名台詞を残した。しかし1986年2月、石原は腰椎骨折で入院する。自宅マンションで転んで腰を打ち、救急車で運ばれた、というのが当時の説明だったが、後に発表された著書『ふぞろいな秘密』(双葉社刊)で、真相がこう明かされた。<優しい顔が豹変し、夜叉のような顔をして何度も叫びながら私を殴り、私がその勢いで倒れると、後ろから腰の当たりを何度か足蹴り> それでもふたりはしばらく交際を続けた。しかし結局は玉置のエスカレートするDVが原因で、1986年9月に終わりを迎えた。 それから23年後の2009年2月、電撃的な再会を果たし、結婚を発表、日本中を驚かせた(同年8月ごろ破局)。 心療内科、精神科が専門の『くじらホスピタル』の上村順子医師はこう説明する。「DVには一定のサイクルがあります。殴ったあとに、甘い言葉をささやく蜜月期があり、そこでは“愛しているから殴った”などといって土下座して謝ったり、時には涙を流したりもする。でもその頭の中は、自分の行為を反省しているというよりも、彼女を手放したくない思いでいっぱいなんです“行かないで”“逃げないで”って。 その後平穏期(蓄積期)という何もない時期がある。この何もない時期に、男のほうでいろんな感情が蓄積されて暴力が爆発するんです。殴られているほうは、それが繰り返されることでマインドコントロールされるんですね」※女性セブン2012年5月31日号
2012.05.21 16:00
女性セブン

トピックス

結婚を発表し、お相手を「建築会社」とした滝沢。「一般男性」とは言っていない
滝沢カレン結婚!「テラハ」出演“肉食系”ハーフモデルのどこに惹かれたのか
NEWSポストセブン
謝罪をする田中聖(公式YouTubeチャンネル)
田中聖容疑者、覚醒剤所持でまた逮捕 芸能人が“やめられない”根本的な問題点
NEWSポストセブン
『ぴったんこ☆カンカン』スタート時の安住アナ(時事通信フォト)
泉ピン子が語る安住紳一郎アナ「とても負けず嫌い。すごい強さを秘めている」
週刊ポスト
盗難被害を告白した木下
TKO木下隆行がベトナムで270万円の盗難被害、防犯カメラにおさめられた悪質手口の一部始終
NEWSポストセブン
TBS・安住紳一郎アナウンサーの魅力の源は?(時事通信フォト)
TBS安住紳一郎アナ、恩師や先輩アナが明かす“天才的なしゃべり”“のスキル
週刊ポスト
眞子さまの箱根旅行のお姿。耳には目立つイヤリングも(2018年)
小室圭さんの妻・眞子さん 華やかだった4年前の「箱根・女子旅ファッション」
NEWSポストセブン
メディアの前に久しぶりに姿を現したブラザートム(撮影/黒石あみ)
ブラザートムが不倫騒動・事務所独立からの今を語る「娘にはよくハガキを書いてあげるんです」
NEWSポストセブン
日本は世界が憧れる国だと思っていたが……(イメージ)
在日経験のある外国人たちが「日本の没落」を口にし始めているという厳しい現実
NEWSポストセブン
小室圭さんと眞子さん
小室圭さん妻・眞子さんがNYで行きつけのスーパーから見えてきた“妻の気遣い”「日本でいえば『成城石井』」 
NEWSポストセブン
高橋真麻
高橋真麻「おでんの卵8個食べても太らない」女性が憧れる美スタイルの理由
NEWSポストセブン
SDGs(持続可能な開発目標)についてテレビが取り上げる機会が激増していた(イメージ、時事通信フォト)
テレビ局が一斉に発信していた「SDGs」、最近見かけなくなった理由
NEWSポストセブン
結婚し、日本メディアが情報をキャッチしづらいNYで、デイリーメールが追跡取材(写真/JMPA)
小室圭さん・眞子さん夫婦が「離婚で終わったとしても…」英デイリー・メールが報じた「茨の道」
NEWSポストセブン