ライフ

太宰治の作品は寅さんや水戸黄門と同じ「反復効果」あり

【書評】『太宰治の作り方』(田澤拓也著/角川選書/1890円)
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)

 * * *
 太宰の魅力は、なんといっても「人の弱さを伝える文学」にある。人生を無傷で歩むことができない以上、「どこかで傷を負ったとき」、その作品世界に浸れば、期待にたがわない癒しを与えてくれる。しかもそこには、「私だけがこの人の作品を理解できる」と思い込ませる「親和力というか共感力」なる仕掛けがほどこされている。

 これが没後60年を過ぎてなお、読者を虜にしつづけてきた魅力だとわかれば、なるほど、現代社会に疲れきった人々が太宰にひかれるのもわかろう。実は、太宰は「私小説」を装ってはいても、決して私小説は書いてはこなかった。自らの体験に基づいた私小説ではなく、「面白おかしく自らの伝説を作り出そうとした『自伝』」を書いていた――。

 あまたのノンフィクション作品を手掛けてきた著者もまた、青森高校で過ごした青春時代、太宰に心を奪われた青年のひとりだった。その彼が、太宰の人気の秘密を、小説の「作り方」といった文章技術面から、調査、分析したらどうなるか。数十年にわたる歳月をかけ、太宰を直接知る人々を訪ね歩いて収集した証言や資料を積み上げたうえに導き出した“秘密の暴露”が、あらたな「太宰ワールド」を存分に堪能させてくれる。

 秘密のひとつが「一人称告白体」という文章スタイル。これだと「彼自身の実人生で体験した重大事件を赤裸々に包みかくさず取りあげているような印象」を読者に喚起させやすい。主人公の告白がドラマチックであったり、残酷であったりすればするほど、読者は自らの境遇と引き比べ、慰められ、勇気づけられるからだろう。

 著者の考察は、「毎回毎回同じような設定の太宰の小説が、どうして読者を飽きさせない」かにまで及ぶ。いわば、「映画の寅さんやテレビドラマの水戸黄門のような反復効果」を生みながら、リアリティーを出すために手段を選ばなかったのが太宰の創作姿勢であった。本書で明かされている太宰の創作テクニックは、それ自体ひとつの文章読本でもある。

※週刊ポスト2011年4月29日号

関連キーワード

トピックス

ベラルーシ出身で20代のフリーモデル 、ベラ・クラフツォワさんが詐欺グループに拉致され殺害される事件が起きた(Instagramより)
「モデル契約と騙され、臓器を切り取られ…」「遺体に巨額の身代金を要求」タイ渡航のベラルーシ20代女性殺害、偽オファーで巨大詐欺グループの“奴隷”に
NEWSポストセブン
高校時代には映画誌のを毎月愛読していたという菊川怜
【15年ぶりに映画主演の菊川怜】三児の子育てと芸能活動の両立に「大人になると弱音を吐く場所がないですよね」と心境吐露 菊川流「自分を励ます方法」明かす
週刊ポスト
ツキノワグマは「人間を恐がる」と言われてきたが……(写真提供/イメージマート)
《全国で被害多発》”臆病だった”ツキノワグマが変わった 出没する地域の住民「こっちを食いたそうにみてたな、獲物って目で見んだ」
NEWSポストセブン
2020年に引退した元プロレスラーの中西学さん
《病気とかじゃないですよ》現役当時から体重45キロ減、中西学さんが明かした激ヤセの理由「今も痺れるときはあります」頚椎損傷の大ケガから14年の後悔
NEWSポストセブン
政界の”オシャレ番長”・麻生太郎氏(時事通信フォト)
「曲がった口角に合わせてネクタイもずらす」政界のおしゃれ番長・麻生太郎のファッションに隠された“知られざる工夫” 《米紙では“ギャングスタイル”とも》
NEWSポストセブン
イギリス出身のボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
《ビザ取り消し騒動も》イギリス出身の金髪美女インフルエンサー(26)が次に狙うオーストラリアでの“最もクレイジーな乱倫パーティー”
NEWSポストセブン
東京都慰霊堂を初めて訪問された天皇皇后両陛下と長女・愛子さま(2025年10月23日、撮影/JMPA)
《母娘の追悼ファッション》皇后雅子さまは“縦ライン”を意識したコーデ、愛子さまは丸みのあるアイテムでフェミニンに
NEWSポストセブン
将棋界で「中年の星」と呼ばれた棋士・青野照市九段
「その日一日負けが込んでも、最後の一局は必ず勝て」将棋の世界で50年生きた“中年の星”青野照市九段が語る「負け続けない人の思考法」
NEWSポストセブン
2023年に結婚を発表したきゃりーぱみゅぱみゅと葉山奨之
「傍聴席にピンク髪に“だる着”姿で現れて…」きゃりーぱみゅぱみゅ(32)が法廷で見せていた“ファッションモンスター”としての気遣い
NEWSポストセブン
「鳥型サブレー大図鑑」というWebサイトで発信を続ける高橋和也さん
【集めた数は3468種類】全国から「鳥型のサブレー」だけを集める男性が明かした収集のきっかけとなった“一枚”
NEWSポストセブン
女優の趣里とBE:FIRSTのメンバーRYOKI(右/インスタグラムより)
《趣里が待つ自宅に帰れない…》三山凌輝が「ネトフリ」出演で超大物らと長期ロケ「なぜこんなにいい役を?」の声も温かい眼差しで見守る水谷豊
NEWSポストセブン
松田聖子のモノマネ第一人者・Seiko
《ステージ4の大腸がんで余命3か月宣告》松田聖子のものまねタレント・Seikoが明かした“がん治療の苦しみ”と“生きる希望” 感激した本家からの「言葉」
NEWSポストセブン