国内

被災地の納棺師「もう一人ぼっちじゃない」などと遺体に声がけ

 被災地では多くの人が亡くなったが、遺体を送るためにかかせぬ人が「納棺師」。ノンフィクション作家の石井光太氏が、岩手県釜石市で働く白髪の納棺師に密着した。石井氏が綴る。(以下、敬称略)

 * * *
 千葉淳(70)は三年ほど前に葬儀会社を退職して年金暮らしをしていたが、今は臨時の依頼があるときだけ、納棺師として働いている。

 千葉は冷たい体育館に何日も放置される遺体が哀れでならなかった。電柱につかまったまま死んだ者、車のハンドルを握りしめながら死んだ者、みな命を落としたときのままの姿で無造作に横たえられているのだ。

 千葉は考えた末、遺体に語り掛けることにした。せめて自分だけは遺体を人間らしく扱ってあげたかった。

 毎朝千葉はその日に火葬される予定の子供の遺体に声を掛けた。

「昨晩はずっとここにいて寒かっただろう。ごめんな。けど、今日やっと遺骨になってお父さんやお母さんのところに帰れるからなァ。家は暖かいだろうし、お母さんの手料理まで供えてもらえる。家庭のぬくもりを味わってくるんだぞ」

 また、別の大人の男性の遺体にはこう言う。

「ほら、今日は晴れそうだぞ。息子さんが迎えに来たらちゃんとお別れを言うんだぞ。そうすれば残された息子さんも立派に成長するはずだ」

 古い体育館の殺伐とした空気のなかで、横たえられる遺体は、いわば“物”でしかなかった。だからこそ、千葉は生きている者と何ら変わらぬように言葉を掛けることで、少しでも人間としての尊厳を取り戻させてあげたいと願ったのだ。

 遺族の前でも、千葉は遺体に頻繁にはなしかけた。息子たちが父親の遺体を引き取りに来たときはこう言った。

「お子さんが会いにきてくれたぞ。よかったなァ。もう一人ぼっちじゃない」

 静まり返った体育館に、千葉のやさしい声が響く。彼は遺体に顔を近づけてつづける。

「これで安心して天国に行けるなァ。あっちからずっと息子さんを見守ってあげなよ。息子さんもそうしてもらえたら嬉しいだろうから」

 息子たちはその言葉を聞いた途端に感極まり、涙をこぼした。殺風景な安置所のなかで、千葉の言葉だけが唯一人間味を感じさせる慰めだったのだろう。 千葉は家族の肩を叩いて言う。

「見つかってよかったね。家族に葬ってもらえるのが一番だ。亡くなったお父さんも心底喜んでいるよ」

 息子たちは嗚咽する。みんな安置所の重苦しい雰囲気に配慮して必死に感情を押し殺していたに違いない。千葉の思いやりのある一言でその呪縛が解け、一気に様々な思いが噴き出してきたのだ。千葉はそんな姿を見ると安堵に似た気持ちになるのだった。

※週刊ポスト2011年6月24日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

“教育虐待”を受けたと主張する戸田容疑者の家庭環境とは── (時事通信社)
「母親から数万円の振り込み断られた」東大前駅切りつけ事件・戸田佳孝容疑者(43)の犯行動機に見える「失われた世代」の困難《50万人以上の高齢者が子に仕送りの推計データも》
NEWSポストセブン
府中刑務所の食事見本。ふりかけや、佃煮らしき小鉢が見える。2024年2月報道向け公開時(AFP=時事)
暴力団幹部が定食屋で「勘弁してくれよ」と言った事情 目の前にはアミの佃煮、たくわん、塩辛など「ご飯のおとも」がずらり
NEWSポストセブン
秋篠宮と眞子さん夫妻の距離感は(左・宮内庁提供、右・女性セブン)
「悠仁さまの成年式延期」は出産控えた姉・眞子さんへの配慮だった可能性「9月開催で眞子さんの“初里帰り”&秋篠宮ご夫妻と“初孫”の対面実現も」
NEWSポストセブン
1998年にシングル『SACHI』でデビューした歌手のSILVA(ブログより)
《“愛の伝道師”として活躍した歌手SILVAの今》母として『子どもの性教育』講師活動、マイクを握れば「投げ銭ライブ」に「2200円の激安ボイトレレッスン」の出血大サービスも
NEWSポストセブン
性的パーティーを主催していたと見られるコムズ被告(Getty Images)
《フリーク・オフ衝撃の実態》「全身常にピカピカに」コムズ被告が女性に命じた“5分おきの全身ベビーオイル塗り直し”、性的人身売買裁判の行方は
NEWSポストセブン
大食いYouTuber・おごせ綾さん
《体重28.8kgの大食いタレント》おごせ綾(34)“健康が心配になる”特殊すぎる食生活、テレビ出演で「さすがに痩せすぎ」と話題
NEWSポストセブン
美智子さまが初ひ孫を抱くのはいつの日になるだろうか(左・JMPA。右・女性セブン)
【小室眞子さんが出産】美智子さまと上皇さまに初ひ孫を抱いてほしい…初孫として大きな愛を受けてきた眞子さんの思い
女性セブン
宮城野親方
《元横綱・白鵬の宮城野親方「退職情報」に注目集まる》一度は本人が否定も、大の里の横綱昇進のなかで「祝賀ムードに水を差さなければいいが…」と関係者が懸念
NEWSポストセブン
出産を間近に控える眞子さん
眞子さん&小室圭さんがしていた第1子誕生直前の “出産準備”「購入した新居はレンガ造りの一戸建て」「引っ越し前後にDIY用品をショッピング」
NEWSポストセブン
不倫報道の渦中にいる永野芽郁
《永野芽郁が見せた涙とファイティングポーズ》「まさか自分が報道されるなんて…」『キャスター』打ち上げではにかみながら誓った“女優継続スピーチ”
NEWSポストセブン
子育てのために一戸建てを購入した小室圭さん
【眞子さん極秘出産&築40年近い中古の一戸建て】小室圭さん、アメリカで約1億円マイホーム購入 「頭金600万円」強気の返済計画、今後の収入アップを確信しているのか
女性セブン
カジュアルな服装の小室さん夫妻(2025年5月)
《親子スリーショットで話題》小室眞子さん“ゆったりすぎるコート”で貫いた「国民感情を配慮した極秘出産」、識者は「十分配慮のうえ臨まれていたのでは」
NEWSポストセブン