ライフ

【書評】「死を銘記」した中年作家の悲しくも爽やかな再出発

【書評】『メメント・モリ』原田宗典/新潮社/1500円+税

【評者】関川夏央(作家)

「メメント・モリ」は「死を銘記せよ」。人生の折り返し点を過ぎたと実感したとき心に響く。二〇一三年九月、原田宗典は渋谷区の路上で、「ただいまの時刻、十九時四十六分。覚醒剤および大麻の所持で貴方を逮捕します」と警察官にいわれた。イラン人の「売人」から買った直後だった。

「生まれて初めてかけられた両手錠は、ひやりと冷たくて、強烈な現実感を彼に与えた」

 渋谷署に連行され、スニーカーのかわりに、甲に「18」と番号を振った茶色いサンダルを支給された。「今から貴方は、18番。いいですね? 渋谷18番――これが貴方の名前ですからね」

 原田宗典は売れた小説家・劇作家であった。ハンサム、長身、よくモテた。収入も少なくなかった。それが一九九〇年代後半から、自分に責任あることも含め、不運に見舞われつづけた。

 九六年、ポルシェを運転していて高速上でハデな自損事故を起こした。女性問題で毎月家裁に通う身の上となってウツを発した。そのせいかドラッグに接近した。二〇〇〇年の暮れには妻に罵倒されて衝動的に自殺を試みた。死ななかったのが不思議なくらいの完璧な自殺は、不眠症で処方された睡眠導入剤とアルコールを不用意に併用した結果であった。

 家族と別れて「昭和」的アパートで単身生活を始めたが、歩行中に太腿をナイフでえぐられるような痛みを経験した。椎間板ヘルニアであった。一二年はウツが高じて被害妄想に悩まされ、一三年、自転車にタクシーをぶつけられた。そして一三年九月の逮捕。ひどい脚の痛みがクスリへの逃避を誘ったのでもあった。

 この間、ほとんどまともに仕事ができなかった著者が、十年ぶりに長編を執筆した。それが、自責を率直に認めながら、事実をその折々の思いとともに過不足なく書いた『メメント・モリ』である。ひとりの作家の、あるいは「死を銘記」せざるを得ないひとりの晩期中年の、もの悲しくもさわやかな再出発の物語である。

※週刊ポスト2016年2月19日号

関連記事

トピックス

大谷の妻・真美子さん(写真:西村尚己/アフロスポーツ)と水原一平容疑者(時事通信)
《水原一平ショックの影響》大谷翔平 真美子さんのポニーテール観戦で見えた「私も一緒に戦うという覚悟」と夫婦の結束
NEWSポストセブン
大ヒット中の映画『4月になれば彼女は』
『四月になれば彼女は』主演の佐藤健が見せた「座長」としての覚悟 スタッフを感動させた「極寒の海でのサプライズ」
NEWSポストセブン
国が認めた初めての“女ヤクザ”西村まこさん
犬の糞を焼きそばパンに…悪魔の子と呼ばれた少女時代 裏社会史上初の女暴力団員が350万円で売りつけた女性の末路【ヤクザ博士インタビュー】
NEWSポストセブン
華々しい復帰を飾った石原さとみ
【俳優活動再開】石原さとみ 大学生から“肌荒れした母親”まで、映画&連ドラ復帰作で見せた“激しい振り幅”
週刊ポスト
中国「抗日作品」多数出演の井上朋子さん
中国「抗日作品」多数出演の日本人女優・井上朋子さん告白 現地の芸能界は「強烈な縁故社会」女優が事務所社長に露骨な誘いも
NEWSポストセブン
死体損壊容疑で逮捕された平山容疑者(インスタグラムより)
【那須焼損2遺体】「アニキに頼まれただけ」容疑者はサッカー部キャプテンまで務めた「仲間思いで頼まれたらやる男」同級生の意外な共通認識
NEWSポストセブン
学歴詐称疑惑が再燃し、苦境に立つ小池百合子・東京都知事(写真左/時事通信フォト)
小池百合子・東京都知事、学歴詐称問題再燃も馬耳東風 国政復帰を念頭に“小池政治塾”2期生を募集し準備に余念なし
週刊ポスト
(左から)中畑清氏、江本孟紀氏、達川光男氏による名物座談会
【江本孟紀×中畑清×達川光男 順位予想やり直し座談会】「サトテル、変わってないぞ!」「筒香は巨人に欲しかった」言いたい放題の120分
週刊ポスト
大谷翔平
大谷翔平、ハワイの25億円別荘購入に心配の声多数 “お金がらみ”で繰り返される「水原容疑者の悪しき影響」
NEWSポストセブン
【全文公開】中森明菜が活動再開 実兄が告白「病床の父の状況を伝えたい」「独立した今なら話ができるかも」、再会を願う家族の切実な思い
【全文公開】中森明菜が活動再開 実兄が告白「病床の父の状況を伝えたい」「独立した今なら話ができるかも」、再会を願う家族の切実な思い
女性セブン
ホワイトのロングドレスで初めて明治神宮を参拝された(4月、東京・渋谷区。写真/JMPA)
宮内庁インスタグラムがもたらす愛子さまと悠仁さまの“分断” 「いいね」の数が人気投票化、女性天皇を巡る議論に影響も
女性セブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン