近年、子供たちの理科離れが危惧されている。教育は国家の礎となる重要な要素だが、2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊博士は、こうした状況をどのように捉えているのだろうか? 小柴氏は、自らの体験をこう振り返る。
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子供時代に好きな先生に出会えるかどうかは、とても大切なことです。その点、僕は運がよかった。僕自身、今から振り返ってみて、中学時代に一番よかったと思ったことは、入学してすぐに担任になってくれた先生が、金子英夫という数学の先生だったことです。金子先生がとてもいい先生だったので、僕は数学が大好きになりました。
金子先生は、僕が病気で入院した時、アインシュタインとインフェルトの『物理学はいかに創られたか』という本を持ってきてくれました。中学生のレベルでは理解できない難しい内容だったけれど、大好きな金子先生からいただいた本なので一心不乱に読み、物理ってこんなことをやるんだという強い印象が残った。その時は物理学者になるとは思っていませんでしたが、今考えると、あの本から少なからず影響を受けていたと思っています。
そして大学に入学する直前に出会ったのが朝永振一郎先生でした。紹介状をもらって先生に初めて会った時、5分も経たないうちに、僕は先生が大好きになりました。先生の方も私のことを可愛い奴だと思ってくれたようで、以来、ずっと家族ぐるみの付き合いをさせていただきました。物理は直接習わなかったけれど、酒の飲み方から人生論まで、いろんなことを教えてもらいました。人間としてこれほど素敵な先生はいなかったですね。
大学院生の時、湯川秀樹先生の尽力で、アメリカのロチェスター大学が日本の留学生を2、3人受け入れることになりました。同大学は感度のいい写真乳剤を使って素粒子を調べる実験では、世界のトップクラスの実績がありました。僕の成績では留学するのは難しかったのですが、何としても行きたかった。
そこで朝永先生に相談したら「じゃあ、推薦状を書いてあげるよ。向こうへ行くと英語が大事だから、自分で英語で書いて持っておいで」とおっしゃった。
そこで僕は「この男は成績はそれほどよくないけれども、それほど馬鹿じゃない」というようなことを推薦状に書いて、先生のところに持っていったら、先生はニヤっと笑って「いいよ、サインしてあげるよ」と言って推薦状にサインしてくれました。ロチェスター大学に留学できたのは朝永先生のおかげだと思っています。
※SAPIO2012年1月11・18日号