ライフ

ベートーベンは商い上手 作曲家の集金システムも作り上げた

【書評】『第九 ベートーヴェン最大の交響曲の神話』(中川右介/幻冬舎新書/882円)

【評者】井上章一(国際日本文化研究センター教授)

 * * *
「第九」と書いて、「だいく」と読む。ベートーベンの交響曲第9番「合唱」を、われわれはそうよびならわしてきた。マーラーやブルックナーがつくった九番目の交響曲を、「だいく」と言うことはない。シューベルトのそれも、同様である。「だいく」という特権的な通称は、ただひとつベートーベンの「合唱」にだけあたえられてきた。

 EUは、きたるべきヨーロッパ連合の国歌に、「第九」の第四楽章をあてている。ベルリンの壁が崩壊したことをいわう音楽も、これである。「第九」は、ヒトラーの誕生日をいわう楽曲でもあった。にもかかわらず、いまや人類共有の音楽遺産になっている。CDの収録時間も、これが一枚におさまることを目安としてきめられたのである。

 いっぽう、作曲者のベートーベンは、この曲をけっこう打算的にとらえていた。当時の民衆や王侯貴族を相手に、小商いをもくろんでいる。初演のギャラはいくらになるのかな。譜面は、どのくらいに売れるだろう。誰にささげれば、いちばん高い献呈料がかせげるのか、等々と。なお、この献呈料という集金システムを最初にひねりだしたのは、楽聖ベートーベンであったという。

 初演の女性独唱者には、二人の美人歌手がえらばれている。抜擢したのは作曲者じしんであった。聴覚をうしない耳の聞こえなくなっていた楽聖は、どうしてこの二人にきめたのか。まさか、顔でえらんだのでは……。

 一時間以上におよぶこの曲をよろこぶ興行主は、当初あまりいなかったらしい。演じられても、第四楽章の「合唱」ははぶかれることが多かったという。「歓喜の歌」ぬきで「第九」をやるなんて、考えられない。あれこそが、クライマックスなのに。と、そううけとめるのは、後世のとらえ方であることが、よくわかる。

 あまりかがやかしくもない出自をもつ曲は、いかにして人類の至宝となったのか。その筋道を、この本はおしえてくれる。

※週刊ポスト2012年3月2日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の打ち上げに参加したベッキー
《ザックリ背面ジッパーつきドレス着用》ベッキー、大河ドラマの打ち上げに際立つ服装で参加して関係者と話し込む「充実した日々」
NEWSポストセブン
三田寛子(時事通信フォト)
「あの嫁は何なんだ」「坊っちゃんが可哀想」三田寛子が過ごした苦労続きの新婚時代…新妻・能條愛未を“全力サポート”する理由
NEWSポストセブン
雅子さまが三重県をご訪問(共同通信社)
《お洒落とは》フェラガモ歴30年の雅子さま、三重県ご訪問でお持ちの愛用バッグに込められた“美学” 愛子さまにも受け継がれる「サステナブルの心」
NEWSポストセブン
大相撲九州場所
九州場所「17年連続15日皆勤」の溜席の博多美人はなぜ通い続けられるのか 身支度は大変だが「江戸時代にタイムトリップしているような気持ちになれる」と語る
NEWSポストセブン
一般女性との不倫が報じられた中村芝翫
《芝翫と愛人の半同棲にモヤモヤ》中村橋之助、婚約発表のウラで周囲に相談していた「父の不倫状況」…関係者が明かした「現在」とは
NEWSポストセブン
山本由伸選手とモデルのNiki(共同通信/Instagramより)
《噂のパートナーNiki》この1年で変化していた山本由伸との“関係性”「今年は球場で彼女の姿を見なかった」プライバシー警戒を強めるきっかけになった出来事
NEWSポストセブン
マレーシアのマルチタレント「Namewee(ネームウィー)」(時事通信フォト)
人気ラッパー・ネームウィーが“ナースの女神”殺人事件関与疑惑で当局が拘束、過去には日本人セクシー女優との過激MVも制作《エクスタシー所持で逮捕も》
NEWSポストセブン
デコピンを抱えて試合を観戦する真美子さん(時事通信フォト)
《真美子さんが“晴れ舞台”に選んだハイブラワンピ》大谷翔平、MVP受賞を見届けた“TPOわきまえファッション”【デコピンコーデが話題】
NEWSポストセブン
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組・司忍組長2月引退》“竹内七代目”誕生の分岐点は「司組長の誕生日」か 抗争終結宣言後も飛び交う「情報戦」 
NEWSポストセブン
活動を再開する河下楽
《独占告白》元関西ジュニア・河下楽、アルバイト掛け持ち生活のなか活動再開へ…退所きっかけとなった騒動については「本当に申し訳ないです」
NEWSポストセブン
ハワイ別荘の裁判が長期化している
《MVP受賞のウラで》大谷翔平、ハワイ別荘泥沼訴訟は長期化か…“真美子さんの誕生日直前に審問”が決定、大谷側は「カウンター訴訟」可能性を明記
NEWSポストセブン
11月1日、学習院大学の学園祭に足を運ばれた愛子さま(時事通信フォト)
《ひっきりなしにイケメンたちが》愛子さま、スマホとパンフを手にテンション爆アゲ…母校の学祭で“メンズアイドル”のパフォーマンスをご観覧
NEWSポストセブン